第11話 目覚めても夢のような
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目を覚ますと、腕の中で少女が眠っている。
暖かくて柔らかい肢体。鼻をくすぐる甘やかな香り。
悩ましげな寝息が零れる唇は艶めいていた。
目で耳で、そして肌で感じる快感と幸福。
全身に圧し掛かる気怠さすら心地よい。
何もかもが、つい先日までの自分からは想像もつかなかった光景で。
「なんだか現実味がないな」
誠は上体を起こしつつ独り言ちた。
顔はごく自然に苦笑を浮かべてしまう。
すやすやと気持ちよさそうに眠っているサキュバスの少女を見ていると、悪戯心がむくむくと湧き上がってくる。
伸ばした指先で桃色髪を軽く撫でると、サラサラした手触りが楽しい。
「む~」
眠ったまま誠の手を払いのけようとするサキの白い手。
髪を弄る手に自分の手を添えると、目を閉じたままこれを握りしめた。
力は入っていないからすぐ抜け出せる。でも、それはとても勿体ないことのように思われた。
「可愛いなぁ」
この少女が悪魔であることが信じられない。
この少女と自分が肉体関係にあることが信じられない。
この少女が……
――でも、現実なんだよな、これ。
断じて夢ではない。頬を抓るまでもない。
彼女とのめくるめく快楽体験は、ひと欠片も余すことなく脳裏に刻み込まれている。
まるで夢のような。夢ではありえないような。夢だったら泣く。
サキの手が離れた。空いてしまった指がツツ……と少女を撫でる。
ツンと上向いた鼻から唇を掠め、おとがいから首筋を経て鎖骨へ。
慎ましやかに膨らんだ胸のふくらみを超えて、向かう先は可愛らしいおへそ。
そして――
「ご飯作ろ」
喉を通って出た声に気負いはなかった。
焦る必要を感じなかったから。
ひとり暮らし、もといふたり暮らしで折りしも時は冬休み。
歳末に向けて世は慌ただしく駆け抜けていくものの、誠たちにはあまり関わりのない話。
腹が減っては戦はできぬ。目を覚ましたサキにも同じことが言えるだろう。
ご飯を食べてから、改めてすればいい。拒まれることはないのだから。
★
サキを迎えた初めての朝に思い知らされた。
家事をサボっている場合ではない、と。
男子高校生のぼっち生活なら、手抜き飯を始めとしたテキトー生活でも咎める者は誰もいない。
しかしこれが男女のふたり生活となると話は変わる。
サキを汚い部屋には住まわせたくないし、どうせなら美味しいご飯を食べてもらいたい。
親に金を出してもらっている身とはいえ、一家の主としての自覚が促される。
可愛いあの子にカッコつけるためにも、誠自身の誇りのためにも一刻も早い成長が求められる。
こう言ったアレコレは日々の積み重ね。いきなり上達したりはできない類のものばかりだ。
だから、今日から今から始めよう。そういう心持ちだった。
――サキさんって料理とかできるのかな?
