第四十六話天使降臨
マルセの気配を感じチラッと見ると完全にフリーズしていた。
……これは、しばらく放置しておいた方が良いな。変に声を掛けたらなんかやばい気がする。
しばらく待っているとふぅ。とため息を吐くと一歩踏み出してきた。しかも何故か笑みを浮かべて。
「さて、シロさん?エリスさん?これは一体どういうことか説明して頂けますか?ついでにそのに居る女性や先程の極大魔法についても」
あれ…顔は笑ってるのに目は全く笑ってないぞ?!しかもなんだか急に悪寒が……
「シロさん……お願いします」
『ふぁ!?』
……突然の振りに変な声が出てしまったが、エリス…説明するのが面倒だから逃げたな!?全部俺に説明丸投げしやがった!!
……これは、もう腹を括るしかないのでは!?
『えっと…何から説明すれば?』
「そうですねぇ、まずそこに居る女性から説明して頂きましょうか?」
『……≪絶望の魔女≫って呼ばれてる人間?名前は……自分で聞いてくれ』
「はぁ……≪絶望の魔女≫ですか。失礼≪絶望の魔女≫殿?宜しければお名前を伺っても?」
「まぁ、良いよ。私も名前があるのに≪絶能の魔女≫なんて不本意な二つ名で呼ばれるのは嫌だからね。私はフレディアナ。覚えて置く必要はないよマルセ」
「おや、私の事はご存知でしたか。流石です」
「……これでも人間である君よりははるかに長い時を生きてるんだ。世界序列の下位と上位に入ってる者は大体覚えてるよ。まぁ、そこに居る神獣の事は知らなかったけどね」
フッとフレディアナは笑みを零した。
その笑みに俺はゾクッっと悪寒を感じたがスルーすることにした。
「成程、自己紹介、助かります。して、≪魔女≫の一人である貴女が此処に何の用でしょうか?」
フレディアナに鋭い視線を向けマルセが問う。
その視線をフレディアナは笑みを深め何でもない様に受け流すとクスクスと笑いながら答える。
「そんなに警戒しなくて良いよ。私はただ依頼で来ただけ。でも、その依頼もつい先刻達成…違うね。破棄させて貰ったよ。神獣や赤竜が出てくるなんて聞いてない訳だし。何より【スタンピード】は悪魔が倒された時点で終わったみたいだったからね」
「……そうですか。それなら良かったです」
マルセは納得したのかにっこりと笑った。
「それでは、戻りましょうか。【スタンピード】の報告も聞きたいですしね」
「あ、私も行くよ。途中からとは言え、【スタンピード】を見届けたし、冒険者登録もしたいからね」
「それに……シロ君とエリスから聞いた事をギルドが感知してたのか気になるし、赤竜の情報が本当にギルドに回っていなかったのか確認したいから……良いよね?」
先刻まで微笑んでいた顔が嘘かのように一瞬で消え失せ射抜くようなフレディアナ視線がマルセへと向けられる。
「え…えぇ構いませんよ」
「シロさんとエリスさんもそれで宜しいですか?」
「えぇ、それで構いません。私も貴方には効きたいことが山ほどありますので……変えれるとは思わないでくださいね?」
「……えぇ、ある程度の覚悟はしていましたので、構いませんよ」
「では、行きましょう。私が先導します。お三方は私の後に付いて来てください」
『俺は先に行ってても良「ダメですよ!?シロさんだけで街中を歩いていたら間違いなく騒ぎになります。此処は大人しくマルセさんと一緒に行くのが懸命な判断であり、貴方の言う面倒事が間違いなく起こりますよ?」……アッハイ』
と、言う訳で俺とエリスとフレディアナはマルセの後に続いてギルドに向かうことになった。
◇◇◇
ギルドに到着したのだが…建物の中には冒険者や受付の人間が誰一人としていなかった。
チラッとエリスの方を見ると予想していたかのように平然としていた。対してフレディアナの方は困惑を隠せずにいる。
「ねぇ、マルセ。此処って本当に冒険者ギルドで合ってるんだよね?」
「えぇ、お恥ずかしい限りですが、冒険者ギルドです」
「じゃぁ、これはどう言う事なのかな?私の記憶が正しければ冒険者ギルドって活気があって決してこんな静かな場所じゃなかったはずだよ?それに、人が誰一人いないって言うのはどう言う事なのかな?」
