騎士の贖罪
長らく長らく長らくお待たせ致しました。
あけましておめでとうございます。
生存報告を兼ねて投稿致します。
次の更新はいつになるかな(白目)
「これより武闘祭準々決勝、第四試合を開始する。両者、準備は良いか?」
帝国騎士団副団長が、相対した俺と女騎士に目を遣る。
「少しお待ちいただきたい。先にこの方に話しておかなければならない事がある。」
副団長の言葉に俺は無言で頷いたが、女騎士は片手を上げて静止した。
「手短にな。」
「感謝する。」
副団長が何かを悟ったように一歩退がると、女騎士は彼に頭を下げ、俺の方に向き直った。
まるで髪そのものが光を放っているかのような美しい金色髪を、肩の上あたりまで伸ばしている。
帝国皇女であるグウェン殿下の髪は、絹糸のようにサラサラで淡い金色だが、目の前の彼女は艶やかに輝く強い金髪だ。
「私の名はソルテ。王国にて騎士団長を務めている。」
意志の強そうな碧眼で真っ直ぐに見つめてくる。
釣り上がった眦からは彼女が怒っているような印象を受けるが、その綺麗な瞳からはむしろ俺を気遣うような感情が伺えた。
「帝国の冒険者、アルトだ。」
「帝国の…か。」
寂しげに小さく笑い呟く。
「貴方は以前まで我が王国にて暮らしておられたと聞いている。相違ないか?」
「あぁ、間違いないが……誰から聞いた?」
「昨日、貴方と同じパーティーで活動していたという魔法師から聞いた。貴方の傷を癒した女性だ。」
ルースか。
「失礼ながら、貴方が王国を出る事となった経緯も聞いた。」
女騎士…ソルテは申し訳なさそうに目を伏せた。
おそらく、俺を治療した件で王国の国王陛下やらに呼ばれて話を聞かれたんだろうな。
ルースは今はなきスキル『誓約』のせいで嘘がつけない。
誤魔化すのは難しいし、そもそも誤魔化したり隠したりする必要もなかっただろう。
「別に知られて困るものでもない。それで、俺が元王国民である事がどうかしたのか?」
まさか王国に戻って来いとか言うんじゃないだろうな。
そんな俺の疑念を感じ取ったのか、ソルテは苦笑して首を振った。
「貴方を王国へ連れ戻すつもりなどない。……そうあればどんなに良いかとは思うが。冒険者である貴方を縛る権限など私達にはないし、ましてや貴方はS級冒険者だ。帝国皇帝に認められてその地位にいる以上、そう簡単にこの地を離れる事はできないだろう。」
「まぁな。」
ソルテの言はもっともで、俺は肩を竦めた。
連れ戻すつもりがないのであれば、何が言いたいのだろうか。
「貴方が帝国民であろうと、元王国民であろうと、私は貴方に言わなければならない事がある。これは、国王陛下の代理としてのものでもある。」
国王陛下の代理?
どういう事だ。
「…すまなかった。」
困惑する俺に、ソルテは深々と頭を下げた。
「王国の民として、あの男が貴方に不名誉な傷を負わせた事、そしてこの神聖な武闘祭を汚した事を、謝罪申し上げる。」
礼をした拍子にサラリと揺れた艶やかな髪を見ながら、俺は腑に落ちたようにソルテの言葉を理解した。
チラリと貴賓席に目を遣ると、王国の国王陛下が立ち上がってこちらに頭を下げていた。
「……何故、ランスがやった事をあんた達が謝罪する?」
「あの男をS級に推薦したのは他ならぬ国王陛下であり、私は曲がりなりにもあの男と同じく王国の代表として武闘祭に臨んでいるからだ。」
ソルテは頭を下げたままそう言った。
「それでも、わざわざこうして謝罪する必要もないだろう。」
公の場での謝罪は王族の面子にも関わるはずなのに。
俺の言葉に対して、ようやく顔を上げたソルテは首を振った。
「そうもいかない。それだけの事をあの男はしてしまったのだ。それに……個人的にだが、私はあの男とは違うという事を、貴方や皆々に示す意図もあった。」
「随分明け透けに言うんだな。それだとまるで許しを乞う為に謝っているみたいじゃないか。」
