第五十九話
引き続き、フレディアナ視点です。
「……≪地表は時の流れにより様々な変化をする。しかし、大地は変わらずそこに在り続ける≫ッ!!」
クロニカが詠唱を始めた途端に私は即座に反魔法を解除し、自身に浮遊魔法を施し空中へ逃げた。
……あの詠唱は、おそらく≪武装強化≫の詠唱。≪武装強化≫とはそな名の通り武器の持つ攻撃力や防御力を強化する特殊魔法。この魔法だけは私の編み出した反魔法でも無効化は不可能なほど強力な魔法。故に、一撃一撃が強力!! だが、その分扱いが非常に難しく扱いを間違えれば自滅しかねない。魔女でも扱えるかどうか分からない≪超高等魔法≫で、≪大魔法≫よりも圧倒的に火力が高く、周囲に及ぼす被害も≪大魔法≫とは比にならない程甚大。しかも、よりにもよってクロニカは≪属性武器≫で発動させた。
一般的な武器でも、かなりの威力を出せるが、消耗が激しく一度の使用でほとんどの武器がたった一発の攻撃で原型を留めることが出来ずに崩れ去る。しかし、≪属性武器≫の場合は例外で、連発して発動させることは不可能だが、武器には傷一つ無い状態で、問題なく使用できる。
しかも手練れはその≪武装強化≫状態を維持したまま攻撃してくるのだからたまったものではない。
「……相変わらず、≪属性武器≫ってのはぶっ壊れな性能だね。この大幣で強化された攻撃を受けようものなら私の半身は間違いなく消し飛ぶね。でも、流石に空中はどうしようもないだろうけどね」
その直後、私は背中に衝撃を感じ、地面に勢いよく叩きつけられた。否、叩き落されたのだ。
「ッグ!! 冗談……でしょ? 地上から二百メートル以上は離れていたはず……世界樹でもない限り、あそこまでは、どう頑張っても届かないはず……」
が、そのあとフレディアナは絶句することとなった。何故ならば、木々が尋常ではない速さで、急激に成長していたからだ。
成程、だから本来届くはずの無い私の居た場所まで木を急速に成長させ、私を地面に叩き落すことが出来た……と。彼女は手加減してくれたみたいだけど、地面に叩き付けられた時にあばら骨が二、三は確実に折れてる。一刻も早くその場から離れることを優先し過ぎて身体強化の魔法が不完全だったか。
どちらにしても、このままでは私は下手をすれば殺される。加減されているとはいえ、一撃の威力が桁外れだね。急所に当たったら、いくら身体強化の魔法と防御魔法を重ね掛けしても、致命傷になりかねない程の威力だった。
……本来であれば、即刻この場から撤退するのが最善の選択なんだろうけど、彼女の目的がシロ君の情報である限り、次は間違いなくシロ君達の居る王都の方に行くはず……。最悪そこで戦闘になんてなったら、良くて半壊、下手すれば王都は消滅なんて事になりかねない。都がどうなろうと私は興味ないけど、無関係な人間達が巻き込まれるのは納得がいかない。だから、せめて彼女の戦力を少しでも削がないとね。≪属性武器≫には同じく≪属性武器≫で対抗するのが一番有効なはず……。周辺への被害は尋常ではないけど、幸いなことに此処は森の中。被害は森だけで、人的被害は皆無。
フレディアナは覚悟を決め、手に持っていた大幣を空間収納へ仕舞い、中から一本の大幣を取り出した。
それは、先程まで持っていた大幣とは違い、異様な存在感を放っていた。
