流れゆくもの
四階層の湖ステージ。湖には獰猛な魚や魔物が多く棲んでいるので、流民たちが暮らす安全な島から漕ぎ出すのは危険。コテージのある中島は湖水の中心近くにあって遠く、水中に岩場が多いので小舟で向かうのは自殺行為だ。ダンジョンの裏口から流民の島まで最短距離を渡るのが精一杯だろう。
さて、いま問題なのはその島だ。
「エルデラ、いま流民って何人?」
「百六十七から、一気に増えて二百三十と四名じゃの。ダンジョンの外にいる連中も含めれば、一両日中には三百に届く勢いじゃ」
エルデラが申し訳なさそうな顔をするけれども。
「増えること自体は想定内だ。四階層に島を増やすか、五階層に流すか、だな」
「集めた責任として、できる限り四階層で引き受けるつもりじゃが……」
「だから、そこまで気にしなくても良いって。居住者が増えることは、ダンジョン全体の利益になるんだからさ」
生き物の“体内魔素”はダンジョンに吸収されて“外在魔素”に変換される。それがダンジョン生命力やダンジョン魔力になるのだ。
ダンジョン内で死ぬとオドは全てが吸収される。ただ生きているだけでも少量ずつ継続的に吸収される。長い目で見れば、生かしておく方が身入りは良い。生きるための食料や水や住環境をダンジョンのリソースから供給しなければいけないから丸儲けではないにせよ、だ。
「いま五階層は、お主が管理しておるのか?」
「管理というほどのことは、してないな」
四階層の余剰湖水を流す受け皿として作った、湿地と熱帯雨林。機能制御端末で配置したのは<女妖蜘蛛>、<樹木精霊>、<泥濘亜狼>、<密林大虎>、<沼田場鹿>、<尸喰小鬼>など。他にもブラザーたちが環境に適合した魔物や生き物を連れてきてくれてるようだが、最短距離を通過しただけで見回ってもいない。
<グリーン・スライム>、<ブルー・スライム>、<ピュア・スライム>や<インヴィジブル・スライム>たちがいてくれてるから、最低限の監視と管理は大丈夫だろうという人任せだ。
「他に移りたい者たちがおらんか、いっぺん訊いてみるかのう」
「頼む。希望者がいれば、生活環境は整えておくよ」
せめて肉食の魔物や獣とは生活圏を分けないとな。いまのまま移住させたら、戦闘能力のない流民は<ゴブリン>や<マイアコヨーテ>、<ジャングルタイガー>に喰われて終了だ。
「湖水の一部を流してくれれば、五階層もウチの方で看るがの」
「それもアリかもな」
四階層と五階層を分けずに繋ぐのだ。湖水を完全に流したらジャングルが水没しちゃうので、滝か河川として流量を絞りながら落とす。その階層が未使用状態時に非表示にできなくなるのでデータは重たくなっちゃうけど、コアの処理能力が上がったいまなら大丈夫だろう。
◇ ◇
四階層の新しい島に配置して定着した、家禽の<彷徨丸鶉>と家畜の<雲毛山羊>。流民たちからも、そこそこ好評のようなので五階層にも試験導入してみたんだが。
“あんまり良くないみたいですね”
「そうだな」
暑すぎるのか、湿気が高すぎるのか、密生した草木が好きじゃないのか。グッタリして元気がなく、茂みの奥にある日陰で転がったまま動かない。動かないのは構わんけど、目に見えて弱ってきてる。【鑑定】で調べるとオドの低下が著しい。放置しておくと死ぬ。
「マール、これ暑さが問題?」
“そうですね。温度と湿度に適応できていません”
だよな。<マヨイウズラ>はともかく<クラウドゴート>は見た目ヒツジだ。モコモコの毛が、たしかに暑そう。ブラザーたちに頼んで、両者とも四階層に戻してもらった。
「暑い地方向きの家禽とか家畜って何?」
“ニワトリか、ホロホロチョウでしょうか”
コンソールで詳細説明を確認。ニワトリより病気と暑さに強いというホロホロチョウを導入してみた。
家畜は、いまひとつ熱帯雨林に合っているものがいない。魔物の<沼田場鹿>がいるので、とりあえずの用は足りているしな。
