刃狼
王都からエルマールを繋ぐ街道の先、緩やかにうねりながら続く道は西方エイダリアの山中に突き当たる。
Aクラスダンジョンのあるエイダリアの山は、険しい上に入り組んだ廃鉱山が元になっていた。さらには魔物のウヨウヨする魔境とあって、酔狂な冒険者以外が近付くような場所ではない。
当然だ。そうなるように、作り上げてきたのだから。
「こちらマリアーナ、状況を報告せよ」
マリアーナ・ダンジョンのマスター、クジョーは機能制御端末を操作しながら短く指示を出した。ふたりのダンジョン・マスターから、すぐに返答が入る。
“こちらエイダリア、ダンジョン生命力、ダンジョン魔力ともに安定して暴走中”
“こちらモルガ、DHPは基準値を超えた。DMPがもう少しだ”
「急げよ。足りないならサッサと贄を加えろ」
冷淡な反応を返した後で、クジョーはボソッと呟く。
「……半世紀以上も掛けて、ここまで来たんだからな。失敗は許さん」
ここまでは、計画通りだった。クジョーの同調者であるエイダリアとモルガのダンジョン・マスターは、指示通りに作業を続けている。王国側が動き出したとき、矢面に立つのはAクラスのエイダリア・ダンジョンだろう。それだけの力と環境は整えた。デカくて派手で目立つ、わかりやすい囮として。
軍がエイダリアの討伐に向かってくるとしたら、挟撃を避けるため隣接するモルガを警戒する。そちらも同じく、王国側が警戒するような配置と数値に調整してきた結果だ。
クジョーのマリアーナ・ダンジョンは、エイダリアの山裾に近い北西部マリアーナ盆地にある。立地も数値も、目立ったものではない。
そうすると決めたからだ。マリアーナは油断を誘い、注目役に喰いついた敵の後背を衝く。近隣ふたつのダンジョンと共闘関係を結んだのは、そのためだ。
“なぁクジョー、王国側に動きはねぇのか?”
モルガのダンジョン・マスター、イーサムが平静を装って訊いてくる。その声は、不安げな感情を隠し切れていない。豪快そうな巨漢のイーサムは、見た目通りに直情径行だ。扱いやすいが、打たれ弱い。いったん崩れ始めたら敵に押し込まれる。その際は見捨てるとクジョーは決めていた。
「いまのところは、エルマールの周辺だけだ」
“あれは異常だな”
エイダリアのダンジョン・マスター、アイルは平坦な声で言う。こちらは何を考えているのかわからない無愛想な小男だ。何も考えていない風を装っているのか、本当に何も考えていないのか。
「強制封鎖に向かった王国軍の討伐部隊も、増援の捜索部隊も、潜入させた特務部隊も、みんな喰われた」
“お、おい待てよ、それじゃダンジョン生命力も……クラスも”
「ああ。早くもCクラスに昇格した」
“はッ、クジョーも新入りに抜かれないようにしねぇとな?”
偉そうなイーサムの言葉を無視して作業を続ける。
共闘関係を持ちかけたのも協働する際の司令塔もクジョーだが、自身のマリアーナ・ダンジョンはBクラスだ。数値もモルガ・ダンジョンより低く、Cクラス上位との差はほとんどない。
低能のイーサムはことあるごとにそれを揶揄してくるが、クジョーはそれを屈辱とは思わない。Bクラス下位に甘んじているのは、それが最も効率的で経済的だと理解しているからだ。Aクラスは大きすぎ、目立ちすぎて収支が見合わない。金貨の問題もそうだが、特に危機管理としてだ。
“クジョーは、抜かれても構わんのだろう”
“無駄な金貨を払うくらいなら、かぁ?”
ふたりはクジョーを侮って笑う。だが高クラスのダンジョンになると、納税は義務というより不干渉を保証するものでしかない。保持する魔物と魔力の物量は王国側の対応能力を超える。高圧的な態度に出られないのだから、相手も飼い慣らそうと必死なのだ。
だから逆に、手に負えなくなったと判断したときは徹底的に潰しに掛かるだろう。
「余計なお喋りはやめて作業を進めろ。準備が整い次第、第一段階を開始する」
“いよいよかぁ、血が滾るな”
そこだけはクジョーも、イーサムの言葉に同意する。
これまでずっと、ダンジョン爵などという社会の最底辺で這いつくばって。侮蔑的で屈辱的な扱いを受け入れてきたのだ。報復のときが来るのを、そのきっかけを、ずっと待っていた。
それが新しく入ってきた奇妙なダンジョン爵だったのは想定外だが。利用させてもらう。エルマール・ダンジョンの位置も状況も王国の対応も、いまのクジョーたちにはお誂え向きだ。こうなるように運命が流れているのだろうと、楽観的に考える。
「……まずは西領府、次にエルマール、そして最後は……」
そのときを想像して、クジョーはニヤリと笑った。
「王都だ」
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