教育という名の仕置き
「あっはははは!!死ね!アルトぉ!!」
フェイの喜色に塗れた哄笑が聞こえる。
眼前には巨大な蒼炎。
もはや避ける事は敵わない。
二つ目の見守りの魔道具に弾き飛ばされた事により体勢を崩しており、カレトヴルッフで斬り払う事もできない。
万事休す、誰もがそう思った。
「……終わったな。」
俺はポツリと呟く。
それは諦念の言葉か。
否。
それは安堵。
戦いの終わりを確信したが故の言葉だった。
白銀鋼の巨人兵すらも燃やし尽くしてしまうような豪炎。
当たれば超強化された肉体であっても、決して無事では済まない。
原則として殺人を禁止されたこの武闘祭において、フェイは紛れもなく俺を殺すつもりで魔法を放っていた。
それほどの強烈な一撃が俺の全身を包みーーー
ーーー硬質な音を響かせて、灼熱の炎は消し飛んだ。
胸元にかけたペンダントが、淡い熱を発するのを感じた。
「………え」
「ツメが甘いな、フェイ。」
渾身の魔法が消し飛ばされ、呆然と佇む彼女の前で、完全に体勢を整えた俺はカレトヴルッフを構える。
あらゆる面で成長し、強力な魔道具を複数所持するに至った彼女だが、その絶対的な自信が故に見えないものもある。
俺も人のことは言えないが、数日前にランスから不意打ちを受けて死にかけた経験から、本当の意味で万が一に備えるようになった。
S級冒険者として活動する内に、遺跡で手に入れた見守りの魔道具。
壊れやすい為そう何度も使える魔道具ではないし、カレトヴルッフがあれば必要ないと高を括って持ち歩いてはいなかったが、あれ以来常に持っておくようにしていた。
かなり貴重な魔道具なのでフェイがまさか二つも所持しているとは思わなかったが、フェイも俺が持っているとは予想だにしていなかったようだ。
「あっ…っ!!」
「させるか!」
慌てて杖を構えようとするが、俺はカレトヴルッフで彼女の杖を断ち切った。
それ自体が貴重な魔道具であり頑丈な作りをしている杖だが、魔力を纏った魔剣により簡単に両断された。
そして素早く距離を詰め、カレトヴルッフの柄頭でフェイの腹部を殴打する。
「ゔっ…」
内臓が抉られたような痛みに苦悶の表情を浮かべ膝をつく。
悶絶する彼女の首筋に、俺は静かに刃を当てた。
「……お前の負けだ、フェイ。」
俺が淡々と告げると、審判の副団長が決着を宣言しようとした。
だが、それを遮るようにフェイは叫びを上げる。
「ぐぅぅぁぁぁ!!負けてない!!僕は負けてない!!」
痣ができているであろう腹部を押さえ、膝をついたまま俺を見上げる。
その眼はギラギラとした光を放ち、憎悪を込めて睨みつけていた。
「魔盲のアルトに負けるなんて!そんなことがあってはいけないんだ!!不正だ!!お前みたいな雑魚で無能がこんな……こんなっ!!」
「やめろ。お前は確かに強かった。だが、結果はもうわかりきっているはずだ。」
「うるさい!!そんな目で僕を見るなぁ!!僕は天才なんだ!!お前みたいな魔盲とは何もかも違うんだよぉ!!」
絶対的な魔法の才能を有するが故の固執した主義。
優れた魔法師である自分が、魔盲と蔑む俺に敗れたという現実を受け入れず吠え続ける彼女に、痺れを切らした観衆が声を上げ始める。
『何をウダウダ言ってんだよ!』
『さっさと負けを認めろ!!』
『退場しろ!!』
『退場!』『退場!』『退場!』『退場!』
「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさぁぁぁい!!!」
退場を求める観衆を睨みつけ怒号を上げるフェイ。
それを受けて更にヒートアップした観衆が彼女への罵詈雑言を浴びせる。
『見苦しいんだよ!はやく消えろ!』
『試合前は敗退者を馬鹿にするような事言いやがって……お前だって負けてんじゃねぇか!!』
『雑魚呼ばわりしてた奴らと同じだな!』
『雑魚はお前だ!!』
『そうだそうだ!』
『雑魚!!』『負け犬!!』『ざまぁみやがれ!!』
「やめろぉぉぉ!!お前ら許さない!絶対……絶対殺してやるっ!!」
俺に向けていたような憎悪の視線を向けている。
このままだと彼女が観衆に魔法を放ちかけない。
副団長が応援の騎士達を呼びフェイを連れ出そうとするが、それより先に俺は彼女に歩み寄った。
フェイが思い出したように俺を見る。
「な、なんだよ…そんな目で僕を見るなぁ!僕は……僕は……」
「このまま外に出したところで、お前が何をするかわかったもんじゃない。ちょうど良い。衆人環視の中で、お前を教育してやろう。」
「何をするつもりだ…来るな!近寄るなよ!僕に触るなぁ!!」
這って逃げようとするフェイを捕まえ、俺も片膝を地につける。
立てた膝に彼女の腹を置くように四つん這いにさせた。
それでも逃げようとするが、腹部に痛みが走っているのか力が入っていない。
「やめろ!やめろよぉぉ!!」
体勢から俺が何をするつもりなのか理解したフェイが、羞恥と怒りに顔を歪めて叫ぶ。
だが俺は彼女の言葉を無視して、片手を振り上げた。
「ずっとこうしてやりたいと思っていたんだ。生意気なクソガキには、うってつけの教育だろ。」
必死に逃げようとするフェイを力で押さえつけて無情に告げた俺は、掌で思いっきり彼女の尻を引っ叩いた。
唐突な展開に唖然とする観衆。
近寄って良いものか困惑して足を止める騎士達。
暫くの間、ステージ上に甲高い打音とフェイの叫び声が響き渡った。
最初は怒声を上げたり反抗的な態度を取っていたフェイだが、プライドを微塵に砕かれて徐々に大人しくなっていった。
観衆がその光景に慣れて漸く騎士達が止めに入ってきた頃には、顔を真っ赤に染めてグッタリとしたフェイが何故か恍惚とした表情で倒れていた。