……これを武器と呼んで良いのかは疑問だけど。完璧には扱えないけど、無いよりはマシ……かな。
「どうかしら? 少しは驚いてくれた? 空中に逃げたからって油断してはダメよ? 私の様に植物を操る敵がこの先現れるかもしれないのだから。って、あら、それは……」
先程、フレディアナを地面に叩きつけた植物に座り、不敵な笑みを浮かべていたクロニカが目を見開いて硬直した。
「……ハハ。君のその顔が見れただけでも良しとしようか。君の思っている通りこれは≪属性武器≫の一つだよ。これを武器と呼んでいいのかは知らないけどね」
「そう。さっきまで持っていた大幣とは大分違うとは思ったけど、まさか貴女も≪属性武器≫? を持っていたのは正直、驚いたわ。でも、何時までも地面に伏していても良いのかしら?」
「問題ないよ。既に私の接している場所は君の≪属性武器≫の操作対象外だからね。君も教えてくれたから私の≪属性武器≫の属性と性質を教えてあげるよ」
「あら、優しいのね。是非聞きたいわ」
「もちろん。私は君と違って優しいからね。……この大幣の属性は≪神聖属性≫。今まで確認されていた六つの≪属性武器≫のどの属性とも違うんじゃないかしら? ……つまり、七つ目の≪属性武器≫と言って良いんじゃないかな? 因みに柄の部分は木製だけど、硬度は鋼鉄以上はあるから、人間の骨くらいは簡単に折れるよ」
「……そうね。私の情報にも属性が≪神聖属性≫を有した≪属性武器≫の情報は聞いたことが無いわ。聞いた中で珍しい属性と言えば≪光属性≫を有した≪属性武器≫くらいね」
「話は戻るけど、性質は≪聖域≫と≪須臾≫。二つの性質を持つ珍しいものだよ。私の≪神降ろし≫と言う特殊スキルと併用すれば……君のその薙刀くらいはへし折れるんじゃないかな?」
≪神降ろし≫が使えるというのは完全なブラフ、これで帰ってくれると有難いんだけど……。
「フッ。貴女は神から一度見捨てられたと思っていたはずなのだけど、≪神降ろし≫なんて本当に使えるのかしら? 仮に、貴女が≪神降ろし≫が使えたとしましょう。でも、神の力に貴方の体は耐えきれるのかしら?」
……完全に私が≪神降ろし≫が使えないって見抜いているね。これでは帰ってくれそうにはないね。……さて、どうしたものかな。ブラフを重ねて≪祝詞≫でも詠唱した方が良いかな?
「さぁ、どうしたの? 使って見なさい? ≪神降ろし≫が本当に使えるのであれば……ね。まぁ、むりでしょうけど」
「言ってくれるね。でも、君の言う通り、≪神降ろし≫は今の私では使えないのは事実。でも、≪神聖魔法≫は使えるとしたらどうかな?」
「下らないハッタリね。≪神降ろし≫も確か≪神聖魔法≫の一つだったはず、それを使えないというのに他の≪神聖魔法≫は使える? 在り得ないわね」
「君の言う通り、≪神降ろし≫は確かに≪神聖魔法≫の一つだよ。でもね? ≪神降ろし≫はかなり特殊な≪神聖魔法≫でね、他の≪神聖魔法≫と比べて特段に難しく負担も大きい。並の信徒では絶対に不可能。だからこそ≪奇跡≫だなんて呼ばれることもあるんだよ」
「≪奇跡≫などと言う不確かな物に興味はないわ」
「……≪神の御力にて、目の前の不浄を清らかな光によって清め祓い給え!! 神聖魔法≪聖光砲撃≫」
発動はしないだろうけど、牽制になるのならそれで十分!!
