第五十二話三大天使のヴァルディエルと天使長
何だ?あの白い集団は?などと考えていると轟音が鳴り響き折角晴れかけていた土煙がまた新たに発生した土煙に上書きされ何も見えなくなってしまった。もう一度確認するために馬車を出た。
―ヒュンッ!!
俺の横を何かが高速で通過した。幸い馬車から離れた位置に着弾したが地面が少し焦げていた。
一瞬過ぎて何だったのかは見えなかったが魔力は感じたので恐らく魔法か何かだろう。
取り合えず馬車の周りに結界を張って様子見でもするか、フレディアナの知り合いみたいだし、こっちには飛び火しては来ないだろうし。来たら来たでエリスに丸投げすれば良いか。
などと考えている間にも様々な魔法が土煙の奥からひっきりなしにこちらに飛んでくる。
時々フレデイアナの叫び声が聞こえるが爆音のせいで上手く聞き取れない。
すると、フレディアナの魔力が一気に収束するのを感じた。どうやら何か大きな魔法を放つ様だ。しかし、その魔力には攻撃性を感じない。恐らく魔法を無効化する結界を張るらしい。
「≪反魔法結界≫ッ!!」
フレディアナの焦った声と共に、土煙に包まれていても分る程大きな魔法陣が展開され、即座に発動した。それと同時に視界覆っていた土煙も消失した。
一方、白い法衣を着た方は発動させていた全ての魔法が一瞬の内に消え失せた事に驚いている様だった。
「ふぅ、随分時間はかかったけど、君達の魔法は完全に無効化させて貰ったよ。さて、何で関係の無いあの馬車まで狙ったのか…説明してくれるかな?」
口調は先程と全く変わっていない。しかしその声は明らかに怒気を孕んでいた。
「…………」
フレディアナの質問に対し白い法衣を着た者達は何一つ答えない。
「答えてくれるかな」
フレディアナがさらに怒りを込めて言い放つも返ってくるのは沈黙だけ。その隙に何人かが動こうとしたが、察知したフレディアナによって阻まれた。
「≪動くな!!≫」
その声と共に動こうとしていた全員がその場に固定された。
動こうと必死になっている様だがピクリとも動かない。
どうやら言霊を使ったらしい。こんな使い方も出来るのか。
「はぁ、君達の意思は良く分かったよ。話す気が一切ないって言うことがね。じゃぁ、もっと上の存在に聞くとするよ」
そう言うとフレディアナは徐に空を見上げ、ため息を吐きながら言う。
「はぁ……いい加減降りて来ても良いんじゃない?と言うか降りて来て説明して貰いたいんだけど、何?この集団は?……あれ、無視?」
―パァァァ!!!
突然、視界を光が埋め尽くした。
あれ、この光景つい先刻見たばっかり……既視感を覚えながらも黙っていることにした。面倒事は御免だし……。
光が収まると、フレディアナの前に一対の大きな白い羽根を背から生やした一人の美少女が現れた。前の天使よりも位が上なのがはっきりと分った。そしてもう一つ、何がとは言わないが一目で分かる程ツルペタ……。天使にも階級以外にも差があるのだと知った。
「……降りてきたね。三大天使が一人≪秩序と執行を司る≫天使。ヴァルディエルが」
え?……これが三大天使!? 確かに、あの天使より強力な気配はしたけど……そうか、これが三大天使の一人なのか。それに、残り二人の大天使をまとめる長かぁ。覚えておこう。
「……貴様、まだ生きていたのか。とっくにくたばったものだと思っていたが、案外長生きなのだな?」
あれ、物凄い敵意を感じる。俺じゃないっぽいし、フレディアナか。……何か嫌われるようなことをしたのだろうか。
「残念だったね。くたばってなくて、と言うか君こそ全く成長してないみたいだね。どこがとは言わないけどさ」
フレディアナはさらりと挑発を受け流し、逆に煽った。
すると、ヴァルディエルは顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
……あ、これ間違いなく怒ってるわ。俺の方に飛び火しないと有難い。
「ッ!! 貴様ッ!! 今ここで灰すら残さず浄化してやろうか!?」
「アハハハ、やってみなよ。やれるものならね? でも、出来ないよね? そんなことしたら君の称号が剥奪されかねないし、剥奪されなかったとしても、≪天使長≫からのお仕置きは必至、私は別に君を怒らせたい訳じゃないんだよ?」
滅茶苦茶煽ってたのに何言ってんだこいつは。
「ただ私は聞きたいだけなんだよ。この集団は何?君は≪秩序≫の乱れは好まないよね?なのに≪秩序≫を乱しているこの集団に君は何の罰も与えないのはどういう事かな。君が私に恨みを持っているのは知ってる。でも、後ろの人達は全く関係ないよね?さぁ、教えてくれるかな、何故無関係の人間を巻き込んだのかを」
先程までの緩さとは違い今度は真剣さを感じた。
「……確かにそこの馬車の中に居る者達は無関係の様だ。巻き込んだ事は謝罪しよう。しかし、貴様の後ろに居る獣、あれは見過ごす訳にはいかん。即刻、排除させて貰う。≪我らが主へ禱り奉る。悪しき者の魂の浄化を望む。我が願いを聞き届け給え。神聖魔法、神炎浄化≫!!」
あれ、なんで俺の方に飛び火してんの!? って、詠唱早すぎないか!?
