隠居貴族の依頼
パーティーを追放され、エレン達と決別してから二ヶ月が経過した。
俺は良い思い出がほぼ皆無な王国を抜け出し、隣の帝国へ来ていた。
追放された翌日から早速出発したのだが、王国との境目にある帝国の辺境の街まで来るのに二ヶ月もかかってしまったぜ。
「……よし、次の者は身分証を。」
街の門前には行商人や冒険者などの列ができており、そこに並んでいた俺もついに自分の番がきた。
前に進んでギルドカードを見せる。
「うむ、C級の冒険者だな。……王国から越境してきたのか?」
ギルドカードには名前だけでなく、冒険者の等級や拠点まで記されている。
拠点の変更は手続きが面倒な為、帝国で変えようと思っていた。
だから俺の拠点はまだ王都になっているのだ。
「あぁ、つい先日な。ちゃんと砦を通って検問も受けてきたぞ。」
「確認する。ちょっと待っててくれ。」
国境間の砦からは毎日越境者の情報が送られてきているはずだ。
おそらくそれを確認しに行ったのだろう。
後ろに並んでいた奴らが他の門番に身分証を見せて、街に入っていくのを眺めながら待つこと数分。
さっきの門番が戻ってきた。
「王都を拠点とした冒険者アルトだな。確認が取れた。帝国に拠点を移すという話がきているが、間違いないか?」
「あぁ、そうだ。まだどこの街を拠点にするかは決めてないんだけどな。」
「この街は国境にあるから兵士も多いし、冒険者も多い。依頼の取り合いになると、外国から来た奴は分が悪いぞ。拠点にするなら、依頼に困らない帝都なんかがおすすめだな。」
親切な門番だな。
言ってる事がもっともだ。
「アドバイスありがとよ。参考にするぜ。」
「おう。まぁ、出て行くにしろ数日はここにいるんだろ。問題は起こすなよ。」
「はいよ。」
「うむ。それでは次の者。」
次の仕事に移った門番に背を向け、俺は街に入っていった。
辺境の街に入って三日が経った。
ギルドにも顔を出し、軽く依頼を受けてみたが、門番の言う通りここに拠点を移すのは微妙かもしれない。
周辺の魔物は兵士や冒険者に常に狩られており、討伐依頼は少ない。
それ以外の依頼も取り合いになる事が少なくないらしく、余所者が来てすぐに信頼されるのも難しいようだ。
やはりもっと依頼の多いところか、冒険者の少ないところに行くべきだな。
となると第一候補は帝都か。
冒険者は多いだろうが依頼も多いはず。
これでも三年くらい王都で暮らしていたから、今更田舎の街で過ごしたいとも思わないし。
「ここまでずっと休みなく移動していたし、あと数日くらいは休んでゆっくり考えるか。」
宿屋のベッドで一人呟き、体を起こした。
ギルドで依頼でも見てくるか。
取り合いにならないものがあれば小金稼ぎに受けても良いかもしれない。
「……なかなか良いのが無いな。低級向けの依頼を取るのも申し訳ないし。」
冒険者は荒くれ者のようなイメージを持たれやすいが、上の級にいく者や長く続けている者ほどしっかりしている者が多い。
複数パーティー向けの依頼を受けたり、寄せ集めの臨時パーティーを組んだりする中で一番大事なのは協調性であり、それがマナーや暗黙の了解に繋がる為だ。
そのマナーからいくと、自分より低級の依頼を受けるのはあまり好まれなかったりする。
下の人間の依頼を奪うのは上の人間としてどうなのか、という事である。
「下級の魔物くらいならなんとか倒せなくもないんだが……良い依頼が無いぞ。」
今日は諦めて昼から酒でもかっくらうか……と思っていたところで、依頼が張り出された大きな掲示板の隅に追いやられていたグチャグチャの紙を見つけた。
「凍結依頼か……一応見てみるか。」
凍結依頼とは、長期間誰にも受けられなかったり、達成されなかったりした依頼だ。
依頼人が取り下げなかった凍結依頼は、こうして掲示板の隅にひっそり付けられている事が多い。
