第六十六話 庭園のテラスにて
「うん。問題なく発動したね。しかもかなり強力な結界になった……これならあの≪魔女≫の襲撃を受けたとしても大丈夫そうだね。これで私達のやることは一応終わったわけだから、テラスに案内してくれるかな?」
「それは構いませんが……」
「シロ君の事なら問題ないよ。ミカエルが運ぶから……ってあれ? 子供達と当主様は?」
いつの間にか居なくなっていたことに気付きフレディアナが辺りを見渡しながら言った。
「子供達は勉強の時間になったので、部屋に戻らせました。当主は結界の完成と同時に自室へと戻り書類仕事を再開しました。フレディアナ様が物凄く集中されていた為気付かなかったのでは?」
ミシェルに案内されフレディアナとミカエルはテラスで紅茶を飲みながら寛いでいた。
「それで……フレディアナ様。何故シロ様を眠らせたのか、ご説明して頂けないでしょうか?」
「私もそれは気になっていました。魔力酔い程度であれば安静にしておけば大丈夫だったのではないでしょうか?」
「通常の魔力酔いであればその対応で違ってないよ。でもシロ君が起こした魔力酔いは通常のものとは根本的に違ったから強制的に眠らせたんだよ」
「通常の魔力酔いではないとはどういうことでしょうか?」
「魔力酔いと言うのは本来であれば大量の魔力を消費した場合や、自身のキャパシティーを超えて魔力を溜めようとした場合に起こる症状なんだよ。身体的症状は、倦怠感や脱力感。軽い吐き気なんかが上げられるよ。
それに対して今回の症状は、強烈な吐き気に加え、軽度のめまいだよ。症状としては通常の魔力酔いに比べれば少ないけど、危ない状態だったと言えるよ。原因としては、寝不足と不安定な魔力操作や制御、膨大な魔力の譲渡、疲労。まだまだ要因はあるとは思うけど大きく分ければこんな感じだよ」
「……成程。だから貴女はシロ様に眠りの魔法を使用したのですね」
「そうだね。シロ君の場合、寝不足が一番の原因だろうからね」
「しかし、よくシロ様に魔法が効きましたね。生まれたばかりとは言え、シロ様は≪神獣≫です。魔法系統にはかなり高度な耐性を有していたと思うのですが?」
「……確かに、予想してなかったら大変だったね」
「フレディアナ様はシロ様魔力酔いになると予想されていたのですか?」
「最初から予想していたわけでは無いよ? おっと、そろそろシロ君が起きるよ」
「そうですね。……お目覚めですね」
ん……? あれ、結界を安定化させて、それから……あぁ、気絶したのか。でも、少しだけど体が軽くなった感覚がある。……それにしても腹の辺りが温かいな。何か敷いてあるのか?
「お目覚めになられましたか。結界の方は問題なく安定化し、正常に機能しております」
あ、そうなの? あの後すぐに気絶したから全然分からなかった。
『ところで、何で俺はミカエルの膝の上に乗せられているんだ?』
「地面よりはマシかと思いまして、私の膝に乗せさせて頂きました」
『そうか……ありがとう。で、此処は?』
「いえ、私が勝手にやったことですので、礼は不要です。此処は先程の庭園にあるテラスです」
『……成程、どのくらい気絶してた?』
「数分です。フレディアナ様の見解では疲労と睡眠不足が原因ではないかとのことです」
『……そうか』
「……心当たりでも?」
『一応は……疲労感は全く感じなかったから油断してたのかも。というか、フレディアナとエリスは?』
「お二方ならシロ様が目を覚まされる少し前にミシェル様と話があると屋敷の方へ行かれました。お呼び致しますか?」
『いや、話をしている最中だろうし呼ばなくて大丈夫』
「承知いたしました。フレディアナ様の見解では疲労と睡眠不足とのことでしたが、私はスキルの使い過ぎかと思います。恐らく、契約者様を探すのに使用している≪超嗅覚≫が主な原因では? 疲労感は感じませんが、消耗が激しいと聞いたことがあります」
え!? 何で、俺の能力の事を知ってるんだ?
