因縁の対決
武闘祭初日は、五つのグループでバトルロイヤルが繰り広げられた。
二日目には更に五つのグループで予選が行われた。
各グループに三十人程度の出場者がいた事を考えると、武闘祭にエントリーした者が総勢約三百人いたという事になる。
その中で三日目からのトーナメントに進めたのが、俺を含む三十人だ。
武闘祭三日目の朝、闘技場に行くと騎士に個人の控室へ案内され、そこでトーナメント表を貰った。
そのトーナメント表を見て、俺は目を剥く。
「……おいおい、これってもしかして……」
今日は本戦トーナメントの第一回戦、十五組の試合が行われる。
俺の出番はトリの十五戦目。
対戦相手は………ランスであった。
本戦出場用に与えられた個室の観戦室からステージを見つめる。
今行われているのは、七試合目であった。
戦っているのは、先日会ったルフマーとどこかの国の騎士である。
騎士は魔法と剣術を巧みに操るバランス型らしいが、ルフマーの放つ神速の強弓の前に、近づく事さえできていない。
そのスピードもさることながら、威力が半端じゃない。
騎士が避けたルフマーの矢が地面に当たり、ステージに穴を穿っている。
連続で放たれ続ける矢を騎士が避けきれず盾で防ぐが、矢は盾に突き刺さって罅を入れ、更に二発三発と刺さって、盾を貫いたところで騎士副団長がルフマーの勝利を告げた。
騎士も文句を言う事なく、肩を落としながらもルフマーに拍手を送り、ステージを降りた。
「ふぅ……ルフマー、あんなに強かったのか。」
あの威力の矢を絶え間なく放つなど、ただの怪力で済ませられるものではない。
そもそも彼女の使っている短弓であそこまでの威力が出るというのが異常な事だ。
何らかの特殊なスキルが使われているのだろう。
それから幾つかの試合を観た後、観戦室に控えているメイドに話しかけられた。
「アルト様、控室にて試合の準備をお願い致します。」
「あぁ、わかった。」
メイドの言葉に従い控室に戻る。
準備といっても特にする事はない為、ソファに座って観戦した試合について思い返していた。
二試合目に出たのは、元パーティーメンバーであり幼馴染でもあるエレンだった。
彼女はスキルを使って圧勝していた。
「エレンがいるって事は、やっぱり俺の相手はあのランスだよなぁ……。」
トーナメント表を見た瞬間に見知った名前をいくつか見つけた為、ほぼ間違いなくそうだろうとは思っていたが。
それよりも、試合に勝ったエレンがこちらを見て笑ったような気がした。
俺の見間違いだろうか。
「フェイも出てたし、ルースも来てるんだろうな。」
フェイは八戦目に出場していた。
どこぞの国のS級冒険者と戦っていたが、『並列魔法』で敵が近付く前にぶっ飛ばしていた。
やはり彼女の火力は大したものだ。
「少なくともエレンとは決勝以外では当たらないが、フェイは……互いに勝ち進んだら、準決勝で当たるか。」
かつて、俺を魔盲と蔑んでいたフェイと当たるかもしれないという事に緊張するが、今はそれよりも目先の戦いに集中しよう。
騎士に先導されてステージに立つ。
暫くすると対面からポケットに手を入れて傲慢な笑みを浮かべるランスが現れた。
彼は俺の顔を見るなり、目を丸くした。
「おいおいおいおい、クソ雑魚野郎と同じ名前で不憫な野郎だと思ってたが、まさかてめぇ本人だったとはな。」
「久し振りだな、ランス。」
「馴れ馴れしく話しかけてんじゃねぇよクズ。つうかどんなイカサマ使ったらてめぇみてぇなクソ雑魚がそこに立てんだ?」
相変わらず理不尽な奴だ。
「イカサマなんて使っていない。ただ予選を突破しただけだ。」
「戦闘できねぇてめぇが出場してる時点でおかしいだろうが。」
「俺はもう、以前までの俺じゃない。」
「あ?」
とことん蔑むようなランスの顔を見ていると、かつての怒りが再び湧き上がってきた。
俺は拳を握ってランスを睨む。
