第12話 現実的に夢見よう
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腹を満たしてコーヒーを啜って。
緩やかに穏やかに冬の朝をふたりで過ごす。
慌ただしいはずの師走にしては、実に贅沢な時間の使い方だ。
「さて」
「やろ」
いきなりこれだ。落差が激しすぎるし美味しすぎる。
このサキュバス、えっち大好きすぎるだろう。誠も大好きだ。
なんなら今すぐ彼女を抱きかかえて寝室に飛び込みたい。
でも――
「ちょっと待って」
「む~?」
軽くむくれてみせるサキに絆されそうになるが、ここは耐える。
「したくないの?」
――そんな顔されると……つらい。
小首をかしげて上目遣いだなんて。
キラキラ輝く瞳が眩しすぎる。
はだけられた胸元もズルい。
「したいけど、その前にお話があります」
「え~、何?」
「えっとですね。僕らが暮らしていくにあたりまして、色々と考えなきゃならないことがあるんじゃないかな、と」
「……例えば?」
「まず服」
「確かに! 服欲しい! 人間の服!」
女の子だな、と思う。偏見かもしれないが。
人間と悪魔、種族に違いはあれど女の子はおしゃれが大好き。
いつまでも男のおさがりで我慢し続けるのは辛かろう。
そもそも誠自身がそんなにたくさん服を持っているわけでもない。
「次に……って、そう言えばサキさんってお金持ってるの?」
服を買うという点において同意を得られたのは幸先がいい。
しかし、先立つものがなければ意味がない。
サキは首を横に振った。解かれた桃色の髪がふわりと揺れた。
「そっか。じゃあ僕が出します」
「……別にそこまでしてもらわなくても」
桃色髪の少女は不満げに唇を尖らせた。
「当てはある?」
「人間界に来てる同族に相談してみる」
「同族って、お金貸してもらうの?」
「てゆーか、お仕事を紹介してもらうつもり」
サキュバスがサキュバスに紹介する『お仕事』とは。
いかがわしい想像に傾いてしまうのは、自分がすでにエロい事しているせいだろうか。
誠は胸の奥にずしりと重い鉛を飲み込んだような感覚を覚えた。
軽く頭を振って湧き上がる昏い感情を振り払う。
――独占欲は、ダメだ。
この少女は誠のものではない。それが事実であり、そういう契約だ。
契約外の生活については、お互いに自由でなければならない。
自由時間にサキが何をやっていても、誠が干渉するいわれはない。
「なるほど。でもお給料が出るまでは時間かかるでしょ。それまでは僕が出すよ」
内心の動揺を悟られないように苦心する。
サキはしばらく借りを作ることになるのが心苦しいのか、誠と目を合わせようとしない。
『助かった』と思った。あのアメジストに魅入られたら、生半可な誤魔化しは通用しない。
「……うん、ありがと。お金入ったら返すから」
「どういたしまして。ちなみに、同族がどこにいるかとかってわかるの?」
「その辺は人間界に来る前にリサーチしてる。このあたりだと……古本屋、花屋、あと喫茶店だったかな」
宙に視線を彷徨わせながら、指折り数えて記憶からピックアップしてくる。
悪魔が人間界に移住する場合、近くに同族がいるところを選択することが多いそうだ。
何かあったときに仲間が傍に居てくれる方が協力を仰ぎやすいから。
「後ろ暗いところのあるってゆーか、違法転移の場合はそうでもないらしいけど」
「へぇ……かなり厳しくチェックされる感じ?」
「ええ。今代の魔王はその辺結構うるさい。穏健派だしね」
「なるほど」
魔界の情報に頷いたふりをしつつ、ホッと胸を撫で下ろした。
古本屋、花屋、そして喫茶店。
サキが挙げた職場なら、あまりおかしなことは起こりそうにない。
「都会の方に行くと水商売やってる人もいるらしいけど」
「うぐっ」
誠の懸念するところはバレていた。
ニヤニヤと笑うサキの顔を見ていられなくて、そっと目を逸らす。
