英雄の証明
「ご覧下さい、アルト様!あれが帝都ですわ!」
「おぉ!あんなに大きいのですね。」
グウェン殿下の指差す先に目をやり、聳え立つ巨大な壁とその奥に微かに城郭が見えて、感嘆の声を上げた。
王国の王都も大きかったが、帝都は更に二回りくらい大きく広いのではないだろうか。
「アルトよ、ヌシのお陰で無事に帝都に辿り着けたぞ。」
「いえ、俺は何もしていませんが。むしろ騎士達のお陰で安全に旅ができました。」
帝都へ向けて辺境の街を発ってから約三ヶ月。
本来であれば一ヶ月半ほどの道のりなのだが、立ち寄った街で領主からの歓待を受けながら移動した為、二倍の日数が掛かってしまった。
帝国皇女と現皇帝の実兄である公爵が立ち寄ったのに歓待もしなければ貴族として失格らしく、領主達は必死に二人の機嫌を取っていた。
その過程でほとんどの貴族は"こいつは何だ?"という目で俺を見ていたが、殿下と公爵が揃って"命の恩人であり最高賓客"と言ったが為に、俺まで最上級の歓待を受けてしまった。
目敏い貴族は二人の俺に対する接し方から益ありと判断したのか、やけに俺に近付こうとする者もいたくらいだ。
そういう人達とは多少話したが、俺はあくまでも護衛の冒険者という立場で接した。
「アルト様、ひとまず帝宮までは同道していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構いませんよ。」
「ありがとうございます。おそらく皇帝陛下との謁見は数日後になるかと思われます。それまでは帝宮に一室を取らせていただきますので、そちらでごゆっくりお休み下さいませ。」
「え、よろしいんですか?」
二、三日は城で過ごすって事だよな。
「勿論でございます!アルト様は私のお招きしたお客様なのですから、誰にも文句など言わせません。あ、外出等はご自由にしていただいて構いませんのでご安心を。」
「それは助かりますけど…」
ギルドにも行って拠点変更の手続きをしないといけないしな。
それから竜との戦闘で防具がぶっ壊れたから鍛冶屋に行って新調もしたい。
途中の街でやろうと思ったのだが、殿下が帝都で凄腕の鍛治師を紹介すると言った為、防具の新調はまだしていないのだ。
「ヌシの倒した竜も、ギルドに売却するにしろまずは皇帝陛下にお見せせねばならぬ。ヌシが帝宮にいた方が、こちらとしても都合が良いのじゃよ。」
あの竜は公爵の家来達が解体して帝都に持ってきているのだ。
皇帝陛下に見せるなら死骸そのままが良いのだろうが、流石に腐ってしまうからな。
解体した上で魔法処理をしなければならなかった。
「そういう事であれば、お世話になります。」
そんな話をしながら、俺達は帝都に入っていった。
「ア、アルト様!!」
「!?ビックリした……どうかされましたか、殿下?」
巨大で絢爛な帝宮に入り、客室に案内されて約一時間。
外出は明日にして今日は体を休めようと思い、部屋付きのメイドに淹れてもらった高そうな紅茶を飲みながらゆったりしていると、突然殿下が部屋に入ってきた。
「殿下、はしたのうございます。」
「はっ!も、申し訳ございませんでした…」
殿下の後ろに付き従っている厳格そうなメイドの言葉に、殿下ははっとして俺に一礼した。
「い、いえ、俺は大丈夫ですが……どうかされたんですか?」
「そうでした!アルト様、突然の事で大変申し訳ないのですがーーー」
殿下がアタフタしながら俺の顔色を伺っている。
何か大変な事でもあったのだろうか。
「ーーー皇帝陛下が、今すぐお会いになるそうです。謁見の支度をお願い致します。」
「…………え?」
皇女殿下の帰還と公爵来訪の一報を受けた皇帝陛下は、即座に殿下と公爵を呼び寄せたらしい。
そこで公爵の病が治った件や、殿下が竜に襲われた件を聞き、更にその二人を救った人間が同一人物で、しかもいま帝宮に来ているという事まで聞いた。
