青の魔導師
大変長らくお待たせ致しました。
お久し振りでございますぅ。
武闘祭準々決勝第三戦。
観戦室からステージを見ていた俺は、呆然と呟いた。
「マジかよ……」
ステージ上では、小柄な少女がつまらなさそうに前を見ている。
その視線の先では、甲冑と呼ばれる特殊な鎧を纏った男が地に伏せていた。
「フェイの奴……強くなってやがる。」
試合開始直後、フェイの放った魔法。
俺の記憶にあるより遥かに早く、正確に打ち込まれていた。
対戦相手の剣士……武士というらしいが、彼は近付く事さえできず魔法に直撃した。
「何だよあの詠唱速度。あいつ、いつの間にあんな早くなったんだ。」
しかも威力も正確に計算されている。
前までのフェイは高威力で派手な魔法を好むあまり、効率の悪い攻撃ばかりしていたはずだ。
事実、昨日までの戦いではこんな魔法の使い方をしていなかった。
それがこの戦いでは、相手の防御力を計算に入れて最も効率の良い魔法を行使した。
「今までのはブラフだったのか。」
近付けば勝ち。
相手にそう思わせる為の策だったのだと察し、俺は背筋が震えた。
しかしそれは恐れや驚きではなく、歓喜の為であった。
「何だよあいつ……しっかり成長してるじゃないか。」
フェイに何があったのかはわからない。
しかし、彼女は間違いなく一人の戦士として成長していた。
それを嬉しく思う自分に不思議な感覚を抱きながらも、俺は倒れ伏す武士に目を向けた。
「さて、予想外の攻撃を綺麗に食らったが……どうなる?」
今の一撃で試合が終わってもおかしくない。
それくらいに狙い澄まされた魔法だった。
しかし、近くで見ているはずの副団長はまだ勝敗を告げない。
という事は、あの武士が立ち上がる可能性があるという事だ。
「………おっ。」
武士が腕の力で上体を起こし、ゆっくりと膝をついた。
痛みに耐えるように顔を顰めながらも、歯を食いしばって立ちあがろうとしている。
「へぇ…立てるんだ。」
起き上がる武士を見据えながら、フェイは無感動に呟いた。
そして手に持つ杖に魔力を流し始める。
倒れた敵が立ち上がるのを待つような心は彼女にはない。
「確実に仕留めたと思ったんだけど。思ったより耐えるんだね。」
「ぅ…拙者、は……」
「だけど……ほらっ!」
呻きながら立ち上がる武士に、フェイが青白く光る稲妻を放った。
「くっ……ふぬぅ!」
しかし稲妻が当たる寸前、武士の体がブレて魔法を避ける。
そのまま武士は前へ走り出した。
フェイはその光景を見て目を丸くしたものの、すぐに次の魔法の詠唱に入った。
武士が懸命に走りながら、腰に佩いた刀の柄を掴む。
身体強化系統のスキルを発動したようで、彼の体を濃い緑の光に覆われ、速度を増した。
「所詮は魔盲の剣士、僕の魔法に勝てると思うなよ。」
対するフェイは淡い青の光を纏い、濃密な魔力が周囲の空間を歪めていく。
「魔法の才能を持たない屑は……全員死ね!!」
フェイの杖から巨大な雷の球が放たれる。
当たれば今度こそ無事では済まない、これで終わりかと誰もが思った瞬間……武士が深く体勢を落とし、刀を抜き放った。
「ふぅぅぬぅぅぁ!!」
「なっ!?」
深緑の一閃が雷球を両断。
光が断ち切られるその光景に、観客は息を飲んだ。
フェイが初めて動揺を表に出す。
武士は前進の勢いをそのままに、素早く彼女の懐に潜り込んだ。
「武士を……舐めるでないわぁ!!」
「………」
雄叫びを上げながら武士が刀を振り上げる。
フェイは冷静に魔力を杖に通わせ、詠唱していた。
「ぬぅぉぉぉ!!」
魂を乗せた渾身の一閃。
しかし風を裂いて振り下ろされた刀は、フェイの肩に触れた瞬間、硬質な音を響かせて弾かれた。
驚愕に目を剥く武士。
対するフェイは冷たい瞳で彼を見ながら、口元だけが冷酷な笑みを浮かべていた。
「身守りの魔道具……必要な魔力は多いけど、こういう時に使えるよね。」
彼女の首元にかかったペンダント。
それは所有者の身体的なダメージを、一度だけ無効化する高級魔道具であった。
「それじゃ、バイバイ。」
一瞬の隙を見せた武士にフェイが杖を向ける。
既に詠唱を終えた魔法は、放出されるのみとなっていた。
そして武士の言葉を待つ事なく、フェイは魔法を発動する。
「がぁっ!!」
至近距離で雷撃を受けた武士は大きく吹き飛び、砂煙を巻き上げながら転がる。
そして今度こそ、立ち上がる事はできなかった。
「フェイ、いつの間にあんな魔道具を……」
観戦室で、俺は呆然と呟いた。
以前まではあんな魔道具は持っていなかったはずだ。
どこかの遺跡で手に入れたのか、あるいは買ったのか。
購入したのであれば、莫大な出費を強いられた事だろう。
「他にも何か隠してるかもしれないな。」
次に行われる準々決勝で俺が勝てば、次に待つのは彼女だ。
元々人並外れた才能を持っていたフェイが、努力の末に更なる成長を見せた。
「……だとしても、勝つのは俺だ。」
闘志に反応するように脈動したカレトヴルッフに触れ、俺は静かにそう呟いた。
フェイに勝ち、かつての仲間を見返してやる。
だがその前に目先に戦いに備えるとしよう。
「待ってろよフェイ…すぐにお前を叩き潰してやる。」
聞こえるはずもない声を聞き取ったかのようにこちらを見上げ、嘲笑うように口角を上げるフェイに背を向け、俺は観客席を後にした。




