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荒野で眠る

作者: 湯桶 四三

 ウォートはアラームが鳴るほんの少し前に目が覚めた。それは日ごろの習慣によるものだった。


 六人部屋の明かりが消された船室内には同僚たちのいびき、金属の軋む音、エンジンの唸り声。最初は耳障りだったそれも今はもう慣れた。


 彼らが起きないように(といっても彼らは深い眠りなのでちょっとやそっとでは起きないけれど)身体をハンモックから降りると壁伝いに部屋を出ると狭い廊下を抜けて甲板に駆け上がった。


 目の前に広がるのは一面の荒野だった。抉られた岩場、枯れた植物、生き物の気配のない死の荒野。今日は満月で雲一つとない。珍しく風もなく砂も口に飛び込んでこない。


 絶好の日だ。珍しい、今日はついてるぞとウォートはそう思った。


 甲板を見渡すと作業をしている機関士の高齢の男が、低く唸るように機械を弄っていた。


「よう爺さん、いい夜だな」

「今月の定期探査はおまえか…このところ大した磁気嵐もない。荒れるぞ、用心するといい」

「そうだったけ。わかった、今日までの気象データを追加でくれ」


 この男はウォート達は単純に爺さんと気軽に呼んでいる。いつ寝ているのか分からない。五、六十程の偏屈なごわごわの顎鬚を目いっぱいに生やした男(素性は船長すら分かっていないともっぱらの噂だ)で機械を弄っていない時は大体機嫌が悪い。


 この前も、ウォートが自分の道具を磨いている時には磨き方がなっていないとレンチが飛んできた。腕は確かだが、困りものだ。


 そういう意味でも今日は運がよかった。


「俺の地走振動機は何処?」

「二番格納庫から適当に選べ、大型は駄目だぞ。船長が許してねぇからな」

「分かってるよ」


 甲板の爺さんをぐるりと横断し、入ってきた廊下から反対側の扉に手をかける。右手の円環型の携帯端末から短い電子音がしたら解錠した合図だ。戸を開くと沢山のガラクタといくつかのサイズがバラバラの地走振動機が鎮座していた。キツイ油の匂い、埃っぽい部屋。深呼吸をしないようにし、できるだけ埃を立てないように。


 ウォートはその中から自分にあったもの、そこそこの大きさで、なるたけ軽いのを物色する。修理やパーツの欠落がしょっちゅうなので状態は極めてざっくばらんだが、そこは経験と勘で決める。


「こいつに決めた」


 スケートボート型のものを手に取った。形状的に軽く(それでも十五キロはある)のと流線形のボディなので速度に期待できる。


 甲板に戻り、改めて気象データを爺さんから受け取るとウォートは予想される探索ルートを再検討しながらルートを端末に入力し、地図を作る。


 この船、ツェエルン・シップは荒野を進む。正確には地面を滑るというのが表現的に正しいか。流動理論によって地面を液状化させることによって荒野を海のごとく進む。車輪を転がすよりも経済的で効率的だ。


 本来は別の用途があってこの結果は偶然の産物でしかないと爺さんはぶつくさ文句を言っていたが、ウォートにはどうでもよかった。走ればなんでもよかった。


「燃料はギリギリか。もう少しなんとかならないか?」

「無茶を言うな。次の船骸区にからっけつになりたいか?遺物以外なんにもない場所で停泊する危険性がわからんとは言わせんぞ」

「わかった、わかった。うるさいな、もう」


 とにかく、準備は完了した。雑嚢に水分と予備の携帯食料を積んでいる。


「あらためていっておくが、磁気の関係上、方位磁針なんてのも役に立たん。信じられるのは自分の感覚と考え続ける覚悟だ。お前が帰ってこないと儂らもお陀仏になりかねん」


 地走振動機を搭載した地走船舶はその質量の関係上、最大地下数メートルを抉るように進む。それが単なる土、小石、ガラス片などの木っ端ならば質量で押しつぶす為に構わないのだが、例外が存在する。


「ああ。巡回航路は覚えてる。可能な限り努力はするさ」

「死ぬにしても振動機だけは置いて行け。貴重な奴だお前には使えん」

「ひでぇや」


 鉄や鉛といった金属などが天敵で液状にならないために衝突すると大破しかねないからだ。特にこの地域はそういった金属塊が特に埋没している。


 ならばどうするか。小型の地走振動機を用いてのマッピングを用いる。磁気嵐が多発するこの地域では従来の広域的なソナーは機能せず、ましてや金属探知機などは多く埋没しすぎで機能していない。


 船の手摺に足をかけて、身を空に預ける。本当はツェエルン・シップ後部の地上甲板から安全に発進できるが面倒なのでしない。


 空中でエンジンを引く。着地まで約二秒足らず。


「イヤッホォォオ!!!」


 僅かな浮遊感を楽しんだ後に地面に衝突せずに僅かに地面が抉られる。


「傷つけんじゃねぇ!壊れるだろうがァ!」

「わはは!じゃあいってくるぜ!」


 着地したと同時に爺さんの怒号が飛ぶがウォートは気にせず、足を蹴り加速する。


 無骨な金属板の集合体の正面に取っ手をつけたようなデザイン。チタンとタングステンの合金で構成された地走振動機はその機構により絶えず振動することによって推進力を得る。そして地面を後ろに強く蹴り飛ばす事によって滑るように移動する。


 空は雲一つとない。月明かりが照らす荒野を。ウォートは駆け抜ける何もないこの荒野を一人駆ける。


「ここら辺も大分地表から遺物が隆起しているな」


 二時間が経過した。振動による古典的な測量によって獲得された情報は逐一腕の携帯端末に記録される。乾いた喉に背嚢の水筒から口に流し込む。温い水分がウォートの喉を伝う。


