第五十三話王都に到着
「では、始めましょう」
『わ、分かった』
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
そう言うとミカエルは俺の額の辺りに自身の額を近づけてきた。
「―我、天使長ミカエルの名において神獣、神狼殿と守護の契約を結ぶ」
ミカエルが詠唱を完了させると同時に、一筋に光が俺とミカエルを包み込み一瞬で消えた。
それと同時にラッパの音の様な音が周囲に響き渡った。
「おや、祝福のラッパを吹く天使からの直接の祝福ですか。これはかなり貴重ですよ?」
「祝福のラッパを吹く天使……滅多にラッパ触ることすら無い彼が吹き鳴らすなんて、こんなこと今までなかったよね?」
「えぇ、しかも、今回は彼自ら吹きました。今まで上から命令されて渋々やっていた彼がですよ?といいますか、何故貴女が知っているのです?」
「これは、幸先が良いみたいだね。私だって元は巫女だよ?そのくらいは知ってるよ」
どうやら、祝福されたらしい。
「さて、立ち話は此処までにしましょう。馬車の中で待っている方々が居る様なのであまり待たせて不安にさせてしまっては意味がありません」
話を切り上げると、ミカエルは一瞬にして馬車の目の前にまで移動していた。
『は??』
余りにも自然に移動し過ぎて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
フレディアナも流石に驚いた様で、声は出さなかったものの驚愕の表情を浮かべていた。
「何をしているのです?この程度の事で驚かれていてはこの先、もちませんよ?」
「ははは、それは申し訳ないね。あまりにも自然過ぎて分からなかったよ」
と、いつの間にかフレディアナも馬車の前まで移動していた。
……俺からしたらフレディアナも人のこと言えないと思うんだけど?恐らく転移の魔法を発動したんだろうけど、魔力の反応が一切感知できなかったから予測でしかないが。
「シロ君?いつまでそこに居るつもりなの?早く来てくれないかな?エリスの気力がそろそろ限界見たいだからさ」
あっはい。
フレディアナに促され馬車の前まで行くと、馬車の中からエリスの殺気が漏れ出ていたが馬車の扉が開かれた。
「エリス、片が付いたから殺気を引っ込めてくれないかな?」
「そうしたいのは山々ですが、そういう訳にもいきません。そちらにいらっしゃるお方は一体何者なのでしょうか?只者ではない気配を感じるのですが?」
「それについては本人から説明して貰うつもりで居るよ。もちろん、侯爵家の関係者達にもね」
「……分かりました。しかし、警戒はさせて頂きますよ?」
エリスが威嚇程度の威圧をミカエルと向ける。
「私は構いませ。心配でしたら抜剣した状態で構いませんよ?」
「……いえ、流石にそこまではしません。貴女から敵意は感じませんので」
「そうですか。ではまずは、此度の騒動、≪天使長≫として侯爵家の方々に謝罪致します。私の監督不行き届きで≪三大天使≫ヴァルディエルの暴走を止められませんでした。なお、騒動を起こした者達は即座に退去させ相応の罰を与えております。もしそれでも足りないのであれば、私が罰を受ける所存です」
ミカエルが深々と頭を下げた。が、慌てたようにミシェルさんが声を掛けた。
「頭をお上げください。≪天使長≫様。貴女様の責任ではありません。第一、この森に立ち入った時点で、何らかの襲撃を受けるのは覚悟しておりました。それは、この馬車に乗っている全員が承知しております」
その言葉に馬車の中に居る全員が頷いた。その気配を感じ取ったのかミカエルは頭を上げた。
「貴女方の寛大な心に感謝致します。此度のこの騒動のお詫びと致しまして、私からこの馬車に乗っている方々全員に祝福を授けさせて頂きます。この人数ですので一人一人の祝福の効果は弱くなってしまいますがそこはご容赦下さい」
言い終わると同時に馬車の中を優しい光が包み込みゆっくりと消えて行った。
「では、出発の方をお願い致します」
「え?あの、天界には御帰りにならないのですか?」
祝福を授け終わったミカエルが帰らないのを不思議そうにレイラが聞いて来た。
「えぇ、帰りません。つい先ほどから私は休暇を神々から頂きました。それと同時にこの神獣殿の守護を命じられましたので、しばらくは地上を満喫しようかと思っています」
少し頬を赤らめながら言うミカエル。
不覚にも少し可愛いと思ってしまったのは内緒にしようと心に誓った。
「そ、そうなんですね。ゆっくりできると良いですね。天使様も大変なんですね」
