信仰と最後の誓い
王国やら帝国やらは修正なしで間違いありません。
説明不足で申し訳ありません。
「……大丈夫か。」
「えぇ…もう、大丈夫。いっぱい泣いちゃってごめんねぇ、アルトくん。」
ルースは泣き腫らして赤くなった目を摩りながら、恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔は優しくて穏やかで、本来の彼女の笑みが戻ってきたようだった。
「ルースがあんな風に泣きじゃくるなんて、想像もしていなかった。」
「もう、アルトくんったら意地悪なのね………私も、アルトくんからありがとうなんて言われるとは思ってなかったわぁ。」
「助けてもらったんだから、礼くらい言うさ。当然だろ?」
「それでも、私達のした事は許されない事だから……私はただ謝りたかっただけだけれど、アルトくんはきっと話も聞いてくれないと、そう思っていたの。」
「……この世に許されない事なんてない。許さない人間がいるだけだ。」
許さない事が悪い事だとは全く思っていない。
俺だって許せない事くらいある。
今回のランスの不意打ちとかな。
だが、もしランスが正々堂々と戦い、そして俺の力を認めた上で謝ってきたとしたら……俺はたぶん、あいつを許していたと思う。
たらればの話だけどな。
「……アルトくん、なんだか変わったわねぇ。」
「ん、そうか?」
「パーティーにいた頃のアルトくんは、そこまではっきりと自分の意見を言わなかったわ。ランスくんやフェイちゃんが貴方の意見を否定する素振りを見せたら、すぐに諦めたような顔してた。」
「そう、か……そうだったかもな。」
最初はそんな事はなかったはずだ。
エレンと二人で旅していた時は、互いに自分の意見をしっかりとぶつけていた。
だが、エレンとの格差が広がり、ランスやフェイに蔑まれ続ける内に、俺は自信ってやつを徐々に失っていたんだろう。
ルースと出会う頃には、随分と情けない俺になっていたんだろうと、今になって思った。
「なぁ、お前達のパーティーはこれからどうなるんだろうな。」
「……わからないわ。ランスくんは既に冒険者ではなくなったし、エレンちゃんやフェイちゃんがどう考えるのか……」
「ルースはどうしたいんだ?」
「私は……これからも冒険者を続けるわ。」
「そうなのか。」
教会に戻るのか…と聞きたかったが、過去のある一件を思い出して止まった。
あれは、ルースがパーティーに加入してすぐの事だった。
その日、俺達は依頼の途中で夜になり、野営をする事になった。
夜の番を二人ずつで行う事になり、俺とルースの二人になった時、俺は好奇心から彼女に聞いてしまったのだ。
"どうして還俗して冒険者になったんだ?"と。
すると、それを聞いた瞬間にルースの表情が変わり、厳しい口調で俺を糾弾し始めた。
慌てて謝ると、暫く厳しい顔をしていたルースがはっと正気に戻り、そして一言こう言ったのだ。
"冒険者になって、しなければならない事があるの。"と。
俺はそれ以上深くは聞かなかった。
複雑な事情があるのだろうと思う事にしたのだ。
そんな事が過去にあったから、彼女に還俗などの話題は出さない方が良いと思った。
しかし、ルースはそんな俺の疑問を察したようで、苦笑しながら首を振った。
「私が再び洗礼を受ける事は、もうないわ。」
「そう…なのか?」
見たところ怒る様子はなさそうだ。
これなら多少踏み込んでも大丈夫だろうか。
「その、俺はこういう事に詳しくないんだが……還俗した人間は、再度入信する事はできないのか?」
「いいえ、それは可能よ。」
「なら…どうして?」
「簡単な話よ。私がそう誓ったから。」
誓った…って。
「それは……まさか…」
俺が目を丸くしていると、ルースは微笑んで頷いた。
その笑顔は寂しげで悲しそうなのに、どこか晴れやかなものだった。
「そう…『祈誓』を使ったの。」
「い、いつだ…?」
嫌な、予感がした。
ルースは寂しげに微笑み、何も言わない。
「ルース…いつ『祈誓』を使った?何の為に…?」
無意識に生唾を飲んだ。
そんな俺の予想を肯定するように、彼女は頷いた。
「貴方は気にしなくて良いの。だってこれは…贖罪なのだから。」
俺の命は、皇女殿下や公爵の知る以上に危ういものだったらしい。
心臓や肺も半ば斬られており、ルースが到着した時にまだ俺が生きていたのは、カレトヴルッフの身体強化がまだ残っていたからだろうという予想だった。
雇われていた回復魔法師達もお手上げの状態だったそうだ。
重苦しい空気の中、彼女は覚悟を決めた。
己の最も大切なものを捨て、俺を救う事を。
