第9話 契約
1000ptを突破しておりました。
皆様、ありがとうございます。
本日も頑張ります!
「誠、アンタ今もまだ『死のう』って思ってる?」
覗き込んでくるサキの眼差しは真剣そのもので、ウソや誤魔化しを許さない雰囲気があった。
テーブルの向かい側から詰め寄ってくる勢いに気圧され、誠は目を閉じて己に問いかけた。
『僕は、死にたいのか?』
どうだろう?
自問しても答えは出ない。
昨晩、サキに会うまでなら『YES』と即答していたはずだ。
今は――そこまで短絡的に死を希求することができない。
――どうして?
自問する。答えはすぐに出た。
死ぬなんていつでもできる……と言うのは不正解。
答えはズバリ、サキを知ってしまったからだ。エロ可愛いサキュバス少女。
せっかく彼女と出会って気持ちいいことができたのだから、どうせなら……と欲が芽生えた。
恩人ともいえる女性に対するスケベ心がむくむくと首をもたげてきていることに気付かされ、我が事ながら目眩がする。
まさか自分がそんな人間だったなんてと頭を抱えたくなる。なんなら嫌悪感すら覚える。
「もっと私とエッチしたくない?」
問われて思わず目を見開き、息を呑んだ。心臓が不揃いなビートを刻む。
聞かれたくないことであり、知りたいことでもあったから。
そこをクリティカルに突いてくるサキの紫の瞳を受けて、誠は言葉に詰まった。
仰け反りつつも目を逸らすことができない。即座に『NO』を突きつけることもできない。
そんな誠の逡巡をとっくり観察した少女は、
「ふふ~ん、その反応からするに脈アリかな?」
ニヤリと口角を釣り上げた。実に悪魔的ないい笑顔。
対する誠は図星を指されて狼狽えながらも、問いの意味するところを求めずにはいられなかった。
微かな期待とともに言葉を紡ぐ。
「サキさんはその……それでいいの?」
「それでいいの、って?」
サキは小首をかしげている。
緩やかに波打つ桃色の髪が白い肌に映える。
はだけたワイシャツからチラチラ見える胸元が目に毒過ぎた。
「いや、その……ヤりたいだなんて……えっと」
「え? サキュバス的に言わせてもらうと、私とえっちするより死にたいとか言われる方がショック」
「あ、そうですか。そうですよね」
なるほどなぁ。
やけに納得できる回答だった。
すっかり忘れていたけれど、目の前の少女はサキュバスだった。
「欲望は生きる力よ。誰かに迷惑かけるのでなければ、別に恥じることなんてないわ」
「そう……なのかな」
物心ついてから今しがたまで『欲望、特に性欲を表に出すのは悪いこと』という風潮に疑いを持ったことがなかった。
人間と悪魔の価値観は相いれないものなのではないか。性に奔放なサキュバスの言葉に乗っていいのか。
目まぐるしく変化する状況に飲み込まれ、状況を適切に処理できている自信が持てない少年は、素直に頷けなかった。
サキの言葉からは悪意を感じることはなかったものの、16年かけて培ってきた人生観は少々のことでは揺るがない。
「アンタの生気は美味しかったし、あっちの方も初めてとは思えないほどイケてるし」
「イケてるって……そういう言い方は」
「したくない?」
「したいです」
即答した。
本能に根差した欲求が、理性を容易に凌駕した。誠はあっさり変節した。
だって圧倒的なまでの快楽だったのだ。一度体験してしまったら逃れることなど叶わない。
付け加えるならば、あれだけ散々やっておいて『興味ありません』なんてウソ臭すぎて口にできない。
「だったらいいじゃない。契約成立ってことでひとつ」
軽い言葉と共に差し出された手は――しかし、よく見るとかすかに震えていた。
チラリとサキの表情を窺うと、アメジストの輝きはまっすぐに誠を捉えていて。
透き通るような紫の輝きはわずかに潤んで見えた。桃色の髪が不安げに揺れている。
自信満々なセリフとは裏腹に、サキュバスの少女は勇気を振り絞っている。
――ここまでお膳立てしてもらって、黙ってられるか!
