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【2】


[4]


 初日は学部の授業もなくホームルームだけで終わり、わたしは七音さんと一緒に学院の敷地内の森の中にある奏女寮へと足を向けていた。

「楓は課外活動もうなにするか決めたのかしら?」

 この学院は生徒の音楽への感性の育成を目的として、全生徒に勉学以外の活動をすることが義務付けられていた。いわゆる生徒会組織、委員会や部活動などがそれにあたるらしい。

「そういう七音さんは?」

「それはもちろんマーチに入るわ。お姉様に七音以外の奏女を近づかせないためにもね」

「そっかぁ。わたしはどうしようかな」

「奏女学部の新入生は演奏したい楽器の音女がいるところに所属する人が多いみたいよ。そのままデュオになれることを見込んで。楓は演奏したい楽器ないの?」

「うーん、特には」

「普通奏女学部の生徒って誰でも希望ぐらいあると思っていたのだけれど。やっぱり楓って、ちょっと変わってるわね」

「決められないだけだよ。優柔不断なんだ、わたし」

「ふーん。まぁ、明日はまたホールで諸活動の紹介とかあるみたいだし、その時決めてもいいんじゃないかしら……あ、寮ってここじゃない?」

 たどり着いたそこには、確かに『奏女寮』と書かれた立て札が立っていた。のだが。

「なんか、思ったよりも古いわね」

「で、伝統ある音楽院だし、しょうがないんじゃないかな」

 古びた木造の洋館はいかにもという感じで、夜に一人でトイレにいけるか心配になりそうな雰囲気を醸し出していた。

「まぁ、七音はすぐにこの寮出ていくからいいけどね」

「え? 転校しちゃうの?」

「違うわよ。入学して早々転校するわけないじゃない。あっちに移るってこと」

 七音さんが指さした先には奏女寮とは明らかに趣を逸した豪奢な館が立っていた。

 支柱に『音女寮』と刻まれているその建物は、その名の通り音女が住むための寮である。聞くところによると音女寮は、奏女寮が壁の薄い六畳ほどの1人部屋の羅列で構築されているのに対し、音女寮は全室防音設備の整った2人部屋となっているらしい。というのも、音女はデュオの契りを結んだパートナーである奏女とその部屋で住むことを許されるのだ。つまり、24時間いつでも演奏の練習ができるよう配慮されているのだった。

「そっか。七音さんは会長とデュオになるんだもんね」

「ええ。あぁ、いよいよ夢にまで見たお姉様との同棲生活が実現するんだわ」

「姉妹なのに一緒に住んだことないの?」

「だって10も歳離れてるのよ。ほとんど記憶に残ってないわ」

 そうだった。外見的には3歳ぐらいしか違わないから、そのことをつい忘れてしまいそうになる。

「あら、七音じゃない」

 寮の前でそんな話をしていると、当の本人である会長がなぜか奏女寮の方から出てきてわたしたちに声をかけてきた。

「あぁん、お姉様♡ ちわっす!」

「ちわっすですわ!」

 挨拶がナチュラルに軽すぎて、わたしが場違いであるような気になってくる。

「もうお友達がいるなんて七音はすごいわね。わたくしなんて、話してると疲れるって言われて、まだきちんとしたお友達一人もいませんのに」

 優しげな視線を向けられたので「弧咲です」と挨拶をすると「よろぴくー、ですわ」とまた妙に軽い感じで優雅に返された。確かにこれは反応に困る。

「それよりお姉様、どうして奏女寮なんかに……ってもしかして、さっそく七音の引っ越しを準備にきてくれたの?」

「え……引っ越し? どうしてですの?」

「だってお姉様、七音はお姉様とデュオになって一緒に音女寮に住むんじゃ」

「わたくし、今は会長職として奏女寮の寮長もしているから音女寮には住んでないんですのよ」

「……え」

 七音さんの表情に次第に影がおり始める。

「で、でも、デュオなら奏女寮でも2人部屋に――」

「校則で音女の会長は寮長室で1人で住むよう定められてるからむりぽですわね」

「お姉様……それって、冗談ですよね?」

「がちですわ」

 膝から崩れ落ちた七音さんを会長と協力して奏女寮の彼女の部屋まで連れて行ってあげた。

「お姉様との、夢の、ムフフ夜通しレッスンが……」

 不穏な遺言に少しだけ哀れさを感じながらも、彼女となら奏女寮での生活も楽しくやっていけそうな気がした。


[5]


「今夜はマーチ主催、新入生歓迎パーティーにお越しいただき感謝いたしますわ。奏女一年生にしてパリピの皆様にはぜひ音女との出会いの場になればいいですわね」

 昨日同様呆気にとられた新入生たちと、満足げに頬に手をあてて姉を愛おしむ七音さん。

 ちなみに七音さん、昨日あの後しばらく元気がなかったが、「お姉様と協力して校則を変えればいいんだわ!」と意気込んでからはすぐに元気を取り戻していた。会長として職権濫用になるのではないかと思わなくもないが、今は不粋なことは言わないでおくことにした。