 マッピング自体は順調に進んでいる。この分であればツェエルン・シップの進行ルート確定までさほどかからないだろう。


 目に見えるのは風化せずに露出された何かの構造物らしき金属片。地表に見えるだけで三メートルはあるだろうか。退廃したこの世界を象徴する唯一の存在だろう。


「過去の戦争か」


 かつて、世界規模での戦争が数十年前あった。かなり凄惨なものだったらしい。人口も大きく減らすほどのもので文明も停滞し衰退した。ウォートが聞きかじった話によれば、これよりも大きな金属の塊を空へと飛ばし、空の彼方も自由自在だったと聞く。本当のことなのか、はたまた膨れ上がった与太話なのか。


 国家という体裁は崩壊し、コミュニティは低迷する。発展した技術を維持するほどの余裕は現状の人類にはない。僅かばかりの文明の遺産を維持することもできず、発展も修理させる手もなく、ただ浪費していくだけの緩やかな死。


 だからウォート達のような地走振動機を掘り起こす存在が現れた。


「この大きさの遺物群なら地走振動機もありそうだな」


 ウォートの母船ツェエルン・シップや、現在使っているスケートボードも動力源として地走振動機を必須としている。これもまた大戦時から残された遺物を使っているのである。


 現状、自力で開発が不可能な代物だが、大戦時にはこれが山ほど存在していた。これの半分程は壊れて使い物にならないが、途中で燃料が切れたなどが原因で廃棄されたり、機体そのものが地中深くに眠るなどで状態の良い物が存在する。このユーラシア大陸の北部のシェルコープス地域では磁気嵐も発生する為に頻繁に地上に露出することも多い。


 その露出した地走振動機を掘り起こして商売をするのがツェエルン・シップを始めとする地振発掘業者だ。彼らは宝の山のこの遺骸だらけの地上を進む。地走振動機はあって困ることはなく需要は常にあるからだ。


「なんなら手ごろな大きさなら拾って、船骸区に売ってもいいかもなぁ」


 幸い、この時期なら燃料や食料調達、売却なんかで、寄港する(海上ではなく地上にある)はずだから小遣い程度に売ってもバレはしないだろうし。稼いだ金は何処で使うのかという問題があるが、一船員でしかないウォートにはありがたいのは変わりがない。好奇心と欲が勝った。


 そう考えたウォートはスケートボードから降りると慎重に探索を始める。この金属群は磁気嵐によって形成されたものだから微妙なバランスである可能性がある。下手につつけば一人のウォートはぺしゃんこになってそれでおしまいだ。


 それも考慮してスケートボードから降りた。振動で塊がどう動くか予想がつかないからだ。すぐに飛び乗れるように振動機を待機状態にする。背嚢からヘッドライトと作業用のゴム手袋を取り出し装着する。


「年代は古そうだな」


 月明かりとヘッドライトに照らされた金属の形状や、壊れた火器類と見られるものから判断する。これは大まかな基準でも判断しないと近い年代のものだと地走振動機が休止しているだけの可能性があるからだ。単体でエネルギーバイパスが切断されていたら何も起きないが、下手につながっていると暴発して何が起こるか分かりかねない。そうなれば、一巻の終わりだ。


「となると、あまり状態の良いものは期待できないか」


 そもそも航路決定調査での拾いものだ。あまり希少なものだったり、大型の遺物が見つかると後の処理に困る。あくまで欲しいのは手ごろなものがないかと金属群を歩いて回る。触った金属は夜の気温によって冷えた感覚が、手袋越しに伝わった。


 探索開始から十分程でここで珍妙なものを発見する。ウォートはその異質さに惹かれて近寄る。


「デカい金属の卵?」


 そう形容する他なかった。三メートルほどの大きな金属の卵は砂や埃で傷ついているが、大きな損傷は見られない。手で埃を拭うとチタン合金特有の照り返しが僅かに見られた。磨けばつるつるの良い反射が期待できることだろうとウォートは漠然と思った。


「昔のバカデカい鳥が生んだ卵とか?いや自分で言ってもなんだがかなり馬鹿馬鹿しいな。こうして地表に露出している以上、人工物なのは明らかだろう」


 このサイズの卵ならばどんな大きさの大怪鳥なのかも検討がつかない。しかも殻の構成物質上、金属も簡単に捕食するだろうと世迷い事が頭によぎったがウォートは頭を振ってその思考を流し、調査する。


 幾つかの簡単な調査をといっても手持ちがないし、あくまでウォートは発掘屋であっても地質調査や歴史の学者でもなんでもないのであくまで実測的な簡単なものだったが。


「とりあえず、現状の技術だと再現不可能。各計器異常無し。材質はチタンは確実、他に幾つか希少金属が含有しているとみられる。問題は…」


 拳で軽く叩く、高い金属音が木霊する。

「中が空洞っぽいんだよな。人がちょうど入るくらいの。表面の傷からして中身だけ腐食してるとも考えにくいし、うーん」


 様々な予想がウォートの脳裏をよぎる。何かの芸術品、宝箱、不発弾頭。


「興味がそそられるけど、この大きさだと牽引できないしなぁ」


 三百キロは優にあるだろう金属卵だ。持ち帰るのは不可能に近い。


「けど、船長にいっても話が通るかどうかってのもあるしな」


 実益主義の船長だとデカいだけの金属を見つけたから寄ってくれと頼んでも、金にならないの一点張りだろう。ウォートも同じ立場ならそうしただろうから、この案はほとんどないようなものだ。


「保留して場所だけ記録して後で拾いにくるかぁ。大型の地走振動機拝借しないと駄目だけど」


 無断で借りて調査と中身を確認すればいいだろう。寄港する予定の場所もほど近い。旨い話があると仲間たちに唆せば人員は揃うし(外した時の酒代は考えないことにする)、夜間に出れば酒の入った船員たちを誤魔化すのも造作もないし、ある程度黙認されている。