「今の俺はお前よりも強い。」
「てめぇが、俺より強い?………ふっ…ふっひゃひゃひゃ!!随分と馬鹿馬鹿しい夢見てんじゃねぇか!追放されたのがショックで頭いかれちまったのかぁ?」
「笑っていられるのも今のうちだ。俺の力で、お前を跪かせてやる。」
「言うじゃねぇか。役立たずのお荷物野郎がよ。」
「ぶっ殺す。」
「ボコボコにしてやんよぉ。」
俺達は強く睨み合い、互いに背を向けて距離を取った。
副団長が予選の時と同様に故意の殺傷を禁ずる旨を伝え、試合が開始された。
「両者、構え………始め!」
「はぁ!!」
副団長の号令直後、俺は正眼に構えたカレトヴルッフに膨大な魔力を流し込んだ。
予選の時と同じく、瞬間的に魔剣が脈動し禍々しいオーラを放つ。
「なっ!……くっ!」
覚醒したカレトヴルッフから放たれる邪悪な威圧感にランスが目を剥くが、すぐに魔力を消費して『英雄』を発動する。
ここらへんの反応の速さは流石だ。
腐ってもS級冒険者ということか。
「うおらぁ!くたばりやがれ!!」
ランスの全身が七色の眩い光を纏い、常人を遥かに超越した速度で突っ込んでくる。
振り上げた長剣から放たれる一閃は、悪鬼の頑丈な首を断ち切る程の威力を誇る。
しかし、俺は避ける事なく正面でその剣を防いだ。
「なにぃ!?」
真正面で受けられるなど微塵も考えていなかったランスが驚愕の声を上げる。
とはいえ俺も、その一撃の重さに内心舌を巻いていた。
竜の尻尾ほどではないが、油断していると潰されそうなほどに重い一撃であった。
「やっぱり流石だな……だが、それでも俺の方が強い…ぜっ!」
「ぐぅ!?な、なんだよこの力…!!」
鍔迫り合いから力任せに振り払い、ランスが耐えられずに軽く吹き飛ぶ。
「てめぇ、どんなインチキしたらこんな力を……」
「インチキなんかじゃない。これが正真正銘、俺の力さ。」
先日の皇女殿下との会話を思い出した。
俺がこんな事を言うなんてな。
これが、自信ってやつだろうか。
「ぐっ……俺が…俺がてめぇなんかに負けるなんざ、ありえねぇんだよぉ!!」
怒りに顔を歪めたランスが連続で剣を振るう。
俺はそれをあえて正面から受け続けた。
といっても、相手の剣筋を読んで捌くなんて技術は俺にはない。
俺にできるのは、超強化した視力で剣の軌道を把握して、そこにカレトヴルッフをぶつける事だけだ。
「くそっ!この!ふざ、けんな!死ねぇ!!」
「ふっ!はっ!くっ!おらっ!」
「ぐぅ!………ちっ!」
防がれ続けたランスが歯を食いしばって後退した。
「てめぇ、守ってばっかで情けねぇと思わねぇのか!!」
安い挑発だ。
お返しに俺もからかってやろう。
「攻撃なんてしたらすぐに終わってしまうだろう。あまり簡単にぶっ倒したら、遥々帝国まで来たお前が哀れだろう?」
「て、てんめぇ…!!」
「赤ん坊に頬をペチペチ叩かれて怒る大人がいるか?お前ごとき、俺にとってはいつでも叩き潰せる雑魚なんだよ。折角のお祭りだ。観客にも楽しんでもらいたいじゃないか。呆気なく倒してしまってはつまらんだろう?」
「死ね!死ね!死ねぇ!!」
大振りで剣を振り回すランス。
雑な攻撃なのに剣閃は鋭いのだから、才能ってのは本当にズルいよなぁ。
「ほらよっと!」
力押しの一閃で再度ランスを吹き飛ばす。
ランスは踏ん張れず地に転がった。
観客達から一際大きな歓声が上がる。
すぐに立ち上がるが、その顔は羞恥と憤怒に歪んでいた。
「くそっ!くそぉ!どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!俺はS級冒険者だぞ!!」
「そりゃ大したもんだな。言い忘れていたが、俺もS級になったぜ。」
「あぁ!?なんだと!?」
「俺を追放してくれて感謝するぜ、ランス。お前のお陰で、クソみたいなパーティーから解放されたし、こんな力も手に入れたし、夢だったS級冒険者にまでなれたからな。お前にもっと見る目があって、頭が良かったら俺はここにはいない。お前の目が節穴で頭の中も空っぽで良かったよ。」