「べ、べべ、べべべ、別にそういうこと気にしないし」
「だったらこっち向いて」
「……はい」
素直に従って正面を向く。
紫眼に捉えられて目を背けることができなくなる。
「私は誠と契約してるんだから、他の人とはしない」
「そうなの?」
「そうよ。まぁ、誠が私と他の人とやってるところを見たいとかいう変態なら……」
「……なら?」
「契約は解消させてもらうわ。私、えっちは好きだけどそういうのは趣味じゃないの」
その声は鋭くて。
眼前のサキの顔はシリアス100%だった。
決して冗談の類を口にしているようには見えない。
「ごめん。失礼なこと考えてた」
「ううん、別に怒ってない。私たちサキュバスはそういう風に見られがちだってわかってるから」
「でも……サキさんのことを疑ったのはよくなかった」
「それは違うわ、誠」
「え?」
「私は悪魔で誠は人間。お互いにわかってないこともあるし、わからないことを疑うのは当然よ」
「……そう、なのかな?」
「ええ。気になることがあるなら話し合えばいい。人間も悪魔も、そのために口があって言葉があるんじゃないかしら?」
何もかもを詳らかにしなければならないわけではない。
誰だって聞かれたくないことや隠しておきたいことはある。
それでも……対話そのものを拒んでしまうと、何が良くて何がダメなのかすらわからない。一歩も前に進めない。
ただでさえ人間と悪魔では常識も価値観も異なっているのだ。
両者の溝を埋めるためには、ひとつひとつ確かめ合っていく必要がある。
地道な作業であり、時には喧嘩することもあるだろうけど、とても大切なことだ。ショートカットは不可。
「ありがとう。僕はどうにも気が利かなくって……」
「いいっていいって。これから仲良くやっていきましょ」
「わかった。ちゃんと話し合おう」
意思疎通の重要性については、すでに散々思い知らされている。
これ以上失敗することは御免だった。
「うんうん……って、何の話してたんだっけ?」
「……服を買うのとお金をどうするのかって話をしてたような」
「そうだったわね。じゃ、その辺はこんな感じで。あとは?」
「服以外にも買う物はあるよね。雑貨とか小物とか」
「あ~確かに」
食器や歯ブラシ、タオルやら何やら色々と。
パッと思いつかないけれど、恐らくたくさんある。
一気にリストアップするよりも、気付くたびにメモして、その都度買い足すぐらいがよさそうだ。
「買い物はどうする? わかる?」
「か、買い物ぐらいひとりでできるんですけど。もう子どもじゃないんだから」
人間界に来たばかりの悪魔少女をひとりで外に出すことに不安を覚えた。
意地を張っているようにも見受けられたが、彼女の意思を軽んじるわけにもいかない。
誠とサキはあくまで契約で結ばれた共同生活者。
どちらが上とか下とか、そういう関係ではない。
「てゆーか、今日もご飯作ってもらっちゃったけど、こういうのも一緒にやった方が良いね」
「一緒にというか、協力してもらえるなら当番制かな」
「協力も何も……共同生活なんだから、手分けするのは当たり前じゃない?」
「そう言ってもらえてうれしいよ」
心からの言葉だった。
『私、働きたくな~い』なんて言われたらどうしたものかと密かに悩んでいたから。
対等な関係とは言うものの、誠にとってサキはあまりに魅力的に過ぎる。
ゴネられたら『だったら僕がやるね』などと口走って、気付かないうちに不満を溜め込むことになったかもしれない。
だから彼女の方から積極的に協力を申し出てくれるのは、とてもありがたいことだ。
『サキさんっていい子だなぁ』なんて考えていると――
「さっきのお金の話で気になったんだけど、誠ってお金はどうしてるの?」
ふいに、少女の唇からそんな問いが零れた。
――え、お金? 僕の?
し、週末に書き貯めないとマジヤバいです……