「なら、ひとまず帰還するか。手ごろな奴は見つかったし」


 懐から地走振動機を取り出す。古い年代のもので出力が低いが小遣いにはなるだろう。


 ウォートが踵を返してスケートボードに向かおうとした時。


『生物を確認。外部環境オールグリーン。人体の影響基準値以内。重力を確認。イジェクト条件クリア、解放します』


「なんだ、何が起きてる!?」


 沈黙を徹していた金属卵が意味の分からない電子音をがなり立てながら振動する。明らかな異常。ウォートの脳内が一気に回転しだす。


『警告。周囲に大きな排気が予想されます。各位、退避を勧告。繰り返します、警告。周囲に…』


 スケートボードまで走る間に合わない。ここは中心部に近いし、外殻に向かって走るには足りない。


 全力で疾走。心臓の鼓動が耳に伝わるようだ。

 走る。外へ目いっぱい。ギリギリまで。


『放出』


 背中に熱を感じる。錯覚かどうかわからないが咄嗟に三メートルの金属片に回り込み、陰になるように身を預ける。


 熱波が駆け巡る。それはさながら暴力、金属が歪む音が聞こえる。過剰に加熱されて膨張する音が。


 地鳴りとともに金属が動いた。あまりの熱量に金属が逃げ出そうとしている。吹き飛ばされないようにじっとこらえる。


 十秒か一分かはたまたもっと短い時間か。だが、それがウォードには永遠のように感じられた。

「ぶはっ」


 緊張状態で呼吸を忘れていた。心臓が耳から飛び出しそうなほどに鳴動し、汗は滝のごとく噴出した。口の中はカラカラだ。動悸も止まらない。


 目いっぱいに呼吸したい本能を押し殺して、短い呼吸をする。手袋を手にあてがう。酸素が薄く感じられた。


 たっぷり五分を費やして息を整える。短い呼吸を繰り返す。おもむろに深呼吸をすれば肺が焼けるかもしれないからだ。


「なんだったんださっきのは」


 未だにぐわんぐわんする頭で立ち上がって周囲を伺う。


 あの熱が嘘だったかのように静かだった。ひどい惨状だった。ウォートが背中を預けていた熱波に当てられた金属の表面はまだ熱が籠っている。冷や汗が頬を伝う。それはまだ序の口で、近づけば近づくほどにそれは酷くなっている。ちらほらと小型のものは融解し、特に熱波の中心付近は透明なガラスになっていた。あまりの熱にガラス化したのだ。


 卵は一回り小さくなっていた。放熱板だったのか、あるいは熱波を受け止める防熱材か定かではない。


 だが、それでも依然と存在した。ガラス化した地表の中心に。チタン特有の輝きを夜の光を浴びて煌めいた。


『長い旅行お疲れさまでした。またのお越しを』


 電子音は鳴り響いて沈黙した。異様な光景。それも非現実的。

 卵の正面が四角の切り込みが入る。一メートルほどの正方形は押し出されるようにズレると地面にばたりと倒れる。ガラスが砕けた。


 その中に居たのは、卵の殻を破ったのは。


『こんにちは』


 一人の少女だった。


 息がまた止まったかと思った。金糸のようなセミロングの髪に陶磁器のような白い肌。ライムのような目は、じっとウォートを見つめている。硬直。世界が凍ったかのようだ。頬の汗がまた伝うのを感じた。


『こんにちは』


 少女の口が何かしらを紡ぐ。しかし、聞き取れない。他言語かと思うがところどころ聞きなれたアクセントが散在するような印象。酷い訛りをめちゃくちゃに引き延ばして聞いているような。


『…通じてない。こういう時は事前に拾った音声データをサンプリングして解読する。髪の色や肌の色的にベースは西洋の品詞分解で。母音のパターンを分析、頻出するものから既存の言語と擦り合わせて変化。イントネーションが大幅に変化していると仮定して、スラングは考慮しない。意味が大体通じれば』


「…なにをしてるんだ」

 少女は胸元のエメラルドのような鉱石のブローチを弄りながら、何事かぶつぶつと呟いている。服装をよくみているとウォートの常識からかけ離れている。白いワンピースはフリルがついている。靴はヒールのような歩きにくいものではなくスニーカーのようなものだったが、ウォートの知る限りどの民族衣装とも合致しない。


 疑問が増すばかりだ。一歩僅かに、ウォートは少女を前に後ずさりした。金属卵からあれほどの熱波が出たのだ。彼女が何をしでかすのかが分からない。先ほどの幸運が二度起きるとは限らないのだから。


「これでいける?こんにちは、名前の知らないあなた。私の言葉が分かる?」


 急にウォートの聞きなれた言語が耳を通る。この地域一帯で使われる共通語だ。訛りもない流暢なものだ。何故、先ほどまではしゃべらなかったのか?解析した?この一瞬で?


 思考の海に溺れようとしたが、踏みとどまる。沈黙は答えではない。長い沈黙が彼女を刺激しないように慎重に喋りだす。


「聞こえている。俺はウォート。ウォート・アイゼイマンだ。君はなんて呼べばいい?」


 ウォートの答えを聞いて少女は僅かに硬直したが、にっこり笑いながら告げる。


「…私はノルン。ただのノルン、探し物を見つけに来たの」


「探し物?」


 金属の卵から少女、ノルンが出てくる。まるでウォートを警戒していないように。ガラスが軋む音を鳴らしながら、彼女は近寄る。きれいな足取りでウォートの目の前に近寄った。花のような匂いが鼻孔を擽った。


「あなたはウォートっていうのね、いい名前」


「ありがとう。君もいい名前だけど、あのデカい卵はいいのか?熱波がもう一度出てくるとかないよな?さすがに二度は勘弁だ」

「卵?ああ、カプセルなら平気、あれは言語の通じなかったり、無理やりこじ開けようとする外敵から身を守るための防衛機構なの。私がこうして外に出た以上、二度と動かないはず」

「そうか、ならいいけど。ノルン、君は何を探しに卵に乗っていたんだ?」


 ノルンはウォートを通り過ぎて、振り返った。


「その話は移動しながらにしない?熱波のおかげで汗が噴き出そうだから。ウォートもこんな殺風景な場所に住んでいるわけじゃないでしょ?」


 一先ず、ノルンと共にウォートは金属群を出た。あの熱波が嘘のような静けさだったがこの荒野では当たり前のことだ。火照った体と、ノルンの存在がなければ深夜の陽炎かと錯覚してしまうほどに荒野は冷たい。


