第四十三話 魔女と竜、襲来
眠っているエリスにそっと近づくとゆっくりと目を開けた。
「シロさん?私は一体何を?それに悪魔は何処に?」
『悪魔なら倒しはしたけど、消滅はしてないと思う。その悪魔は世界序列第八十八位って言ってた。それに、エリスの言ってた通り爵位があった』
「……やはりそうでしたか。位は何と言っていましたか?」
『男爵の位を貰ってるって言ってた』
「そうですか。これで少しノール君の言っていた伯爵が悪魔の可能性が出て来ましたね」
『それもそうだけど…』
エリスと話しているとフッと日が落ち夜になった。
『…来た』
「やはり、あの報告は本当の様でしたね。魔女が姿を現す時天候時間関係なく勝手に吹雪になったり夜のはずなのに急に昼になったり。貴女が魔女ですか?」
エリスがスッと立ち上がり上空を睨みつけた。
エリスの後を追い空を見上げると一人の少女が俺とエリスを見下ろしていた。
その少女はゆっくりとエリスの前に降り立つと、服装と顔がはっきりと確認できた。
少女は紅白巫女服を着ており右手には前世で神社で巫女がお祓いの時や神事の時に使う御幣を持ち瞳と髪は紫色をしており髪は腰のあたりまで伸ばしていて背中で一度一つにまとめている。
俺とエリスが何も言えずにいるとその少女はゆっくりと口を開いた。
「……これは、ちょっと予想外だね。私が少し手を貸したのに魔獣達が全滅だなんて…あれ?そう言えば悪魔は何処に行ったのかな? まさか、キミ達二人だけで倒したの?」
「……」
「う~ん、やっぱり答えてくれないよね。えっと、キミは確か…世界序列第九十位エリスだっけ?私に教えてくれないかな?」
『エリス、その魔女目は見ない方が…』
「もう遅いよ。さぁ、答えて?」
エリスの方を見ると目からハイライトが消え、ゆっくりと話出した。
「この【スタンピード】は私とシロさんだけで第一波と第二波は凌ぎきりました。でも、第三波は悪魔が目の前に現れたと同時に魔獣達が悲鳴をあげる暇もなく跡形もなく潰されました」
「ふ~ん成程ね。その悪魔は何処に行ったの?」
「それは…『エリス!!』ッ!」
「私は…一体何を?!」
「ッチ…キミ、今何をしたの?」
巫女服を着た少女は忌々し気に俺に視線を向けながら問うて来る。
『俺はただ名前を呼んだだけだ』
「名前を呼んだだけで私の魔眼と言霊を掻き消すだなんて…キミ、一体何者?」
『言霊…そんなものまで併用してたのか…』
「……ん?この気配はキミ…まさか、神獣?」
『………』
「無視なんて…キミ、ひどくない?」
俺がチラッとエリスの方を見ると一瞬、エリスの姿がブレたかと思うと目の前の少女の真後ろにまで移動していた。
手には俺の造った細剣が握られている。
「私は今目の前の子と話してるんだ。寝ててよ」
目の前の少女がそう言葉を発するとエリスは剣を落とし寝息を立てて地面に倒れた。
「全く、人が話してるって言うのに不意打ちをしようとするなんて……さて、答えてくれる?キミは、神獣?大丈夫、言霊と魔眼は使わないから」
『……それを、信用すると思うか?』
「思わないね…じゃぁ」
パチン。目の前の少女が指を鳴らすと、結界が発動した。
咄嗟に警戒するが目の前の少女がくすくすと笑いだす。
「大丈夫だよ。ただの防音結界だよ。これで私とキミの声は誰にも聞こえない。だから、答えてくれない?」
目の前の少女が言うように悪意や敵意は感じられない、本当にただの防音の効果しかない様だ。
『……何が聞きたい』
「さっきから言ってるよ?キミが神獣?」
『神獣だったとしたら?』
「ん~?特に何も?あ、それと悪魔がどこに行ったか知らない?」
『……悪魔なら倒した』
