第7話 サキュバスと迎えた朝 後編
こっちが2話目。
女の子が食事をする仕草は、ちょっとエッチだと思った。
唇や舌の動きが、色々イケナイことを連想させる。
身につけているのが自分のワイシャツだけというのが、実にヤバい。
湿り気を帯びた肌に薄い布地が張り付いて、なんなら全裸よりもエロい。
なまじ経験してしまったせいか、思考がほんの些細な弾みでそちら側にズレてしまう。
「ん? どうかした?」
自分に向けられるいかがわしい視線を感じたか、サキがじ~っと見つめてくる。
後ろ暗いところがある誠は、言葉を濁して目を逸らせた。
フラフラソワソワ。やたらめったら目が泳ぐ。
「え……いいえ、何でもないです」
「ふ~ん。ま、いいけど……てゆーか、敬語いらない」
サキの口の周りについた牛乳が、またいかがわしいこと(以下略)
そして敬語不要と言われても、困る。
「でも……」
「いらない。私たち、もうそういう関係じゃないでしょ」
じゃあどういう関係なんだとツッコみたいのを我慢した。
あれだけヤっておいて無関係とはとても言えない。
それほど親しくもないのにしっかり身体を重ねているのだ。
自分たちの関係はどのように表現すればいいのだろう?
誠はあれこれ考えてみたものの、適切な答えを見つけ出すことはできなかった。
――どうしたものかな……呼び方……呼び方、う~ん……
緊張する。思えば幼馴染にして元カノだった香澄以外の同年代の女性と話すことなどほとんどなかった。
極珍しい状況下で異性と会話する場合は大抵敬語だったものだから、いきなり普通に話せと言われても難しい。
……などと情けない泣き言を口にすることは憚られた。一事が万事気弱な誠だって、カッコつけたいときはある。
「じゃあ、普通に……普通に……」
「うん」
目を閉じて深呼吸。
胸に手を当てて心を落ち着かせる。
ゆっくりと目蓋を上げると、アメジストの光が視界に入ってくる。
その輝きを真正面から受け止めて――
「サキさんってご飯食べるんだね」
「サキでいいし」
「……ごめん、呼び捨ては僕にはヘヴィすぎるよ」
呆れたように見つめてくるサキの紫眼が、やけに気恥ずかしい。
目線を合わせていられなくなって、そっと瞳を横にずらした。
「しょうがない、許してあげる。で、何だっけ」
「ご飯の話」
「そう、それ。当たり前じゃない。ご飯食べないとお腹がすくでしょ?」
「いや、その……昨日のアレ……」
人間の男の生気を吸って生きているのなら、別に食事を摂る必要はないのではないか。
普通に飯を食うなら昨日のアレは何だったのかと。かなりの量を注ぎ込んだつもりだったのだが。
「ああ」
合点がいったというふうにサキは頷き、宙に視線を彷徨わせた。
どう説明したものか、言葉を選んでいるようだった。
ややあって――
「そうね。人間的に表現するならHPとMPの違いみたいな感じ?」
「HPとMP」
それは人間的というよりはゲーム的だ。
悪魔はゲームをするのだろうか。
ものすごく気になったが、我慢して先を促す。
話の腰を折るのは失礼だ。
「そ。ご飯を食べないと餓死するし、えっちしないと心が萎れるの」
サキュバスってメンドクサイでしょ。
朗らかに笑うサキの顔は、控えめに言ってとても可愛い。昨日より三割増しで可愛い。
彼女の種族的体質のおかげで美味しい体験ができた誠としては、むしろありがとうと言いたい。
「でも……僕、死んでないけど」
昨晩サキは行為に至る前に口にした。
『どうせ死ぬつもりなら、その命を私に頂戴。かわりに最高の快楽をあげるから』と。
誠としては否やはなかった。命を捧げて最高のセックスをした。もはや思い残すことはないとばかりにのめり込んだ。
ヤってヤってヤリまくって意識を失う直前に『もう目を覚ますことはないだろうな』と微睡みながら安堵した。
「え? あはは、本気にした? あんなの冗談に決まってるし。死ぬほど生気を吸いつくすとか意味ないもん」
「冗談って……」
『軽すぎるだろ?』
そう言いかけて止めた。
自分と少女の認識に違いがあっただけのことだ。
死にたい誠と、ただ生気を補充したかったサキ。
サキュバスである彼女にとって、あの手の行為は食事――パンや牛乳を口にするのとあまり変わらないのだろう。
――人間と悪魔だもんな。
誠はひとりで納得した。そして更なる疑問が生まれた。
目覚めてからずっと感じている、この圧し掛かってくるような気だるさ。
これはサキに生気を吸われたから……でいいのだろうか?