その瞬間、皇帝陛下はその客人を今すぐ連れてくるよう厳命し、本日の謁見や職務の予定を全て白紙にするとまで言ったらしい。
周りの者達は慌てて考え直すよう忠言したが、皇帝陛下は断固として譲らなかったそうな。
普通、こういう正式な謁見などは、高貴な人間の推薦があって、中枢機関の認可が下りてから、さらに日時の調整がおこなわれてようやく実現するものだ。
今回は皇女殿下と公爵の推薦があったから数日で謁見できるだろうと予想されていたが、まさか認可も調整も全て飛ばして謁見が成るとまでは誰も思っていなかった。
あまりにも予想外の事に殿下は慌てていたが、俺はそれ以上に慌てて頭が真っ白になっていた。
気付いたらいつの間にか体を清め、使用人達に服装や髪型を整えられ、謁見の間に到着していた。
そして今、跪く俺を見下ろしているのが、豪奢な椅子に座った皇帝陛下である。
「余は帝国皇帝、ユーゼルだ。貴様が冒険者のアルトか。」
威厳というものが音に宿っているかのような重厚な声だった。
返事をしたいところだが、陛下の許可が下りない限り、直接言葉を返してはいけないと殿下に言われていた為、沈黙を保つ。
「冒険者のアルトよ、陛下の「良い、直答を許す。」…はっ!」
皇帝陛下は斜め下に控えた宰相の言葉を遮り、鋭い目で俺を見た。
許可が下りた為、俺は口を開く。
「はい、俺が冒険者のアルトです。」
「陛下、彼は平民出の一冒険者にございます。慣れぬこと故、ご無礼もございましょうが、どうか寛大なお心でお許しいただきますよう、お願い申し上げます。」
すかさず公爵がフォローに入ってくれた。
皇帝陛下は鷹揚に頷いている。
「うむ、わかっておる。言葉遣い程度で咎めるつもりはない。安心せい。」
「ありがとうございます。」
「…それより、貴様が兄上の病を治し、竜を退治して娘を救ったというのは真か?」
「細部に語弊はありますが、概ねその通りです。」
「ふむ、細部の語弊とは?」
「まず、俺が公爵様の病を治したわけではありません。公爵様の病を治したのは魔道具の力であり、俺はその魔道具に魔力を注入しただけです。」
「……兄上よ、こやつの言葉に間違いはないか?」
「全て事実でございます、陛下。しかしながら付け加えるならば、その魔道具には想像を絶する程の魔力が必要であり、見事に魔力で満たしてみせたのは、他ならぬアルトのみでございます。」
「うむ、そうであろうの。あの魔道具は、我が国の誇る宮廷魔法師でさえ満たす事はできなかったのだから。」
あぁ、そうだったのか。
皇帝陛下も色々と試していたんだな。
「兄上の病に関してはわかった。竜の一件に関してはどうなのだ?」
「皇女殿下の一隊が竜に襲撃を受け、その竜を俺が倒したという事であれば、それは全て事実です。」
謁見の間にいた貴族や騎士達がどよめく。
驚愕に目を剥く者や、懐疑的な視線を向けてくる者もいた。
「ふむ、それが真であれば新たなる竜殺しの誕生という事だが………騎士団長よ、どう見る?」
陛下が宰相とは逆の斜め下にいる鎧の男に問いかけた。
あの男は騎士団長だったのか。
つまり、帝国騎士を統べる者というわけだ。
「そうですな……」
騎士団長は無表情で俺を見つめる。
「……恐れながら、私の目には彼が竜を殺す程の猛者であるようには見えませぬ。これまで数々の戦士を見てきましたが、その私から見ても、彼は"凡庸"に尽きるというものです。」
厳しい言葉だが、そこには俺を嘲る色は無かった。
騎士団長は自らの目を信じ、ただ思った事を正直に口にしただけだ。
「ふむ、もし仮にそうであれば、貴様は皇帝である余を謀ったという事になるが……」
「陛下!アルト様は決して凡庸などではありません!アルト様は真なる英雄です!!騎士団長の見立ては間違っています!!」
悩ましげな皇帝陛下に異議申し立てたのは、グウェン殿下であった。
激昂した様子で捲し立てる殿下に、周りの者達が心底驚いている。
