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 王都の衛兵隊は、いきなり勢いの落ちた魔物の群れに困惑した目を向ける。


「どう、なってる」

「なんだ、あいつら。急に迷い始めたぞ?」


 王国はもう終わりだと、完全に死を――それも被災者として長く苦しみながらの惨めな死を――覚悟していたのだが。

 王都の南にある正門が最初に突破され、その報で浮き足立った北西東の副門も一気に崩れた。四方から王都に雪崩れ込んできた魔物たちは目に付く住人を殺し、進む先にある建物を破壊し焼き払いながら進む。目指す先にあるのは貴族街。

 “魔物暴流(スタンピード)”がダンジョン爵による王国への報復だとするならば、狙いが王城と法務宮なのは明白だ。


「死んでも守れ! 絶対に通すな!」

「無理だ、こんなの……どうにもなるものか!」


 貴族街と平民街の境にある派手で巨大な通用門が、王国の最終防衛線だった。()()()()()()()で壊れた後、修復中だった扉は開閉機構を潰して防壁にされたが、集まってきた四体もの<厖大虚人(ヒュージゴーレム)>による蹂躙でひしゃげた残骸になった。隙間から入り込んだ<群居羽蟻(ハイブアント)>と<虚無蟷螂(バナティ・マンティス)>が衛兵の手足を切り刻み、肉を喰い千切る。一メートル(ニム)もあるアリやカマキリを相手に、軽装の衛兵が対抗できるはずもない。


「くそッ! もう、ダメだ……!」


 そこで、なぜか魔物たちがゆっくりと動きを止めたのだ。


◇ ◇


「ふざけたことを言うな、クジョー」


 エイダリア・ダンジョンのマスター、アイルは機能制御端末(コンソール)の画面に押し殺した怒りを向ける。

 睨みつけるアイルの視線を気にも留めず、マリアーナ・ダンジョンのマスター、クジョーは無表情に見据えてくる。


「あと一歩なんだぞ」

「ああ」

「お前が提案し、お前が始めた、俺たちの戦いが決着するところまで来たんだ」

「わかっている。だから」


 クジョーは、そこで薄く笑った。


「お前は、このまま進め」


 エイダリアは王国唯一のAクラスとして、近隣ふたつのBクラスダンジョンに頼られ、また支えられてきた。

 巨大な<厖大虚人(ヒュージゴーレム)>や<鋳型甲亀(キャストタートル)>を揃え、わかりやすく最大最強の戦力を編成して対外的な抑止力になってきた。必要以上に掛かる取得・維持コストの一部を、モルガとマリアーナにも負担してもらってきたことも事実だ。

 心から信用し合ったとまでは言わないが、利害の一致として協力関係を維持してきたのだ。


「エイダリアだけが王宮と心中しろと?」

「違う。おそらく俺も死ぬ」

「なに?」


 頭がおかしくなったのかと、画面に映ったクジョーを見る。

 いつもと同じだ。無表情に、ときおり機能表示(シグナル)のような薄笑いが加わる。それが不規則に切り替わっているのを見て、アイルは驚きとともに理解した。


 ――こいつ、本当に笑っているのか。


「初めてだ。こんなに興奮するのは」

「……お前、なにを……」

「お前には。お前らには、わからないだろう。何十年も、何百年も、気が遠くなるほどの時間、無価値な虫けらどもを踏み潰し続けてきた、そうするしかなかった俺の気持ちなど」


「……エイダリア」


 アイルは自分のコア分身体(アバター)を小声で呼ぶ。短髪で長身のエイダリアは、無言のまま主人の意思を読み取る。彼女は音声がクジョーに漏れるのを避け、新たな画面に情報を映し出す。すでに見るだけで理解できるよう、状況は簡潔にまとめられていた。


「……侵入、されているのか。敵に」


 訊くまでもなく、相手がエルマールだというのは明白だった。あのおかしな新入りダンジョン爵の他に、自分たちを脅かす者など現れたこともなかった。王国軍も冒険者ギルドも、同盟を組んだ西部三ダンジョンを討伐できるだけの戦力はない。


「マリアーナの中層に入り込んだ者など四十年ぶり。深層など百七十年ぶりだ」


 クジョーの弾んだ声は、わずかに震えている。画面に映る笑みが、アイルにはひどく(いびつ)なものに見え始めた。

 マリアーナ・ダンジョンは王国で唯一、完全踏破(クリア)によるコア破壊を経験していない。最初に就任したクジョーが、初代のダンジョン爵だ。

 エイダリアのダンジョン・マスターとして、アイルは四代目か五代目だ。過去のことなど知らないし、調べようと思ったこともない。ダンジョン・マスターの身体は老化しないので、時間の流れも年齢も意識しないのだ。

 だからクジョーがどれほど昔から王国に……いや、この世界にいたのか。考えたこともなかった。 


「クジョー、どうするつもりだ?」

「どう? もちろん、全力でお相手するとも。俺が迎える、初めての、敵だからな」


 妙に弾む声で言うと、クジョーは立ち上がって、通信を切った。

 重苦しい沈黙のなか、エイダリアが平坦な声でアイルに伝える。


「彼は……その、勃起(スティフ)、状態でした」

「それが?」

「人の牡が死を覚悟したとき、現れる反応だと」


 アイルはそれが事実かどうか知らない。興味もない。だが、狂気的な興奮状態にあるクジョーを、なぜか羨ましいと思った。勝手に突っ走って、勝手に死んで。そんな愚かで無意味な最期を、あの男は何度も何度も見てきた。

 その死を呆れ、侮り、貶し、蔑み、薄笑いで見送りながら……きっと、どこかで憧れてもいたんだろう。


 有能すぎるダンジョン爵は、自らの死を選ぶことさえできない。


「ご命令を、マスター」

「変わらず、作戦続行(このまま)だ。俺たちは、当初の目的を果たす」


 アイルは、小さく溜め息を吐いた。無数の同胞たちから置き去りにされた、クジョーの気持ちがわかるような気がしていた。


「エイダリアだけでも、王城を潰す」

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[一言] なんとも壮大な疲れ摩羅ですな(TロT)
[一言] (*ゝω・*)つ★★★★★
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