「さあ? これまでのエッチと比べてどうなの?」
逆に問い返された。
しかもこの問い、できれば答えたくない類のものだ。
自分で話を振っておいて、無視するわけにもいかない。
顔が歪むことを自覚した。苦虫を噛み潰したような表情。
「……初めてで悪かったな」
「あ、ごめん」
「そういうサキさんだって初めてだったくせに」
売り言葉に買い言葉。お互い様だろと反駁した。
あまり深く考えずに放たれた言葉に対する反応は激烈だった。
千切ったパンを口に放り込んでニコニコしていたサキュバス少女の雰囲気が一変。
親の仇を射殺さんばかりの厳しい眼差しで誠を刺し貫いてくる。
「うるさい」
「モガッ!」
目にも止まらぬ速さで口に何かが突っ込まれて、言葉を封じられた。
舐めてみると――甘い。フニフニしている。
自分の口から黒い線が伸びてサキのお尻に接続されている。
誠が咥えているのは彼女の尻尾だった。ご褒美かな。
「あん……マコト、舌がエッチ」
頬を赤らめつつ悶えるサキ。自分から尻尾を使っておきながら、どうやら弱点だった模様。迂闊すぎる。
それはさて置きベッドの方に目をやると、誠の言葉がウソではないことの『証拠』がはっきりと残っている。
『チッ』と舌打ちした少女がパチンと指を鳴らすと、その『証拠』は跡形もなく消え去った。
「まったく、誠ったらわけわかんないことを……」
言いたいことはあったものの、口がふさがっているので黙っていた。
かわりに口の中でサキの舌を転がす。
併せてじ~っと見つめていると、少女の白い頬に段々と朱が射してくる。
「そ、そうよ。初めてだったわよ。悪い!? てゆーか、それダメだったら!」
ようやく誠の口から尻尾が抜き取られた。
唾液にぬめ光る先端が、やけに名残惜しかった。
「別に悪いとは言ってないし」
「アンタねぇ……『サキュバスのくせに16歳で処女とかキモーイ』とか嗤われる私の気持ち考えたことある? ねぇ、ねぇったら!」
あまりの剣幕に地雷を踏んだと気付かされた。尻尾を堪能しすぎて注意を怠っていた。
人間、特に日本人的に考えれば、16歳の処女なんて珍しくもなんともない……はずなのだが。
悪魔、特にサキュバスともなると文化や思想は異なっていて当然かもしれない。
少なくともサキにとっては相当なコンプレックスになっていたようだ。これは猛省。
「ごめん、言い過ぎた」
「わかればいいのよ、わかれば。私もちょっとカッとなっちゃって……その、ごめん」
ふたりで顔を見合わせて笑った。
「ちゃんと笑えるじゃない、アンタ」
穏やかな声にハッとさせられる。
誠に向けられる紫眼の煌めきは、春の日差しのごとく柔らかく暖かい。
少女の整い過ぎた顔立ちには、怒りの感情などひと欠片も見当たらない。
「え?」
「昨日カマかけたときにガチな反応が返ってきたから、心配してたのよ」
「……だから、僕を誘ったの?」
「別にそう言うわけじゃないけど……ううん、ちょっとあるかも」
「そっか……」
「その、こんなこと聞くのもあれだけど……何かあったの?」
サキが踏み込んできた。
躱すことは難しくはない。目の前のサキュバスはきっと人の心を土足で踏みにじるような類の性格ではない。
でも……サキがそこまで考えて誠を慰めてくれたのなら、何も言わないというのは誠意にかけるのではないかと罪悪感が首をもたげてくる。
それに、実際のところ誰かに聞いてほしい気持ちもあった。
「あんまり楽しい話じゃないよ」
「あんな顔を見せられたら言われなくてもわかるし」
愚痴ぐらい聞いてあげるわよ。
さりげない口調だった。その素っ気なさが身に染みる。ありがたかった。
ひとりで抱え続けるのは、もう限界だった。
胸の奥でドロドロとわだかまっていた感情が堰を切って溢れ出す。
「実は……」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今後は1日1話ずつ更新する予定です。
でも予定は未定。




