第五十五話 王都の冒険者ギルドのマスター
受付嬢の後をついて俺達は四階に来ている。一階から四階までは吹き抜けになっていて、眼下には先程まで居た受付が見える。反対側には大きな扉が一つだけある。どうやら此処にこの冒険者ギルドのギルドマスターが居るようである。
「この扉の先で、ギルド長がお待ちです。扉の先は一段段差が御座いますので、足元にはお気を付けください」
「お気遣い頂き感謝致します」
ミシェルさんが受付嬢に礼を言い、大きな木の扉をノックした。三秒程間が空いて、扉の奥から返答があった。
「……どうぞ、お入り下さい」
「失礼致します。突然呼び出されのですが、一体どう言ったご用件でしょか?」
扉を開いたと同時に、ミシェルさんが物凄い早口で目の前の男性に問いかけた。
「……突然呼び出してしまった事は心より謝罪致します。落ち着いて話をしたいので、どうぞこちらの椅子にお座りください」
促され、ミシェルさんとエリスが椅子に座った。俺も扉の近くに座ることにした。
「では、ご説明いたします。まず……」
「お待ちください。折角これから説明して頂けるというのに話を折ってしまって申し訳ありません。ですが、言わせて頂きます。貴方様が呼び出したというのに、この対応は如何な物でしょうか? 何故、後お二人、席に座ってもいないのにも関わらず、話を勧めようとしていらっしゃるのでしょうか。先に言わせて頂きますが、誰を呼び出したのか、貴方様は理解していらっしゃるのでしょうか?」
ミシェルさんの声が明らかに低くなり、一気に空気が張り詰めたのをヒシヒシと感じた。
「当然です。これでもギルドマスターを勤めておりますし、しっかりとお二方には確認を致しました。その上で話を始めようとしたまでの事です。入られた瞬間、そちらの巫女服の方から念話で立ったままで構わないと言われましたのでそうさせて頂きました」
「そうだね。確かにそう伝えたよ」
フレディアナが首を縦に振りながら答えた。
「でもね。君が私を詮索するような見下すような感じで見ていたのは十分伝わって来たし、何より君は今別の事を考えているよね?」
「何やら、誤解をされている様なので訂正させて頂きます。まず、ワタクシは誰も下に見たりなどしておりません。警戒していたのは否定しませんが……。ですが、フレディアナさんに誤解を招くような視線を送ってしまった事は謝罪致します。水晶を壊されたと聞いていたので……つい目元がきつくなってしまいました」
「あ、そうだったの? ごめんね。私としたことが勝手に勘違いしちゃって……不快にさせたお詫びに君が今一番知りたがっている情報を後で教えてあげるからそれで許して?」
フレディアナの一言で部屋を覆っていた張り詰めた空気が一気に和らいだ気がした。
「私も謝罪致します。私の勘違いで貴方様に不快な思いをさせてしまった事、心より謝罪致します。申し訳ありませんでした」
ミシェルさんは、テーブルに頭が付きそうな程深く頭を下げた。
それを見てギルドマスターは慌てて声を発する。
「謝罪はお受け致します!! ですので、どうか頭をお上げ下さい。と言いますか、侯爵様の御婦人である貴女様が、一介のギルドマスターでしかない私に頭を下げるなど……」
「いいえ、私が勘違いをしたのが原因なのです。頭を下げるのは当たり前の事です!」
ミシェルさんとギルドマスターが話していると急にミカエルが立ち上がった。
え? 何事?
