幼馴染
「……エレン。」
「皇都でアルトを見た時は驚いたわ。まさか王国を出てこんな所に来ていたなんて……ましてやアンタが武闘祭に出場してるなんて、本当に驚いたんだから。」
複雑な思いが表情に現れているであろう俺に対し、エレンはニコニコと上機嫌な様子で喋っている。
「でもこれってきっと運命よね。やっぱりアタシとアンタは切っても切り離せない縁で結ばれているんだわ。ねぇ、そう思うでしょ?」
「……いきなり現れて、何を言っているんだ?」
かつて俺を蔑み嘲笑っていた彼女とは別人のようににこやかに話しかけてくる。
長い時間を共にしてきた幼馴染であるが、俺は今のエレンの言動が理解できなかった。
「どうしたのアルト?ほら、笑いなさいよ。このアタシに会えたのよ?もっと嬉しそうにしないと。そうでしょ?」
キョトンと首を傾げるエレン。
桃色の髪が風に揺れた。
「…やめろ、エレン。どうして俺が、お前に会えて喜ぶと思うんだ?」
「何を言っているのよ。アタシと一緒にいられるのよ、アルトが喜ばないわけないじゃない。だって、アルトはアタシの事が大好きだもん。」
背筋が凍る。
エレンは、こんなにも不気味に笑うやつだったか?
俺がパーティーから追放されて一年弱。
俺達が活動していた王都から遠く離れたこの皇都にて、奇しくもかつての仲間達と再会した。
ランスはその本質はあまり変わらない様子だった。
プライドが高く、他者を見下して優越感に浸る事を好む。
それはフェイにも同じ事が言える。
闘技場にて俺に向けてきたあの視線は、俺にとっては見慣れたものだった。
彼女なりに己の弱点を受け止めて試行錯誤したのだろうと、その努力の跡はありありと見えたが、性格的なものは変わっていないと感じた。
ルースは過去の言動を悔いていた。
変わったといえば変わったが、彼女の言葉を借りるならば"気付いた"というのが正しいのだろう。
元来が聖職者のルースだ。
かつての毒舌は心に刺さるものがあったが、あのパーティーの中では唯一優しく接してくれる時もあった。
そしてエレン。
二人でパーティーを組んでいた頃は、周囲の冒険者達から落ちこぼれとして蔑まれていた俺を、精神的に支えてくれていた彼女は、ランスとフェイが加入してから少しずつ変わっていった。
俺への態度が冷たくなり、なにかと貶すようになったのだ。
そんな彼女が、いま理解不能な事を言っている。
俺がエレンを好き?
確かに昔はそういう感情もあったが、追放される頃にはとっくに風化していた想いだ。
運命?縁?どの口でほざいているのか。
そんな怒りが沸々と湧き上がってくる。
「エレン…お前、俺にしてきた事を忘れたのか?」
「あっ、もしかしてアタシがアンタの事をいじめていたのを気にしてるの?アタシに嫌われたと思ってた?大丈夫よ。アタシは今でもアンタを愛してるわ……って、は、恥ずかしいこと言わせないでよっ!!」
睨みつける俺の視線に気付いていないかのように、ニコニコと笑ったかと思えば顔を赤く染めるエレン。
気味の悪い寒気に襲われる。
「愛してるって……意味がわからん。お前、本当にあのエレンか?」
「恥ずかしがってるの?もう、可愛いんだから……ほら、おいで。」
ニマニマと笑いながら両手を広げる。
思わず一歩後ずさる。
「どうして逃げるの?久し振りに会えたのよ?ねぇ、来てよ。アタシを抱きしめて。アタシを感じて。アタシを愛してよ。ずっと冷たくしててごめんね。わかってるよ。アタシに近付きたくて強くなったんでしょ?頑張ったね。一杯誉めてあげる。だから、ね?おいで。おいでよ。これからはずっと一緒だよ。もう離れないから。だからもう頑張らなくて良いんだよ。無理しなくて良いんだよ。アルトは弱いままで良いの。アタシがアンタを守ってあげるの。アンタにはアタシが必要なの。そうじゃなきゃいけないの。何でもしてあげるよ。アルトが望む事なら、何だってしてあげる。あんまり上手じゃないかもしれないけど、アタシ頑張るから。子どもは何人欲しい?アタシは何人でも欲しいよ。沢山欲しい。まずは男の子かな。きっとアルトに似て可愛い子が生まれるわ。女の子も欲しいけど、あんまりデレデレしちゃ駄目よ?アンタが愛する女はアタシだけなんだから。アルトはカッコいいからきっと寄り付く害虫も一杯いるよね。でもアタシがいれば大丈夫だよ。そういえば皇女と親しくしてるって噂で聞いたけど、嘘だよね?本当は嫌々遊んであげてるんでしょ?大丈夫、わかってるよ。安心して。アンタを困らせる薄汚い女狐は、アタシが駆除してあげる。そうすればアルトは喜んでくれるよね。アンタを傷つけるやつはアタシが許さない。アンタを傷つけて良いのはアタシだけ。アンタを愛して良いのはアタシだけ。アンタを守って良いのはアタシだけなの。だからアルトもアタシを信じて。アタシだけを見て。アタシだけを愛して。アタシもアルトだけを愛してるから。だから……ねぇ。」
「おいで?」




