魔剣と焔剣
大国がひしめく大陸の中でも最も広大な領土を誇る帝国。
かつてはこの大陸に覇を唱えるかとも謳われたその国の首都、帝都。
常に人の多い都ではあるが、この時ばかりはいつにも増して大勢の人間がこの帝都に押し寄せている。
何故なら今、この帝都では世界各地の強者達が集いその力を振るう武闘祭が開催されているから。
来賓として招かれた各国の首脳陣、武闘祭出場というそれだけで輝かしい栄誉を手にしながら惜しくも敗れていった敗退者達、そして幸運にもこの闘技場にて武闘祭を直に目にする機会に恵まれた者達。
彼らが一様に高揚した眼差しを向けるその先にあるステージ。
そこには、数々の難敵を打ち果たして決勝の場に勝ち進んだ二人がいた。
「とうとうこの時が来たわね。」
「あぁ、そうだな。」
熱に浮かされたように頬を染め、心底嬉しそうに俺を見るエレン。
彼女の顔を見ていると、あの悍ましい恐怖が胸を締め付けそうになる。
貴賓席の中央を見る。
そこには皇帝陛下の横で心配そうに胸の前で手を組むグウェン殿下がいた。
震えそうな心が、落ち着いた。
「……どこを見ているの、アルト?」
エレンが暗い瞳を向ける。
笑っているのに、笑っていない。
「アルト、アタシはここよ。アタシはここにいるの。アンタが見て良いのはアタシだけ。ね、そうでしょ?」
「悪いが、俺にはお前の言いたい事が理解できない。」
「そんなはずないわ。アタシとアンタは繋がっているもの。アタシにはわかるわ。アルトは今すぐにでもアタシを抱きしめたがってる。本当は戦いたくないのよね?でも大丈夫。すぐ終わらせるわ。」
恍惚とした表情で己を抱きすくめるエレン。
「アルトがアタシに勝てるわけないもの。そうでしょ?アンタは弱くなきゃいけないの。アタシは強くなきゃいけないのよ。そして負けたアンタを慰めてあげるの。その時は、アタシが抱きしめてあげるわ。嬉しいでしょう?」
「……お前に何があって、どうしてそうなったのかはわからない。知りたいとも思わない。俺にとってお前はもう過去の人間で……そして今日、この戦いをもって、俺は過去の因縁を終わらせる。そうする事で、きっと俺は本当の意味で前に進める。」
「過去?終わらせる?おかしな事を言わないで。アタシはここにいるわ。いつだってアンタの傍にいる。これまでも、これからも。死ぬまで…ううん、死んでもずっとアンタの傍にいるの。きっと長い間離れていたから、拗ねてるのよね。ごめんね、アルト。一人ぼっちにさせちゃって。でもこれからはまた一緒だから。」
「俺がお前と一緒にいる未来はありえない。何故なら俺は、もうお前の元には戻らないから。」
「……どうしてそんな事を言うの?ランスのした事を怒っているのかしら。大丈夫よ、あのゴミはもうついてこない。これからはアタシとアルトの二人だけ。楽しかったあの頃に戻れるの。」
「……そうだな。確かにあの頃は楽しかった。」
「そうでしょ?アルトは戦う必要なんてない。アタシを支えてくれればそれで良い。アタシがアンタを守るから。だから戻ってきて、お願い。」
断られる可能性なんて欠片も考えてなさそうに笑うエレン。
俺はそんな彼女を嘲笑うかのように鼻を鳴らした。
「ふっ……悪いな。やっぱりお前と一緒にはなれない。今の俺は、お前を必要とはしていない。かつてお前が、俺を必要としなくなったようにな。」
そう言うと、エレンは貼り付けたような笑顔を引っ込めた。
闇そのものが潜んでいるかのような無感情な顔。
背筋がぞわりとする。
「……アルトはアタシにそんな酷い事を言わない。アルトはいつだってアタシに優しいもの。きっとまだ拗ねているのね。アルトったら仕方ないんだから。わかったわ、後でいっぱい甘えさせてあげる。そうすればきっと元通り……ね?」
「忌まわしい過去と一緒に、お前の妄想も叩き切ってやる。覚悟しろ。」
互いに得物を構え、相対する。
単純な個人技であればかつてのパーティーの中でも随一だったエレンが相手だ。
一瞬の油断も許されない。
試合開始を告げる副団長の号令を聞きながら、俺はカレトヴルッフを強く握り締めた。
金色のオーラを纏ったエレンが、燃え盛る烈火のように剣を振るう。
一方俺は禍々しい魔力を纏ってカレトヴルッフを振るい、彼女の剣戟を捌き、時には反撃する。
「ふっ!はっ!せりゃ!!…っ!はぁぁぁ!!」
「ふぅぅぅぅぅ!!アルトぉぉぉ!!」
観衆の大半は目で追えぬであろう高速の剣戟。
カレトヴルッフで超強化しているのに、単純なスピードで言えばエレンの方が上だった。
剣を交える度に彼女の纏う金色のオーラはその輝きを増し、その攻撃は更に苛烈になっていく。
「あはっ!あっははははは!!凄い!凄いよアルト!!あのアルトがこんなに強くなってるなんてっ!!」
楽しそうに笑いながらも攻撃の手を緩めない。
俺も負けじとカレトヴルッフに更に魔力を流し込み、彼女の動きに喰らいつく。
「アタシに追いつく為に頑張ったのね!!嬉しいわ!!」
「勝手な!妄想は!やめろ!!」
元来が連撃を得意とするエレンには、スピードでは勝ち目を探すのは難しい。
だが、一撃の重さは圧倒的に俺の方が上だった。
それでも攻めきれない。
絶妙に受け流され、捌かれている。
『剣王』のスキルを持つ彼女は、ただ単純にその剣技が俺とは隔絶しているのだ。
だが、俺は剣で勝つ必要はない。
戦いに勝てば、それで良いのだ。
彼女の弱点は昔と変わらない。
魔力だ。
『獅子奮迅』はカレトヴルッフの身体強化にも劣らない超強化を施すが、魔力消費は加速度的に大きくなっていく。
『烈焔剣』にしても魔力タンクの俺なしでは軽く使えるものではない。
エレンは長期戦を最も苦手とする。
ならば簡単だ。
彼女の魔力が尽き、剣技だけしか無くなるその時まで負けなければ良い。
身体強化さえ負けなければ何とかなる。
あと少し…あと少し耐えれば……
「ねぇ、アルト。」
黄金に輝く彼女の瞳を見る。
得体の知れない悪寒が、俺を襲った。
「アタシは、アンタの事ならなんだってわかるのよ。」
「魔力が尽きるまで耐えれば勝てる……とか、思ってるんでしょ?」




