古代王国の争いと魔剣
「ふむ……まるで生まれ変わったような心地良さじゃの。体が軽いわい。」
公爵が治療の魔道具から出てきたのは、発動してから六時間が経ってからだった。
客室でのんびりしていた俺は、治療が終わった事を使用人に告げられ倉庫に戻ってきていた。
「公爵様、無事に治療は終わりましたか。」
「おう、アルトよ!見ての通りじゃ!」
公爵が快活な笑みを浮かべる。
かなり歳のいった老人だと思っていたが、病のせいで窶れていただけで、本当はまだそれほど老齢ではなかったようだ。
いや、老人は老人だけどな。
「ヌシのお陰で儂はまだまだ生きるぞ!これで趣味の魔道具収集も続けられる!」
魔道具収集?
あぁ、だからこんなに沢山の魔道具があるのか。
公爵の趣味だったんだな。
「執事よ、宴の用意じゃ!今宵は祝宴じゃぞ!」
「かしこまりました。」
執事が一礼して退室する。
「アルトよ、ヌシも当然参加してくれるな?」
「よろしいのですか?」
「ヌシは儂を救ったの立役者じゃぞ。むしろ参加してくれなくては困る。」
「それでは、お言葉に甘えます。」
「うむ。」
「ところで、報酬の件じゃが……」
依頼書には、報酬は多額の金と魔道具を1つと記載されていたはずだ。
「報酬金に関してはギルドで受け取るのが良かろう。魔道具じゃが……好きに選んでくれ。」
「え……この中からですか?」
倉庫内を見渡す。
大量の魔道具が並んでいた。
「うむ。まぁ儂は基本的にガラクタのような魔道具しか集めんから、ヌシが欲しがるものがあるかどうかはわからんがな。」
「ガラクタ…?」
そんなの集めてどうすんだ。
「儂の魔道具収集はただの趣味じゃ。世の役に立つ魔道具を集めてここで眠らせるのは勿体なかろう。」
「なるほど。」
でも折角貰うなら良いものが欲しいんだけどな。
「どんな魔道具が欲しいかを言えば、それに類するものを紹介するぞ。」
それはありがたい。
さて、どんなものが必要だろうか。
「ふむ、これも駄目か。」
「申し訳ございません。」
「気にするでない。ヌシは儂の恩人じゃ。気に入るものが見つかるまで探そうぞ。」
ありがたいがここには本当にガラクタしかないな。
魔道具を探し始めてもう一時間くらいは経つだろうか。
魔物の攻撃から身を守るものが欲しいと言った。
すると最初に出てきたのは着ているだけで全身に強烈な痛みが走る鎧だった。
次に出てきたのは持つと丸一日は手が離れなくなる盾。
その次は自分の周りの防護結界を張る代わりに猛烈な便意に襲われるブレスレットだった。
旅をする中で役立つ物が欲しいと言った。
出てきたのは、一見して普通のテントなのに中に入ると快適な居住空間が広がっているというものだが、その居住空間には恐ろしく凄まじい悪臭が漂っているらしく、耐性のない者は入った瞬間に失神するらしい。
次に出てきたのは魔力を注げば無限に水が出てくる水筒だが、十回に一回の確率で泥水が大量に溢れ出てくるそうだ。
強い力を持った武器が欲しいと言った。
最初に出てきたのはあらゆるものを貫く代わりに自分にも同様のダメージが入る槍だった。
次に出てきたのは大きくて硬くて強いが重すぎて振り回せない大槌。
そして今見ていたのは、放った矢が分裂して広範囲に攻撃できるがその内の数本が跳ね返ってきてしまう弓だった。
ガラクタというよりも呪われたような魔道具ばかりであった。
これは確かに趣味だ。
「あの、剣はありませんか?」
「ぬ?ヌシは剣士じゃったのか。」
そういえば今日は街中の依頼だから帯剣していない。
武器を欲するならまず得物を言わなければならなかったが失念していた。
「ふむ、剣のう………むっ、もしや……よし、付いて参れ。」
「はい。」
公爵に従って倉庫の奥の方へ歩く。
そこには、鎖で雁字搦めに縛られた長方形の箱があった。
随分と厳重に保管されているようだが、この中には何があるのだろうか。
「ちょっと待っておれよ。」
そう言うと、公爵は鎖に手を当てて魔力を流し込んだ。