詠唱が紡がれ、完了と同時に構築された魔法陣から神々しい炎が轟音を立て、こちらに迫ってくる。
直撃する寸前、炎がばらけ、あっという間に俺の周囲に結界の様に広がり閉じ込めた。
咄嗟に冷気を発生させ空気中に含まれる水分を急激に冷やし、氷を造り出そうとするが上手く行かない。
いや、正確には造り出せてはいるが、造った側から周りを取り囲む炎によって一瞬にして蒸発し霧散してしまう。さらには、どんどんと周りの水分が無くなっていく。
このままでは不味いと思うものの、中々良い案が浮かばない。そうこうしている内にどんどんと炎は焼き殺すべく、迫ってくる。そして、ついに炎が毛に引火した。
尻尾を振り回し消そうとするが、炎の勢いは衰えない。逆に、勢いが増しているようにも感じる。途中、フレディアナの声が聞こえた気がするがそれどころではない。何とかしてこの炎を消す方法を見つけなくては!! しかし、そこで違和感を感じた。熱さを全く感じないのだ。
しかしメラメラと音が聞こえる。一度気持ちを落ち着ける為に、瞳を閉ざし、深呼吸をして再度、尻尾を見るが状況は何一つ変わらず勢い良く燃え上がっている。それどころか、炎の勢いが増した様に感じる。
実際、先程よりも炎の勢いは増しているのだが、やはり熱さを感じない。今の一瞬の内に、炎が尻尾の付け根と胴体の辺りにまで迫っている。ふと、炎の過ぎた場所を見てみると火傷はおろか焦げてすらいなかった。
あれ? もしかしたらこのまま放置して消えるのを待つ方が良いのでは? 今の所は身体には全く異常は無い。などと思っていると、行き成り俺の周りを包んでいた炎と、胴体に燃え移り、燃え上がっていた炎が消失した。
それと同時に一つの声が木霊する。
「これは、一体何をしているのでしょうか? ヴァルディエル」
その声は全てを優しく包み込むような温かさがあった。しかし、それと同時に大気が震えるほどの覇気が込められていた。
ヴァルディエルの方を見ると、明らかに先程までとは違い、ガタガタと震えていた。
「……何故、貴女が此処に、居る」
「私が居て、何か貴女に不都合な事でもあるのでしょうか?」
ヴァルディエルから声のする方に視線を移した。するとそこには金髪ショートヘアーの一人の女性。瞳は髪の色と同じく金色。何故かこちらを見ながら微笑んでいる。そして、感じる気配からして恐らくこの女性はヴァルディエルとは比にならない程に強く、圧倒的に高位の存在だ。
「ふ、不都合は一切ない。しかし!! 問題がない訳ではないッ!! 天使族の長たる貴女が!! こんな場所に居る事が神々に知られたらどうなるのか分かっているのか!?」
「もちろん、分かっております。でも、今回はとある神の依頼で此処に居るのです。それに、正当な理由もあります」
「……その正当な理由と言うのを、是非とも教えて貰いたいものだ」
「貴女の監視と暴走の鎮圧、後は……教えることは出来ません」
「暴走? 何のことだ? 私はただ自分の役割を全うしようとしているだけなのだが?」
納得できない様子のヴァルディエルだが、それを金髪ショートの女性が視線で黙らせた。
「では、お聞きします。貴女の役割とは、何なのでしょうか?」
「は? 何を突然……」
「いいから、答えなさい」
「……地上の見張りや、新たに≪秩序≫定める事。無暗に≪秩序≫を乱す者には罰を≪執行≫し、更生や決まり事の再認識をさせるのが私の役割。これで満足?」
「……えぇ、良く分かっているではありませんか。では、今回のこの騒動はどういう事なのか、しっかりと、説明してくれませんか? 先に言って置きますが、貴女が排除しようとした獣は、新たな≪神獣≫です。知らなかった、などと言う言い訳は通りませんのでそのつもりで居てください」
