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ゲームデザイナーの憂鬱

「さて……どうしたものかな」


 ダンジョン・コアに映った女性を見つめながら、俺は頭を悩ませる。

 彼女は街道に接続したセーフゾーンの入り口前で、チュートリアルNPCの中年村人カイアを観察していた。一見すると冒険者の斥候職(スカウト)風だが、周囲に仲間の姿はない。単身(ソロ)のせいか妙に警戒心が強く、“何かを待っている”ような印象がある。ダンジョンの前で足を止めて、()()()観察しているようだ。


「……ざけんじゃねえよ、カイア! いまじゃ、てめえが魔物じゃねえか!」


 元・中年冒険者のカイアは、かつての仲間たちから石を投げられている。不憫だけれども、NPC(かれら)には俺の下位互換的な【物理攻撃無効】【魔法攻撃無効】が掛かっているのでダメージを受けることはない。

 心以外には、だが。


「よく来たな、若いの。ここはセーフゾーンだ。魔物はいない」


 虐められながら同じ台詞を繰り返すカイアを無表情に観察していた女性は、飽きたのか観察が済んだのか音もなく移動してダンジョン内に入り込んだ。


「あの身のこなし。冒険者……じゃ、なさそうだな」

「はい」


 細かな観察と、冷静な判断。物陰に隠れながらの、スムーズで素早い移動。只者ではないが、何者かは不明。

 通路のあちこちに分散配置された<ピュア・スライム>が、姿を消し気配を殺したまま視覚映像を送ってくる。通過してゆく女性の姿が、別角度の視界に次々と切り替わる。まるで防犯カメラだ。


「いま二階層側(うえ)を確認しましたね」

「ああ。初めて移動するルートの後上方なんて、ふつう見ないよな」


 塞いだ上層側には魔物も生き物もいない。気配を察したとか警戒のためではない。観察だ。目的はダンジョン・アタックじゃないのか。

 送られてくる映像から、素性を探る。年齢は二十代半ばから三十代前半のどれにも見えた。中肉中背で、長くも短くもない髪。美形でも不細工でもない顔。特徴がなく、気配と印象が薄い。

 <ワイルド・スライム>の本能が危険と判断したほどの相手だ。この女性は、意図的にそう見せているのだろう。


「なあブラザー、こいつに……状態異常とか試してみた?」

“まだー。するー?”

「いや、ちょっと待って」


 彼らが先手を取らなかったったってことは、こちらの手の内がバレる可能性を考えてのことだ。

 それだけヤバい相手なのか?


「マール、どう思う?」

「魔物の勘は侮れません。強者であることは、ほぼ確実です。【鑑定】を、してみてはどうでしょう」

「察知される可能性は低い?」

「はい。少なくとも攻撃や状態異常よりは」


 ダンジョン・マスターの権能なのか知らんが、俺は魔物ボーイズんガールズの視覚と感覚器を通じて自分のスキルを使用できるのだ。

 便利といえば便利だが、職業病としては理不尽な設定(アンロジカル)な気もする。

 それはともかく、こっそり掛けてみた【鑑定】の結果はこれだ。


名前:アハーマ

職業:暗殺者(アサシン)

レベル:■6(■ランク)

HP:■2■1

MP:■4■2

攻撃力:■■5

守備力:■3■

素早さ:8■1

経験値:1■1

スキル:【■潜】【■敵】【■駆】

パーティ:■■軍■■■■


 あー、ダメだこれ。ほぼ拒絶(レジスト)されてる。

 <ワイルド・スライム>のブラザーたちは、めでたくレベル30を超えた。冒険者で言うとAランク相当だ。それが弾かれる、となると……


「こいつ、最低でもAランク上位か」

「はい。わざわざ単身で来るとしたら、Sランクの可能性もあります」


 マールの言葉に俺は思わず振り返る。

 いままでエルマールで見かけた冒険者はほとんどが駆け出し(Eランク)中堅下位(Dランク)だった。そこに何人か中堅上位(Cランク)が混じっている感じ。

 当然ながら上には上がいて、Bランクはレベル20以上の実力者、さらに上のAランクはレベル30以上の精鋭、Sランクなどレベル50を超える人外だ。


「人外かあ……」

「はい。能力としては、人間より魔物の方が近いです」


 さすがに、そんなのが入り込んでくると少しばかり厄介だ。【鑑定】がダメなら、【使役契約(テイム)】も弾かれる。NPCとして無力化する作戦は使えない。

 そこまで危ないのが攻め込んでくるまでには、もう少し余裕があると思っていたんだけどな。


「なあ、君らのなかで一番レベル高いの誰?」

“あるらうねー”


 マールと本人から聞いたところによると、<アルラウネ>はAランク上位に相当するレベル45。冒険者ならSランクも視界に入ってくる頃だ。

 広大な草原である三階層の管理を引き受けてもらうお礼に、コアと俺の魔力を潤沢に注ぎ込んできた結果だ。他にも三階層の魔物や生き物たちを管理下に置いて、守る代わりに魔力を得ている分もある。なんというか、ショバ代と上納金みたいなものか。


「<アルラウネ>、そいつに【鑑定】掛けたいんだけど大丈夫?」

“御意”


 かなり人間ぽく流暢な感じで念話が返ってきた。微笑みを含んだ感じが妙に色っぽい。


“草原に入る洞窟で、警戒しています”

「魔物の配置は?」

“後方に下げました。彼女の周囲にはいません”


 待て。なんで味方を、戦力として手足となる配下の魔物たちを下げた。強い敵が来ることくらいわかってるだろうに。


「<アルラウネ>」

主君(マスター)として、お命じください”

「ん?」

“勝てと”


 ……ああ、クソッ。

 自殺願望か責任感か、脅威を全部自分で引き受けるつもりならダンジョン・マスターとして止めるつもりだったんだけど。

 気付いてしまった。彼女は草原から動けないと言うことに。

 そして、もう気持ちに火が着いてしまっていることにも。


“わたしは、死んでいました。あのとき。マスターとコアに出会った、あのとき。死を覚悟し枯れかけていた私に、力を、希望を、勇気を与えてくれた”


 静まり返った感覚。俺を見てる。この声を聞いてる。<スライム>たちも。<ハーピー>たちも。新入りの<ハイブアント>や<ゴブリン>たちもだ。

 みんな固唾を飲んで、己がマスターの決断を見守っている。


“だから、応えたいんです。報いたいんです”


 真剣な<アルラウネ>の声だけが、俺の耳元に響く。


“どうか、お命じください、我が主人。勝てと。信じていると。それだけで、わたしは……なんだって、できるんですから”

「信じている、だと? 笑わせるな!」


 なんだかな。こんな事態になったのは、俺の甘さ、俺の愚かさ、優柔不断と能力不足のせいじゃないか。

 時間もリソースも潤沢だった。もっとできることはあったはず。もっと備えることもできたはずなのに。開始早々から滅亡の危機で。身動きもできない単身の女の子に、全部ひっかぶせて自分は高みの見物か。

 ああ、クソだ。俺は、最低のクソ野郎だ。


「俺は」


 わずかに、声が軋んだ。鼻で笑い飛ばす傲岸な演技を、俺は必死で貫き通す。


「お前の勝利を、()()している」


 俺の葛藤も後悔も伝わっているだろうに。<アルラウネ>は息を吐いて、クスクスと小さく笑った。


“はい! お任せくださいッ♪”

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[気になる点] ホラーからの胸熱展開はズルい
[一言] いいね!、腹をくくるのも男だ。
[一言] (*ゝω・*)つ★★★★★
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