オン・ユア・ライトチーク
魔物HPMP桁間違い修正……
「ブラザー、勝てるか」
“らくしょー♪”
ホントか?
まだ<アラクネ>とやらの本体は見えてないが、けして甘く見て良い相手じゃない。兵士と魔導師を含む二十人ほどを無力化してしまった、あの糸は難物だ。
「<ワイルド・スライム>でしたら問題ないと思いますよ?」
「え」
「彼らの身体に<アラクネ>の糸は掛かりませんから」
マールからのコメントで俺は冷静になる。そうなのか。そうかもな。変形も拡大縮小も自由自在だもんな。蜘蛛の巣に引っ掛かるスライムって、イメージできないし。スライムの視界で見てたせいか、人型ボディが対戦する前提になってた。
「【使役契約】はイケる?」
“たぶん、むりー”
拒絶されるほどのレベル差があるのかと思ったけど、戦闘なら“楽勝”って言ってたから別の問題か。
“すらいむ、みずでー、あらくね、つちー、だからー”
「????」
頭の上に疑問符が浮かんでいる俺を見て、マールがフォローしてくれた。
「<スライム>は水属性なので火属性に対して優位ですが、土属性の<アラクネ>に対しては劣位になるんです」
「ああ、魔力属性問題、あるのね」
「あくまで魔力の相性なので、絶対的な優劣ではないです」
“ばーんて、やれば、だいじょぶー!”
戦闘なら物理でぶっとばすから関係ねーってか? ブラザー男前だな。
勝てるならそれでよし。リスクを取ってまで欲しい魔物じゃない。虫って、そんなに得意じゃないし。
「いました」
マールがコアを指す。映っている<ワイルド・スライム>の視界の隅、大きな木の上に隠れているシルエットが見えた。蜘蛛と言われれば蜘蛛、だけど暗いし枝葉に隠れているしで姿はハッキリしない。
“ますたー、あいつ、ころすー?”
「頼む」
“ばーん!”
ぺん、と何かが真っ直ぐに伸びたかと思えば、樹上から大量の液体がぶち撒けられた。俺には視認できないほどの攻撃。視界は動いていないから、ブラザーが身体の一部を伸ばしたのか。ガサリと枝が揺れて転げ落ちてきた蜘蛛女の死体が、尻から出た糸でぶら下がる。
その腹から固体混じりの黄色っぽい粘液が、木の下にいた兵士やら冒険者やらにボトボトと降り注ぐ。
「「「うわああぁあッ⁉︎」」」
“あらくねー、しんだよー”
「うん、ありがとう助かった」
“へへーん♪”
かわええ。それは良いんだけど、なんか後ろで物凄い悲鳴が上がっている。
殺されかけた魔物が目の前で死んだってのに、助かったとかいうニュアンスじゃなさそう。
「あいつら、どした?」
“あらくね、おなか、ばーんて”
「うん。あの体液な。見えてるけど」
“なかみ、にんげんの、かけら、いっぱい”
なるほど。人体の断片がいっぱい入った体液を浴びたから、あのパニック状態なのね。しかも蜘蛛の糸で身動きできないし。可哀想と思わんでもないが、正直どうでもいい。
◇ ◇
入り口前の惨状をクリアにして、<ワイルド・スライム>たちが戻ってきた。俺は彼らの奮闘を褒めながら撫で回し、今後のプランを話す。
「なあ、ブラザー。ケイアン・ダンジョンにカチ込む話、したっけ」
“うん♪”
“よーい、どんで、こあ、こわすー♪”
「そう、それ。どうせなら、もう少しレベルアップしてから……」
“いま、ななかいそー!”
「え」
待って。七階層? なに、もう突っ込んじゃってるの?
並行化した<ワイルド・スライム>たちは八十体以上いるから、行動や判断にはある程度の自由裁量を許可してたけどさ。アグレッシブすぎだろ。
“れべる、みっつ、あがったー♪”
「ちょッ……あ、ホントだ」
俺たちの前にいるブラザーに【鑑定】を掛けたところで、並行化された<ワイルド・スライム>の成長ぶりが明白になった。
名前:<ワイルド・スライム>
属性:水/木
レベル:27
HP:2832
MP:2650
攻撃力:281
守備力:266
素早さ:278
経験値:299
能力:隠形、転移、状態異常、溶解、突破、変身、収納、分裂、念話、紐帯
ドロップアイテム:ワイルドジェム
ドロップ率:C
なに、この驚異的パラメータ。冒険者で言えば、もうすぐ精鋭のレベル30以上じゃん。
スベスベのプニプニなのに、強者感ハンパない。
「いま、どんな感じ?」
“こんな、かんじー”
コアに映し出されていた視覚映像が切り替わった。洞窟のような場所を、ものっそい勢いで突き進んでいる。暗い上に動きが速過ぎて、何がなんだかよく見えん。
“みみずー、みみずー、もぐらー、みみずー”
「え? なんて?」
「いまチラッと映った細長いのが<光媒質蚯蚓>、丸々した大きめなのが<甲殻土竜>ですね」
うん。どちらも撥ね飛ばされて汚い破片になってたみたいだけど。近くを横切った人型の何かが、吹っ飛ばされて画面外に退出した。
「いまのは?」
“ごぶりーん”
「<尸喰小鬼>ですね。本来もっと浅層の魔物ですが」
ブラザーとマールの解説があって、ようやく何となく理解できるようになってきた。と思ったらいきなりワサワサしたもので画面上の視界が塞がれた。
“ありー、ありー、ありありありありー”
「……<群居羽蟻>、本来はケイアン・ダンジョン深層を守る最強の防衛陣です」
数の暴力で包囲殲滅してくるタイプの魔物なんだろうけど、それが裏目に出てるな。人混みにトラックが突っ込んだみたいになってるし。スライムって基本バレーボールくらいのサイズなんだけど、ブラザーってば質量までワイルドなのかな。
大量の魔物たちをピンボールのように撥ね飛ばしてゆく<ワイルド・スライム>の蹂躙を眺めながら、ほんの少ーしだけケイアン・ダンジョンのマスターに同情した。……あ、通りすがりの<女妖蜘蛛>が巻き込まれて瞬殺された。
“れべる、ふたつ、あがったー♪”
……ああ、君たち。やりたい放題ですな。
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