ルースは『祈誓』を使い、死の淵から甦らせる程の回復魔法を手に入れた。
その代償として、彼女は"信仰心"を捨てた。
今のルースは、神を信仰していた記憶はあり、それが尊いものだというイメージはあるものの、かつてのように信仰する気は微塵も起きないという。
むしろ再び洗礼を受けると考えるだけで、世界の禁忌に触れたような恐怖を感じるそうだ。
しかも、信仰心を失った事で、『祈誓』さえも使えなくなってしまったのだという。
ルースがどんな事情で教会を抜け、どんな目的があって冒険者になったのかは、俺にはわからない。
それでも、彼女が信仰というものをどれほど大切にしていたかは、何となく理解している。
ルースは俺を救う為に、それを捨ててしまったのだ。
「ルース…その、俺は……」
「謝らないで。」
ルースの言葉を俺が止めたように、ルースは俺の言葉を遮った。
「これは私の贖罪であり、決意であり、覚悟なの。たとえ貴方でも、それを汚して欲しくはないわ。」
「しかし……」
「どうしても謝りたいというのなら……責任、取ってくれないかしら?」
ルースは悪戯っぽく笑った。
初めて見る表情だ。
「責任…?」
「私はアルトくんに身も心も捧げると誓ったの。今回の件は、その覚悟を示すものよ。」
おいおい……
「身も心もってお前……」
「あら、アルトくんが望むなら、何でも良いのよぉ?」
ルースが余裕そうな顔を取り繕い、腕を組んで自らのスタイルを強調しているが、赤面しているのが丸わかりである。
あれほど強い信仰心を持っていたルースだ。
まず間違いなく処女だろう。
しかしスタイルは良いから目のやり場に困る。
「……それは置いといて、責任ってどういう事だ?」
「アルトくんには、私が貴方に身も心も捧げる事を許してほしいの。」
捧げる事を許す…?
微妙によくわからない言い回しだ。
「あー…つまり?」
「結婚しましょう。」
ぶっ飛びすぎだろ、スキルの効果が強すぎて頭壊れたのかよ。
「じょ、冗談だろ。」
「冗談じゃないわぁ。……でも、流石にそこまで無茶は言えないわね。」
良かった、頭は大丈夫だったようだ。
「性○隷にしてちょうだい。」
「回復魔法師を呼べ。」
やっぱぶっ壊れてるわ。
早急に治療してくれ。
その後、冗談のようなルースの言葉は冗談ではなく、要するに自分を好きなように扱って欲しいというのが、彼女の要望であるようだ。
それがルースの願いという事だが、急にそんな事を言われても俺は困ってしまう。
とか言いつつ彼女の体を見てしまうあたり、男は単純な生き物だと思う。
「ルース、お前の気持ちはひとまずわかったが……悪いが、俺はもうお前らのパーティーに戻るつもりはない。」
今の俺なら、抜けたランスの穴を埋める事は十分に可能だろう。
しかし、俺はもう帝国で居場所を見つけてしまった。
今更王国に帰るつもりも、パーティーに戻るつもりもなかった。
「そう…よね。当然よね。」
ルースは呟きながら俯いた。
彼女には悪いが、これは覆す事はできない。
俺への贖罪とやらは、彼女に命を救われた事で十分だろう。
もうこれ以上、彼女が何かを捧げるつもりはない。
それでなくても、俺は既に彼女を許しているのだから。
「ルース、元気出せよ。エレンとフェイがいれば、多少強い魔物だってそれほど難しくは……」
と慰めようとしたところで、ルースが勢いよく顔を上げた。
固い決意の光が宿った、強い瞳だった。
「なら、私が行くわ。」
「……は?」
行くって……どこに?
「アルトくんが戻ってこないなら、私がアルトくんのところへ行く。」
「お、おいおい何言ってるんだよ。」
「簡単な話よねぇ。今の私は、所属する国になんて何のこだわりもないもの。」
「そりゃそうかもしれないが……エレンやフェイはどうするんだ?」
「武闘祭が終わったらあの子達ともきちんと話すわぁ。でも、私の結論は変わらないわよ。」
「何がお前をそこまで動かすんだ……」
「それはぁ……ふふっ、まだ秘密。」
ルースは人差し指を立て、微笑んだ。
結局、武闘祭の後にエレンとフェイに話すまではまだ保留という事になった。
それまでに俺も色々と考えておかなければならない。
だが、嫌だと感じているのならば、すぐに断っているはずだと、自分でも思った。
嫌ではないと感じているのは……たぶん、かつての仲間に自分という存在を求めてもらえるのが、予想以上に嬉しかったからだろう。
しっかりと考えて結論を出さなければならないが、折角助けてもらったのだから、醜態を晒さないよう、まずは次の戦いに集中するとしよう。