 ノルンは歩きながら語る。


「探し物はとても大きいの。わかっているのは一つ目で、隠れていること。私はずっとそれを探し求めていたのだけれど、まだ見つからない。そうしたらあのカプセル、卵に閉じ込められてしまったの」

「それは大変だ。その探し物はあの卵よりも大きいのか?」

「うん、ずっとずっと。ウォートの知らない大きさかもしれない」


 隣に歩くノルンはずっと遠くを見ていた。探し物をしていたというのだから、この荒野は珍しくもない光景のはずだ。一体、何を見ているのか。ウォートには定かではなかった。


「この荒野は何もないのね。最初は静かなだけだと思っていたけど、恐ろしいまでに」

「ここはずっとこんな感じだよ。金属と死だけが漂っているなんてことのない、ありふれた光景だ」

「そう…」


 それっきり彼女は沈黙してウォートも話題が思いつかなかったので少し荒野の静寂に身を委ねる。


「あった」


 ウォートは乗ってきたスケートボードを発見したので、駆けだす。熱波の勢いで吹き飛ばされたのか、倒れた状態で、エンジンもかかっていなかった。


「なにそれ」

「なにそれって地走振動機だよ。そりゃ改造品だから形状は見たこともないだろうけど。大丈夫かな。壊れてなきゃいいんだけど」

「…知ってる。不思議な形って思っただけ」


 とりあえず、横転していた機体を戻して、エンジンを引く。沈黙。

 不味い兆候だと、今日何度目かの冷や汗がウォートから流れた。


「ひょっとして壊れてる?」

「いや、かもしれないってだけ。最悪の状況がよぎったけど、まだ大丈夫」


 時計を確認しようとして手元の端末を確認しようとしたが、これも沈黙。視界が狭まった気がした。


「熱波にやられたみたい。データ吹っ飛んでないといいけど、その調子だと駄目そう」

「…まずいことになったぞ。俺たちはこの荒野で遭難したみたいだ」

「助けの目処は?」

「ほぼない。母船の航路にここは設定されていないし。野良船がたまたま通りがかる可能性もあるけど、荒野は広い。あまり期待しない方がいい」

「地面を掘り起こして水源を見つけるのは?ある程度の延命ができると思うけれど」

「駄目だ。ここら辺一帯、もれなく重金属にどっぷりの水だ。有害で飲めたものじゃない。砂漠のオアシスも汚染されてたら蜃気楼と同じだ。雨が降ってなくてよかったあれも酸性雨だから長く当たりたくないし」


 ウォートはばたりと倒れる。疲れが一気に出たようだ。思えば先ほどの行動も、アドレナリンで無理に動かしたようなもので、更に様々な事がたくさん起きたので、頭が痛い。


「荷物に工具は簡単だけど揃ってる。知識も一応拙いとはいえある。けど、俺の目標は移動するツェエルン・シップに帰るか、最悪、遠い船骸区に帰るかだ。そもそも治る保証もないけれど」


 計器の類も全部お釈迦で手探りでやるしかないが、それでも足掻く他ない。


「船にも地走振動機って乗ってるの?」

「こいつについてるのより高出力で大型のがな。そっちにも大なり小なりあっただろ」

「田舎だったから」


 ウォートはドライバーを用いて表面のカバーを外し、基盤を露出する。


「エネルギーバイパスは特に問題なし、ちょっと膨張してるけど。緩んだ変圧弁は閉めなおす。振動伝播ブレードは駄目だな。熱で溶けてる」


 興味深いのか後ろでノルンがのぞき込む。手には松明をもって明かり役をしてもらった。


 光源の頼りだったヘッドライトは案の定壊れていたので火を炊くことにした。松明には布はウォートの外套を裂いて、油は貴重な燃料を少し使った。余裕があまりないがそれぐらいしか油がない。


 何もない荒野でも枯れ木ぐらいはすぐ見つかる。数日、雨が降っていなかったのでそんなに時間はかからなかった。


「大丈夫なのそれ」

「大丈夫じゃない。これが壊れてると、うまく地走振動機の発生させた振動が地面に当たらなくなって地面を擦って他が壊れるし、最悪進まなくなるんだ」

「じゃあ、お手上げ?」

「いや、ちょっとした裏技を使う」


 壊れたヘッドライトから無事なバルブを引っこ抜く、それでも長さが足りないものはスケートボードのラジエーターから細長いパーツをいくつか抜いて合わせて固定してしまう。


「ようは振動できる媒体があればいいんだ。強度は落ちるけど、もともとそんなに熱はでないしラジエーターで吸えるしラジエーター自体もすぐさま支障がないはずだ。あくまで応急処置だけど」


 こうしてありあわせのもので修理を進める。手が足りないところはノルンに手伝ってもらいながら。


 途中、腹が減ったのでノルンと食事を分け合った。味はあってないようなお粗末なものだがないよりはましだった。ノルンは火で熱してなんとか食べようとしたが、そうしたほうがキツイ風味が増すことをウォートは知っていた。


 あえて、黙っていたが。


「この世の終わりのような味」

「だな。冷たいほうがまだ咀嚼できるからまだマシで。熱したらドロッとして更に不味さが増すもんな」

「だけど、ウォートは黙ってた」

「はっはっは、そりゃそうさ。ツェエルン・シップの掟は<飯の食い方でとやかく言うべからず>、通過儀礼だよ」

「なにその酷い掟」


 そうこうしている内に焚火のそばでノルンは寝てしまっていた。ウォートも疲れていたが、欠伸を噛み殺して作業を続ける。気が付けば、日が昇りそうだった。空は白み始めていた。夜が終わる。


「でも、肝心の地走振動機が壊れてるのか」


 夜明けはあと一歩だったが、それでもその一歩が遠かった。少し前に起きたノルンはウォートに尋ねる。


「ないなら、今までみたいに他から工面したら」

「地走振動機だけは誰も自作できない、生み出せないんだ。この世の全ての地走振動機は地中から発掘するものだから。今の人類には遺失した文明なんだよこれは」


 お手上げか。ウォートの命運はここでつきてしまったのだろうか。ついているというのはあの熱波を防げたまでで。そこから先はどうしようもなかったのだ。


「じゃあ、他の地走振動機は?」

「そんなに簡単に見つかるものじゃないんだ。一応、俺の手元には拾った小型の地走振動機があるけどこれだとサイズが小さすぎる。とてもじゃないが無理だ。壊れてるのもどう直すのも検討がつかない」