「さて乾杯の前に、少しマーチのメンバーを紹介させてくださいませ。まず、副会長を紹介したいのですけれど、今日はその……事情により欠席しておりますの。代わりに会計のタルトさんと、書記のミントさんには、挨拶の意味も込めて歓迎演奏をお届けしてもらいますわ。ちゃんと聴かなきゃ激おこぷんぷん丸でコノヤローですわよ」

 変な空気を残していった会長と入れ代わりで、どことなく気の強そうな雰囲気の紫髪に三つ編みの音女と、対照的に見るからにおとなしそうな緑髪ショートボブの奏女がステージに上がってきた。

「ただいま紹介にあずかりました、会計の百乃狸Drタルト(もものりドラムたると)です」

「わ、わわわ……わたしは、書記の……千代狐(ちよこ)、ミント……です」

「ちょっとミント、声小さいすぎ」

「だ、だってミント……人前に出るの、チョコっとはずかしいんです……」

「それなら、むしろ好都合じゃない? ほら、こっちきなさいよ」

「た、タルトちゃん……ミント……もう……」

「大丈夫……もっと、恥ずかしくしてあげるんだから」

「……ちゅ」

「ん……ちゅ」

 会計の百乃狸様がリードするように千代狐様のあごを持ち上げた。

 ホールにいる全員が見守る中、二人の唇と唇が触れ合うと、百乃狸様の体が光に包まれ次の瞬間にはドラムセットとなって、千代狐様の前に鎮座していた。

 壇上でキスだけされて一人残されてしまった千代狐様の顔が、ますます赤く染まっていく。

「は……はずか、しい……」

 そして、見る者全員が心配になるほど激しく体が震え出す。

「はずか、しいの…………好きぃぃぃ〜いっ!!」

 次の瞬間、彼女の中で破裂した何かが音として怒涛のように押し寄せてきた。両手に握られた百乃狸様の一部であるドラムスティックを振り上げ、そのまま目に見えないような勢いで振り下ろす。

 会場の空気を一発でかっさらうようなシンバルの音に続いて、聴く者全ての脈拍を乱すような凄まじいビートがあんなにおとなしそうだった千代狐様によって刻まれていく。

「ど、どうしちゃったの? なんか、急に人が変わったように」

 バスドラムの音圧に圧倒されていると、わたしのつぶやきに答えるように七音さんが振り向いた。

「お姉様に聴いた話だと、普段はおとなしそうに見えて、恥ずかしさが沸点に達すると気分が上がってああやって叩かずにはいれられなくなるらしいわ」

「そ、そうなんだ……」

 楽しいというのが気持ちがリズムになっているのがわかる。

「でも、あんなに激しく叩かれたら、百乃狸様……」

「大丈夫よ。楽器の姿の音女はだからよっぽどのことがないかぎり死にはしないし、ああ見えて千代狐様ってMらしいわよ。そのためにわざと恥ずかしがらせてるとか」

 確かに、よく演奏を聴いてみると、音が最初と比べてやけに弾んでいるように聴こえた。

「見られちゃった♡ タルトちゃんとのキス、みんなに見られちゃった♡ はぁん! 止まらないよぉ! 恥ずかしくてタルトちゃん叩くの、気持ちいいの、止まらなくなっちゃうのぉ♡ このままだと、タルトちゃんのタムタム破れちゃうかも! タルトちゃんの嬉しい悲鳴の破裂音、みんなに聴かれちゃうかもね♡」

 発情がそのまま音になったような、激しい演奏が続く。

「スティックくるくる、いっぱい回しちゃうよ? タルトちゃん、これ好きだもんね。ミントの手のひらの上で転がされちゃうの。ふふっ、バスドラの音、嬉しくて弾んじゃってるね。あっ。リムばっかり責めてたら、スナッピー降りちゃったよ? ぽんっ! ぽんっ! って、恥ずかしいスネアの音、響いちゃってるぅ♡」

「あ、あんなに激しく叩かれたら、百乃狸様……」

「大丈夫よ。音女は老朽以外の原因では死にはしないし」

「それに、これはお姉様に聴いたんだけど、百乃狸様って実は激しくされたくて、わざと千代狐様を恥ずかしがらせてるとか」

「そ、それって、つまり……」

「お似合いってことね」

確かに、始めに比べて心なしか音が高くなってきているように聴こえた。

「あ、〈タマユラ〉だ」

 音女と奏女の共鳴の証としてたびたび現れるその音の精は、二人の音楽を永遠に記憶してくれる存在としてこの音楽院をたびたび飛び交っている。それぞれのデュオによってさまざまな楽器を模した姿形として生まれ、二人の音楽を永遠に記憶してくれる存在なのだ。

「ご、ご清聴、あ、ありがとう……ございました……♡」

 変身を解いた百乃狸様の表情は確かにどこか満足げに見えた。

 大きな拍手の波が二人に注がれた。

 シンバルの耳と太鼓のお腹、スティックの手脚をもったタマユラがその演奏を賞賛するように、先輩たちの上空を旋回していた。


【続く】


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