「≪神聖魔法≫の詠唱!? ……って、何も起こらないわね。どうやら、貴女の祈りは届かなかったみたいね。……少しでも警戒して損したわ」
「元々、発動するとは思ってないよ。君が、少しだけでも警戒してくれてよかったよ」
突如、魔力の収束が始まり一つの魔法陣が形成され、魔力が凝縮されていく。
「ッ!? まさか、この魔法陣は!!」
「あ、あれ? なんで発動してるの!?」
双方、理解が追い付いていない様子。やがて、凝縮しきった魔力は、莫大な神聖力を含んだレーザーとなって魔法陣からクロニカへと放たれ、レーザーが通った後は浄化され、清らかな空気が満ちていた。
レーザーが消滅し、辺りを照らしていたまばゆい光が消えると、そこには、深手を負ったクロニカが恨めし気にフレディアナを睨んでいた。
「ッグ!! やって……くれるわね。まさか、神に見捨てられたはずの貴女が、≪神聖魔法≫を発動させるなんてッ!! でも、珍しいものが見れたわ。一体どの神が……貴女に加護を与えたのかしら? 他の≪魔女≫達への土産話として話したいから、その神の名を教えてはくれないかしら?」
……≪属性武器≫で強化された≪神聖魔法≫のほぼ直撃を受けてまだ話す余裕があるだなんて、恐ろしいね。
「さっきも言ったけど教えるつもりはないよ」
「フフフ。分かっているわ、言ってみただけよ。元々、どの神が貴女に加護を授けようと私は興味がないのだし」
「だろうね。だったら聞かないでくれるかな? おっと、そろそろ君は帰った方が良いよ。彼女が異変を察知したらしい」
「それは一体どう言う……ウソ!! この気配って!!」
クロニカも気づいたようでかなり焦っている。ミカエルが異変を感じ取ったのかこの場所に眷属を向かわせているようだった。
「何故!? 本来天界に居るはずの天使が王都なんて場所に居るのよ!? しかも天使の長だなんて!!」
これは……話しても良いのかな? まぁ、流石のクロニカでも眷属相手に無傷で逃げ切れるとは思えないし、話しても大丈夫なはず。
「それくらいは教えてあげるよ。これを他の≪魔女≫達への土産話にでもしなよ。君の知りたがっていた三体目の≪神獣≫、それと守護契約を交わしたのが≪天使長≫だったってだけだよ。」
「っちょ!! 何で天使族の長が≪神獣≫と守護契約なんて交わしてるのよ!! というか貴女、≪神獣≫と一緒に居たのなら止めなさいよ!!」
「無理無理。私程度じゃ止めれる訳がないよ。相手はただでさえ厄介な天使な上にそれをまとめる長だよ? 私が口を挟める訳ないよ!! それに気になってたんだけど、何故≪武装強化≫の詠唱をしたのに私にその薙刀で私に攻撃しなかったの?」
「どうしても何も、私の目的は最初から≪神獣≫の情報だけ。まぁ結局、目当ての≪神獣≫情報は何も聞けなかったわけだし、それに、天使の長が地上に居るだなんて予想外だったわ。地形と森は元に戻しておいたから。お互い生きていたら、また近いうちにどこかで会いましょ?」
「近いうちに……ね。そうだ、私から君にお願いしたいことがあったんだ」
「あら、何かしら? お金ならもう貸さないわよ?」
「お金じゃないよ。件の≪神獣≫の契約者を探すのを手伝ってくれないかな?」
「それ、私に何か得があるのかしら?」
「うーん。君にはほぼ無いね、でも、その契約者は油断していたとはいえ≪神獣≫と言うバケモノに傷をつけた。しかも齢十歳の子供が……だよ? どう? 少しは興味が湧いたんじゃないかな?」
「貴女、その情報をどこから……いえ、聞くまでも無いわね。件の≪神獣≫の心を勝手に読んだわね? あまり、誇れることではないわよ? その内、貴女自身が酷い目に合うわよ? まぁ、良いわ。貴女のそのお願い聞き入れましょう」
「本当!? 助かるよ。特徴は……」
「結構よ。件の≪神獣≫と契約しているのなら、当然≪神獣≫の魔力が契約者にも分け与えられているはず、貴女からもその≪神獣≫のものらしき魔力を感じるし、もう覚えたわ。その魔力を元に探してみるわ。見つかったら一応連絡くらいはしてあげるわ」
クロニカはそれだけ言うとそそくさと去っていった。
ふぅ、此処に向かっているのが眷属だっていうのがバレなかっただけ良しとしようかな。
ふと空を見上げると、夜明けが近いらしく空か白んでいた。
そろそろ戻らないと流石に怒られそうだね。幸い魔力を辿ればどの宿に泊まっているかは分かる。
急いで転移魔法を発動し、王都まで戻ることにした。