「えぇ、詳しくは言えませんが色々な仕事が私には回されてきます。人間の国で言うところの宰相か大臣と言った役回りが近いかもしれませんね」
「そ、そうなのですか」
「それはそうと、この馬車に近づいた時から気になっていたのですが……」
「はい。何でしょう?」
突如ミカエルが話の話題を変えた。
「この馬車、此処に来るまでに何度魔物の襲撃に会いましたか?」
「?仰っている意味が良く分からないのですが?」
「…………」
ミカエルの唐突な質問にレイラは首を傾げ、ミシェルさんは黙り込んだ。
「私の推察になるのですが、最低でも四回、この森に入ってから単独ないしは集団での魔物の襲撃があったのではありませんか?」
「どうやら、≪天使長≫様にはお見通しの様ですね。その通りです。先程、神獣様方が倒して頂いた魔物達で計七回目の魔物の襲撃を受けております。今まで魔物の襲撃はあっても一度や二度だけでした。ですが、今回は流石に異常過ぎますが原因が分からず、護衛達も困惑しているのです」
「お母さま!?何故そんな重大なことを黙っていたのです!!分かっていれば私だって「お黙りなさい!!」……」
レイラは知らなかったようで、ミシェルさんに問い詰めようとしたが一括されて黙り込んだ。
「七回……ですか。やはり、私が感じた違和感は間違っていないようでした。この馬車のどこかに魔物を引き寄せる魔道具か匂い袋が仕込まれている可能性があります。神獣殿、此処に来る途中、異臭か気配を感じませんでしたか?」
『気配は感じなかったけど、甘ったるい匂いは感じた。それをエリスとフレディアナに言ったら……』
「私が、魔物を引き寄せる匂い袋が仕込まれてるかもしれないって言ったんだよ。でも、結局見つからなかったよ」
『それに、馬車の外では感じられた甘ったるい匂いが馬車に入った瞬間に無くなったから、恐らく、馬車の外装のどこかにあるとは思うけど、匂いが強すぎて何処に在るかまでは分からない』
「いえ、それだけ聞ければ十分です。私がその匂い袋ごと浄化します。ついでに仕掛けた者のへ送り返しましょう。≪神聖魔法、神炎浄化≫」
神炎浄化って、ヴァルディエルが長々と詠唱して発動させてた結構ヤバめの魔法を詠唱無しで……と言うか馬車大丈夫なのか?炎って言ってたし、燃えない!?
『ミ、ミカエル?大丈夫なのか?』
「?何を焦っているのか分かりませんが、問題ありませんよ。この魔法は本来、悪しき物や穢れを浄化するための魔法ですので、穢れや不浄の物だけを燃やし浄化します。なので馬車には一切効果はありません。その証拠に先程、神獣殿がヴァルディエルからこの攻撃を受けた際、引火はしましたが毛の一本も燃えませんでしたでしょう?」
『それはそうだけど、行き成りそんな魔法を放たれたらびっくりするし、何よりヴァルディエルが詠唱までして発動させた魔法をさらっと発動できるのはどういうことだ?』
すると、ミカエルはクスクスと笑い始めた。
「フフフ、それはヴァルディエルが未熟なだけなのです。他の三大天使は私と同じように発動できますよ?」
「ん?ヴァルディエルって確か世界序列五位だったよね?それで未熟って……他の三大天使達よりも序列順位が高いのにどう言う事?」
「ヴァルディエルは確かに序列順位は神獣の方々に次いで一番高いですが、それはあくまで総合力の話です。個々の能力で言えば三大天使の力関係は互いに拮抗しています。神獣様方が色々ぶっ飛んでいるだけですので気にしなくて大丈夫ですよ」
あれ?今さらっとバケモノってディスられた!?
「さて、そろそろ浄化が完了した頃でしょう」
ミカエルの言う通り、先ほどまで聞こえていた何かが燃える音が消えていた。そして、ミカエルの手に黒くモヤモヤした何かが握られていた。
「では、仕掛けた者に返してしまいましょう。≪光魔法、呪い返し≫」
ミカエルがまた魔法を発動させると手にあったモヤモヤが霧散した。
「あの、今の魔法……かなり高難度の魔法のはずなのですが?」
いつの間にか復活したレイラが恐る恐ると言った感じで聞いて来た。
「そうですね。人間の方達からしたら高難度ですね。使えるとしたら聖女と呼ばれる者くらいでしょうか。天使達では下級天使でも扱える魔法です。それにしても、この空間魔法は素晴らしいですね。これほど緻密に構築された空間は初めてお目に掛かりました」
「あ、ありがとうございます」
「貴女がこの空間を造られたのですか?見たところ学生でしょうか。その年でこれほどの空間を創り上げる技術は脱帽ものです」
天使長をも唸らせるって……凄すぎないか?
