第15話 外出しよう! その1
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誠とサキの新生活が幕を開け――たと言うのは、まだ早かった。
ひとり暮らしの男子高校生の下に美少女が転がり込んできたならば、足りないものは山ほどあって。
一泊二泊ぐらいなら目をつむっていられたことも、永らく共に過ごすとあっては見過ごせない。
ふたりがいつまで一緒に暮らすことになるか、具体的には決めてはいないけれど……
幸い今は冬休み。すでに何日かは過ぎてしまっているものの、自由に動ける時間は有り余っている。
この長期休暇を活用しない手はない。年が明けて三学期が始まるまでに生活環境を整えるべし。
そのためにも、早速――
「買い物に行こう」
「お~!」
「サキさんは毎日元気だね」
「当然よ。だって誰かさんが毎日生気をたくさん分けてくれるんだもの」
今日もサキは上機嫌。お肌もつやつや。
日を追うごとに輝きを増しているように見受けられる。
彼女の言葉を信じるならば、誠のおかげ(?)ということらしい。
確かに昨晩もまた、腰が立たなくなるまで身体を重ね合った。
もはや恒例となっていることだし、そうすることに疑問を抱くこともない。
眠りにつく際には『明日は動けないのでは?』と思っていても、目が覚めたら別にどうということもない。
むしろ以前よりも目覚めが爽やかなくらい。朝から晩まで元気いっぱい。ふたりは今日も満ち満ちている。
「さて、買い物に行くとして……まずは何を買うかな?」
「服!」
「だよね」
サキが即答し、誠は頷いた。
今の彼女はクリスマスイブの夜に初めて出会った時と同じ格好――慎ましやかな胸と腰の周りだけを黒のラバーで覆ったサキュバス全開な姿である。
これ以外に服を持っていないと言っていたから、契約を交わして家に居付くようになった日以降は、ずっと服を貸していた。
『魔界からわざわざ人間界に出張ってくるのなら、それなりに準備を整えておくべきではないのか?』と疑問を抱かずにはいられなかった。
人間的に表現するなら旅行というよりも移住に近い。あるいはホームステイか。どちらにしても服が一着しかないというのは解せない。
「身軽じゃないといろいろ引っかかるのよ」
サキは桃色の髪を弄りながら、そう答えた。
世界を渡るためには厳しいルールがあって、手荷物の類はほとんど持ち込めない。
過去に魔界産の物品が原因となって、人間界でとんでもないトラブルが発生したことがあるらしい。
人間にバレないように後始末するのは物凄く大変だったそうだ。以来、厳格な審査が行われているとのこと。
「大変なんだね。他の悪魔はどうしてるの?」
「さぁ?」
こんな有様でよくも人間界に来る気になったなぁと呆れてしまう。
『衣・食・住』は文化的な生活の基本要素のはずなのに、悪魔たちの移住はすべての要件を欠いている。
魔法があるからどうにかなるのかもしれないとは言え、限度があるのではないか。無謀という感覚が否めない。
雪降るクリスマスイブの夜。
サキが初対面の誠にやたらと積極的だったのは『サキュバスだから』という理由だけではなかった。
そもそも状況がとことんひっ迫していたのだ。本人曰く『後がない』くらいの崖っぷちだったとのこと。
いい思いをさせてもらったし、これからもする予定だから、別に文句を言う筋合いではなかった。
ただ……心配になった。とてもじゃないが放ってはおけない。人間だって悪い奴は珍しくないご時世だ。
「それにしても、何でまた冬の夜なんかに来たの? せめてもっと暖かい時期を選べばいいのに」
「だって『門』のスケジュールが空いてるところが他になかったんだもん」
「あ、いつでも移動できるってわけじゃないんだ?」
「そこまで都合よくないし。いい感じのタイミングは競争率が高いのよ」
ぷ~っと頬を膨らまして、このコメントである。
安いチケットを取ったらひどい目にあわされた的な。えらく軽い。
下手したら命に係わるトラブルに巻き込まれたかもしれないのに。
「ま、おかげで誠に会えたし。私の運も捨てたもんじゃないわね」
「ご期待に添えるといいけど」
「謙遜しないの。私、今の暮らしが気に入ってるんだから」
「ん、んんッ! 服を買うのはいいとして……問題があります」
唐突に褒められて、頬がカーっと熱を持った。