胸の奥に火が灯った。
奮い立った。心を決めた。
白い手をしっかりと握りしめて、宣言する。
「こちらこそ。昨日も言ったけど、僕の命はサキさんにあげる。だから……」
「え……それって、その……」
サキの白い頬にサッと朱が散った。
予想外の初心っぽい反応に誠の方も首をかしげ――
「……あ」
遅れて顔に熱を持った。傍から見れば真っ赤になっているだろう。
『命を貰う云々は冗談』と後付けされたことを、今さらになって思い出したのだ。
しかも、何となく今の口上は告白めいていた。
でも、後悔はしていない。
「ま、まあ私としては生気を貰って住むところを確保できたらそれでいいし」
「え?」
言い訳じみた早口の中に聞き捨てならない言葉が含まれていた。
「サキさん、今、何て言った?」
「生気を貰う」
「その後」
「それでいい」
「その前。わざとやってる?」
「……住むところを確保」
「それ! ウチに住むつもりなの!?」
「むしろ追い出すつもりだったのかと問い詰めたいんですケド」
ジト目で見つめられると、自分が間違っているような錯覚に陥る。すごく理不尽。
サキと関係を続けると言っても、彼女とはどこか外で顔を合わせて……という流れを想定していたのだが。
いや、でも……
こんな美少女と同居して、毎日エッチ三昧?
アリなのか……それは人として許されるのか?
美味しすぎるだろ、この展開。なんか裏があるんじゃ云々……
――まぁいいか。
余計なことを考えるのは止めた。
自殺に比べれば、どうということもない些細な話だ。
いっそ清々した心持ちで、誠は改めてサキの手を握り返した。
そのままふたりの身体が重なって寝室に移動。ベッドに倒れ込む。
どちらの口からということもなく湿り気を帯びた声が漏れ、混ざり合った。
「ねぇ、サキさん」
「……ん、何?」
蕩けるような声は、甘やかな吐息と共に誠を捉えて離さない。
聞きたいことがあったのだけれど、止めてしまおうかと思う。
でも……心の奥に燻ったままの疑問は抑えようがなかった。
「さっき『僕の方は別に大変じゃない』みたいなこと言ってたの」
「ああ、あれ」
香澄の話をしていた時のことだ。
サキは香澄は性分に振り回されて酷いことになるかもと予見した。
一方で誠のことについては、何となくはぐらかされたまま。
いい感じに話がまとまってベッドインしてしまったが、当の本人としては気になる。
サキが自分をどう見ているかという点も含めて。真意が知りたかった。
「理由、聞いてもいい?」
「知りたい?」
焦らすような響き。
白い指先が誠の顎から首筋を撫でると、ゾクゾクと背筋が震える。
汗に濡れた首筋にサキュバスの少女は口を寄せて軽く歯を立てた。
「ん……」
「んぁ……」
痛くはない。むしろ心地よい。
密着する肌の感触と、肌を這いまわる舌の動き。
お返しとばかりに手を這わせる。どこもかしこも柔らかく瑞々しい。
ただ触れているだけで幸福感が脳を満たし、もっともっとと急き立ててくる。
その抗いがたい誘惑を――堪えた。
「差支えなければ、教えてほしい」
「わからない?」
『鈍感ね』と耳元で囁いてくる。
怒ってはいないようだったが、拗ねているようには聞こえた。
「ね、誠……」
サキュバスの少女は答えを口にはしなかった。
代わりに濡れた唇を重ね合わせてきて、その奥から柔らかい舌が誠の口中に差し込まれてくる。
しばらく粘着質な水音が耳朶を打って、唇が離された。
ふたりの舌の間に透明な橋が架かる。
「わかった?」
「……うん」
誠は素直に頷いた。
多分、理解できた気がするから。
『私がいるから大丈夫でしょ?』
妖艶に濡れたアメジストの輝きは、言外にそう語っていた。
明日は香澄パートの予定です。
胸糞系の描写が入りますので、ご注意願います。




