第3話 聖夜の誘い
本日更新第3話目になります。
『イイコト』いわゆる善行と言っても色々ある。
募金箱を持って寒空の下でボランティアに勤しんだり。
年老いた老人の手を引いてあげたり荷物を持ってあげたり。
ダンボール箱に入れて捨てられている猫を拾ったり。
しかし、しかしである。
クリスマスイブの夜。
コートの下は下着同然の半裸な美少女。
そして耳を撫でる甘い声。
状況を鑑みれば、目の前の少女が持ち掛けてきたのがそういう系統の話でないことは明白だった。
端的に言えばえっちなことであろう。別にワルイコトではないが、イカガワシイコトではある。
鈍感な誠でもそれくらいのことはわかる。何なら自分だって似たようなことを考えていたのだから。
……忌まわしい記憶が蘇って、至近に迫る少女の紫瞳から目を逸らした。胸の奥からムカつきが込み上げてくる。
――違うだろ、この子のせいじゃない。
口を抑え歯を食いしばって嘔吐感を堪えた。
キョトンとした少女の眼差しが痛い。
そして……ひと言だけ。
「断る」
「そうそう断るって……え、断るですって!? マジで言ってる!?」
うんうん頷いていた少女は驚いて声が裏返っている。
なぜそこまで自信満々なのか不思議でならない。
「え? イイコトってえっちなことよ?」
「言われなくてもわかってるよ」
「アンタ男の子でしょ?」
「そうだけど」
「だったらえっちなこと大好きでしょ!?」
「……それは偏見だろ」
あまりにひどい決めつけに、誠は渋面を作った。
日々を真面目に生きている少年として、そういう風に見られていることはショックだった。
自分も昨日同じようなことを目論んでいたことは棚に上げた。
「ちなみに私はえっちなことが大好きです」
「その身を切るような告白、本当に必要だった?」
赤面しつつも『えっちが好き』と同年代の少女が公言したことに驚きを禁じ得なかった。
『堂々と口にしていいものなの?』という疑問が湧いたが……問いかける勇気はない。
――何なんだ、この子。頭のネジが外れてるのか?
「なになに? 聖夜にいい子ぶってサンタクロースにアピールしてるの?」
「サンタクロースなんて信じてないし、両親は海外で僕はひとり暮らしだ」
つい個人情報を暴露してしまった。
少女は、やけに敏感な反応を示した。
『ひとり暮らし』というワードに。
「ひとり暮らしだなんてそれは好都合……じゃなくって、ご両親に信頼されてるのね」
「信頼ねぇ……まぁ、そうかも」
両親と最後に生で顔を合わせたのは春。
あれからまだ1年たっていないのに、ずいぶんと昔のことのように思える。
『信頼』という単語が耳に痛かった。これから命を断とうとしている誠には、おおよそ似つかわしくない言葉だったから。
「ところでアンタ何歳なの? 見た感じカワイイけど」
「16歳。高校1年生」
「だったら性夜に可愛い子にアピールしなさいよ。目の前にちょうどいいのがいるでしょ、ほら!」
「え、どこ?」
「……」
「……」
ふたりは無言で見つめ合った。可愛い子なら誠の目の前にいた。
アメジストのように輝く瞳も、ツンと上向いた小鼻も、瑞々しげな唇も。
何もかもが文句なしに可愛い。これまでに出会ったどの女の子よりも可愛い。
リアルと言わずテレビやパソコン、スマートフォンの彼方と言わず。この子がナンバーワンだ。
事実を素直に認めることが気恥ずかしかったから照れ隠しのつもりでボケてみたのだけれど、プルプルと震える少女はどうやら異なる解釈をした模様。
少女はぐ~に握りしめた拳を振り上げていた。
振り下ろすべきターゲットは、ひとりしかいない。
あまり痛くはなさそうだとしても、殴られるのは御免だった。
そっちの気質はないし、出会って間もない少女に暴力を振るわせたいとも思わない。
「落ち着いて。……いや、わかってるから。君はとても可愛い。本気でそう思ってるから」
「なんなの君、この私が『えっちしよ?』って誘ってるのよ? ノータイムでオッケーするでしょ、普通」
「普通に考えたら、出会って間もない女の子からそんなことを言われたら裏を疑うと思うんだけど」
これは本音だった。
ウソ告白とかならまだマシだ。
美人局とかだったらシャレにならない。
妖しいツボのセールスだとか、あるいはヤバげな宗教のお誘いとか、そう言った可能性まである。
……ということを、誠心誠意込めて力説した。
『僕は何をやっているんだろう?』ちょっとわけがわからなかった。
しばしの沈黙ののち、得心いったらしい少女は拳を下ろしてくれた。
