第6話 サキュバスと迎えた朝 前編
本日も2話更新予定です。
これが1話目。
カーテンの隙間から差し込む光が目蓋越しに目を灼いた。
ゆっくりと身体を起こして大きく伸びをすると、頭も身体もやたらと重くて怠い。目覚めたばかりだからだろうか?
誠は昨晩の記憶が定かでないことに驚きを覚え――ふらつく身体を支えるために右手をベッドについた。
瞬間、掌が布地とは異なる柔らかさを返してくる。頭の中のイメージと右手から伝わってくる感覚が一致しない。
――ん?
いったい何の感触だろうと左手で目を擦りながら、右手をにぎにぎ。
しばらくの間、無言で右手に神経を集中させる。にぎにぎさわさわ。
見なくてもわかる。これは肉だ。瑞々しくて柔らかくて暖かい官能的な手触り。
断じて男の肉ではない。まだ若い――少女の肉。その中でも最上級の逸品に違いない。
いつまでも堪能していたくなる。というか現在進行形で堪能中。手が止まらない。
――ん?
触れただけで乙女の肉と知れたはいいが、どうしてそんなものが自分の傍に在るのか、それがわからない。
それ以前の問題として、なぜ自分はこれが少女だと判断できたのか、それもわからない。
脳内が霞がかったまま右手の先に目を向けると――
「ん~」
ピンクブロンドの少女が横に寝ていた。一糸まとわぬあられもない姿で。
毛布がはだけて白い肌がハッキリ見える。所々に赤い痣。網膜にしっかり焼き付けた。
誠の右手は少女の慎ましやかな胸に伸びていて揉みしだいている。
言い訳のしようもないほど、思いっきり。鷲掴みだった。
女性の胸は小さくても柔らかい。掌が吸い付いて離れてくれない。
「あん、誠ぉ……もう、だめぇ……」
甘えるような、許しを請うような。それでいて誘うような。
男の本能を直撃する寝声が、かすかに開かれた唇から零れた。
状況の把握もままならぬままに、誠の身体は敏感に反応する。
――え? あれ?
何かおかしなことが起きている気がした。
別にどこもおかしくないような気もする。
「冷静に、冷静になるんだ、僕。落ち着け」
口から漏れた言葉とは裏腹に頭の中は混乱したまま。
混乱していても手の動きは止まらず、少女の甘やかな喘ぎも止まらない。
触角と聴覚がぼんやりした脳みそに快楽を叩きこんできて、思考がまとまらない。
――そう言えば、イブの夜にこの子に声をかけられて……
確かサキと名乗っていたはずだ。だんだん思い出してきた。
家に連れ込んだあたりまでは、ちゃんと覚えている。
「えっと……それで……あ」
記憶が繋がるなり変な声が出た。
致してしまった。最後まで。何度も。
すべて覚えている。彼女の――サキのすべてを。
最高だった。16年の人生において究極にして至高の幸福だった。
そう確信を得るほどの快楽であった。サキの言葉に嘘はなかった。
にやけて崩れそうな口元を抑え、余韻に浸りながら……ふと気が付いた。
「あれ、生きてる?」
自分の胸に手を当てると、脈打つ振動の鼓動を感じる。
「ん~、んぅ」
「え?」
サキの寝息が変化して、ゆっくりとストップした。
すやすやと眠っていた少女の目蓋がゆっくりと開かれる。
この段階にあって、なおも誠の右手はサキの胸を弄ったまま。
まつ毛の奥に輝くアメジストの瞳が、誠の顔と自身の胸に伸ばされた手を交互に捉えて、
「ぁ、まこと……おはよ」
目と目が合った。
桃色髪のサキュバス少女は、何事もなかったかのようにニコリとほほ笑んだ。
胸が高鳴った。腹が鳴った。
★
時計を見ると朝の9時を過ぎていた。何はともあれ遅めの朝食を摂ることにする。
腹が減っては戦はできぬと言うではないか。戦う相手なんていないという点は置いておく。
内心の動揺を誤魔化すために誠はせっせと手を動かした。単純作業に意識を割けば余計なことを考えずに済む。
ひとり暮らしのくせに誠はあまり料理が得意でない。
朝食なんてせいぜい食パンをトースターに放り込んで目玉焼きを焼く程度。
……実はパンだけの日の方が多いくらいだったりする。
あとは買い置きの野菜ジュースをコップに注いで完成だ。
毎日似たようなものばかり食べているので新鮮味はない。
いつもなら『それで十分』と深く考え込んだりはしないのだけれど、いざ客人に供するとなると途端に恥ずかしくなってきた。
こういう時にこそ日頃の行いが物を言う。今さら嘆いたところで、もう遅い。