「ミカエル? 急に立ち上がってどうしたの?」
「……申し訳ありません。先程放った部下が、たった今……消息を絶ちました」
「随分と速い段階で消されたね。でも、索敵能力が高い個体だったんだからなにかしらの情報を君に送ってくれたんじゃない?」
「いえ、それが、飛んでいる最中に一撃で仕留められた様でして、大した情報は何も……」
「大した情報は無くても、どのあたりの位置で消息が途絶えたのかを教えてくれないかな? 場所さえ分かれば私ならおおよその見当はつけれるからさ」
「……承知しました。私の部下の消息が途絶えた場所は、アルメ神聖国の西側の国境に入った瞬間と、北の帝国の南側の国境に入った瞬間です。二か所ともほぼ同時でした」
二つの国でほぼ同時……そのどちらかの国にノールが居る可能性があるかも……。
「帝国と神聖国……どっちも厄介だね。しかも、どちらの国にも世界序列入りしている人間が結構な数居るし、神聖国に至っては神獣が居るからね。下手には動けないよ」
「アルメ神聖国は捜索から除外して頂いて構いません。そこに神獣殿が居たので、一緒に居る守護天使に協力を要請しましたら、快く引き受けて下さいました」
そりゃ、天使長から命令されたら従うしかないんじゃ?……と思ったが口に出すのはやめて置いた。
「ハハハ、そりゃ君からの命令じゃいくら守護天使と言えど、無視は出来ないでしょ」
「いえいえ、そんな事はありませんよ? 断られることなんて結構ありますし、今回は偶々暇だったようで、手を貸してくれるそうです。そこに居る神獣殿も一緒に」
「へぇ、そうなんだ」
ん? 今さらっと最後の方に神獣とか言う単語が聞こえたんだけど!? しかもフレディアナはそれを聞き流してるし。
「あの、そろそろ宜しいでしょうか?」
話が途切れたところでギルドマスターが声を掛けてきた。
「あぁ、ミカエルの冒険者登録の話の途中だったね。ごめんね、遮っちゃって」
「い、いえ。では、説明して頂きます。フレディアナ様、ミカエル様。貴女方は……一体何者です? 少なくとも、世界序列入りされているエリス殿よりもお強いでしょう?」
「……そうですね。このことは貴女様の胸の内に留めて置いていただけると約束して下さいますか?」
「……承知しました。冒険者ギルドのギルドマスター、イクサ・フリューゲルの名に誓って貴女様方の情報を一切口外しないと約束いたします」
ミカエルとフレディアナが一瞬目線を合わせたかと思ったらフレディアナが話し始めた。
「分ったよ。でも、口外した場合は……君の首が飛ぶどころかこの王都が消し飛んでも仕方ないからそのつもりでお願いね?」
「!! 承知しました。肝に銘じます」
「よし。……確かに君の言った通り私とミカエルはエリスよりも強いよ」
「やはり、では、貴女方お二人も世界序列入りしているのですね?」
「……私はそうけど、ミカエルは違うよ。私の世界序列の順位は第二十位、二つ名は……≪絶望の魔女≫だよ」
「ま、≪魔女≫ですと!?」
さっきまで表情を変えなかったギルドマスターが驚愕の表情を浮かべている。
「そう。この世界に≪魔女≫の称号と二つ名を持っているのは今は四人。そのうちの一人が私だよ。教会では神々への反逆者……なんて言われたりしているね。私からしたら心外なんだけどね。これでも、私は魔女になる前は巫女をしてたから」
「……巫女、確か極東の地の独特な言い回しですね。教会で言うところの神官……と言う認識で宜しいでしょうか?」
「そうだね。……最も、クラスで言えば神官ではなく大司祭クラスとだけ言っておくよ」
「だ、大司祭クラス……ですか。そんな方が何故≪魔女≫などに……」
ギルドマスターのそんな呟きが聞こえた瞬間フレディアナから殺気が発せられ部屋全体に広がった。
あ、地雷踏んだ感じか? と言うか早く謝ってくれ……ちょっとキツイ。
「し、失礼しました!! 失言でしたッ!!」
「……次はないから、気を付けてね」
「は、はいッ。肝に銘じます」
すると、今までそこに在ったはずの殺気が一瞬にして霧散した。
若干だけど魔力を感じたんだけど……もしかして、ギルドマスターが謝らなかったら何かしらの魔法をぶっ放してたんじゃなかろうか。
「ハハハ、シロ君。君には私がそんな節度も無いような女に見えるのかな?」
フレディアナさんや、目が笑ってないんですが……。
「……私の事はこのくらいで良いかな? じゃ、次はミカエルだね。まぁ、ミカエルの場合は私より圧倒的に強いからね。下手に刺激しない方が吉だよ」
「……私はそんな過激なことはしませんよ?」
「では、改めまして、私の名はミカエルと申します。よろしくお願い致します。と、言いたいのですが、私の前にシロさんを紹介しませんと、ややこしくなると思うのですが……大丈夫なのでしょうか?」