この紙は皺が沢山ついている事から、何度か受託はされたのではないかと予想できる。
「ふむ………なるほど。」
その凍結依頼の依頼人は、隠居したとある貴族であった。
依頼内容は、魔道具への魔力補充。
"魔力量に自信のある者、協力求む。"と記載されている。
「良いじゃないか。俺向きだぜ。」
俺はニヤリと笑って依頼書を剥ぎ取った。
「……ここか。」
依頼を受けた俺は、依頼人である隠居貴族の屋敷へと来ていた。
依頼書をギルドの受付に持っていくと、受付嬢は苦々しい顔で「S級の魔法使いでも達成できなかった依頼ですが、受託されますか?」と聞いてきた。
もちろん俺は即座に頷いた。
どうやらその魔道具が発動する為に必要とする魔力はかなりのものらしいな。
しかもそういった魔道具は一度にマックスまで補充できなければすぐに0に戻ってしまう為、何日かに分けて補充するという事ができない。
だからこそ、俺が受ける価値がある。
「そこの者、立ち止まれ。この屋敷に何用か?」
厳つい顔の門兵が問いかける。
俺は預かった依頼書を見せた。
「ギルドで依頼を受けた冒険者だ。依頼人であるアロシウス様がおられるのはこちらで間違いないか?」
門兵が依頼書を確認し、頷いた。
「うむ、アロシウス公がおられるのはこちらで間違いない。」
……隠居した貴族って、公爵かよ。
予想の三段階くらい上がきたな。
公爵とは時の皇帝の兄弟に与えられる名誉爵位である。
一代限りの爵位である為、子どもに継がせる事はできない。
つまり依頼人のアロシウス公爵は、隠居したとはいっても権威はかなりのものだという事だ。
……通りで馬鹿でかい屋敷に住んでると思った。
「暫し待っていろ。お伺いを立ててくる。」
「了解。」
数分後、俺は無事に屋敷に通された。
「ヌシが儂の依頼を受けた小僧か。」
応接間でソファに座った俺に、対面の老人が挑戦的な笑みを浮かべた。
老齢のように見えるが、目には活力があった。
「はい。アルトと申します。」
「アロシウスじゃ。久方ぶりに依頼を受託した者が現れたと聞いての、ベッドから跳ね起きたわい。」
「はぁ、左様ですか。」
「なんじゃ、ヌシは冒険者のくせに言葉遣いがそこそこなっておるのう。」
まぁ、俺自身はC級だが、S級パーティーとして数々の貴族達とも対話してきたからな。
ランス達はお世辞にも交渉が上手いとは言えないから、そういった依頼人とのやり取りは俺がやる事が多かったし。
「恐れ入ります。それで、早速ですが依頼の話を聞かせていただいても?」
「うむ、そうじゃった!とある魔道具に魔力補充をしてほしくてのう!」
そこまでは依頼書にあった通りだな。
「これまでも数々の魔法使いや魔力自慢達に試させたが、どれもこれも魔道具を満足させるには至らなかったようじゃて。」
「なるほど。それほど多くの魔力が必要とされるわけですね。」
「その通りじゃ。ヌシは魔力量に自信があるのか?」
試すような瞳。
老練な貴族らしい、圧迫感が襲いかかる。
「勿論です。魔力量だけならば、誰にも負けないと自負しております。」
俺は目をそらす事なく、堂々と頷く。
すると、公爵はギラギラした瞳でニヤリと笑った。
「良かろう。ではやってもらおうではないか。」
案内されたのは綺麗に整頓された倉庫のような部屋。
高価そうな物からよくわからない物まで、様々な物品が並んでいた。
「こちらですか?」
「うむ、そうじゃ。」
目の前には使用人が持ってきた魔道具。
大人の体が丸々入るほどの大きさで、筒のような形をしている。
前面は両開きの扉になっており、それを開けるとベッドみたいな物があって、上の方に大きな丸い魔石が埋め込まれていた。
「不思議な形の魔道具ですね。」
「これはの、医療用の魔道具じゃ。」
「医療用…?」
