第六十五話 結界完成
気配も音も無く真横に現れるのは心臓に悪いから勘弁して貰いたい。
『えっと、本当に良いの? もしかしたら危険なことになるかもしれないけど』
確認するように問いかけると満面の笑みで頷きながら答えた。
「はい。構いません。万が一危なくなったらミカエル様やエリス様がいらっしゃいますし、そうなる前にフレディアナ様が術式そのものを破壊して下さるでしょうし」
「そうだね。流石に、高位貴族の御婦人に大怪我させましたとか洒落にならないよ。それに、仮とは言え≪神獣≫と契約している者がそんな失敗したらどんな目に合うか……想像しただけで恐ろしいよ」
いや、その本人が一番不安なんですけど、何ならやりたくないんだけど……そこら辺分かってる?
「この庭園の景観を損ねない大きさの要石となると、両手で抱えられるほど大きさがギリギリでしょうか?」
「垣根の隙間に埋めて良いならもっと大きくできるけど?」
「埋めてしまって効果は発揮するのでしょうか?」
「完全に埋めさえしなければ問題は無かったはずだよ」
あれ、いつの間にか要石の大きさを決め始めてる? 俺の方はまだ何にも解決してないんだけど!?
「その通りですが、効力は弱くなってしまいます。属性の相性もありますので……今回の場合は相性が余り良くないので、更に効果が弱まってしまいます。同じ属性もしくは相性の良い属性であれば完全に埋めてしまっても問題ありませんし、さらに効果が増幅します」
「相性……か。シロ殿の属性は?」
「氷属性だね。四属性の区分けでは、水に分類される属性だよ。だからこの庭園とは相性が悪いかな」
「でしたら、池の中などは如何でしょう? この庭園に小さな池がありますので」
「へぇ、池もあるんだね。そこで良いんじゃないかな」
「私も賛成ですが、その池に生き物などは居るのでしょうか?」
「いいえ。とくには居ませんが……」
「成程。ならば問題はなさそうですね」
「では、池の方までご案内します。庭園の出入り口は少し入り組んでいますので迷われないようにお気をつけて下さい。私でも時々迷いそうになりますので」
……それは大丈夫なんだろうか? でも、その方が要石を置くには有難いかも。
と言う訳で行けの前に来たんだけど、十分大きいと思う。
「うん。確かに池にしては少し小さいね。もう少しくらい大きくしても良いんじゃないかな?」
「私も同意見ですがこれ以上大きくしてしまうと管理が大変になってしまうのです」
「あ……そうだね。この庭園は君一人で全て管理してるんだったね。ところで、此処にはテラスとかはあるのかな?」
「はい、もちろんです。エリス様は、そのテラス休憩中です」
「結界を張り終わったら見せて貰っても良いかな? 個人的に興味があるんだよ」
「はい、構いません。テラスから見える景色には自信が御座いますので是非……」
盛り上がってるところ悪いんだけど、要石の大きさを確認して欲しいんだけど……。一応要望通りの大きさにはしたんだけど。
「私はその大きさで良いと思います。水の中に入れるので効果が増幅されることを考えますと、この要石一つで、この庭園はもちろん。敷地の半分程をカバーできます」
おぉ。マジか……。属性の相性が良いとそこまで効果が上昇するのか。と言う事は、実質あと二か所で結界が完成出来るのか。
「え、そこまで上昇するのは想定外だね。私の予想では、せいぜいこの庭園を覆うくらいだと思ってたんだけど」
「そうですね。相性が良いのもありますし、この池の水が綺麗だったのも要因だと思われます」
「あら、手入れをしていた甲斐があったと喜んでおきます」
確かに綺麗にされているとは思ったけど池にまで……。俺だったら途中で飽きて別の事やりそう……。にしても拳程度の大きさで三分の一くらい魔力を持っていかれたな……。もしかしてかなり効率悪いんじゃ?
「じゃあ、次の場所に行こうか。可能であれば、反対側だね。そこに水場があれば最高だね」
「たしか、屋敷の裏に使われなくなった井戸が一つあったと思うが今も水があるかどうかは……」
「水が無かったら私がどうにかするから早速案内してくれないかな? 早くテラスを見てみたいから」
「わ、分かった。直ぐに案内しよう」
フレディアナに急かされた侯爵に案内され使われなくなった井戸がある場所まで来た。
その井戸をみて、フレディアナもミカエルも満足そうにしている。余程条件が良かったのだろうか?
「場所は物凄く良いね。屋敷の裏側なんてまず見られるはずはないだろうからね」
「そうですね。しかし、使われていないだけあってカモフラージュには良いですが、やはり枯れていますね」
「それは予想してたことだから問題ないよ。水は私がどうにかするよ。これならかなりの大きさの要石を置いても大丈夫だね。と言う訳でシロ君、早速作ってね。大きさはこの井戸より少し小さい位でお願い」
あの、さっきので俺、魔力を三分の一は消費してるんだけど……? 井戸より少し小さい程度って言われてもさっきの倍以上あるし間違いなく魔力切れになるんですがそれは……。
「……フレディアナ様、シロ様でも今すぐに井戸程の大きさの要石は厳しいと思われます」
おぉ! ミカエル、察しが良くて助かる!