 爺さんであればあるいはと思ったが、いない人物のことを考えても無駄だ。とにかくウォートではどうしようもない事実だけが残る。

 完全な手詰まりだ。思考は止めなかったが、流石に諦めそうになる。

 ノルンは思いつめた表情でウォートを見つめていた。けれどそれはウォートではない。あの夜の荒野を見ていた、もっと遠い何かを見てるかのような目だ。ライム色の目は何処を見つめているのか。

 沈黙を破ったのはノルンだった。


「じゃあ、これは使える?」


 彼女の両手には球形の物質が包まれていた。これはウォートには見覚えがある。ノルンが身に着けていたブローチ。

 いや、違う。只の彼では見たことのないほど綺麗な状態だったので気づくのが遅れた。ブローチではない、決して違うもの。


「…地走振動機」

「これがあれば直ると思う。使って」

 すぐに貰って交換しようとしたウォートだったが、手が止まる。


「…いいのか?間違いなく貴重なものなんだろう。それに大事に持っているんだから大切なものなはずだ」

「いいの。ここで死んだら私の探し物は見つからないし。それにウォートと一緒なら探し物が見つかりそうな気がするから」

「わかった」


 ノルンからエメラルドの地走振動機を受け取る。だが、それだけに留まらず、ウォートは持っていたものを渡した。


「これって」

「この地走振動機は借りるよ。帰ったら必ず、返す。だからといっちゃなんだけどこっちの小型の地走振動機を渡すよ。全然、見合ってないとおもうけど、担保として。約束する」

「うん。わかった約束」


 日が昇った。エンジンを回すと火が灯る。


「直った!」

「やったね、ウォート」

「ああ、ノルン行こう。ツェエルン・シップに。君のことを仲間たちに紹介するよ。俺の命の恩人だってな」


 浮遊したスケートボードにウォートは乗る。あと一人乗らなければ駄目だが、この分なら大丈夫そうか。


「ノルン後ろに。狭いけど我慢してくれ、これ一人乗りだけど」

「うん」


 ノルンが後ろから抱き着く。花のような匂いがまたして動揺したが、なんとか顔にでなかったはずだ。

 足を蹴って、朝日が指す方向に向かってスケートボードを走らせる。目指すはツェエルン・シップだ。


「ウォートが帰って来ずに死んだかと思ったのによ、女が連れて帰ってきやがった!」

「後ろに女くっつけて昼帰りだぁ、どういう身分だ!青春か!」

「どんな奇跡が起こったのか!?そして俺の酒代は何処へ行った!」


 ウォートは船員たちにもみくちゃにされていた。交代で食べるツェエルン・シップの食堂の喧騒はいつも通りだが、今日は一段と騒がしかった。夜のどんちゃん騒ぎかと見間違うほどには五月蠅かった。


 空腹には耐えられなかったウォートは黙々と食べていたが、怒鳴り散らしたり、肩を叩かれたり、髪を雑に撫でられているとそこまで温和でもないウォートの堪忍袋の緒が切れた。


「うるせぇ!こっちは飯食ってんだ。邪魔すんじゃねぇ!後、最後の奴!俺で賭け事すんな!」


 五月蠅い船員どもに食ったリンゴの芯をぶつけるが、元から火に油を注ぐようなものだ。それでもある程度憂さ晴らしにはなる。立ち上がった体を椅子に押し付け飯を再び食べ始める。もう四人前だ。<食える時に死ぬまで食う〉のもツェエルン・シップの掟だった。


 ウォートがノルンを連れて帰ってきたのは昼頃だった。ここまで時間がかかったのは理由があって、単純に修理したお陰で性能が下がり、行きより重量が増えたこと、端末が壊れたせいで地図が使えず、太陽を利用した古典的な方法とウォート自身の勘でなんとかするほかにないという四十苦だったからだ。


 爺さんは壊したスケートボードのことで怒鳴り散らしたが、中の地走振動機が新品なことにすぐ気が付き、一目散にばらそうと嬉々としていたが、これはノルンから借りた物で万が一傷一つつけられても困る。ので、ウォートは必死に止めにかかりなんとか承諾させた(それでも隙あらば、爺さんは弄りたがったが)。


 へとへとな身体で鞭打ち続け、それが止めでウォートは丸一日、眠る羽目になった。甲板で。


 起きた時には堅い甲板で節々が痛む身体を引きずりながら、何日ぶりかの昼飯にやっとありついていた。


 主役のウォートなしでも喧嘩沙汰になってきた。いつものことだが、流石にそこまでの元気は彼にはなかったので、そそくさと退散することになった。


 止めはしない。疲れるのと最悪、料理長の制裁が入るだろうから。


 甲板に上がるとノルンが居た。彼女は昼の荒野を眺めていた。


「船長との話はもういいのか?」

「うん、一先ずは。これから、情報の精査と擦り合わせだって。航路は物資的に船骸区に寄らなきゃいけないから。私たちが出会った場所も寄港して補給した後、人員を割くんだって。お宝の匂いがするらしいから」

「船長らしいな。ただ、肝心の座標が壊れてないから、闇雲に探す内に磁気嵐に流されそうだ」

「そうかも。私たちも駆り出されて虱潰しのお手伝いをしないと」


 ノルンは船長と話をしていた。ウォートも帰ってすぐに話をしたが疲労であまり覚えていない。船長が興奮して鼻息がかかりそうなほどに顔を近づけていたのだけしか覚えていない。