「そう。まぁそうだよね。神獣が相手だもんね、でも、完全に消滅は出来なかったでしょ?」
『まぁ、おそらく生きてるとは思う。前の悪魔みたいに完全に消え去った感じはなかったから』
「前って……キミ、これより前に悪魔と戦ったことあるの?!」
『一応……今回の悪魔、男爵級悪魔より前戦った悪魔の方が断然強かった』
「断然強かったって……今回の悪魔だって結構強い部類だよ?なんたって爵位を持ってるんだから」
「まぁ良いや、今更だけど、私はキミと敵対するつもりはないよ。【スタンピード】だって依頼されたから参加しただけだしね」
『依頼されたって…一体誰に?』
「依頼者は明かせないよ。でも、信用出来ないのであれば、私と契約をしよう。そうすれば私はキミには絶対に手出しできなくなる。どうかな?」
『そんなことしてお前に何のメリットはある?』
「メリットはあるよ?他の魔女達の牽制になるし、どんな形であれ、私は神獣と初めて契約した魔女になれるからね」
『契約するかどうかは置いといて、俺はお前の名前知らないんだが?』
「っと、そうだったね。私としたことが名乗るのを忘れてたよ。……初めまして。私の名前はフレディアナ、世間一般には魔女と呼ばれているよ。因みに世界序列は第二十位。二つ名は≪絶望の魔女≫。能力は言霊と魔眼。魔女としての役割は、絶望させる事、だね」
『いろいろとはた迷惑だな』
「……私だってやりたくてやってる訳じゃないんだよ?そこは勘違いしないで欲しいね。キミと契約すればもしかしたらキミの神獣の力で抑え込めるかもしれないよ?」
ジト目でため息をつきながらボソッと呟く。
『はぁ……メンドクサ』
すると目の前の少女…フレディアナが慌てだした。
「ちょちょちょッ!なんでそんな嫌そうな顔するの!?ひどいよ!?って言うか面倒臭いって何?私これでも真剣なんだよ?今なら私の加護もあげちゃうよ?」
『え?何そのメンドクサそうなの……要らないんだけど』
「か、加護は冗談だから!でも契約はして欲しいかな!何なら主従契約でも良いよ!」
『却下。どっちが主になるんだよ…それに、俺にはもう契約者が居る』
「あぁ、エリスね『違う』え?」
『エリスとはさっきまでは仮契約してたけど、今は仮契約すらしてない』
「え?でも彼女も世界序列に入ってるでしょ?って言うか彼女ですら仮契約って…でもなんで仮契約解除したの?」
『……どこぞの男爵悪魔がエリスを瀕死にして、治すために仮契約を解除した。んで再度仮契約しようと思ってたらお前が来たって訳だ』
「そ、そうなんだぁ。参考までに聞くけど、その男爵級悪魔の体はどうなったの?」
『……氷漬けにしてバラバラに砕いた』
「オ…オウ。随分と過激な様で…」
『仮とは言え契約した者を瀕死にされて結構腹が立ったからバキッと』
「キミのその考え方の方がよっぽど悪魔だよ……」
「ま、まぁそれは置いといて、キミの名前そろそろ教えてくれない?ついでに世界序列とかも」
『いや、名前はさっきエリスが呼んでたから知ってるだろ?』
「そうなんだけど、一応私も名乗ったわけだし…さ?」
『……ッチ』
「し、舌打ち?!ねえ?今キミ舌打ちした?!」
『はぁ……メンドク。世界序列第三位。神獣、神狼。名前はシロ、二つ名は≪雪と氷の象徴≫以上』
言い終えてフレディアナの方を見るとガタガタと震えている。
「ハハハ、これは流石に…せ、世界序列第三位、行き成り攻撃しなくて良かった。下手したら私も男爵級悪魔と同じ運命を?」
『それは知らない。敵意は感じなかったから攻撃はしなかったけど……もし敵意を持ってたら身動きを取らせない様にしてた』