乙女の手料理は男の夢のひとつと言えよう。今までは叶わなかった夢だった。
ただ……なんとなく彼女と料理という単語が脳内で結びついてくれない。
ビビッドな容姿がそう感じさせるのだろうか。それともただの偏見だろうか。
「ま、そのうちでいいだろ」
新生活が始まって大して日も経っていない。
アレもコレもと図々しくお願いするのも気が引ける。
根本的な話として、その手のオプションが自分たちの『契約』に含まれているかどうかすら不明だ。
そう、誠とサキは『契約』によって結ばれている。
誠は生気と住居を与え、サキは快楽を与える。
ヒトと悪魔の相互契約。契約更改については要相談とのこと。
魂を奪うとか、そういう物騒な話ではないのだけれど……
――援助交際みたいだよな。
『生気』の部分を『金銭』に変換すると、そのまんまだった。
かつての誠はその手の関係に対しては否定的な印象を持っていた。
肉体関係というのは、恋愛なりなんなりの積み重ねの先にあるものと信じて疑わなかった。
しかして実際にサキと自分の関わりについてネガティブなイメージがあるかというと、別にそんなことはなかった。
我ながら身勝手な変節だと呆れてしまうが、今さら取り繕っても始まらない。
「……気楽だよな」
契約に基づいた対等な関係。余計な気遣いはお互いに無用。
だからと言って相手を蔑ろにするということは決してない。
誠はサキのことをひとりの女性として見ているし、そのように扱っている。
サキは誠を揶揄うことはあるものの、ひとりの人間として接してくれている。
割り切った関係は、香澄にまつわる感情に永らく振り回されてきた誠にとってありがたいものだった。
「おはよ~」
寝室からサキが姿を現した。
羽織っているのは誠のワイシャツ。
前が大胆にはだけていて色々と丸見えだ。
『ん~』と背筋を伸ばすと……ぱんつはいてない。
――服も買わなきゃ。
先日は何とか誤魔化した件がぶり返してきた。
これからもこの少女と同居を続けるのならば、この手の問題は避けて通れない。
他にも色々考えなければならないことはあるはずで、そのあたりの話し合いも必要になると気付いた。
「おはよう、サキさん。ご飯食べる?」
「食べる」
ぺたりと椅子に腰を下ろした少女の前に皿を差し出す。スクランブルエッグとサラダ。
ついでトースターから焼き上がった食パン。そして暖めたコーンスープ。
相変わらず面白みのない献立。でも、昨日よりちょっとだけ頑張ってみた。
目玉焼きがスクランブルエッグに進化した。余り変わっていない気もした。
「コーヒーでいい?」
「うん。ありがと」
「砂糖とミルクは?」
「いらない」
「……ブラックでいいの?」
「いい」
まだ頭がしゃっきりしていないのか、サキの反応はシンプルで幼げ。
表情もほわほわしていて、そういうところも、また可愛い。
マグカップを渡すと、少女は昨日と同じように両手で保持して口に運ぶ。
「にが」
眉をしかめて舌を出し、じ~っと上目遣いで見つめてくる。
誠は黙ってスティックシュガーとコーヒーフレッシュを渡した。
「ひとつずつでいい?」
「うん」
素直に頷いて砂糖とミルクをカップに垂らす。
グルグルとスプーンでかき回してから再び口へ。
ずず……と啜る音がする。そして笑顔。
――砂糖とミルクはひとつずつ。覚えておこう。
誠も椅子に腰かけてコーヒーをひと口。ブラックだ。
慣れたものだから特に違和感はない。
スクランブルエッグを口に放り込むと……悪くない出来だった。
テーブルを差し挟んだ真向かいでは、サキもニコニコしながらせっせと口を動かしている。
――あれだけ運動したもんな。お腹減るよな。
昨晩致した記憶が再生されて、口元が緩む。
サキの舌遣い、唇の動き。指を舐める仕草。
ひとつひとつが昨日の朝より鮮明かつ詳細に見て取れる。
「誠、えっちなこと考えてない?」
「……考えてたっていうか、動いた分だけ食べないとなって」
「も~、朝からそういうこと言う」
ぶ~っと頬を膨らませる。
……『そういうこと』を考えていたのが自分だけだなんて思えないのだけれど。
「サキさんは考えない?」
「……秘密」
口ごもりつつ視線を逸らされた。
アメジストの輝きは陽光差し込む室内を右往左往している。
サキの瞳は口以上に物を言っていた。一目瞭然だった。
にもかかわらず、頑なに本人は認めようとしない。
「それ、ズルくない?」
「ズルくないし」
「ま、いっか」
「うん。いい」
お互い様と笑い合う。
気持ちのいい朝だった。
何気ない朝食も、ふたりで食べれば美味しく感じられる。
そんな些細な幸せが、とても嬉しい。心が満たされる。
「いい朝だね」
「だねぇ」
少し寒々しい冬の朝だけど、室内はとても暖かい。
静かな音を立てているエアコンのおかげ……だけではないだろう。
これからは、こういう毎日を積み重ねていくことになる。
ふたりの新しい始まりに相応しい、穏やかな朝だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
昨日はたくさんの感想をいただきました。
こういうことは初めての経験でして、上手く返答できているか心配です。
ちょっとおかしな返しをすることもあるかもしれませんが、生暖かい眼でスルーしていただければ幸いです。