「何故、貴方様の特有能力を私が知っているのか……と考えていらっしゃいますね? 理由は簡単です。貴方様と交わした≪守護契約≫で知ったからです。≪超嗅覚≫の能力の情報は、一度所有者に聞いた事があったのです」
『その所有者っていうのは?』
俺と同じ能力を持ってるのなら、もっと効率良く≪超嗅覚≫を使う方法を知っているはず……。
「貴方様と同じ≪神獣≫の神虎様です。ですが、今は何処にいらっしゃるのかは……」
と、ミカエルは残念そうに答えた。
分からないのならしょうがないし、自分でどうにかするか。出来るかは分からないけど……。
「ですが、龍神様の居場所であれば把握しております。もし、≪恐怖の魔女≫が連れて来た者が貴方様の≪契約者≫様ではなかった場合は頼ってみるのも良いのではないでしょうか?」
『え? それって大丈夫なの? というか、何で龍神の居場所把握しているんだ?』
「それはですね……」
「龍神が君に逐一居場所を教えてくるからでしょ?」
「フ、フレディアナ様!? 何故そのことを知っておられるのですか!?」
「やあ、シロ君。目が覚めたみたいだね。調子の方は戻ったのかな?」
『元々疲労感は無かったし、違いが分からないけど多分良いと思う』
「そう、それは良かったよ。で、ミカエルの質問の答えだけど、その龍神から聞いたんだよ。……いや、無理やり教えられたといった方が良いね。おそらくあの≪神獣≫は私がミカエルと会うと予想してたんじゃないかな?」
えぇ……なにそれ怖い。
「ひょっとしたら、シロ君の事も知っているかもしれないね」
恐ろしいことを言わないで貰いたい。背筋がゾワゾワッとしたんだけど……!?
「ない……とは言い切れませんね。龍神様であれば、見ていても何の不思議もありません」
「あぁ、たしか龍神の持つ特有能力の一つに≪千里眼≫と言うのがあったね。確か……かなり遠くまで見ることが出来るんだっけ?」
「はい。しかし、今はその能力は進化を遂げ、自身に関わる五秒程先の未来を見ることが出来るらしいです。さらに、≪千里眼≫の能力も健在だとか」
「はあ!? さらに面倒な能力に進化したって事!?」
「言い方はあれですが、そういう事になります」
「……五秒とはいえ、自分の身に起こる事象を見ることが出来るのは本当に厄介だよ。でも、≪破滅の魔女≫も簡単には龍神には手出しできなくなったと考えれば、それほど悪いことでもないかもね」
自分自身に起こる事象に限るのと五秒と言う短い時間とはいえ、未来が見えるのは強力な能力だな……。
「そう言えば、謁見って流石に非公式だよね? 公の場で大々的に≪神獣≫の公表なんてしたら、神聖国が黙っていないだろうし……教会も間接的にとは言え、介入してくるだろうね」
「私も非公式だと思っております。私の事や、フレディアナ様の事を考えますと、大谷木にはできないかと」
「まぁ、非公式と言っても作法は覚えていた方が良いよね。ミカエルとエリスは大丈夫だろうけど……シロ君はどうしようか? ……あれ? ≪神獣≫に礼儀作法を求めるってどうなの?」
確かに! 言葉が話せるとはいえ、この手足でどうしろと!?
「まぁ、渡したとの隣でお座りでもしていれば良いかな? 国王からの質問は侯爵かエリスが何とかしてくれるでしょ。私への問いはまあ無いだろうと考えて、ミカエルへの問いが凄そうだよね。ミカエルはその辺はどう考えてるの?」
「私、ですか!? ……そうですね。殆ど話す事は無いと思います。シロ様の事は当然としまして、神々の事や、我々天使に関する事などは論外です。ですが、ほんの少しであるならば、人々に助言は可能です。……しかし、神の言葉を人々に伝える役目を持っている者は既に居りますし……問われたことで答えられるものだけ答えようと思っております。ところで、話は変わりますが……フレディアナ様。近々アレが活性化すると言う報告をを私の部下から聞いたのですが……?」
アレと言う単語が気になって聞こうと、フレディアナの方を見ると紅茶を手に持ったまま固まっていた。