 ウォートが寝ていた時もノルンは話をしていたそうだ。一緒じゃなかったのは齟齬のすり合わせだったり、話の裏を合わさせないようにするためだ。


 それもひと段落したお陰で、ウォート達は談笑するに至る。


「本当に荒野を泳いでいるみたい。海のように綺麗じゃないけど、地平線がどこまでも続いているのは同じ」

「海?」


 一緒に荒野を眺めているとノルンの言葉にウォートが反応した。


「知らないの?」

「うん。船骸区の港も本当は海にあるのは知ってるけど、実物は」

「海はね、すごい大きいよ。ウォートの想像の何倍も。この荒野よりも」

「ノルンの探し物よりも?」

「ずっとずーーーっと大きいよ。見渡す限り水の地平線が広がるんだ」

「見てみたいもんだな」

「いつか見られるよきっと。君なら」


 それはどんな光景なのだろうか。今のウォートは見当もつかなかった。知らない世界だった。荒野に生まれて、荒野で生きて、荒野で死ぬのが当然と思っていた。この広い荒野が彼の全てだった。彼女の語る世界はどこまで広いのか。


「…ウォート。あれって何?」

「うん?金属群なら珍しくもないはずだけど」

「違う、黒いのが動いている」


 ノルンは指を指す。ウォートは目を見やる。この荒野で自然は死滅している。とすれば他の同業者ではない。


 違う、断じて違う。砂煙を巻き起こしている。その中身は統一された黒い暴力。


「解放軍だ」

「それって…」

「ここら一帯で磁気嵐が頻発しているのは知ってるだろう?自然現象だってのがもっぱらの通説なんだけど、一説のはこの大量に埋まっている金属群が悪さをしてるって話だ。不特定多数の地走振動機が原因だって」


 黒い大型バイク程の地走振動機は全て規格が統一され、一定の速度で行軍している。鎮圧用に開発されたと噂の最新鋭機だろう。地中から出てきてバラバラの出力を集めて、揃えるのも一苦労だというのに贅沢な連中だ。


「それがどうかしたの?」

「やつらはそれの信奉者の集まりだ。それもかなり過激派のな。このシェルコープスの荒野全ての地走振動機をぶっ壊せば磁気嵐ともおさらばできると考えてる」

「そんな途方もないことできるの?」


 黒い集団は進路を確実にこちらに近づけている。ぼんやりとした姿も今はくっきり見える。接触するのも自分たちの問題だ。


「できないとは言えないが、それでも相当数あるし、まだまだ地中に埋まってるだろう。だからあいつらは自分で掘り起こす手間を惜しんで、地振発掘業者や船骸区を襲うのさ。そっちの方が楽だからな」