すると分厚い鎖がジャラジャラと音を立てて拘束を解いていく。
「この鎖は魔力を認識して登録する力を持っておっての、これを解き放つ事ができるのは儂だけじゃ。」
便利だな。
俺が持ってても使い道はないが。
「さぁ、箱を開けてみるのじゃ。」
「はい。」
言われるままに箱を開ける。
中に入っているのは一振りの剣であった。
漆黒の剣身に真紅の線が脈のように走っている長剣だ。
禍々しいオーラに圧倒される。
「こ、こちらは…?」
思わず生唾を飲みながら問うと、公爵はニヤッと笑った。
「これはの、古代の討魔者が遺した魔剣……カレトヴルッフじゃ。」
「カレトヴルッフ…?」
「知らぬのも無理はない。歴史から消された忌々しい記録じゃからな。長い話になるが、良いか?」
頷く。
「古代、まだ冒険者ギルドが発足する前の事じゃ……当時は魔物の討伐を生業とした者達を、討魔者と呼んでいたそうじゃ。」
その話はちょっと聞いた事がある。
「ある時、古代王国を滅ぼさんとする強大な魔物が現れた。古代王国の騎士達はその魔物を討伐しようとするも、その力の前に敗れ、古代王国は存亡の危機を迎えた。」
古代王国っていうと、今の王国と帝国がまだ一つの国だった時の呼び名だな。
「そこで活躍したのが時の討魔者達じゃ。当時大陸に名を馳せていた討魔者達が手を組み、強大な魔物を打ち倒した。その筆頭に立ったのが、討魔者のアークスじゃ。」
「討魔者アークス……ですか。」
「うむ。アークスは仲間を募り、古代王国を恐怖に陥れた魔物を討伐した。その功績で、アークスは古代王国の姫ネヴィアと婚約し、王太子となった。」
「討魔者から王太子ですか。」
サクセスストーリーだな。
「じゃが、アークスの幸せは長くは続かなんだ。」
公爵が首を振りながら嘆息する。
「即位前に、ネヴィア姫の不義が発覚したのじゃ。しかも、相手はアークスの親友であり最も信頼していた部下でもあるロットじゃった。」
「え……」
「アークスが王太子となった後、ロットも討魔者をやめて騎士となっておったのじゃ。そこでネヴィア姫と出会い、二人は恋に落ちた。」
おい、いきなり話がドロドロし始めたぞ。
「ネヴィア姫の不貞を知ったアークスは激怒し、ロットを追放しようとした。じゃが…不運は重なった。」
「何が、あったんですか?」
「古代王国の王子モルドがロットに味方し、アークスを殺そうとしたのじゃ。」
公爵は悲しげに目を細めた。
「モルドはアークスがネヴィア姫と婚約する前、王太子じゃった男じゃ。アークスの活躍のせいで王太子から外され、恨みを持っていたのじゃろうて。」
「当時の国王は何もしなかったのですか?アークスをネヴィア姫と婚約させたのも国王なのでしょう?」
「結論から言うと、国王はモルドに暗殺された。アークスに味方されるのを不都合と捉えての凶行じゃろう。」
「な、なるほど……」
「古代王国は二つに割れた。モルド率いる貴族派とロット率いる騎士派が連合を組み、アークスと彼に従う者達を追い詰めた。アークスは国を救った救世主として庶民には人気があったものの、貴族らには疎まれていたのじゃろうな。」
「アークスは負けてしまったのですか?」
「結果として、アークスはモルドを討ち取ったものの、ロットに追い詰められ、自害をした。」
救われないな。
「その後、ネヴィア姫と結ばれたロットが国王となった。しかし、彼らの人生は明るいものではなかったようじゃの。」
公爵は嘲るように笑った。
「亡きモルド派の貴族や庶民達は、親友であり主でもあるアークスを裏切ったロット王を不忠の騎士と嘲笑い、夫を裏切って争いを呼んだネヴィア王妃を不義の女と蔑んだ。」
特にアークス派の者達は我慢できなかったんだろうな。
「ロット王は反抗勢力を武力で抑えつけようとした。じゃがそれが更なる反抗を呼び、間もなく古代王国は再び二つに割れた。それはもはや、修復不可能な亀裂となった。これが後に、現在の帝国と王国に繋がる。」
「そうなのですか。」