瞬間、金髪の女性から、モノを言わせぬ威圧がヴァルディエルへと向けられた。向けた本人は全く気にした様子は無いが、受けたヴァルディエルは倒れそうになるのを必死に耐えていた。
「やっぱり、いつ見ても物凄いね。君は」
張り詰めた空気の中、呑気なフレディアナの声が響いた。
「貴女は確か、フレディアナ……でしたか。何故この場に≪魔女≫である貴女が居るのです?」
「何故って、今回は私が偶々居たところに君が来たんじゃないか。それより、用事が済んだのならさっさと天界に帰ってくれない? 私はまだヴァルディエルに少し話があるからさ?」
「おや、そうでしたか。今回のこの襲撃の後始末及び、ヴァルディエルの処罰は私が行いますのでどうか怒りを治めては頂けませんか?」
「私一人を狙ったんだったら全然気にしなかったんだけどさ。今回はそう言う訳には行かないよ。無関係な人間や、ましてや≪神獣≫なんてのまで巻き込んだ訳だしさ」
「……そうですね。ですので、私が直接、ヴァルディエルが迷惑を掛けた方々に謝罪致しますので、どうかそれで許しては頂けないでしょうか? ≪神獣≫殿に関しては、どうやらまだ守護天使がいらっしゃらない様に感じますが、どうなのでしょうか」
え!? 急に俺の方に話が来るの!?
『し、守護天使って言うのは聞いたことが無い』
「おや、そうなのですか。では、簡単にではありますが、ご説明致します。守護天使と言うのは主に、人々を瘴気や、厄災などから守る天使の事です。人々を守るくらいなら中級天使で事足ります。しかし、≪神獣≫や高位の≪聖獣≫、≪幻獣≫となると話は別です。最低でも≪二つ名≫や、≪異名≫くらい持っていないとお話にならないでしょう。それに、≪神獣≫に守護天使が居ないというのが問題です。と、言う訳で、私が貴方の守護天使となりましょう」
「いくら天使長と言えど、そのような勝手が「黙りなさい」ッ!!」
そこで、ヴァルディエルが口を出そうとしたが金髪の女性に一括されてしまった。俺としては、何が、と言う訳でなのか分からないので拒否したい。
「あ、因みに拒否しても構いませんが、その場合は神々から色々と文句やお小言がありますので、覚悟してくださいね?」
『グッ……いや、その前に、天使さんって結構上の立場だよな?』
「はい。そうですが何かご不満でも?」
『不満も何もそんな人が守護天使になんてなったら色々と不味いんじゃないか?』
「いえ、それに関しては一切問題ありません。事前に神々からの許可は得ておりますし、≪創世神≫様より働き過ぎだからと三千年ほど休暇を頂きまして、引継ぎなどは既に終わらせております。それに、≪獣神≫様より他の二体の≪神獣≫に守護天使が居るのに貴方に居ないのは問題だとおっしゃられまして、丁度近くに居た私が推薦されたと言う訳です」
あ、はい。そうですか。ック……逃げ道を完全に塞がれてる。それに、神からの推薦……断れる気がしない。受けるしかないか。
『……分かったその提案を受け入れる」
「有難うございます。これからよろしくお願い致します」
天使長は心底楽しそうに言った。
『あ、はい。そう言えば他の≪神獣≫にはどんな天使が守護天使になってるんだ?』
気になったので他の神獣の事をどストレートに聞いてみることにした。
「そうですね。序列二位の≪龍神≫殿には≪知識と空≫の天使であるザフキエル。と≪慈悲と慈愛≫の天使であるザドキエルの二人が守護天使になっています。序列四位の≪神虎≫殿には≪雷と幻≫の天使であるラミエルと≪癒しと自由≫の天使であるラファエルの二人が守護天使になっています」
『成程。で、えっと……』