高潔な印象を持っていただけに、そんな裏事情を軽く言った事に俺は驚いた。
そんな事を言えば許せる事も許したくなくなる。
ソルテの狙いはどこにあるというのか。
「……どう思っていただいても結構だ。」
観念したように目を瞑りそう言った。
ソルテの言葉に、ザワザワとしながら成り行きを伺っていた観客達の一部が怒号を上げた。
『ふざけんな!本当に謝るつもりあんのか!』
『そうだそうだ!それでも騎士か!』
『お前なんかにその場に立つ資格はないぞ!』
『失格にしろ!!』
彼らの怒りのこもった言葉を、ソルテは静かに受け止めていた。
だが誇り高い騎士である彼女がこんな感情をぶつけられて平気な訳もなく、誰にも気づかれぬように拳をギュッと握りしめていた。
「それが…それが望みならば……私は……」
その肩が小さく震えているのに気づけたのは、近くにいる俺だけだっただろう。
「……待ってくれ。」
俺は片手を上げて観衆を制止する。
叫んでいた者達は、不満そうにしつつも口を噤んだ。
「……何故、止める…?」
ソルテは儚さを湛えた瞳で俺を見つめた。
俺は彼女に静かに問いかける。
「………それで贖罪のつもりか?」
「っ…!」
俺の言葉を受けて、ソルテは息を飲んで目を見開いた。
「己の誇りを傷つけて、この舞台を去るつもりか?それで俺に許してもらえるとでも思っているのか。」
ソルテは観衆や俺の怒りを一身に受け、戦わぬまま俺を勝ち進める事で、罰を受けようとしたのではないか。
そう思っての問いだったが、彼女の反応を見る限り、間違ってはいないようだった。
「一つ言っておくが、俺はそんな事微塵も望んじゃいない。」
「だ、だが……それならば私はどうすれば…」
「…聞きたいんだが、あんたのその行動は、国王陛下に命じられたものか?」
再び貴賓席を見る。
国王はギョッと目を剥いてソルテを見ていた。
「……いや、私の独断だ。」
「だろうな。」
良かった。
これが国王の命令であれば、俺は絶対に許さないところだった。
たった数分話した程度だが、ソルテが真面目で実直な性格である事はわかった。
きっと彼女なりに俺に許しを乞う方法を考えていたのだろう。
だがそのやり方はあまりにも歪すぎた。
「ふっ……あんた、不器用だな。」
「なっ!」
思わず俺が笑うと、ソルテは目を丸くした。
「わ、私は王国戦士の代表として、我が王国の誇りを守る為に…!」
「それであんた自身の誇りが傷ついてちゃ意味ないだろ。」
俺がソルテの言葉を遮るようにそう言うと、彼女は目を見開いて口をパクパクと開閉した。
「騎士は国を守る盾であり矛だろ。騎士なら騎士らしく、戦いで見せつけろよ。あの卑怯な野郎とは違うってところをよ。」
「……本当に……良いのか?」
ソルテは声を震わせながら呟く。
「私は……戦っても、良いのか…?」
「むしろそうしてくれないと俺が嫌なんだよ。譲られた勝利になんて興味はねぇ。俺が欲しいのは、己の力で勝ち取った名誉だ。」
しっかりとソルテの瞳を見つめて堂々と伝える。
その視線を受けて、彼女はやがて震えを止め、背筋を伸ばした。
「貴方が高潔な方であるのは理解した。だからこそ、私達は貴方に謝罪しなければならない。」
「謝罪は受け取る。だから早く始めようぜ。そろそろ審判が痺れを切らす頃だ。」
副団長を見遣ると、彼は"仕方ない"とでも言うように肩を竦めた。
「…あぁ、そうだな。それでは、この槍にかけて、私と王国の高潔さを示す事にしよう。」
「そうこなくっちゃな。……最初から全力で来いよ。じゃないと一瞬で終わっちまうからな。」
「貴方の実力は既に認めている。胸を借りるつもりで、全てをぶつける所存だ。」
ソルテは俺との実力の差を正しく認識しているのだろう。
それでも逃げずに正々堂々と立ち向かう彼女の様は、まさに騎士と呼ぶに相応しいものだった。