「……本当に、私の勘が当たっててよかったよ。さて、そろそろ答えを聞かせてくれないかな?私と、契約してくれるかどうか。それとも、私の加護をキミにあげようか?」
『契約はしたくない』
「ウッ…キミ、随分とはっきり言ってくれるね」
『でも、加護なら良い。加護を与えることによってお前の行動を抑制できるし、万が一があった場合は簡単に外せるからな』
「それで良いよ。じゃあ、さっさと私に加護を……」
『いや、まずお前が先だ』
「? どういう事?なんで私がキミに加護を与えるの?」
『その方がお前にも好都合だし、おそらくお前の加護基権能は自身、または加護を与えた者の周囲を気象条件や時間帯に関係なく≪夜≫に出来る。そうだろ?』
フレディアナがぴくッと反応をし目を見開いた。
「凄いね。どうやって私の権能を?……あぁ、そうか。私が此処に来た瞬間に≪夜≫になったから分ったんだね?」
『まぁ、その通りではあるが…お前、まだ他にも権能があるだろ?』
するとフレディアナはゆっくりと目を閉じた。
「本当に、凄いよ。キミは……私が≪絶望の魔女≫なんて言われている所以は私が生まれ持った才能にある。私は生まれながらにして他人の考えが読めるんだよ。人間のみという制限はあるけど」
『分からないな。何故他人の考えが読めるだけで≪絶望の魔女≫なんて呼ばれ出したんだ?普通は≪恐怖の魔女≫とかそんなのだと思うけど?』
「……その話はまた今度にしようか。さぁ、さっさとキミ加護を渡しちゃうよ!」
「我、≪絶望の魔女≫フレディアナ。汝の願いに応え、祝福の証に我の加護を与える!」
ブツブツと唱えながら俺の前まで来ると光る左手で俺の額に触れると一歩後ろへ下がった。
「はい。これでキミに私の加護が付いてると思うよ。次はキミの番だね」
『了解。そう言えば今ブツブツ呟いてたのは何だ?』
「ん?あぁ、あれは言霊だよ。私が他者に加護を与える時に唱えないと私は加護を他人に与えることが出来ないんだよ。他の魔女もそうらしいけどね……」
フレディアナ話してる間にそっと手に触れ加護を与える。
「って、今はキミの加護だよ。さぁ、さっさと終わらせちゃおう」
『ん?もう終わったけど?』
「へ?何時の間に?!言霊は?祝詞は?まさか…言霊や祝詞無しでキミは加護を与えられるの?!」
『まぁ…言霊とか祝詞とか良く分からないし、あれ?なんかまずかった?』
すると、ドサッ!っとフレディアナが膝から崩れ落ちた。
「ハハハ、これは流石に、私どころか他の魔女でも不可能だよ、言霊や祝詞無しに加護を他者に与えるだなんて……」
「で、一体何時どうやって私に加護を与えたのか教えてくれるかな?」
『ん?そこまで難しいことじゃないぞ?お前が喋ってる間に手に触って加護を付けただけだ』
「はぁ……困ったね。恐らくそんなことをできるのはキミかキミと同じ神獣位なものだよ?神は何でもありだから除外するけど、三大天使長でもそんなことは出来ないよ」
『……気を付けるようにする』
「うん。本当にそうした方が良いよ。エリスが言ってた様にそんなことが≪生命の木≫とかの裏ギルドや犯罪組織に知れたらキミだけじゃなくキミと契約している子も間違いなく狙われるよ」
『……契約している?知らないな』
「隠さなくて良いよ。私は誰にもキミと契約している子の事を話すつもりはないから。心配しなくても私がキミの契約者をどうこうするつもりはないよ」
誤魔化そうとしてみたけどフレディアナには意味なかった。でも、何か見透かされているような感じがする。
「私を疑うのなら契約で縛ってくれて構わないよ。それとも、私が此処で宣言しようか?キミの契約者の事を誰かに話したら私が死ぬ様に……」
「言っておくけど、私は契約や約束事では絶対に嘘は吐かないよ」