「………。私が、冒険者を含めギルド全員を避難させました」
しばらくの沈黙の後にマルセが答えた。
「何の為に?」
その言葉と共にフレディアナから物凄い殺気を感じた。
「……やはり、私の感じた違和感はこれだったんだね。あの場所に私が着いた時にはシロ君とエリスしか居なかった。最初は【スタンピード】で犠牲なったのかと思ったけど違った。そしてここに来てはっきりしたよ。……仮にもギルドと言う組織に属している冒険者……その職員だ。本来であれば一早く現場に駆け付け対処、状況報告をするのが定石だったと思うんだけど?その戦力や偵察部隊を……避難させたって君は何を考えているのかな?説明……して貰うよ。マルセ」
「はい。今回のこの【スタンピード】は人工的に引き起こされたものでした。本来【スタンピード】と言うのは自然発生で起るものです。なので私は【スタンピード】の予兆が見えた時からずっとギルド職員や冒険者達の監視と調査をしていましたが決定的な証拠は何一つ発見できませんでした」
「……君、私が聞いているのはそんなどうでも良い事じゃないんだよ。何故、あの場所に神獣とエリスしか派遣しなかったのか、何故魔物を狩るはずの者達が力の無い市民たちより先に避難しているのか……これを聞いてるんだよ。私は」
「それは…」
――パァァ
マルセが答え様と口を開いた瞬間室内が神々しい光に包まれた。
「≪創世の光よ、この時を止めよ!!≫」
光の中から女性の声が聞こえた瞬間、静寂が訪れた。
驚いて周囲を見渡すとマルセとエリスは目を瞑ったまま動かずフレディアナは忌々し気に目の前の光源を見たまま動かない。それはまるで時間が止まってしまったかの様にピクリとも動かない。やがて光が収まると目の前には真っ白な羽を生やした女性が立っていた。
その女性は何事もなかったかのように歩き始め、フレディアナの前で止まった。
「やはり……≪絶望の魔女≫でしたか。では、あの凄まじいまでの神力は一体……?」
真っ白な羽を生やした女性……もうこの際天使で良いや。天使がゆっくりと周囲を見渡しエリスの持っている剣を見て目を止めた。
「これは…何故この様な物が此処に?本来であれば教会が厳重に管理しているはず……取り合えず回収しておきましょう。地上の者が持って良い代物ではありません」
そう独り言?を言うとエリスの腰に刺さっている剣を取ろうとする寸前で弾かれた。
「ッ!!馬鹿な!?この私が触れる事すら出来ないだなんて!!何故これほど代物を地上の者が!?」
困惑しながらも再度剣に手を伸ばし再び弾かれる。
『その剣は持ち主と製作者、持ち主が許可した者以外触れることは不可能だぞ?』
「ッ!?誰です!!……いえ、ただの空耳ですね。この止まった時間の中で動ける者など……まして言葉を発することなど不可能なのですから」
あれ?せっかく喋ったのに無かったことにされた……!?しかも勝手に納得されてるし……。
「触れられないとなると……このエルフには悪いですが、その命、刈り取らせて頂きます。恨むのであれば、その剣と巡り合った己の運命を恨みなさい」
あれ、なんか物凄く物騒な事言ってないか?
『悪いが、それは困る。見たところお前は天使の様だが、天界の者が地上に何の用だ?』
「!!やはり、空耳ではありませんでしたか……何処に居るのです?この時の止まった世界で言葉を発することだけでも驚きではありますが、姿も見せないというのは少しばかり失礼なのでは?」
一瞬驚いた表情を見せたが直ぐに真顔に戻り周囲を見渡しだした。
何処って…あれ、もしかして目の前に居るのに気付いてない感じ?……なんかショックなんだけど。
『何処って……目の前に居るんだけど?』
「目の前?私の目の前には≪絶望の魔女≫とエルフに人間、それと白い大きな犬?が居るだけですが?」
『あ…うん。その白くて大きいのが俺』
「…………」
あれ?黙っちゃったんだけど…なんで!?