「そんなことを平然とするなんて…」

「一応の正当性はある。でも、奴らが厄介なのは自分たちは地走振動機を捨てないってことだ。秩序を守るために、それに多少なら磁気嵐も起きないだろうってな」

 船長室に急ぐ。もう事態は伝わっているかもしれないが、行くに越したことはないだろう。

「ウォート!」

「ノルンは隠れてろ!甲板は忙しくなる、俺も後で向かうから下にいてくれ!」


 船長室は沈黙が広がっていた。ウォートは帽子を深々と被り煙草を吹かす男に話しかける。


「解放軍が!船長、奴らが来た。もう目と鼻の先だ」

「わかってらぁ、んなことぁ。爺、使える地走振動機は?」


 同室にいた爺さんは唸るようにしゃべる。


「小型二、大型一だ。運送用の連結型は使えるが、他はガラクタぞろいだな」

「チッ、実質三か。ローラン、弾薬は!」

「ほとんどからっけつだ!このあと寄港する予定だったからな。あと測量士によればやっこさんの大型は現状六だそうだ」


 ローランと呼ばれた男、副船長は絶望的な情報を付け加えた。


「数は倍で向こうのほうが性能が上ときたか。爺、ローラン。交渉の余地はあると思うか?」

「奴らは船ごと潰すのも厭わんだろう。なにしろこれも地走振動機を搭載してるからな」

「爺さんと同意見だ。ようするに皆殺しだろう」


 二人の意見は予想通りだったか船長は帽子をぐいと被りなおす。


「俺も同じくだ。やりあってなんとかにげきるしかねぇ、総員戦闘準備だ!ウォートてめぇは各員に伝えろ!迅速にだ!」

「分かった、船長!」


 ウォートは急いで準備を始める。嵐の予感はすでに感じさせていた。


「弾薬は撃ちまくれ、攪乱にはなる!」

「地走振動機は励起して待機だ!こっちは数が少ない、闇雲に出ても各個撃破がオチだ。慎重にいけ!」

「機関部はありったけ回せ!囲まれたらどうしようもない死に物狂いだ」


 警報が鳴り響く。時折、爆発音と共に船内が揺れた。手摺に掴まってウォートは堪える。廊下には船員の叫び声だ反響する。


「ノルン!」

「無事だったの、ウォート!船はどうなってるの!?」

「かなりやばい。こっちの戦力と差がありすぎる。向こうの新型がかなり手ごわい。俺も爺さんに頼んでなんとか使えそうな地走振動機はないか探してみる」

「ウォート、そんなの駄目。無茶だよ!」

「危ない!」


 再び、爆発音。かなり大きい。倒れそうなノルンをウォートが抱き止める。艦内通信が響く。


「第一格納庫と出撃港が損傷!地走振動機は出撃不可!繰り返す地走振動機、出撃不可!」


 ウォートがノルンを置いて、地走振動機を探しにいく。まだ、甲板から直接飛び降りれる。それさえあればなんとかなるはずだと自分に言い聞かす。


「待って!ウォート置いていかないで地走振動機のあてならある!」


 足が止まる。


「どういうことだノルン」

「私たちが直したスケートボードがまだ使えるはず。あれは格納庫じゃなくてウォートの自室に置いているはず、私も連れて行って」

「けど、あれは君に返すために修理せずに放置しているからまともに動く保証もない。危険だ」

「危険なんてどこでも同じ。ウォートと一緒なら大丈夫だから。きっと大丈夫」


 躊躇ってはいられなかった。確かにそうだからだ。このまま座しているより考え続けて動くほうが何倍もマシなのはウォートも同じだったからだ。


「行こう!一緒に!」


 急いで甲板に二人は立った。船は大きく揺れている。天気は先ほどまでとは嘘のような荒れ具合だった。暗雲は立ち込め、砂を纏った暴風は頬を殴るかのように打ちつける。


「行くぞ、ノルン!口は閉じてろ舌を噛むから」

「うん」


 揺れる甲板から飛び降りる僅かな浮遊感。飛び降りる時にも風は叩きつけている。揺れる機体を押さえつける。ノルンのウォートを握る手が強くなる。


「ぐっ」

「きゃっ」


 なんとか着地する。やはり、この衝撃に機体は耐えきれない。ラジエーターからは異常な唸り声をあげ、地面を所々擦っている。


「ウォート、右!」


 彼女の声だけを聴いて体を右に思いきり傾けて、旋回する。その直後、爆発がウォート達がいた位置に着弾する。


 振り向くと、解放軍の大型地走振動機があった、バイクの前輪部分が大きく人型のように構築され、腕のような機関に砲身をくっつけたような歪なデザインだ。全長五メートルほどだろうか。乗っている兵士の顔は伺いしれない。ジャケットに身を包み、ヘルメットを被っているからだった。


 その地走振動機の大半を占めている砲身からはもうもうと白煙がでていた。莫大な振動のエネルギーをもって撃ちとばす。単純明快な設計だが、故に強い。


「再装填に時間がかかりそうだ」

「それに小回りも利かなさそう」


 こちらが勝っているのは初速と小回りだけだ。あとは向こうの襤褸勝ちだろう。そもそも、こちらには相手を攻撃する手段がない。防戦一方だ。


「それでも弾薬にも限りがあるはずだ」


 間一髪で躱す。かなり際どい。状況もよくない。ここには障害物がない。遮蔽物がないので直線的に詰められると成す術がない。


 それでもなんとかなっていたのは一体一という状況故だ。ウォートはそんじょそこらの乗り手よりも鋭敏にスケートボードを動かすことができたし、ノルンの的確な指示も上手く作用した形だ。


 だが、それもそこまでだ。幸運は長くは続かない。


「…囲まれた」


 一機に対して解放軍は三機で潰しにかかった。弾薬を浪費させる意図とこちら武器をもっていないことに気づいたからなのは当然だった。数の利を生かさればどうしようものない。


 おまけにツェエルン・シップから大きく離されている。逃げ回る内に誘導されてしまっていた。


「まだ!」


 囲みにムラがある。ウォートはそこをついて一転突破、脱出を図る。が、それは罠。誘導するために意図的に開けた穴。前を潰され、横は両方、押さえつけられている。


「避けられない!」


 三つの砲身は十字砲火の要領で構えられる。大きく振動する砲身。この砲身が光れば、ウォート達に


 絶対絶命か。彼らは身構える。閃光は徐々に強くなっていく。


「ウォート、前!」


 突如、発生したのは磁気嵐だった。それも特大の、年に数回しか見られない大型の磁気嵐がここに出現していた。吹き荒れる風は格別で、これに飲み込まれれば、あらゆる地走振動機は抜け出せない。