わざとらしく咳き込んで話を逸らす。否、戻す。
サキと外出するためには大きな問題が立ちはだかっていた。
それは紛れもない事実だった。
「問題?」
「はい」
「……何かあったっけ?」
「えっとですね……ズバリ、服を買いに行く服がありません」
引き籠りの第一歩である。
「それは……この格好じゃダメかな?」
極小面積の黒ラバーに指を這わせながら尋ねてくる。
その可愛らしさに首を縦に振りそうになり――ギリギリで耐えた。
頻繁に正気度が失われそうな感覚に陥るのは、きっと気のせいだと信じたい。
「……厳しいんじゃないかな」
「そっかぁ」
眼福ではあるものの、あまり外を出歩くには向かない格好だ。
下手したら警察のお世話になりかねない露出度である。
「通販はどう?」
試着抜きで買うのは、できれば避けたかったのだが。
イメージと実物が乖離する可能性を否定できないから。
でもまぁ、致命的なことにはならないと思われる。案としては悪くない。
「え~! それじゃ今日は買い物行けないじゃない!?」
「そうなんだよなぁ」
この展開を予想できていれば、2日目の朝にはインターネットで注文できていたのに。
そうすれば今頃には荷物が届いていたかもしれない。日本の運送業者はたいそう勤勉だ。
「今から注文したら年末になるなぁ」
「それまでずっと家に籠ってるのは……別に嫌じゃないけど……」
サキの視線が誠の下半身に向けられる。
時間はいくらあっても余裕で潰せる。
何なら一日中でもノープロブレム。
「僕もその意見に賛成と言いたいところだけれど、ここでストップすると引き籠り一直線って感じしない?」
「……する。せっかく『出かけよ~』って気分なんだから、やっぱり今日行きたい」
「だよね。じゃ、僕の服で着られそうなものを選ぶってことでいい?」
「む~、わかった」
身長は誠の方が少し高いが、両者の体型は割と似通っている。
サイズだけを考慮するならば、誠の服をサキが着ることは可能だ。
サキュバス少女の肢体は、本人の希望を余所に全体的に穏やかな曲線を描いている。
その事実を突きつけられるからこそ、他に手がないとわかっていても気乗りしないのだろう。
想像できても口にしないだけの分別が、誠には備わっていた。
「と言っても、僕もそんなにいい服持ってないけどね」
「せっかくだから誠も買ったら?」
「僕も? う~ん……」
高校入学以来、誠はあまり手持ちの物を増やさないようにしてきた。
欲しい物を思うがままに買い漁ったら、整理が追いつかない。
ひとり暮らしを始めた当初に散々に思い知らされた。汚部屋は御免だ。
――僕もきっかけがないと服とか買わないし、アリと言えばアリかな。
「今回はサキさんの方を優先しようよ。僕の服とか別にいつでもいいし」
「そうね……その時は私が選んであげる」
「だったら今日は僕が選ぼうか?」
「あら、いいの? お願いしようかな」
悪戯者の眼差しを向けられて、誠はグッと言葉に詰まった。
とっさに軽口を叩いたが、ファッションセンスに自信が持てないのだ。
ただでさえ素材のいいサキに似合う服なんて、とてもじゃないが手に余る。
変な服を着せたら申し訳が立たないし、センスのなさをサキに暴露するのは恥ずかしい。
「すみません、調子に乗りました。僕は荷物持ちさせてもらいます」
「……そう?」
あっさり白旗を上げた誠にサキは首をかしげてみせた。
どんな服を選んで貰えるのか、楽しみにしていた模様。
――失望させたかな?
「うん。今日は自分で買う。でも……」
「でも?」
「いつか誠に選んでほしいかな?」
ふたりでお互いの服をプレゼントし合おう。
真顔でそういうことを提案されてしまうと『NO』と言えない。
サキが自分にどんな服を選んでくれるか、とてもとても興味がある。
「わかった。頑張るよ」
「ふふ……楽しみにしてるから」
「お手柔らかにお願いします」
「お願いされました。それじゃ」
サキは笑顔で指をリビングに向けた。
「?」
「服を着替えるから、誠はあっち」
「あ、はい」
わざわざ揉める必要を感じなかったので、誠は素直に頷いて部屋を後にした。
内心では『散々ヤっておいて今さら恥ずかしがるのか?』と疑問を抱いていたが。
いくら身体を交わしてみても、女の子が何を考えているのかよくわからないまま。
それとこれとはあまり関係がないということだけは、辛うじて理解できた。