「問題ありません。何となく予想は出来ておりますので……」
「……そうですか。では、先ほどから何度も名乗っておりますが、私の名はミカエル。世界序列の方はオーバーしておりまして測定不能です。種族は天使です。神々より与えられた二つ名は≪正義と敬信≫の天使や、≪天使長≫など沢山の二つ名が御座います。今は、シロ様の守護天使をしております。短い間になるかもしれませんが、よろしくお願い致します」
「て、天使……ですか?」
ギルドマスターはイマイチしっくり来ていないようだ。
「うーん……。三大天使は知ってるよね?」
咄嗟にフレディアナがフォローを入れる。
「えぇ、しかし、存在していることは存じていますが、何しろ御伽噺で語られる存在ですので、イマイチしっくりしないと言いますか……申し訳ありません」
「いえ、本来であれば私の事を知らないのが普通なのです。ミシェル様が何故ご存知であったのかが疑問ですが、後にしましょう」
ミカエルがちょっと疲れたような顔をしているが見なかったことにしよう。そうしよう。
「と、私の説明はこの程度でしょうか。何か質問などは御座いますか?」
「いえ、とくには」
ギルドマスターの方を見ると悟りを開いたような目をしていた。
「……では、ミカエル様のランクの決定とフレディアナ様のランクの見直しを致しますので、受付の前でお待ちください。あ、もし貴女方に絡むような冒険者が居ましたら遠慮なく叩きのめして頂いて結構ですのでやっちゃって下さい」
話が終わると受付まで戻るように言われ部屋を出るとここまで案内してくれた女性が扉の前で待っていた。
……ギルドマスターもストレスが溜まる仕事なのだろう。
「……本当に、どうしましょうか。下手に帝国に潜入などすれば間違いなくしっぺ返しが来てしまいます」
「私は、帝国に居る知り合いに相談してみるよ」
「知り合い……ですか。まさかとは思いますがフレディアナ、その知り合いと言うのは……」
「キミの想像している通りだよ、エリス。私の知り合いは同じ≪魔女≫、心配しなくても大丈夫だよ。彼女は比較的優しい方だし、私に借りがあるから断らないと思うよ? ……なんなら着いて来ようとするかもしれないね」
……どうしてそうなるんだろうか。
「でも、それは明日以降だね。日は完全に沈んじゃったみたいだから早く宿を探した方が良いね」
受付に到着すると、先ほどまで沢山の冒険者達で賑わっていたのだが、今はまばらに人がいる程度。
「今日一日だけで色々起り過ぎて倒れてしまいそうです……」
本当にその通りだと思う。≪スタンピード≫の解決に突然の≪悪魔≫とフレディアナの参戦。それが終わったらフレディアナの冒険者登録して直ぐに王都の近くの森に転移したかと思ったら侯爵家の馬車が襲撃されてるのに出くわすし、フレディアナは狙われるしで、これだけでもうお腹いっぱいなのに。更には、≪天使≫が降りて来て守護契約させられて、その守護契約をした≪天使≫がまさかの天使長……。なんかもう、頭痛い。
「で、先程フレディアナが言っていた知り合いの≪魔女≫と言うのは誰なのです?」
「あぁ、メティリシアだよ。ミシェルとエリスとシロ君は知らないだろうけど、ミカエル、君は知ってるよね?」
「はい。存じております。二番目に魔女になった者……世界序列は第十五位。二つ名は貴女方でもご存知かと思います。≪恐怖の魔女≫、これが彼女の二つ名です。正直、私は彼女には苦手意識を抱いております」
「メティリシアからはよく君の事は聞かされてたよ。彼女も君が苦手だって言ってたよ」
「……まぁでも、≪破滅の魔女≫や≪再生と衰退の魔女≫よりはマシだと思うよ?」
「それはそうなのです、やはり苦手なのです。フレディアナ様がヴァルディエルの事が苦手なように……と言いますか、何故貴女は≪恐怖の魔女≫が帝国居るのだと言えるのですか?」
「ん~? 強いていうのならば、勘かな?」
「はい?」
フレディアナの返答にミカエルは困惑の表情を浮かべている。そして、俺の方に視線を向けてくる。
うん。俺もフレディアナが何を根拠にそんな事を言ってるのか分からないからそんな目で見られても困るのだが……?
「あ、あの、勘と言うのは一体どう言う事なのでしょうか?」
「勘は勘だよ。あ、こう見えて私の勘って結構当たるんだよ? シロ君に会ったのだって勘の通り動いただけだし」
……勘。さいですか。
「でも、帝国方面に居るのは間違いないよ。その方角から彼女の魔力を感じたし……というか、また何かやらかしたみたい……」
と、どこでフレディアナは口を閉ざした。
「……ごめんね? 最後の方は聞かなかったことにしてくれる?」
物凄い気になるが、追求しないのが吉だろう。何せフレディアナがやらかしたと口に出した瞬間、心臓を掴まれたようなそんな悪寒をヒシヒシとを感じたから。