「ああ、そっか。私としたことが失敗失敗。説明するの忘れてたわ」
てへっと笑ってペロリと舌を出した。
そんなあざとい仕草まで可愛いのはズルいと思った。
「説明って……」
『何を?』と尋ねようとした誠の首筋に何かが巻き付いた。
細くて長い紐状のものに締め付けられるような感触があった。
グイッと引き寄せられる感覚に驚く間もなく、ナニカが眼前に突き付けられる。
先端をよくよく見てみると、それはハート形の黒い矢印あるいはトランプのスペードに似ている。
何となく見覚えのあるようなないようなそれは……
「私って悪魔なの。サキュバスって知ってる?」
尻尾だった。
★
「へぇ~、良い部屋じゃない」
誠は少女とともに自室にいた。
通っている学校から電車で駅6つのとあるマンション、その6階の一室だった。
奇しくも誠たちが出会った公園からも駅6つだった。
獲物(誠のこと)の首に尻尾を巻き付けて引っ張ってきた桃色髪の少女は『サキ』と名乗った。
『サキュバス』の『サキ』だなんて偽名臭いなと思ったが、別に突っ込む気にはならなかった。
――悪魔って……サキュバスって……
サキュバスという呼称には聞き覚えがあった。
確かエロい事をして男の生気を吸い取る悪魔か何かだったはずだ。
ゲームとかでも頻繁に見る。ラスボスというほどではないがメジャーな悪魔だと思う。
細かい設定までは微妙に怪しいが、イメージ自体は概ね間違ってはいないはず。
脳裏に描かれたサキュバス像をそのまま伝えると――サキは満足げに頷いた。
『ハロウィンは2か月前に終わったばかりだけど?』
などと鼻で笑い飛ばしたいところではあったが……首に巻き付いたままのそれは、どう見ても尻尾だった。
肌を通して生物由来のものと思わせる熱と弾力を感じる。これはコスプレではありえない。疑いようはなかった。
――べ、別にサキュバスと聞いてえろいこと想像したわけじゃないし!
脳内でいくら言い訳しても誰にも聞こえないわけだが、言い訳をせずにはいられなかった。
実際のところ……これがただの援助交際のお誘いだったら、誠はさっさと振り払っていただろう。
香澄の浮気を目撃して以来、どうも女性を視界に入れるのが辛い。人間不信、とりわけ女性不信になりかけていた。
今から思い返してみると、よくもサキと普通に会話できたものだと首をかしげ……そして答えを得て納得した。
サキは悪魔だ。サキュバスだ。想像上の存在に過ぎないと思っていたファンタジーだ。理屈が通用しなくてもおかしくはない。
――聖夜に悪魔と出会うなんて、皮肉が利いているじゃないか。
誠はこの不思議な出会いを楽しんでいる自分を自覚した。
冷静に考えると(考えてない)悪魔というのは物騒な存在のはずだ。
見た目は飛び切り可愛いけれど、いつもの誠だったら真偽を問わずに回避一択。
年頃の女の子を部屋に連れ込むなんて、誰かに見られたらシャレにならない。
でも……これから死のうとしていたのだ。美少女(ただし悪魔)を連れ込んだって構うまい。
どうせ後先やら世間の目やらを気にする必要なんてないと、そこまで考えて『あること』に気付かされた。
「待てよ……悪魔がいるってことは死後の世界とかも存在するのか?」
「何か言った?」
「あ、うん……ちょっと気になることがあって」
急浮上してきた疑問をサキに投げかけてみた。人知の及ばぬ領域でも悪魔なら何か知っているかもしれない。
死んですべてを手放そうと思っていたのに、死んで終わりにならないとなると話が変わってくる。
「さぁ? 私は死んだことないし、そういうの見たこともないし」
「そうなの?」
「うん」
「そうかぁ」
悪魔が存在するとしても、すべての幻想が真実とは限らないといったところか。
悪魔、幽霊、UMA、宇宙的脅威などなど……いわゆる超常現象的な存在は数あれど、彼らを十把一絡げに扱うのは人間の傲慢かもしれない。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「……別に。何でもないよ」
そっちの興味はともかくとして、この少女は今夜泊まるところがないと言った。
ホワイトクリスマスはロマンティックだけれど……ぶっちゃけ寒い。悪魔だって寒かろう。
雪降る夜に外に放り出すというのも残酷に過ぎる。一夜の寝所を提供するくらいなら別にかまわないだろうという気持ちもあった。
だから部屋に連れてきた。それでいい。
そんなわけがなかった。
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