孤高の花
<アルラウネ>の生存率を知るものは少ない。
いや、ほぼいないと言って良い。そんな数字は、存在しないからだ。誰も計測していないし、することもできない。
成体の<アルラウネ>は毎年種子を遺すが、その数は多くて数百。綿毛のついた種子は風に乗り水に流されて、様々な場所に散らばってゆくけれども。
人間の生存圏で、<アルラウネ>はほとんど生き残れない。
種子が肥沃な土を得て芽を出す確率は、数百にひとつ。
芽から最初の花を咲かせるまで生き延びられるものなど、数千にひとつだ。
最初の花を咲かせるまで、<アルラウネ>はベラゴンローズという見た目のよく似た花に擬態している。そこから魔力を吸収して成長し、身の丈が人間の膝ほどまでに達すると少しずつ自律行動が可能になる。
そして、この時期が最も殺されやすい。
まだ弱く小さい上に魔力を含んだ魔珠を体内に持つ幼体は、すぐ人間に見付かってしまうからだ。そして抵抗能力のない幼体の<アルラウネ>は容易く討伐される。
幼体が成体になれる確率は、数万から数十万にひとつ。成体になれば、ようやく身を守る術を持つ。敵を仕留める力も付く。そこから先は、生存確率も飛躍的に上がる。
その、はずだった。
「……やあ」
あの日、死にかけていたわたしに近付いてきたのは、何か温かくて優しい何かだった。
もう視覚も失っていたから、姿は見えない。声からすると、人間の男のようだった。
「メイさん。残念ですが、彼女はもう長くありません」
彼の後ろから別の声がした。わたしは心のなかで、その声に同意する。
そう、わたしはもう長くない。だから、ほっといて。
幼体から成体に差し掛かっていたところで、土砂崩れが起きたのだ。人目を避け獣からも隠れられていたお気に入りの住処を失い、水も“外在魔素”も“体内魔素”もない岩場に転がり落ちたわたしは三日三晩かけて日干しにされていた。
「いいね」
男の声が優しげに囁く。
「つまり、まだ死んでないってことだ。なにか、欲しいものはあるか?」
死に場所。その声が届いたのか、男はわたしの体を持ち上げる。
なんでか泣きそうになって、わたしは突き放そうとツタを伸ばす。それは男の指先に絡まって、驚くほど純粋な“体内魔素”が流れ込んできた。死を覚悟していたのに。それを受け入れたはずだったのに。この期に及んで生き汚い自分の本能が恥ずかしくなる。
「いいな。君は、まだ生きたいんだろう?」
生きたい。そうだ。わたしは、まだ生きたい。だって、まだ何も成してないから。ずっと惨めに逃げ隠れして、踏みつけられて、這い蹲って。泥水や獣の尿をすすって必死に命を繋いできたのは、きっとその先に何かが……生きてきた意味があるんだって、信じていたかったから。
「もう少し、がんばれ。俺と、俺たちと一緒にさ、見付けようぜ?」
見付ける。何を。でもその先の言葉は聞こえなかった。
どこかに運ばれてゆくのを感じながら、わたしは意識を失ったのだ。
◇ ◇
「〜♪〜」
わたしの声が、草原を渡ってゆく。あちこちに埋めた眷族たちが息を吹き返す。マスターの心のなかにある理想を守るため、殺さずに生かしておいた人間たちだ。わたしの作った環境で理想的な生命を維持できるように作り替えた。いまなら、役に立ってくれるはず。
「<アルラウネ>」
心に響くマスターの声。その音階を聞くだけで、感情と意思はすべて理解できた。あの方は、止めようとしている。わたしを傷付けず、安穏と生かしておくために。
でもその優しさは、わたしを傷付ける。わたしの心を、わたしの誇りを。そしてマスターへの忠誠を。
だから、わたしは。
“主君として、お命じください”
「ん?」
“勝てと”
必死に訴えた。わたしが求めているのは庇護や安寧ではない。魔物である<アルラウネ>の生は、守られることでは何も成せない。
信じてくれたら。きっと。わたしは。
「信じている、だと? 笑わせるな!」
マスターの声が揺れた。心の動揺とともに。足元がぐらつくように。でも、その声は静かに据わる。
覚悟を決めて、彼は笑った。
「俺は」
ずっと追い求めてきた相手が。ずっと夢見てきた場所で。ずっと希ってきた言葉を紡ぐ。
「お前の勝利を、確信している」
わたしは、全身に“体内魔素”を漲らせる。いままで蓄え、溜め、育て、集め、積んできたものを、すべて吐き出す。
嘘じゃない。いまなら、わたしは、なんだってできる。
だって、見付けたのだから。ようやく、手に入れたのだから。
生きる、意味を。すべてを賭けられる、主人を。
“はい! お任せくださいッ♪”
わたしは、いま生まれて初めて。
生きているのだから。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