“手軽な食用動物としては、意外にウシガエルがお勧めです”
「へえ……ってオイ」
詳細説明を見てギョッとする。こっちの世界のウシガエル、平均で体長九十センチ、体重十七キログラムくらいある。雑食性という説明にも、ちょっと不安を覚える。
まあ、いいや。害虫とかも喰ってくれそうだから大量導入しておこう。
「メイヘム、五階層への移住者希望者が決まったのじゃ」
「早ッ⁉︎」
出て行ったばかりのエルデラが、早くもコテージに戻ってきた。
「いや、ウチが顔を出したときには、もう処遇は決まっておったわ」
「へえ……新規流入組と古株組に分かれたとか?」
「年寄りと中年は四階層に残る。新たな場所へと旅立つのは、若者じゃ」
五階層がどうなってるのかも知らないまま、流民の若年層は新たな居住地を探して旅立つことに決めたのだという。口減らしのためかと思えば、どうもそういう風でもなく。
「なんじゃろうなあ、あれは……」
「ん? なんか問題でも?」
「いや、自分たちの楽園を作りたい、というようなことを言うておったわ。己らの番と手と手を取り合って、ああいうのは見ていて気恥ずかしくなるのう」
わかる。ような気がする。なんかアニメの水着回とか昔の微エロ映画みたいな感じね。南の島に流れ着いた系の。楽しそうじゃねえかリア充どもめ。聞いてるとモヤモヤするが、オッサンだから平然とした顔を維持する。
「旅立つ時期と人数は?」
「数は七十、というところじゃな。齢は十一から十八、比率としては、男が少し多いか。いまはウチの虚像を前に、“道を拓き給え”などと無茶を唱えておる」
そらそうかもね。ダンジョン内に、彼らが自力で旅立てるルートはないし。
最初に作った流民の島には、巨大な<水蛇>像が祀られている。流民たちから“体内魔素”の賽銭箱みたいになってるわけだ。
「そこを拝めば御利益があると知ってしまったから、そら朝な夕な熱心に拝むだろうさ」
「何でも聞いてやる義理はないぞ⁉︎」
頬を膨らませる神獣ガールは、もちろん本気で怒ってはいない。
俺はコンソールを操作して、エルデラに画面を見せながら効率的な接続方法を探る。フロア間の高低差と現実っぽさと嘘っぽさのバランスを考え、出した答えは少し無理やりなファンタジー含みの方法だった。
「ここは……新しい島の、中央にある大きな祠みたいになったなとこじゃな」
「そう。そこから降りてくと、五階層の山の上に出るようにしようか。エルデラが神使っぽい導き演出してくれたら、そこを崩落させる」
う〜ん……階層間の高低差、けっこう凄いな。接続された山の上から五階層の地面まで二、三百メートルはある。一定量の水も一緒に流れ落ちるから、テーブルマウンテンから熱帯雨林に降り注ぐミニ瀑布だ。せっかくだからギアナ高地のエンジェルフォールみたいに、途中で霧になって降り注ぐようにしよう。そういう絵作り、大事。
「もし落ちたら百パー死ぬから、そこは守ってやってね」
「お主は優しい、というか甘いのう……ウチが言うのも何じゃが……」
そんなこと言って、エルデラだって敵以外には甘々なのだ。おそらく見守りと護衛のためだろう、<ブルー・スライム><ピュア・スライム>や<インヴィシブル・スライム>が五階層に大量流入し始めている。
コンソールで階層間の接続を確認して、山頂から地上までの動線とギミックを配置する。登り降りは大変だしスリリングだけど危険はないように配慮した。滑落死はしないように、最低限の安全策も設けた。
データは実装処理して、入り口の崩落はエルデラの合図で機能活性化するようにセットした。こちらの準備は万全だ。
「さあ、出番だ神獣<水蛇>、弱く愚かな若輩どもを新たな天地へと導いてやるのだ!」
「……我らが迷宮爵殿は、神獣遣いが荒いのう?」
苦笑しながらも軽く俺に頭を下げて、姐さんは湖に戻って行った。
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