――そんなことよりさぁ……
誠の意識は閉ざされた浴室に向けられていた。手元の作業に意味はなかった。
ドアの奥からシャワーの音が聞こえてくる。先ほどまで寝床を共にしていたサキが浴びているのだ。
『食事の前に汗を流したいなんて、可愛いな』と感心させられる。
自分は全身から漂うサキの残り香に酔いしれているというのに。変態っぽい。
――シャワー……シャワーか……
昨晩すみずみまで堪能してしまった彼女の肢体が鮮明に再生されて、頭に血が上った。
反射的にゴクリと唾を飲み込んだ。ソワソワと視線が宙を泳ぐ。
あの向こうに裸のサキがいると思うと、いても立ってもいられない。
――いやいやいや、耐えなさいよ、僕。
『冷静に、冷静に』と唱えながら頭を軽く小突く。
慌てているところを見られたら超ダサい。
こういう時こそクールに決めるのがデキる男。
「ねー、マコト」
浴室からサキが姿を覗かせた。何も着ていない。
濡れた柔肌が眩しすぎる。起伏の乏しい曲線や桃色の髪を伝って滴り落ちる水滴が羨ましい。
誠の下半身がいきなり力を取り戻した。朝っぱらからギンギンだ。
目ざとくそこを見つけたサキはにんまりと笑い、
「もう一回する?」
小悪魔じみた表情でそんなことを口にする。
いや、彼女はれっきとした悪魔だ。これはきっと悪魔的ジョーク。
揶揄われているとわかっていても、頬の紅潮が止められない。
頷きかけて耐えた。がっつきすぎる男と思われたくない一心で。
代わりに喉を通って出た声は、しかし自然と裏返ってしまう。
「おっ、お願いですから服を着てください」
「え~、脱いだ服をまた着るとか嫌すぎ」
ひょこっと飛び出した顔が『めんどくさい』的な表情を作っている。
『そんなに言うなら裸でどうぞ』と返してやりたかったが、ギリギリで自重した。
彼女が同意したら誠の方が限界突破してしまう。
その展開、割と可能性は低くなさげ。自爆が目に見えていた。
「僕の服を貸しますから」
「じゃあいいや」
「それで、なんだったんですか?」
「え?」
「わざわざ風呂から出て来て僕を呼んだ理由」
肌を晒してまで声をかけてきたのだ。
さぞや大した理由があるのだろうと思ってみれば。
「別に。ちょっと揶揄ってあげようと思っただけ」
いい笑顔でわけのわからないことを言う。
返答に窮してじ~っと見つめてみたものの、まるで怯む様子もない。
――『別に』ってなんだよ!?
ツッコミを入れようとしたら『くしゅ』と可愛らしいくしゃみ。
「風邪ひく前にさっさと服着てください!」
「わー怒った。かわいー!」
誠の怒りなんて恐れるに足らずと言った風情で、サキは脱衣所に引っ込んだ。
程なくして再び耳に届くシャワーの音。誠を揶揄うために身体が冷えてしまったから、もう一度暖まっているようだ。
二度手間とかそういうことは考えていないらしい。マイペースにも程がある。
――う~ん、この……
いつもの朝とはまるで違う、思いっきり騒がしい朝。
寝汗とは違う汗で顔も背中もびっしょり。
染みついたサキの香りはもったいないけど、自分もシャワーを浴びたくなってきた。
でも我慢。そんなことを口にしたら絶対に笑われる。
せめて彼女が服を着て戻ってきてからにしよう。それがいい……
「服?」
声に出してみると奇妙な違和感を覚えた。
はて……と眉を顰めて、すぐに答えに至った。
この部屋にはこれまで女性が足を踏み入れたことはない。
つまり女性用の服など一着もない。
「えらいことになった……」
顔から血の気が引いた。
こういう時、世の男性はいったいどうやって対処しているのだろう。
スマートフォンで検索すれば、よさげな回答が見つかるだろうか?
それともコンビニまでひとっ走りした方が良いのか? 間に合う?
「いや、落ち着け。コンビニに服なんて売ってない。売ってないよな?」
唐突過ぎて混乱モードから復帰できない。理性はエラーを吐き続けている。
でも、時間がないことだけはわかる。
エアコンが効いているとはいえ冬の朝だ。
サキが湯冷めしたらかわいそうなので、急がなければならない。
焦る。焦るけれど、それにしても――
「……可愛い、だってさ」
誰に聞かせるでもなく、独り言ちた。
16歳の男子的に『可愛い』と称されると微妙な気持ち。
でも、不快ではなかった。
可愛い子に可愛いと言われるのも悪くはない。新たな発見だった。