とそこで御者であろう男性が声を掛けてきた。
「あ、あの、お話し中のところ申し訳ございませんが、そろそろ再出発させて頂いても構わないでしょうか?いつまでもこの場に留まっていますとまた魔物に襲われかねません。それに、この馬車のスピードを考えますと閉門ギリギリになってしまします」
「こ、これは申し訳ありません。私のせいで御迷惑を……お詫びとしまして、私の転送魔法で王都の目の前の道までお送りさせて頂きます。手続きに時間が掛りますでしょうから私は転送先で下ろさせて頂きますので」
ミカエルが慌てて謝罪しながら転送先で降りる事を伝えるとミシェルから待ったが入った。
「お待ちください。何も降りていただく必要はありません。貴女方の身分や素性は私が補償いたしますので乗ったままで結構です。それに、是非主人にも貴女方を紹介させてください」
「し、しかし……それでは侯爵家の方々にご迷惑では?」
「命の危機を助けて頂いた方々に迷惑など感じるものなどアーデンハイム家には居りません。万が一貴女方に失礼な対応をしましたら私が粛清しますのでご安心ください」
「そ、そうですか。では、私もお邪魔させて頂きます」
ミカエルはミシェルさんの気迫に押されたのか了承した。
俺も転送先で降りるつもりで居たのだが、それを察知したのかレイラの膝の上に座らされている。
エリスに助けを求めるが「諦めてください」と言わんばかりの顔をされ、フレディアナは何故か乗り気だ。
王都に入るまでは良いんだけど、侯爵家の方は面倒事の予感がするんだけど……大丈夫なのだろうか。
「では、転送を開始します。いきなり王都の門の前では色々と大変なことになるので、一キロ位前方に転送します。少し眩しさを感じるかもしれませんがその点はご容赦ください。≪転送≫!!」
ミカエルの言った通り眩しさを感じたが、それ以外に特に異常はなかった。
「さぁ、着きました。王都から約一キロの場所です」
ミカエルにそう言われミシェルさんが窓から顔を出し確認する。
窓の外から見えた景色は先程までの鬱蒼とした木々はなく、魔獣や魔物の気配もちらほらとある程度で、視界には小さくだが人工物を確認できた。
恐らくあれが、ミシェルさん達の言っている王都なのだろう。
「まさか……本当に転送できるとは!!」
「流石天使長、色々桁外れだね。普通の人間では絶対に不可能と言われている転送魔法を詠唱無しに実行するなんて」
「確かに、普通の人間には到底不可能ではありますが、魔人や賢者と呼ばれる人間を超越した者には出来ないことはありませんよ?詠唱破棄の方は私クラスの者でなければ厳しいかと思います。一部の詠唱の破棄ならば可能です」
『ミカエルクラスって……そうそう居ないと思うんだけど?』
「いえいえ、そんな事はありませんよ?私以外に後九人は居ます。そのうちの五人は原初と呼ばれる最古の悪魔なのですが」
『はい?悪魔って最上位悪魔が一番上じゃないの?最上位って言うくらいだし』
「はい。その認識で合っています。分類上は最上位悪魔が一番上です。……簡単に言ってしまえば、私と同格の存在です。地上の者達の認識では測りきれない規格外の存在です」
それ、自分の事も規格外って言ってるようなもんじゃ?
「因みに言っておきますが世界序列十一位までならば地上にある鑑定の水晶で鑑定可能です。詳細の方の鑑定ははぼ不可能ではありますが……。はっきり言っておきますが、世界序列十位以上は規格外の存在です。各国の王達でさえ敬遠する程の存在と言う事を覚えて置いて下さいね?」
と俺の方を見ながらミカエルが言う。
あれ?もしかして何かやらかす前提で話をされてる!?
そんな話をしている間に王都の門の前まで到着していた。
これから簡単な身分確認があるらしい。その確認が終われば王都に入れる様だ。王都と言うだけあって警部が厳重だ。願わくば面倒事が起こらない様にと思わずにはいられない。