『おーい』
「ハッ!!失礼。あまりの事に私の思考が追い付いておりませんでした。して、何故貴方はこの時の止まった空間で普通に話すことが出来ているのですか?」
『ん?……あぁ、それは俺も知りたい。あと俺の仮契約者を消すとか言ってたみたいだけどそれはやめてくれ』
「申し訳ありませんが、それは了承し兼ねます。その剣を回収出来ないのであれば……その所有者をこの地上から消し去るしか世界の均衡を保つ事は出来なくなってしまうらしいのです」
『均衡?それにらしいというのはどういうことだ?』
目の前の天使は少し考えるような素振りをしてやがて口を開いた。
「……らしいというのは私が聞いた話だからです」
『その話は誰から来たんだ?」
「その前に、私が天使であるという事は理解されていらっしゃいますか?」
『ん?ああ、何となくそんな感じはしてたし問題ない』
「では、私は天使と言っても下位に位置している天使です。簡単に言ってしまえば雑用係の様なものです。そして、私にその剣の回収……不可能ならば所有者、もしくは製作者の地上からの抹消を命じられました」
『……で、それをお前に命じたのは誰だ?』
「……私の上司であり、天使の中で御三方しかいない大きな力を持った天使です。その御方は……世界序列第十位。二つ名は≪平等と均衡を司る天使≫三大天使が御一人、名をジーク様と申します」
『……世界序列入りか。しかも十位か』
「はい。ところで、貴方は一体どちら様なのでしょうか?私の鑑定スキルを以てしても貴方の詳細は一切見ることは出来ませんでした。宜しければ、教えてはいただけませんか?」
いつの間にか鑑定されてたのか……油断も隙も無いな。
『ん…まぁ俺だけ教えて貰うのも不平等だしな。でも、その前に時間停止を解除してくれないか?』
「申し訳ありませんがそれは出来ません。いくら私が天使と言っても世界序列三人を相手では無傷では済みませんので」
『……そうなのか?』
「そうなのです!!下手したら私が死んでしまいます!!……ではまず貴方の名前から教えて頂けませんか?」
『分かった。俺はシロ。世界序列第三位、二つ名は≪雪と氷の象徴≫因みに種族は神獣っぽい』
「……せ、世界序列第三位!?神獣様!?ちょっと待って下さい。衝撃的過ぎて私の脳の処理が追い付いていませんので」
『わ、分かった』
「………。お待たせしました。ようやく呑み込めました。しかし、今回ここに来たのがジーク様の部下である私で良かったです」
『ん?どういう事だ?』
私で良かった?まるで意味が分からない。
『説明してくれると助かる』
「分かりました。ジーク様は二つ名の通り平等を理念としておられます。簡単に申しますとかなりお優しい方です。無論、均衡を崩そうとする者には一切容赦はしませんが…。一方、残りのお二方は違います。特に一番面倒…う゛うん…一番厳しい方は例え貴方が神獣様であろうと、間違いなく何らかの監視ないしは警告をされると思います」
……この天使、今面倒臭いって言いかけなかったか?
「私から御一つ警告…いえご忠告をさせて頂きます。ジーク様と同じく三大天使の御一人が貴方に何かしらのコンタクトを取ってくると思われますので一応伝えて置きます」
『あ、できればその天使の名前とかって教えてくれたり?』
期待半分で目の前の天使に聞いてみる。
「構いませんよ。貴方とコンタクトを取ってくるであろう三大天使の御一人のお名前は、ヴァルディエル様です。この際ですのでヴァルディエル様の二つ名と世界序列順位をお教え致します。二つ名は≪秩序と執行を司る天使≫世界序列は神獣様方に次ぐ第五位です。因みにヴァルディエル様と言うお名前は神の御一柱であられる。≪裁法神≫ヴァルディアナ様より頂いたらしいです」
へぇー、神から名前を付けられることなんてあるのか。……ん?あれ、俺のシロって名前も確か神が付けてた気が……いや、あれはノーカンで良いか。本当に神なのかも怪しいし、何の神かも分からないし。
『ヴァルディアナとヴァルディエルって殆ど同じだから紛らわしいな』
「えぇ、私も常々思っています。ですがご本人の前で言う訳にもいかず…ましてや名を付けたのが神ですからね。私では何も言えません」
「では、私はそろそろ帰らせていただきます」
『は?』
「ご安心ください。私からジーク様に均衡を崩すほどの危険は無かったとお伝えします。それに、神獣様が造られた物であるのならば、いくら三大天使様方と言えども手は出せませんのでそこは安心して頂いて大丈夫です。あ、それと今度お会いすることがありましたら是非モフモフさせてくださいね!それでは、失礼します」
などと満面の笑みで告げてきた。
俺が絶句していると、詠唱の様な物を唱えた。
「≪創世の光よ、時の流れを正常に戻せ!!≫」
―パァァ
その声と共に再び光が視界を埋め尽くす。
「何ですか!?今の光は!?」
「今の光……僅かですが精霊の力を感じました!!」
「……エリス、違うよ。精霊なんて生易しい力じゃないよ。今の光は、おそらく天界に関係している者が発したんだよ。シロ君…君、何か知らない?」
『あれ、フレディアナは聞こえてたんじゃないのか?』
「何の事?」
『いや、光源をめっちゃ睨んでたから……』
「あぁ、ちょっと嫌な気配を感じたら警戒していただけだよ」
「それで?何か出て来たんでだよね?間違いなく天界の関係者だと思うけど」
「え!?シロさん!本当なんですか!?」
『……確かに天界の関係者だった。目的は俺が造った剣』
「この細剣ですか。天界の者の目にも止まるとは……流石ですね」
『で、最初は回収しようとしてたんだけど剣に触れられなくてエリスを消そうとしたから止めといた』
「……すみませんシロさん。この剣って今からでも返品できませんかね!?」
『無理』
「そ……即答ですか。私、あと何年生きていられるのでしょうか?」
『それは知らん。けど、よほどのことが無い限り手を出しては来ないと思う。今回来た天使も≪均衡≫が崩れる可能性があるから確認しに来ただけだったし」
「天使……ですか?」
エリスは何を言ってるのか分からないと言った顔で首を傾げている。
あれ?もしかして天使って…空想上の存在?