11.愛情の報い
「3時間で3件も依頼が入ったのか」
「じゃ、依頼の貼り紙は一旦外しておくわね」
「皆さん、ギルドの会議室を貸してもらえるそうです。移動しましょう!」
不思議なこともあるもんだ。
僕たちがギルドを歩いていると、握手を3回、サインも2回せがまれた。いつの間に有名人になったんだ?
堪りかねたラールさんが、会議室を借りたいと受付のお姉さんに申し出たんだ。
「なによ! ハルってば、アイドルにでもなったつもり? 鼻の下をびよ~んと伸ばしちゃって……イヤらしい!」
『変態さんは変態さんだもん、ね!』
「何でだよ! 僕は悪くないでしょ!? それより、アイドルはこっちだから!」
僕はそう言うと、受付で渡された3枚の依頼書のうちの1枚をテーブルに置いた。
空調魔法のせいか、紙はひらひらと回転しながら飛び、テーブルに着地する。
その途端、14の眼が、食い入るようにある一点を捉えて離さない。
【蘇生依頼書】
蘇生対象:クーデリア
蘇生理由:クーちゃん愛!
種族:人
性別:女
年齢:14
死因:信じたくないけど、自殺?(毒物)
時期:1日前
職業:アイドル
業績:俺たちのハートを奪ったこと!
報酬:お金、物品、○その他
メモ:
依頼者の関係:クーちゃんファンクラブ
「なにこれ……ふざけてるよね」
『変態さんを越える変態さんだよ……』
怒れるルーミィとラールさん。ドン引くアネットさん、フローラさんとレオナさん。無関心はミールとアーシアさん。1人喜ぶ、僕――。
世の中、ものの見方や感じ方は十人十色。だからこその多数決、数の論理。しかし、真の民主主義は少数意見の尊重にこそ重きを置くべきだ。このタイミングしかない。僕は勝負に出る。伏せていた他の依頼書2枚を裏返す。
【蘇生依頼書】
蘇生対象:チョコ
蘇生理由:可哀想だから
種族:犬
性別:雄
年齢:8
死因:溺死(お風呂で溺れた)
時期:今朝
職業:飼い犬
業績:毎日快便
報酬:○お金、物品、その他
依頼者の関係:ご主人様
【蘇生依頼書】
蘇生対象:チュチュ
蘇生理由:実験のため
種族:ネズミ
性別:女
年齢:1
死因:食べすぎ
時期:1日前
職業:実験用ペット
業績:便秘薬の開発推進
報酬:○お金、物品、その他
依頼者の関係:市立病院実験課
「どうする?」
勝ち誇った僕の顔を、温い風が撫でていく。それは空調ではなく、僕以外……女性7人のため息だったのかもしれない。
★☆★
会議室は異様な熱気に包まれていた。
詰めかけたファンたちとルーミィとの溝が埋まる気配がない。見ている僕たちも疲れる。
「本当に俺の嫁が……クーちゃんが生き返るの? 嘘だったら戦争だよ?」
「もしかしたら、彼女の自殺って、あなた方のいきすぎた行動のせいじゃないかしら?」
「俺たちの愛こそが、クー様を生き返す幸運を招いたのは間違いないって!」
「そんなわけ! あなた方がそんな態度だと、生き返ったとしてもまた死んじゃうわよ!」
溝なんて、強引に埋めちゃえばいいさ。僕の魔法でね。
「報酬についてなんだけど、僕から提案しても良いですか?」
「あぁ? 金は嫌だぞ? 小遣いはコンサート代で使い果たす予定なんだから。それ以外なら何でも構わないぞ!」
「何でも? なら丁度良かった。蘇生できたら、クーデリアさんは僕の彼女にするから、あなたたちは近づかないでください」
「「なっ!?」」
「「はぁ!?」」
僕はルーミィたちに「任せておけ」と目で合図を送る。しぶしぶ引き下がる女性陣。
「本当に、心からファンを自称するなら、彼女の命と彼女の愛、天秤にかけてください」
「「……」」
「生き返らなければ、2度とクーデリアさんの笑顔を見れないんですよ? さぁ、決断を!!」
「くそっ、分かった……それでいい!」
★☆★
僕たちは、クーデリアさんが眠っている自宅に来ている。突然の訪問で混乱するご両親に、ルーミィが落ち着いて説明をしている。なんかごめん、今回は流れで報酬がなくなるよ……。
お母さんが泣き崩れてしまった。
お父さんが彼女を運ぶようにして、クーデリアさんの部屋まで案内してくれた。
ファンクラブの皆さま方は、さすがに外で待機だ。アイドルってのは、意外と身近なんだね。
これがアイドルの部屋……クーデリアさんの部屋はとても質素だった。白を基調にした清楚な空間の中に、机とベッドがあるだけ。
机には家族写真……仲良し家族なんだね、ならどうして自殺なんか……。
ベッドで眠るクーデリアさんを見る。
布団が掛けられていないので、全身が見える。白いひらひらの服から覗く手足が緑色に腫れている。
金色の髪は輝きを失い、整った顔は穏やかに微笑んでいるようにも見える。まるで苦痛から解放された幸せを噛みしめているかのように……。
嗚咽を堪えながら、お母さんがルーミィの説明通りに上半身をはだけさせていく。すごく目のやり場に困るシーンだ。
服が脱がされ、ピンクの下着まで外され、綺麗な胸が露出する。うぉ、さすが……アイドル!