「うむ。アークス派の末裔が帝国を築き、ロット派の末裔は収縮していき王国に変わった。モルド派は様々じゃな。他国に渡った者も多くいると聞き及んでいる。」
「…お詳しいのですね。」
「趣味じゃからな。」
小さく笑う公爵が、箱に横たわる剣を見た。
「カレトヴルッフは、アークスが愛用していた剣じゃ。」
痛ましいものを見るような瞳だ。
「ロットに追い詰められたアークスは、湖の辺りでこのカレトヴルッフで自らを貫いた。そこでアークスの悔恨が籠った魔力を吸収したのじゃろう、かつて聖剣と呼ばれたカレトヴルッフは、禍々しい力を持つ魔剣となった。」
この剣はアークスの愛剣だったのか。
「アークスは愛するネヴィア姫を奪われ、友を失い、王太子の座まで追われた。カレトヴルッフだけは失いたく無かったのじゃろうな。この魔剣には、他の者が使えぬよう強力な呪いがかかっておる。」
「呪い……」
まぁ、見るからにそんな感じはする。
「この魔剣を手に取ったものは、魔力を常に吸われ続け、次に生命力も奪われ、狂人となって暴れ出すようになるのじゃ。」
何だそれ、とんでもない呪いじゃないか。
「しかも魔剣が満足するまでは手放す事もできん。ロットは部下にカレトヴルッフを回収させたが、呪いのせいで多大な被害が出たとされておる。」
「……そんなものを、何故俺に?」
「ヌシなら使いこなせるのではないかと思うての。」
「それは……」
ふむ、確かになんとかなるかもしれない。
どれほどの魔力を吸われ続けるのかにもよるが、あの治療の魔道具以上という事はないだろう。
あれはあまりにも規格外だったからな。
「試してはもらえぬか?」
俺の魔力量と『魔力回復』があれば何とかなるとは思う。
だが何かあった時の保険が欲しい。
「もし俺が暴走したら……」
「これで縛ろうぞ。」
公爵は箱を縛っていた鎖を指差した。
なるほど、これなら大丈夫かもしれない。
「……ふぅ、それじゃいきますね。」
深呼吸をした俺の体には、太い頑丈な鎖が何重にも巻かれている。
公爵が指示をして使用人が巻いたのだ。
片手だけちょっと動かせるようにしており、ギリギリ剣を手に取れるような感じだ。
見た目はアホみたいだが、これくらい警戒して損はないだろう。
「うむ、やってみよ。」
「はい。」
緊張しつつも手を伸ばし、剣を手に取る。
柄に触れた瞬間、何か気持ちの悪いものが体に入ってくるような感覚がして、掌が柄に吸い付いた。
離せない。
「これは……っ!」
「ぬぅ!?」
魔力が強制的に抜かれる感覚、そして魔剣が鳴動する。
赤い線が脈打つように禍々しい光を放った。
暫し体を走る気持ち悪さを我慢する。
慣れればむしろ心地良いような感覚だった。
「……これくらい、か。」
魔力は確かに常時流れている。
しかし、俺の『魔力回復』で十分補えるレベルだ。
「ど、どうなのじゃ?」
「大丈夫そうです。これくらいなら、魔剣が満足するまで正気でいられると思います。でも、一応鎖はまだこのままでお願いします。」
「おう、そうか!わかったのじゃ!」
公爵が興奮気味に目を見開いている。
「……ん、そろそろか?」
徐々に魔剣が魔力を吸う力が弱くなっていく。
魔剣を手にして5分程か。
ついに魔剣が明滅を止め、淡い光を放った。
掌の吸い付く感覚が消える。
「おぉ……なんと美しい……」
公爵が魔剣を見て呟く。
禍々しいオーラは健在ながらも、確かに美しい光だった。
「魔剣が満足してくれたようです。鎖を外していただいても?」
「うむ、そうじゃの。」
公爵が鎖に触れ、鎖がジャラジャラと外れていった。
俺は体を動かして調子の悪いところはないか確かめた後、剣を掲げた。
ずっしりとした重さを感じるのに、何故か持ち上げるのに抵抗を感じない。
重いのに重くない、という不思議な感じだった。
「……お前の主の無念を晴らす事は、俺にはできない。だが、俺はお前を振るいたい。俺を、認めてくれるか?」
淡い光が少しだけ明滅する。
カレトヴルッフが俺を主として認めてくれた気がした。