「失礼いたしました。名乗るのを忘れておりました。私はミカエル。二つ名は≪正義と敬信≫です。他にも、他の天使達をまとめている為。≪天使長≫などと呼ばれることもありますが、あまり、気にしなくて大丈夫です」
ラファエルにザドキエルにザフキエルにラミエル、それにミカエル。……大天使ばっかり。どうなってんの? 怖いんだけど……。と言うか結構重要そうなことをペラペラしゃべって大丈夫なのだろうか。
「では、さっさと守護の契約をしてしまいましょう。額を合わせるだけの非常にシンプルな方法なので直ぐに終わります。と、その前に、ヴァルディエル。貴女を天界に強制転送させます。因みに、転送先は≪裁法神≫様と≪創世神≫様の御前です。では、行きなさい。≪転送魔法、強制送還≫」
「ちょっとまッ……」
ヴァルディエルが何か言いかけていたが、言い切る前に転送された。そして、ミカエルが振り返ると今度は白い法衣を着ている者達へと近づいていくと、何人かへと説教を始めた。
「さて、次は貴方方の番です。本来であればヴァルディエルの暴走を抑制するはずの貴方方が何をしているのです?」
ミカエルは静かに問いかける。
「も、申し訳ありません。ミカエル様。我々が気付いた時には既にヴァルディエル様が攻撃を放つ寸前でして……」
「言い訳は結構です。今回は幸いなことに人的被害はありませんでしたし、≪神獣≫殿に怪我も無いので大目に見ましょう。しかし、確信も無いまま人々に攻撃を仕掛けたのは問題です。よって、今ここで貴方方への罰を言い渡します。そこの者達の即座に撤退させ、行動を抑止させることを貴方方の罰とします。下手をすれば≪神獣≫殿に消し飛ばされていても可笑しくはないのです。宜しいですね?」
「はいっ!!」
返事をした法衣を着ている者はかなり上の立場の者らしく即座に撤退命令を出して撤退させていた。が、そこで、ミカエルが、返事をした横に居た二人に話しかけた。
「っと、忘れておりました。貴方方お二人はしばらく地上の監視の任を解きます」
「は? あの、どう言う事でしょうか?」
突如、ミカエルからそんな命を受け、二人は困惑している。
「そんなに緊張しなくても大丈夫です。別に解雇と言う訳ではありません。お二人共、少しは休みなさい。私が言える事ではありませんが、働き過ぎです。お二方の記録を見させて頂きましたが、私よりも働いている時間が長い日があるではありませんか。しかも連日……お二方に今必要なのは休息です。一週間ほどの謹慎を言い渡します。それが、貴女方の罰とします」
「い、いえ。しかし……」
「良・い・で・す・ね?」
「は……はい!!」
ミカエルの気迫に押され渋々と言った感じて返事をした。
「宜しい。では、お二人共天界に強制送還です。他の天使達は私の部下に任せますので、そこは心配しなくて大丈夫です。万が一何かあったら私が地上で待機していますので問題ありません。では、送ります。≪転送魔法、強制送還≫」
どうやら、ミカエルが話しかけた二人は天使だったらしい。
強制送還の光が消えると同時に一対の白い羽を生やした男性がミカエルの目の前に現れた。
「お呼びとのことで、参上いたしました。……成程、理解しました。後はお任せください。ミカエル様」
「えぇ、お願いしますね」
突如現れた男性はチラリと周りを一瞥するとミカエルに挨拶をし、先程ミカエルと話をしていた何人かに指示を飛ばし一緒に帰っていった。それを見届けたミカエルが俺の方へと振り返った。
「さて、これで邪魔な者達は居なくなりました。さ、守護の契約をしてしまいましょう」
ミカエルは今までの事を何も無かったかのように話を続けた。
俺としては色々聞きたかったが、フレディアナのさっさとしてくれと言わんばかりの視線を感じ、後回しにすることにした。それにしても、邪魔って……。