僕はクーデリアさんの胸元にそっと左手をかざす。
透き通るような蒼白い肌……その、なかなか立派な膨らみに優しく触れる。
まだ柔らかみが感じられる。
だいぶ慣れてはきたけど、今回はいつもの数倍は緊張する……。
根性で雑念を振り払い、魔力を練り上げる。
僕の心臓から涌き出てくる熱い力を感じ取る。
目を閉じて集中力を高める。
力の塊をゆっくりと、心臓から左手の掌に集めていく……。
そっと目を開き、輝く左手を見つめる。銀色の光が溢れて出てくる。いつもより気合いを入れているためか、眩しいほどの輝きだ。
魂を絞り出すように、詠唱を叫ぶ!
「この者の美しき魂に再び聖なる力を与える!
天より還れ、レイジング・スピリット!!」
激しい光の奔流がクーデリアさんの身体を包み込み、身体が光を纏って輝きを放つ!
白く透明感のある綺麗な肌、輝く金色の髪が眩しい。
僕は、残念な気持ちを抑えて胸の感触とさよならをする。
そして、服を上半身に被せてあげる。なんて紳士なんだ! 自分で自分を誉めちぎりたい。
やがて……うっすらと両目を開けるクーデリアさん。
彼女は無言で僕を見つめる。僕も、笑顔で見つめ返す。
彼女の頬は紅く上気し、目には涙が浮かんでいる。
「落ち着いてくださいね。あなたは僕の蘇生魔法で生き返りました。奇跡は2度は起きません。命を……命を大切にしてください」
「クーは……生きてるの? もう2度と死なないわ! だから、だから私を……あなたの彼女にしてくださいっ!!」
「「えっ!?」」
★☆★
初めてだった。
ルーミィが泣かなかったことが。
クーデリアさんが放った一言が、ルーミィの感涙を吹き飛ばしたみたいだ。
ご両親やラールさんたちが泣き止み、落ち着くのを待ってから、クーデリアさんから理由を聞き出した。
「アイドルは楽しいけど、好きでもない男に付きまとわれるのが辛かったの。ファンには感謝してるわよ? でも……クーはね、自由な恋愛がしたいの。それが叶わなくても、公認の彼氏が居れば他の人が近づかないでしょ? それがあなた……ハルくんだったら、クーは最高に嬉しい!」
ははは……あれだ。仮の彼氏になってくれというやつだ。アイドルは自分の身辺を守れるから助かるし、仮の彼氏はアイドルと付き合えて夢みたい。なるほど! 恋人契約、一理ある。
危なかった……自分がモテるなんて勘違いするところだったよ。寂しいけど、人助けだと思って頑張ろう!
それにしても、同じ提案を報酬にかこつけて押し付けるつもりが、逆に先手を取られたよ。お陰で僕の評価は下がらずに済みそうだけど、不思議なこともあるもんだね……。
僕とクーデリアさんの熱い説得が功を奏し、もう自殺をしない代わりに僕とクーデリアさんが交際することになった。
ルーミィも、ラールさんも、なぜかアネットさんも不機嫌だ。
「クーって呼んでね、ハルくん!」
クーデリアさんが僕の腕にしがみついてくる。将来的にだけど、アネットさんとラールさんに迫りそうな包容力が僕を癒してくれる。
「泥棒ネコ! ハルから離れなさい!」
「ハル君には、私たちという彼女がいるの!」
『私もね! 変態さんは渡さないからね!』
「えっと……僕の意思は?」
「『関係ない!』」
女性4人の視線が、バチバチと音が聞こえるほどぶつかり合っている。クーデリアさんは、それでも僕の腕を離そうとしない……。
思い描いていたハーレムとは何かが違う……ライオンの群れの中に投げ入れられたウサギのようなハーレム――そうか、実はこっちの方が現実なのか。
★☆★
「ギャア~っ! 俺の嫁が穢れていく!!」
「この猿野郎! 悪魔! クーちゃんに触れるな!」
「エンジェルウイングだかなんだか知らんが、戦争だ! もう、戦争しかない!!」
結婚式のように腕を組みながら出てきた僕を、ファンクラブの方々が散々に罵る。ある意味、魔物よりも怖い。クーデリアさんが泣きそうな顔でしがみついてくる。
そうだった!