ここまで怒る殿下というのは、かなり珍しいに違いない。
「ならば、証明してみせよ。貴様が竜殺したる証拠を、この場で余に示してみせるのだ。」
皇帝陛下は殿下の剣幕に驚く事もなく、そう言った。
いや、口元には薄らと悪戯な笑みが浮かんでいる。
………このオヤジ、ハメやがったな。
おそらく皇帝陛下は最初からこういう展開に持っていくつもりだったのだろう。
貴族や騎士達の集まるこの場で、俺の力を測ろうとした。
何故そんな事をするのか、なんとなくの予想はつく。
まず、俺の力が本当に竜殺したりえるものなのかを知る為。
竜の死骸を見るだけでは、俺がやったという証明にはならないからな。
それから、仮に俺の力が本当であった場合にこの国で俺を囲う為。
俺の力に懐疑的な貴族や騎士が大勢いる事は、俺でさえ何となく理解できた。
皇帝陛下が気づかないはずもない。
そいつらが俺に変なちょっかいをかけて国外に出られでもしたら、帝国からすれば大きな損失になる。
それだけ竜殺しは貴重な存在だからな。
もしかしたら他にも思惑はあるのかもしれないが、パッと浮かぶのはこの程度だった。
公爵が呆れたように首を振っている事からも、そう見当違いではないと思う。
ともあれ、これはもう断れる雰囲気ではない。
「どうじゃ、何か証明できるものはあるか?」
周りにバレないようにニヤついた顔に腹が立つが、ここは乗っておいた方が俺にも得がある。
渋々ながら、俺は頷いた。
「承知しました。俺の力をお見せしましょう。」
「すぅ……ふぅ………」
殿下や公爵含め、周りの人達をなるべく離れさせる。
俺自身も皇帝陛下から離れて立ち止まった。
謁見の間に入る前に騎士に預けていたカレトヴルッフを持ってきてもらい、受け取る。
騎士には、決して鞘から剣を抜かないよう忠告しておいた。
「ふぅ……よし。」
深呼吸をして心を落ち着かせ、魔剣を振り抜いた。
鞘が靄のようになり、空気中に溶けて消える。
それだけで周囲が騒然とした。
「……それでは、いきます。」
正眼に構えたカレトヴルッフに魔力を注いでいく。
徐々に、徐々に流す魔力を増やしていき、すぐに並みの魔法使いでは到底保てないような魔力が次々と流れ込み始めた。
カレトヴルッフが魔力を吸収し、禍々しい光を放ちながら不気味に脈打つ。
魔力の流れを正確に感じ取る事のできる宮廷の魔法使い達は、その膨大な魔力量に息を飲む。
流れる魔力は、更にその勢いを増した。
「起きろ、カレトヴルッフ。」
その時、魔力を吸収し終えた魔剣が、淡い光を放った。
騒然としていた者達が、その光に見惚れて溜息を零す。
「こ、これは……」
ニヤケ顔をやめて目を剥く皇帝陛下の様子に、今度は俺が挑戦的に笑った。
まだまだ、これからだ。
カレトヴルッフの空白を埋めるように更に魔力を込めていく。
魔力の流れる速度も量も、もはや常人のそれを遥かに超えていた。
竜と対峙した、あの時の俺に近付きつつある。
周りでは魔剣が放つ禍々しいオーラに本能的な恐怖を覚え、体の震えを抑えきれなかったり、強いプレッシャーに膝から崩れ落ちたり、体調不良を起こす者達で溢れていた。
これ以上は必要ないと察し、俺は魔力を止める。
そしてカレトヴルッフに鞘を纏わせると、それまで部屋を覆っていた重苦しい圧力が一瞬で消失した。
腰が抜けて立ち上がれない者や未だに体の震えが止まらない者などがいる中、俺は跪いて口を開いた。
「皇帝陛下、大した事はできませんでしたが、これで俺の力はわかっていただけましたでしょうか?」
「あ、あぁ……よく、わかった。貴様は間違いなく、竜殺しだ。」
皇帝陛下の言葉を否定できる者など、もはや一人もいはしなかった。
騎士団長の見立ては間違ってはいません。
カレトヴルッフがなければ、アルトは確かに凡庸です。
手元になくても一瞬で呼び寄せられるんですけどね。