「先程の要石を造った際かなりの魔力の消費を感じました。おそらくですが、半分ほどの魔力を消費しているのはと思っております。ですので、今すぐ作るのは厳しいかと」
「……確かに、要石を使った結界は効果は絶大だけど、要石を造る時の魔力の消費が物凄いんだったね。さっきの要石を造るのに使った魔力は多くても三分の一程度。今から造って貰う要石の大きさからして最大でもシロ君の総魔力の四分の三は使うと見積もって、その後結界を安定化させるのに使う魔力も考えると全快するまで待つのが得策なんだろうけど、今回はミカエルの魔力も混ぜ合わせるつもりだから実質、要石のに使用するシロ君の魔力は半分。シロ君の総魔力の四分の一は残る計算だよ。それに、結界を安定化させるのは、回復した私の魔力で事足りるからそれは心配しなくて大丈夫。と言う訳で、サクッとミカエルと協力して要石造っちゃって?」
『それは良いけど、フレディアナってまだ魔力回復してないみたいだけど、大丈夫なのか?』
「大丈夫だよ。ちょっとずるい方法で安定化させるだけの魔力は確保するよ。それに、話している間に井戸に水は入れておいたから、後は要石を入れればいつでも発動できるよ」
え? そんな素振りは全くなかったんだけど……あ、だから今フレディアナに魔力がほとんどない状態なのか。
「一体いつの間に井戸を水で満たしたのですか? 話に集中してはいましたが、魔力感知は発動していましたのに、全く反応がありませんでした」
えぇ、ミカエルの魔力感知にも察知させないとかどうなってんだよ……。それはそれとして、どうやってミカエルと俺の魔力を混ぜ合わせるんだ?
「魔力感知に反応しない様に集めたんだよ。で、取り合えずシロ君。さっさと氷造ってくれない? そうしないとミカエルも魔力込めれないでしょ……」
あ、はい。フレディアナに急かされ、取り合えずさっきと同じくらいの大きさの氷を造った。
「よし、じゃぁミカエル。早速やっちゃって!」
「半分でも多いかもしれませんので、丁度いい大きさになったら止めさせて頂きますが構いませんね?」
「あ……じゃぁ、シロ君の魔力もういらないじゃん。代わりに結界の安定の方に魔力を使って貰おうかな?」
え……安定化させるって言われてもやり方一切知らないんだけど?
「安定のさせ方は実践しながら教えるつもりだからそんな顔をしなくても大丈夫だよ。それとミカエル、そろそろ止めないと割れちゃうよ?」
「いえ、まだもう少し入ります。ギリギリまで込めればその分効果は上がります」
「その通りだけど、それで割れたらまた一からやり直しになるよ? 多分シロ君の魔力は後安定化させるくらいしか残ってないと思うけど、それでもやる?」
「……いえ。ですが、少しだけ結界を強固にできる様、手を加えさせて頂きました。安定化の作業もスムーズになるかと思います」
「あ、そうなの? それは助かるよ。さてシロ君……準備も出来たからやっちゃって! ちょっと制御が難しいだろうけどがんばってね」
やっちゃってって、そんな気楽なモノじゃないはずなんだけど……。
えっと、あの時の感じで良いんだとしたら、溜めた魔力をゆっくり広げるイメージで……よし、いけた。後は、隅々まで広げれば……。順調に進んでいたが突如、強い船酔いの様な気持ち悪さに襲われた。
き、気持ち悪い……。吐き気はあるのに全く身体が動かないし、脱力感が物凄い。
「ミカエル、急いで結界の維持を! 私は安定化をさせるからそれまでは何としても持ちこたえて。シロ君の方は軽い魔力酔いだね」
「やっていますが、そう長くは維持できません。持って五十秒程が限界ですので急いでください」
「五十秒ね。それだけあれば問題ないよ。ってナニコレ? ミカエル、一体どれだけの魔力を要石に込めたの? そりゃシロ君だって魔力酔いを起こすよ。でも、ミカエルの魔力のお陰で結界の方は直ぐに安定するかも……」
フレディアナとミカエルの会話をなんとか聞いていると、少しだけ気持ち悪さが治まった気がした。
「よし、結界の安定化の作業は終わったよ。後はシロ君が……いや、この状態じゃ無理だね。それじゃ、私が呪文を詠唱させて貰うよ。≪短縮詠唱≫で展開されるようにしといたから魔力が空っぽな今の状態の私でも展開できるから、安心して休んでいて良いよ」
フレディアナのその言葉を最後にそこで俺の意識が途切れた。
「……よし、睡眠の魔法はしっかり効いてるね」
「フレディアナ様。何故シロ様を眠らせたのでしょうか?」
「その話は結界を張り終わってから説明させてもらうからもう少しだけ待ってて。それに、五分もすればシロ君は目を覚ますよ。≪特殊結界≫」
詠唱と同時に薄い膜の様な結界が完成した。結界の中はチラチラと雪が降り、地面を白く染め上げていた。