自分の命を絶つほど、解放されて笑顔で死ねるほど辛かったんだ。今こそ、僕が何とかしなければ!
でも、何を言えば……?
「黙れ豚ども!! クーの気持ちを理解しようとしない奴なんて、ファンなんかじゃない!
お前たちがクーを好きなのは分かるけど、愛情ってのは……本人が辛いときにこそ、優しく見守って、応援して、励ましてあげるものでしょ!!
あなた方は、それができたの? クーが自分の命を絶つほど辛かったときに、それをしてあげたの?
僕なら、絶対に! どんなことがあってもクーを守るから、守ってみせるから!!!」
「「……」」
「クーデリアさん、泣かないで……あなたがどれだけ辛かったのか、魂に触れた僕には分かっているつもりだよ」
「ハルくん……クーって呼ばなきゃイヤよ。私は、あなたのことを心から愛しています」
くっ、さすがはアイドル。演技が上手すぎる。僕も付いていかなきゃ。
「僕も、クーを愛している! 幸せにするから、ずっと、ずっと一緒にいようね!!」
「はいっ!!!」
そう言うと、目を瞑り僕に唇を差し出してきた。プロはここまで演じられるものなのか!
僕もそっと唇を重ねる。柔らかい。
もし幸せに味があるなら、この唇と同じかもしれない。
前方からは男性の悲鳴が、後方からは女性の溜め息が聞こえる。時が止まったかのような長い沈黙が続く。
やがて、決意を帯びた声が沈黙を破り捨てた。
「クーちゃん……クーちゃんが幸せなら俺も幸せだよ! クーちゃんに彼氏ができても俺たちはファンを止めないから! だから、アイドル止めないで……僕に笑顔を見せて!」
「俺が間違っていたよ……クーちゃんの気持ちも分かろうとしないで。悔しいけど、少年に任せる。でも、ファンは止めない! ファンとして応援し続けるからね!」
穏やかな風が殺伐とした空気を吹き流していく。みんながクーちゃんの味方だ。本当に良かったよ。
しかし、平穏な空気は長くは続かなかった。
突如として現れた魔物たちに、ファンクラブ会員が一瞬にして狩られてしまったからだ。
「あなた! 仕事中に抜け出して油を売ってんじゃないわよ! クーちゃん、主人が迷惑かけたね! ごめんね! あたしも応援しているから、頑張ろうね!」
「またクーちゃん追いかけて! 自分の歳を考えなさいよ! あと、鏡も見なさいね? あなたがクーちゃんと釣り合うわけがないでしょ! あなたには私で充分よ!」
魔物の名を妻と言う。
ファンクラブ会員たちは、愛情たっぷりのゲンコツを貰い、颯爽と去って行った。振り返り様に眩しい笑顔で手を振っている。クーデリアさんが振り返す。妻たちはゲンコツを繰り返す。
「あぁ~! あたしもハルにあんなに熱い告白をされたいな! クーちゃんだけずるいな!」
「私もです。でも、ハル君……ルーミィとクーちゃん同様、私も愛してくださいね?」
『ちょっと待った! ラール、今のってあからさまに私を認めていない発言よね!? クーは認めるのに、なぜ私はダメなの?』
「だって、アネットは歳が離れすぎてるでしょ!」
『ひど~い! 私はまだ16なんだけど!』
「「えっ!?」」
「なら、ぎりぎりセーフだね! ハル君の正妻と側妻は12~16歳って決まってるから! 定員は5名よ!」
「ちょっ!? 僕の意思はどこ?」
「『関係ない!』」
落ち着け自分。
ルーミィは可愛い幼馴染みだ。ラールさんは可愛いお姉さんだ。アネットさんは変態友達?クーは仮の彼女だ。ついでにミールはペットみたいなもの。
そう、僕にはまだ彼女はいない!
3人とはキスしてるけど、あれは人工呼吸と演技なんだ。そう、まだ僕は生きている。大丈夫だ!
ティルスの拠点に帰還した僕たちの中に、なぜかクーデリアさんが混じっている。
その後、クーデリアさんと僕たちクランとの正式契約が成立する。
クラン「エンジェル・ウイング」専属アイドル……なんだそりゃ。
どうやら、僕たちが護衛をする代わりに、コンサートの売上げの一部を貰うそうな。まぁ、クランの看板娘として宣伝にもなるし、すごく可愛いから良しとしよう!