フリップフラップ
さて。二百はいるという冒険者たちの群れを急遽ダンジョンに迎えなければいけなくなったわけだが。コアの魔力は潤沢な割に、実はそれほど余裕がない。
直前に王国軍の急襲を受けて、動線を変える羽目になったせいだ。一、二階層に設置した十数ヶ所の仕掛け罠がみんな無駄になって、心が折れた。もう再設置するのも面倒臭い。
ここがダンジョン機能制御端末の嫌らしい、もしくは不細工なところなのだが……設置物を【生成】するのはもちろん、解除・再配置するにもコア魔力を消費するのだ。
さらには機能活性化するにもだ。しかもアクティベートの設定が一回だけしかないという謎仕様。高額の無人ギミックを毎回使い捨てって、馬鹿なの? それともダンジョン爵に無駄な苦労とリスクを負わせるための嫌がらせなの?
そんなもん繰り返しにすりゃ置きっ放しで何度でも使えるだろ。じゃなきゃ互い違いにして、シーソーみたく“右の床を踏んだら右に動く、左の床を踏んだら左に動く”みたいに設定すりゃ済むことだ。
「どっかにエンジニアさん、いないのかな。これ、さすがにデザイナーが弄れるもんじゃないと思うんだけど……」
「え? “えんじにあ”……?」
なんとか追加修正できないかとダンジョンスキルの【生成】【合成】【調達】を調べても、それらしい設定項目はどこにもない。前に見た作業途中のデータでもないかと探してみたが、Cクラスに上がってからは余計なデータそのものが消えていた。
なんとなく、だけど。統廃合された後の上位スキルは、別のエンジニアさんが担当してるような印象。
「なんだかなー、引継ぎくらいしろよ……って、あ!」
個人スキルの【迷宮構築】という項目に、機能拡張設定があった。
ダンジョンのスキルじゃなく、ダンジョン爵のスキルだったのだ。コアの設定ばかり気にしてた俺が馬鹿だった。すみませんエンジニアさん。特に、苦労してたっぽい中継ぎのエンジニアさん。
“なんだかなー”なのは俺の方でした。
◇ ◇
結局、追加のトラップは数と機能を厳選して配置した。おかしな抜け道や回り道を探したがるデバッガーみたいな冒険者を、それと悟られないよう本来の道に誘導するためだ。一本道とか動線厳守とか、無理に締め付けようとすると却って反発を生む。こっちの世界ではどうだか知らないけど、破壊工作に出られたりするのだ。
冒険者に自分の意思で行動してると思わせるの、けっこう大事。
「メイさん、魔物の配置はどうしますか?」
「それな。ホント、どうしよう」
いままでずっと自由行動させてきたウチの子たちをアタフタ再配置したところで、自由人な彼らは能動的に機能してはくれない。特にそれを望んでもいない。
みんなスキルアップし過ぎて、情も移って、そんじょそこらの冒険者ごときに戦わせるのは勿体ないのもある。
いま入り口を開いた三階層は草原と湿原なので、とりあえずケイアン・ダンジョンから引き抜いてきた虫&ゴブリンを配置してみる。どうしても必要なら【生成】機能で損耗用の魔物を出そう。
「ところで、最初の侵入者は?」
「まだ三階層の入り口付近にいます。滞留してるみたいですね」
「なんで?」
いや、まあどうでもいいけど。
とりあえず次に彼らが向かうであろう四階層の湖に、岩と筏を配置。そこに粗末な板を渡してグラグラの橋を掛けた。TVのエンタメ番組に出てくる障害物競技みたいなもんだ。そこにはレベル上げもしてないピュアッピュアの<ピュア・スライム>を二百数十体向かわせている。
彼らは身体が透明で暗いとほぼ見えないし、移動時にヌルヌルの体液を出す。ぜんぜん汚いものではなく、逆に周囲の汚染や雑菌を除去してくれる成分みたいだけど、それ踏むとムッチャ滑る。
さらに濡れてるともう摩擦係数が限りなくゼロに近くなる。
「オッケー、どうなってる?」
「遊んでますね」
群れで配置された<ピュア・スライム>の視覚をチェックしてみると、みんな楽しそうにワチャワチャと橋の上を行ったり来たり、湖を泳いだりと完全にお遊戯モードだ。彼らは<ワイルド・スライム>と比べて、精神年齢というのか知能というのか、ずいぶん差があって生まれたての子猫みたいな印象がある。
「メイさん、あの水面で跳ねてるのは、なんでしょう? 魔力の反応がないので、魚だとは思うんですが」
「ああ、魚だよ。前にワイルドなブラザーたちが獲ってきてくれたやつ。なんだかいうマスと、ウナギと、イワナ。あと大きい……ライギョだっけ? “みんな、たべられるー♪”とか言ってたから、いざというときの食料にもなるんじゃないかな」
俺の説明を聞いて、マールはなぜか首を傾げる。なにやらブツブツ言ってたかと思うと、コアの機能制御端末で棲息動物を確認し始めた。
魔物たちはすぐ確認できる浅い表示階層に並んでるんだけど、さほど重要じゃない魔物以外の動植物や鉱石などは深い表示階層まで開かないと見れない。忙しいので俺もちゃんとは見てなかった。
「……ホウジュマス、ヒラウナギ、オオイワナ 、モグリナマズ、ナキライギョ、クロヅメドクエビ、トモグイガニ、トビシャコ……」
読み上げるマールの声がどんどん小さくなってゆく。なんだ、どうした。途中でいくつか物騒な名前が出た気がするけど。
「これは、すごいです。<ワイルド・スライム>が、彼らなりに考えて選んでくれたんだと思います」
「あ、うん。考えるって、なにを?」
マールの説明によれば、どれも強力な毒や牙やハサミ、獰猛な食性で知られる魚や甲殻類らしい。スライムの収納能力で運んでこれたけど、ふつうの人間が生きたまま触れると、無事ではいられないものばかりなのだとか。
え、それって、もしかして、彼らの言っていた“食べられる”というのは……
「はい。ダンジョンに入り込んだ冒険者たちが、という意味ですね」
ブラザー、超ワイルド!
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