デザイアーズ・ヴィクティム
「ブラザー、そのあたりで他にも動いてる奴らはいるか?」
とりあえず裏口があるので、開口部の確保は最優先事項じゃない。
“いなーい、けど、これからー”
「これから?」
魔法で埋められたダンジョン入り口前で、魔法使いの親玉が指示を出す。何かヒソヒソ話しているけれども、<ワイルド・スライム>から送られてくる音声では聞き取れない。
「なんて言ってる?」
“ほかにも、いりぐち、あるってー”
「え」
王国は想像を超えるほどに馬鹿だったけど、個人は思ったより馬鹿じゃないのか。魔法使いたちは首から下げた謎の玉でダンジョンの魔力量を測定していた。正確に言うと周囲の“外在魔素”流量と濃度の変化を。
その数値を見ればコアの魔力量(≒ダンジョンのレベル)と現在の状態が測定できるらしく、出入り口を塞いでもエルマール・ダンジョン周辺のマナ濃度に変化がないことからコアへの流入マナが断たれていないと判断された。
わかったようなわからないような理屈だが、箱に入れた生き物の生死を二酸化炭素濃度の変化で判定するような感じか?
「マール、ひとが入れないくらい小さな開口部を大量に開けるのはどう?」
「いまなら魔導師が喜んで潰しに来ます。開口部はダンジョンで最も強度が低いので」
外部からの攻撃に対して脆い場所を大量に作ることになるのか。その上、開口部は大量のダンジョン魔力を喰う。それは地形変更や魔物配置の比ではなく、開口部ひとつ分の消費魔力で軽めの一階層を構築できるほどだ。
生きるか死ぬかの状況ならリスクとコストのトレードオフだ。コアの機能制御端末を操作して、使い道のなくなった一階層に直径三十センチほどの開口部をひとつ開けておく。
三人の魔法使いと兵士の集団が冒険者を連れて山道を降りようとしている。これは……もしかしたら拙いかな。そのまま回り込まれると裏口のある方向だ。
「あいつら、どこ向かってる?」
“こあが、まりょく、すってる、ばしょ?”
アウトじゃん。これ裏口あるの完全にバレてるよ。これは実力行使に出るしかないな。
「ブラザー、あいつらに【使役契約】を掛ける」
“わかったー”
念のためブラザー経由で【鑑定】を掛ける。
冒険者は最高でもレベル20未満、兵士も似たようなレベルなので、いまやレベル24に上がった<ワイルド・スライム>先生のテイムを拒絶できない。
ただ、魔法使いの連中からは【鑑定】さえ弾かれた。ブラザーより上位、となれば冒険者で言えばレベル30以上くらいのレベルってことか。
「魔法使いに見付からないように、最後尾からだ」
“はーい!”
「……ッ!」
「な、ふぁッ!」
スゲー仕事早いな。ブラザーは突っ込んでいってテイムを掛け、ひょいパクひょいパクと生きたまま収納してしまう。
「マイアがいないぞ!」
「デールマンもだ!」
「どうなってる、何の気配も……ぐッ」
ものの数分で十人近くを仕留めてしまった。どうでもいいけど、<ワイルド・スライム>の視覚を共有しながら敵を襲っていると、なんとなくFPSでもやってる感じ。あんまり注視してると、少し酔う。
サクサクとワイルドなステルス捕獲を続けて、王国の裏口捜索チームは魔法使いふたりを残すのみとなった。
「おい! 貴様ッ!」
“わー、にげろー♪”
レベル差のある相手との直接戦闘は避けるように指示して、ブラザーには新しく開けた一階層側の小さな穴から入ってきてもらう。
「ブラザー、無事か?」
“だいじょぶー、もひとつ、そとに、いるよー”
帰還したブラザーは、巡回中の<ワイルド・スライム>に視覚を引き継ぐ。捕まえてきた兵士と冒険者は後で使い道を考えよう。
「……え?」
外で騒ぎが起こり始めていた。
いまや哀れな犠牲者となった連中が裏口探索に出ている間、埋められた入り口の近くに冒険者と見張りの兵士が残っていたのだ。夜営の準備を命じられていた彼らは、残る半数が消えたと聞いて顔色を変える。
「無闇に動くな。得体の知れない魔物がいるぞ」
「冗談じゃねえ! ここにいたら、俺たちも消えた連中の後を追うことになる!」
「お前らだけで山を降りるか。好きにしろ。どうせ奴らの襲撃から生き延びられるのは魔導師だけだ」
あからさまな脅迫に、残った冒険者と兵士が固まる。
「それは、どうい……うッ?」
「……おい、なんだ、これ」
いつの間にか、彼らの周囲は白い網状のもので囲まれていた。それに気付いた冒険者たちがざわめき始める。ふんぞり返っていた魔法使いの連中も、キョロキョロと見渡して目を見開いていた。
「「どうなってる」」
冒険者のひとりが漏らした声に、思わず俺までハモッてしまった。なにあれ。
“あらくねー”
「<女妖蜘蛛>、女の上半身を持った蜘蛛です」
「ウチの新入りとかじゃないよね。野良の魔物?」
「いいえ。エルマールの山にアラクネが餌とするものは少なかったので、野生で棲息はしていないと思われます」
なんだろう。嫌な予感がする。
「餌ってさ、まさか……あれ?」
「はい」
コアに映し出されている男たちは、逃げようとして蜘蛛の糸に絡めとられている。動けば動くほど拘束はきつくなり、既に何人かは繭のような白い塊になりつつあった。
魔法使いのひとりが焼き払おうとしたのか杖を振り上げ、その姿勢のまま吊り上げられる。周囲から飛んできた糸で、あっという間にグルグル巻きにされてしまった。
「<アラクネ>は人間の雄、それも強い雄から精を搾り取って生殖します」
「えー、その後は解放……するわけないよね」
「出産のための栄養になります」
最悪だ。いや、それも自然の摂理みたいなもんだと思えば全否定する気はないけどさ。カマキリとか有名だけど、クモとかサソリもやるらしいからね。生殖後のオス喰い。
“たすけるー?”
あんまり興味なさそうな感じで、<ワイルド・スライム>から訊かれた。
うん、俺もそれほど積極的に助けたいとは思わない。でも上半身女性な蜘蛛に精を搾り取られるところを見物する趣味もない。喰われるところは、もっと見たくない。
どうしたもんかね。放置しても良いんだけど、いま気になるのはそこじゃない。
「野良じゃないんだったら、その<アラクネ>とやらは……」
どっから何のために来たんだって、それは訊くまでもないわな。忘れてた。
「もしかして、怒ってんのか。ウチに侵入しようとして、入り口を潰されたから」
「はい。彼女は、ダンジョン・コアを目指していたんでしょう。……ケイアン・ダンジョンからの、刺客として」
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