 ウォートの脳裏によぎったのはここ最近磁気嵐が起きていないということ。気象データはここ一か月、何もなかったことを示していた。


 自然は平等だ。この荒野に吹き荒れる嵐は平等に生を頂戴する。


 ウォート達の先頭を押さえつけられている地走振動機が大きくグラつく。磁気の範囲に捕らわれた。必死に脱出を試みるが、瞬く間に振動音と悲鳴は嵐の中に消えていく。


 それに恐怖した他二機は磁気嵐の中に飲み込まれないように散開する。


 危機は脱したかのようにみえたが、嵐は決して誰の味方でもない。


「駄目だ、ひっかかった!こっちの出力が向こうに吸われてる!飲み込まれている!」


 ウォート達は嵐の中に飛び込んだ。暴力の風は彼らを削り取ろうとする。


「ノルン!」

「ウォート!」


 二人は抱きしめあった。少しでも逃れるために。しかし、嵐は一向に収まる気配もなく彼らに襲い掛かる。


 嵐は砂塵が含まれていてそれが尋常なまでに叩きつける、さながらミキサーの要領だ。体の彼方此方から擦り切れ、血が滲む。


 そんな時にだというのにウォートはノルンとの会話を思い出していた。あの夜、二人で不味い食事をしていた時のことを。走馬灯のように一気に記憶が流れ込む。


「その探し物はどこにあるんだ?具体的なものはなにかないの?」

「話によると、それは絶えず移動している。けど、誰もそれを目にしたことはないらしい」

「移動してるのに見つからない、ずっとかくれんぼしているのか?それとも幻」

「違う、確かに居る。けど、私が思うにみんな見てるけど気づいてないだけなんじゃないかって」

「気づいていない」

「みんな錯覚しているんだよ。本当は誰もが知ってるけど知らないものとか」

「なんじゃそら」


 あの時はウォートは半信半疑だったが今、ようやく理解した。この中に居たから初めて気づいた。


 磁気嵐が自然現象?違う、原因は定かではないが、これは人為的なものだ。


 潜在的な地走振動機が作り出した現象?違う、これはちいさな集まりではない。これは大きな一だ。


「これそのものが、大きな地走振動機なんだ。磁気嵐はこいつが暴走しているからできただけの現象だ!」


 叫ぶ。嵐の中を彼女に届くように。目をつぶり、震える金糸のような少女に伝える。


「ノルン、これが探し物なんだ。これが大きな一つ目なんだ!」


 ボロボロだったスケートボートはバラバラになって散り散りだ。だが、その中に眠る中枢。エメラルドに輝く球体は依然と変わらず光り輝く。


「教えてくれ、ノルン!こいつの名前を君は探し物を目覚めさせるためにここに来たんだろう!」


「■■■■…」


 ノルンの消え入りそうな声が聞こえた。この嵐の騒音の中で聞こえるはずのない声が、ウォートの耳に、目に、体に、心に、確かに聞こえた。


「目覚めろ!キュプノテロス!お前の嵐はもう終わりだ!だから!目覚めろ!」


 ウォート達に巨大な何かが迫った。


 それは嵐だった。それは一つ目だった。それは災害だった。それは沈黙だった。


 だが、もうそれはもう終わりだ。無くした目は取り戻した。覚醒の時、来たれり。巨人は目覚める。


 ツェエルン・シップは防戦一方だった。火薬はとうに尽き、全滅も時間の問題だった。船の方々は黒煙を吐き散らし、機関部も停止寸前だ。


「耐えろ!逆転の目なんてなくてもいい。こっから作る!」


 船長は指示を飛ばす、無茶苦茶なのはわかっている。それでも足掻き続けるのがツェエルン・シップなのだから。


「船長!十二時の方角を嵐が」

「気合でよけろ!」

「違います!嵐が裂けていく」


 船長が見やると信じられない光景がひろがっていた。嵐が裂け、空を晴らす。いったい誰がこんなことを。


「これが地走振動機の本質、素晴らしい…これが、人類の可能性か…」


 爺さんはぽつりとうわ言を呟いた。その言葉を誰も耳にしてはいない。誰もがこの光景に見とれていたからだ。嵐を切り裂いた存在を。


 巨人がその姿を現した。人型のこの機械は十メートルほどのサイズだ。装甲色は光り輝くエメラルドに鮮やかなホワイトのツートンカラー。長年の経年劣化で右腕は罅、胸部は大きく損傷し、二つのアイカメラのうち片方には砕けていた。それでも巨人、キュプノテロスは依然と空中に静止していた。


「私は地走振動機のこと最初から知っていたの。でも、あなたもみんなも勘違いしていた。これは地を滑る為に作られたものじゃない。空を自由自在に駆けるため。だから私はこう呼んでいたの閃駆振動機と」

「閃駆振動機…」


 ウォート達はキュプノテロスの中心に居た。中は広い。座席が二つ備えられていて、前方にはウォート、後ろはノルンが座る形になっている。それぞれ二本の操縦桿とフットペダルが備え付けられている。これで操作するらしい。前方は八つのモニターに分割され、それぞれをリアルタイムで映し出している。


「じゃあ、ウォート。操作して」

「操作しろって言われてもなぁ!全然分からないんだけど」


 生まれてこのかた地走振動機、いや閃駆振動機しか乗ってこなかったのだ。いきなりうごかせる訳がない。


「こっちでマニュアル読み込んでるから、それまで凌いで!」


 警告音が鳴り響いている。目の前のモニターからは相手の機体が砲身をこちらに向かっているのが分かった。


「やるしかないか」


 操縦桿を握りしめてとりあえずやたらに動かす。俗にいうレバガチャだ。


『警告。閃駆振動機の調律不足です。閃駆能力低下、落下します』

「なんか言ってるけど!」

「落ちるってこと!ショックに備えて!」


 キュプノテロスは地上へ降下。頭上を砲弾が掠める。


 地面を両足で着地、できなかった、尻餅をつく。常に重力の下になるようにしているのか球体の部屋はひっくりかえることはなかったが、それも衝撃は来る。肺の中の空気がすべて吐き出される。


「ぶはっ。なにがなんだかだ」

「言語フォーマット中…出来た!閃駆振動機の状態は?」

『稼働率八パーセント、持続最大二秒』

「聞こえた。やるしかない!」


 操縦桿を再度振り回し、動く先ほどいろいろやったおかげで、少しはコツを掴めたゆっくりと相手の地走振動機に近寄る。砲弾が四方八方から矢継ぎ早に飛んで来るが、その砲弾の速度は散々撃たれてもう慣れた。


 慣れない操作でもなんとか躱していく。

「武器は!」

「検索中!走って!」


 キュプノテロスは駆ける。地響きを立てながら地走振動機へと迫る。そうはいかないと砲身を構える。砲弾が来る。

「飛んで!」

「こう!」

『閃駆振動機、励起二秒』


 地面を這うような軌道で砲弾が飛ぶ。一際エメラルドが輝く、ふわりと空へとキュプノテロスは浮く。


「蹴とばす!」


 その浮遊も僅かで、すぐに地上に降りるがその勢いを利用して右足を大きく振る。単純な質量による暴力。ぐしゃりと黒い金属は変形し、吹っ飛ぶ。


「次!」

「飛んで!」

『閃駆振動機、励起二秒』


 再び浮遊という名の跳躍。味方の吹き飛ばされる惨状を見た地走振動機は逃げるように距離を取る。カバーするようにもう一機詰め寄る。統率された動きだ。

 だが、逃避足りえない。既にこの二人は乗りこなし始めている。


「脚部スラスター起動!」

『展開』


 ノルンの声の通りに機体は動くキュプノテロスはその勢いをぐっと増し、左拳で殴りぬける。地走振動機ははじけ飛ぶ。


「最後だ」

「武装展開、クシーフォス」

『右腕展開』


 残る一機に放つは切り裂く熱剣。あの金属卵のようなものと同質、いやそれ以上のものの熱量が閃駆振動機を利用して発振、二メートルほどの長さになる。


「「いっけええぇぇー!」」

 二人の声が重なる。最後の砲弾は放たれる前に一閃する。相手の腕は溶解し、爆発する。


「これで!」

「決まりだ!」


 次の袈裟斬りで真っ二つに黒い地走振動機は切り裂かれた。機体は耐えきれずに爆発する。


『出力限界、停止します』

「やったね、ウォート」

「ああ、ノルン」


 残りの敵は敗走を開始した。彼方に見える。ツェエルン・シップは健在だ。こちらの勝利だ。キュプノテロスは熱を吐き出し、沈黙する。爺さんが地走振動機でこちらに走っているのが見えた。こちらに興味津々なんだろうというのは明白だった。


 どう説明したものかなとウォートは少しだけ考えたが、すぐにやめた。今日はもう疲れたから明日考えようと。


 眠りたかった。堅い甲板でもなく、使い慣れたハンモックでもなく、暖かいベットで眠りたい。


 その光景を見ているとウォートはふとノルンの目が見た気になった。


 あのライム色の瞳は何を見ているのかと。今、何を写しているのかがどうしても知りたくなった。


 振り向けば、すぐにその答えが分かった。

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