フレディアナは真っ直ぐ俺の目を見つめている。その眼を見る限り本気であることがわかる。
『分かった……そこまでしなくて良いから』
「ありがとう。私の言葉を信じてくれて。人間だったらこんな風には行かないよ。本当に、キミが人間じゃなくてよかったよ……もしキミが人間だったら私は……」
突然フレディアナから息が詰まるほどの殺気が放たれた。
「ッ!!ご、ごめんね?敵対する意思はないよ!」
すると張り詰めていた空気が一瞬にして霧散した。
「本当に……ごめんね?」
「さて、それじゃぁ私はこの辺りで帰らせて貰うよ、あぁ、心配しなくても私がこの場所を離れればすぐにエリスに掛けた言霊は消えるし、魔眼の効果もすぐに消えるから」
「それじゃぁ、また会えると良いね」
フレディアナはそう言うと空へと飛んでいく。それと呼応する様に空が昼に戻って行く。
―フッと白んでいた空に影が差した。
影が差したかと思うとフレディアナが目の前に居た。
「さっきまた会えると良いとか言ってたけど忘れてくれると有難いね。まぁ、予想通りと言えばそうなんだけど…兎に角今はエリスを起こすことが先だね」
―パチン。
フレディアナが指を鳴らすとエリスがぱちりと目を開けた。
「≪絶望の魔女!≫貴女、私に何をしたんですか!」
「うん。それに関してだけど、今は説明してる時間は無いよ。シロ君も空を見てくれたらキミ達ならすぐわかるよね?」
フレディアナに促されるままエリスと俺が空を見上げる。そして――、言葉を失った。
見上げた空に居たのは――――地上からかなり離れているのにも関わらず太陽を隠すほどの巨体。逆光のせいではっきりとは見えないが…おそらく。
「どうやら、私がしくじるのは依頼主には筒抜けだったみたいだね…先刻から謝ってばっかりだけど、本当にごめん。それじゃ、巻き込んじゃって悪いけど…あの竜討伐するの手伝ってね?」
「はい?なんで竜がこんな場所まで来ているんですか?!」
『ん~まぁ、逃げられそうにないし…』
「確かに逃げられませんが…私でも竜を討伐したことは一度もありませんよ?!」
『それはわかったから、取り合えず落ち着いてくれ、って言うか総括はいつ来るんだ?』
「……失礼、取り乱しました。恐らく総括はここには来ません。来たとしても竜が討伐された頃か私と≪絶望の魔女≫が瀕死もしくは死んだ後でしょう」
『は?!なんだよそれ……』
「言いたいことは分かります。ですが、今はあの竜を優先しましょう。≪絶望の魔女≫、あの竜の種類は何ですか?」
「あのさぁ……そろそろ私の事を≪絶望の魔女≫って言うのやめてくれないかな?私にはフレディアナって言うちゃんとした名前があるんだからさぁ」
「…分かりました。フレディアナ、あの竜の種類はなんですか?」
エリスが名前を呼び再び問うとフレディアナは少し嬉しそうな顔をしながら答える。
「あの竜は…いや、この場合ドラゴンと呼んだ方が良いね。龍と聞き訳が付かないからね。で、あのドラゴンの種類だったね。残念だけど…ここからじゃ判別は出来ないね。でも、おそらく私よりも強いと思う。はぁ、こんなことになるなら…依頼なんて受けるんじゃなかったよ」
「後悔を嘆くのは竜をどうにかしてからお願いします。……ッ!!空中戦を得意とする竜が、地上に降りてきますか!!」
エリスが驚いているのに対し、フレディアナ表情一つ変えない。
「どうやら、私が居るからあのドラゴンはわざわざ不利な地上に降りてくるみたいだね。まぁ、その判断は正しいね。空中に留まり続けたら私の魔法の餌食、でも、地上に近づいてきてくれたおかげで種類の判別が出来るよ」
はるか上空に居た竜が物凄いスピードで俺達の居る地上十数メートルまで降下してきた。