第六十四話
そんな心の叫びも虚しく、フレディアナはどんどんと魔力を一か所に集めて行く。それと同時に部屋を覆うほどの魔法陣が展開された。
その魔法陣は自分が一度発動させた結界の時に展開されたモノとは全く違っていた。一目で高度な結界だと分かる。フレディアナは汗一つ掻かず、凄まじい速さで結界を構築していき、ほんの数分で先程言っていた効果を殆ど付与し終わった。後は仕上げをするだけ、だがそこでフレディアナが俺に視線を向けてきた。恐らく手伝えと言う事なのだろう。しかし、結界に関しての知識がほぼゼロの俺に何をしろと?
「シロ君! 魔力を……少しで良いから魔力をこの陣に流し込んで! 陣には既に触れているからそのまま魔力を流せば大丈夫だから」
『わ、分かった』
フレディアナに言われるまま魔力を流し込んでいると、急に弾かれたような感覚が全身に伝わると同時にフレディアナが≪複合結界≫と唱えた。その言葉を合図に部屋に結界が張られた。
「よし、これで結界は発動したよ。ちょっと魔力が心配だったからシロ君に魔力を分けて貰ったけど。もう一つの結界はただ屋敷を守るだけだから残りの魔力で充分事足りるからそんな目で見なくても大丈夫だよ」
いや、そういう問題じゃない……。
「フレディアナ、後で少し話し合いをしましょう。結界の事、しっかりと説明して貰いますからね?」
「……ハイ」
流石エリス。嫌とは言わせない圧を感じる。と言うか怒気がこっちまで漏れて来てるんだけど? ま、まぁフレディアナは自業自得と言う事で……。
「さて……気を取り直して次はこの屋敷全体に張る結界だね。張るのはこの屋敷に張られて結界をもう少し強化したモノ。竜の攻撃なら数十回は耐えれるようにするよ」
あの赤竜の攻撃を基準に考えると……あれ、それって相当強力な結界になるんじゃ……?
「魔法陣構築に約二十秒、魔力を練り上げるのに五秒弱……構築した魔法陣に練り上げた魔力を流し、安定するまでに約五秒。詠唱を破棄するから……結界完成まで凡そ一分って所かな」
……良く分からないけど、約一分で結界を完成させるってとんでもないな。
「……フレディアナ貴女、只でさえ緻密な魔力操作を要求される魔法陣の構築をたった二十秒でおわらせるつもりですか?」
「そうだけど? 早い方が良いでしょ?」
「早いのは有難いのだが、そんな無茶苦茶な魔力操作をしてフレディアナ殿は大丈夫なのか?」
「問題ないよ。その程度の魔力操作は時々やってるから。それに、これからもっと大変な結界を張るわけだし……」
「大変な結界とおっしゃいますと具体的にどのようなものなのでしょうか?」
話の成り行きを黙って聞いていたミシェルさんだが、流石に不安になったのか聞いて来た。
「それはもちろんシロ君の張る結界だよ。一応私が最大限補助するけど……万が一の場合はミカエルが何とかしてくれると思うよ」
えぇ……結局は他人任せなのかよ
「そのために今から張る結界を頑張って早く終わらせようとしてるんだよ。さて、何処を結界の中心にしようか」
「それなら、エントランスを結界の中心にして貰いたい。あそこなら結界が張られていると分かっていても中心部だとはバレなさそうだからな」
「分ったよ。案内して貰えないかな? 一応ここからでも張れない事は無いんだけど、その分効力が弱くなっちゃうんだよね。それに、君達……いや、子供たちや使用人たちの目の前でやった方が変な細工とかを疑われずに済みそうだからね」
「……そうしてくれると助かる」
えぇ……何それ初耳なんだけど? 俺でも出来るか?
「……シロさん。自分でも出来るかもなんて考えてはいませんか? はっきり言いますが不可能です。フレディアナだから出来るのだと思います。結界と言うのは基本的に術師を中心として発動させるものがほとんどです。≪反魔法結界≫などの一部例外はありますが……っと、話はここまでにしましょう。フレディアナが結界を発動させるようです」
あれ、何時の間にエントランスまで移動したんだ? 話に夢中になってて気づかなかった。
先程同様、フレディアナが魔力を一か所に集めて行き、エントランスを覆う程巨大な魔法陣が展開されあっという間に結界が構築され、結界が完成した。
……気のせいか? さっき張った結界よりも魔力消費が大きいような気がする。
「よし、これで完成だよ。後は……シロ君が結界を張るだけだよ。でも、流石に少し疲れたから休ませて貰うよ?」
フレディアナが床に座り込み、ため息を吐く。それと同時に、外が一気に明るさを取り戻した。
「ふぅ、結構強力な結界を二つも張ったから≪夜の帳≫が維持できなくなったみたいだね。さっきのよりも大分多めに魔力使っちゃったし……。それにしても、ミカエルはまだ戻って来てないの?」
あ、そう言えば外に出たっきり戻って来てないな。
「もしかしたら、天界に呼び戻されてるかもね」
「その様な事にはなっておりませんので大丈夫です」
うわ! びっくりした! いつの間に……全く気配を感じなかったんだけど……。
「……随分と長い間風にあたってたんだね。頭は冷えた?」
「はい。少し、感情的になり過ぎてしまいました。……それにしても、見事な結界ですね。とても一分弱と言う短い時間で張られたモノとは思えないです。もし私がこれと同じ結界を張るとしたら二日は掛かりそうです。これで、全て張り終えたのですか?」
「いや、あと一つ。この屋敷の外、門から屋敷までの敷地全体を覆う結界をまだ張る予定だよ」
「そうですか。見たところ貴女は魔力切れを起こしているようですが大丈夫でしょうか?」
「問題ないよ。この程度だったらすぐに回復するよ」
……フレディアナが魔力切れを起こすってかなり不味いんじゃ?