「うむ。この中に入って発動すると、中の人間が患っている病などを綺麗さっぱり治してしまう事ができるのじゃ。」
なんだそれ、とんでもない代物じゃないか。
俺が目を剥いていると、公爵は満足げに頷いた。
「高かったぞ。しかし発動さえできれば元は十分に取れる。」
「……ご病気なのですか?」
「そうじゃ。」
公爵はあっさりと頷いた。
「儂の体には幾つもの病魔が住み着いておる。それらを完治させるには、例え教皇の回復魔法であろうとも不可能じゃと言われた。」
それほどの難病を複数患っているのか。
元気そうに見えてボロボロじゃないか。
「そこで儂が縋りついたのがこれじゃ。古代遺跡から発掘された魔道具での、大枚をはたいて手に入れた。しかし、予想以上に必要な魔力が多くてのう。途方に暮れておったところよ。」
「なるほど、そうでしたか。」
「……頼む、アルトよ。」
公爵が初めて、弱々しい瞳で縋るように俺を見た。
「儂を助けてくれ。寿命で天に迎えられるならばともかく、病で倒れるのは我慢ならんのじゃ。」
「……最善を尽くします。」
俺は魔道具に向かい合った。
魔石に手を伸ばす。
ひんやりとした硬質な感触。
そこに魔力を流し込んだ。
掌がじんわり温かくなり、自分の中から魔石に魔力が流れ込むのがよくわかる。
「これは……」
魔道具に魔力を補充した事は沢山ある。
普通ならコップに水を注ぐような感覚で、消費の激しいものなら水槽を水で満たすような感覚だった。
しかしこれは、今まで経験したものなど比べ物にならない容量を持っているらしい。
俺はいま、まるで空っぽの湖にバケツで何度も水を入れているような感覚を覚えていた。
きっとこれまで挑戦してきた魔法使いも、同じように感じて絶望に打ちひしがれてきたのだろう。
こんなもの、満たせるわけがないと。
しかしーーー
「はっ…面白いな、やってやるぜ。」
俺は、笑っていた。
鍛えまくった俺の『魔力回復』は、回復速度がとんでもなく早くなっている。
注入魔力の出力を上げ、回復速度と同じだけの魔力をどんどん魔石に入れていった。
「な、なんじゃこの魔力は……!!」
漏れ出た魔力を感じた公爵が息を飲むのを感じたが、そちらに目をやる余裕はない。
さっきまでバケツで水を入れていたような状態だった俺は、今は巨大なポンプを連続で動かして大量の水を吐き出し続けているような状態になっていた。
それからどれほどの時間が経ったのか。
数分だったような気もするし、一時間以上魔力を注ぎ続けていたような気もする。
いずれにせよ、ようやく魔道具は満腹になってくれたようだった。
「お、おぉ…おぉぉぉ!!」
キラキラ光る魔石を見て、公爵が涙を流した。
感極まる笑顔で跪き、魔道具に触れている。
「ついに……ついに魔道具が……」
公爵は涙を流しながら立ち上がり、俺の手を取った。
「アルトよ、よくやってくれた!よくやってくれたぁ!!」
「……いえ、気にしないで下さい。」
これほどの魔力を消費し続けたのは初めてだった為、疲労感が半端ない。
魔力枯渇していないのにこれほど体が怠いのは久しぶりだな。
「それより、早速使うんですか?」
問いかけると、公爵は強く頷いた。
「うむ。もう待ちきれんからのう。発動から完治までどれほどの時間がかかるかわからぬ。ヌシには儂が起きるまでこの屋敷にいてほしいのじゃが、構わんじゃろうか?」
「はい、大丈夫です。」
「わかった。それでは後の事は執事に任せよう。」
少し離れたところでこちらを見ていた執事が深々と一礼した。
「かしこまりました、旦那様。ごゆっくりお体をお休め下さいませ。」
「うむ……いざ、参らん。」
公爵は魔道具の中に体を横たえた。
そして魔石を枕のようにして目を閉じると、魔石が一際光り出して、魔道具の扉がゆっくりと閉まった。