そう言うと、ランスはもう何も言わず、ただ激昂して絶叫しながら剣を振るってきた。
「おいおい、もっと速く動いてくれないと当たらないぞ。それに……そろそろ、魔力も切れるんじゃないか?」
「あぁぁぁぁ!!死ね死ね死ね死ねぇ!!!」
「馬鹿の一つ覚えだな。学習しない阿呆はこれだから……お?」
「ぅがぁぁぁ!!……ぁ?」
輝いていた光が収縮し、消えていった。
どうやら俺の予想通り、魔力が枯渇寸前になってスキルが止まったようだった。
これ以上無理にスキルを使おうとすると、完全に枯渇して全身を恐ろしい倦怠感が襲う事になる。
「……終わりだな。」
「なっ!何が終わりだぁ!?俺は…俺はまだ…!」
ランスの言葉を聞き流し、カレトヴルッフの刃を覆うように魔力を流す。
ランスは本能で恐怖したように、後ずさった。
「悪いが、これ以上お前ごときに時間をとられたくはない。これで……おしまいだ。」
「ま、待て!待ってくれ!俺は……」
強張った顔で何か言おうとしたランスだが、一瞬で飛び込んだ俺が振るった袈裟斬りが当たり、これまでで一番強く吹き飛んだ。
砂埃を巻き上げながら地を転がる。
叩き切った時の感触からすると、鎖骨あたりの骨は粉々に折れたはずだ。
回復魔法で治しても、暫くはかなり痛むだろうな。
「そこまで!勝者、冒険者アルト!!」
副団長の声が飛び、観客達が一斉に立ち上がって歓声を上げた。
予選の時は化け物だの何だの言っていたくせに。
「アルト殿、見事な戦いであった。」
「ありがとうございます。」
ステージ上で近寄ってきた副団長の言葉に軽く礼をする。
「貴殿の優勝がいよいよ現実味を帯びてきたな。」
「まだ油断はできませんがね。」
まだエレンやフェイ、ルフマー等も残っている。
彼女らと当たる可能性も十分にあった。
油断していると足を掬われかねない。
「うむ、見事な心意気だ。明日の試合も……なっ!?」
対面で話していた副団長が、俺の背後を見て目を見開いた。
反射的に振り返ると、そこには剣を振り上げてこちらに突っ込んでくるランスの姿。
その全身は七色の光に包まれていた。
「アルトぉぉぉ!!死にやがれぇぇぇ!!」
「くっ!?」
ギリギリのところでカレトヴルッフを抜き放ち、受け止めた。
しかし身体強化は間に合わず、押し切られてしまう。
カレトヴルッフの内側の刃が斜めに当たり、鎖骨から腹にかけて大きく傷が入る。
鮮血が舞い、あまりの痛みに意識を飛ばしかけた。
「ぐっ……ぅ…うおぉぉぉ!!」
必死に意識を繋ぎ止めながら一瞬で魔力を押し流し、強化した力で無理矢理振り払った。
押されたランスが体をのけぞらせ、体勢を大きく崩す。
それでもまだ血走った目で剣を振ろうとするランスに、俺は反撃の刃を振るった。
「はぁぁ!!」
カレトヴルッフが剣を持つランスの手に当たり、一瞬で斬り飛ばす。
片腕を失ったランスは狂ったように顔を歪めながら、俺の首筋に噛み付こうとした。
「ふっ!!」
ランスの突進を避けざまにカレトヴルッフを振るい、ランスの片足を斬り飛ばす。
倒れそうになるランスだが、残った片腕と片足で踏ん張り、もう一度飛びかかってきた。
「しつこいんだよ!!」
咄嗟に剣を手放し、強く握った拳で正面から迎え撃った。
狂気に歪んだ顔に握り拳が突き刺さる。
硬いものを砕いた、ゾッとするような感触がした。
今度こそ地面に転がったランス。
七色の光は消え、完全に意識を失ったようだった。
切られた手足から大量の血が流れ、顔は醜く陥没している。
早急に治療せねばならないだろう。
その後、副団長の迅速な指示によって救護班がランスを連れていった。
そして俺は、安心した途端に胸の傷を思い出したかのように強烈な痛みが走り、意識を失った。