「いえ、フレディアナ様は安静にしていてください。三つ目の結界は私が補助に入ります」
「うーん……まぁ、君なら結界とかそういうの詳しそうだから良いか。一応私も近くで見させて貰うけど、良いよね?」
「はい、構いません。侯爵家の皆様もそれで宜しいでしょうか?」
「あぁ」
あれ? さっきまで居たメイドの人達の姿が見えなくなっている。
「それと、使用人達は業務に戻させて貰った。これ以上彼等の仕事を止めてしまうと色々と支障があるのでな」
「あ……そう言えばそうだね。気付かなくてごめんね」
「では、早速結界を張ってしまいましょう。要石を用いた結界で宜しいでしょうか?」
「あぁ、それで構わない。ただ、目立ち過ぎないようなもので頼みたいが、可能だろうか?」
「はい。仮に大きくても私の力で何とか致します。申し訳ありませんが、特殊な結界にしますので秘密保持のため、アレス様とミシェル様お二人のみに説明をさせて頂きたいのですが、大丈夫でしょうか?」
え? そんな結界を張るつもりなのか!?
「いやいや、そんな特殊な結界で無くとも普通の防御結界で構わないのだが……」
「……そうですか、分かりました。では、少しだけ結界に手を加えさせて頂きますね? その程度でしたら特に気にする必要はありませんので」
「あぁ。それで頼む」
「承知いたしました。では、申し訳ないのですが案内をお願い致します。何処に要石を設置するかを決めてしまいたいですし、ある程度の大きさも決めてしまいたいです」
「私は結界の事は詳しくないのでこの部屋で待たせて頂きます。説明されたとしてもよく分かりませんし」
「では、私もこの部屋に残りましょう。客人を一人にするわけにはいきません」
「頼む。……では、敷地の方を案内しよう。付いて来てくれ」
まず最初に案内されたのは、応接室からも見えた立派な庭園だった。淡い紫色の花や赤い色の華が一面に広がっていて、目を引かれる。
ミカエルだけでなくフレディアナも見惚れている。
「これは……見事な庭園ですね!」
「そうだね。私もこれほどまでに綺麗な庭は見たことが無いよ! しかもこれだけ広いと花の手入れとか大変じゃない?」
「ミシェルが一人で管理しているから、詳しいことは分からないが……この広さを管理するとなると大変だろうな」
はい? ぱっと見ただけでかなりの広さがある此処をミシェルさん一人で管理してるの!?
「えぇ……君は手伝った事は無いの?」
「ないな。一度手伝おうとしたのだが、私の趣味だから邪魔しないでくれと言われてしまってな……」
「な、成程。……私個人的にはこの庭園の何処かに要石を置くのが良いと思うよ。勿論、この景観を損なわないくらいの大きさの要石ならだけど」
「私も賛成です。此処なら見つかり難いでしょうし、万が一見つかったとしても誤魔化しやすいと思います。それに、この庭園に入れるのはミシェル様の許可を貰ったものか侯爵家の方だけでしょうから」
「…………そうだな。怒られはしないだろうが、お小言は言われそうな気がするがその時は子供たちが何とかしてくれると期待しておこう。では、シロ殿、頼む」
了解。でもその前に、レイラ達をどうにかして欲しい。フレディアナが執務室に結界を張ってからずっと引っ付かれてくすぐったいし、暑苦しい。
「フフッ、そのままやってみたら? 案外上手くいくかもしれないよ」
噴き出してるし……しかもまた心を読んでるし。でも、その通りかもしれない。此処の詳しく知っている人ならば……。
「冗談で言ったつもりだったのだけど……ありかもしれないね。ミカエルはどう思う?」
「私もありだと思います。魔力の制御が甘かったときは私の方で丁度いいサイズになるくらいで押さえますので問題ありません。ですが、ミシェル様がそれを引き受けて下さるかですね」
「構いませんよ?」
ミシェルさん……何時から俺の隣に……今の今まで誰も居なかったんだけど?