第四十一話 迫るスタンピードと魔女
ふと目を覚ますと、目の前には総括の顔があった。
急なことで驚き、総括の顔面に頭突きをかました。「グオォォォ!!」と言う呻き声を上げ、顔面を抑えながら悶絶している。ふとエリスの方を見ると必死に笑いを堪えているのが分かる。
…エリス、総括に何を教えたんだ?って言うかこの状況…なんかデジャブ。
『エリス…総括に何を教えたんだ?』
「私は特には何も…マルセさんが自分でやったことですので…」
『あ…ソウデスカ』
『で、俺ってどのくらい寝てた?』
「そうですね…つい先ほど六回高い鐘の音が聞こえましたので…シロさんがマルセさんの部屋から出て七時間程時間が経っていますね」
『って事は結構長い間寝たみたいだな…それで【スタンピード】の先頭はどのくらいの位置まで来てる?』
「おそらくですが…西の平原の半分くらいでしょうか。あそこには途中に巨大な川がありますのでそこで足止めを出来ているかと思います」
いきなり総括が話に入って来た。あれ?さっきまで悶絶してたんだけど回復早いな…。
『巨大な川ってもしかして新緑の森にも繋がってる?』
「えぇ、もちろんです。ですが流石に【スタンピード】でも新緑の森は避けると思います」
「まぁそれが賢い考えですね。【スタンピード】の先頭から中間程度では深緑の森の序列入りには勝てないでしょうし、この【スタンピード】が悪魔の手によるものなのであれば戦力は減らしたくないでしょうね。総括である私からしても新緑の森には近づきたいないほどです」
「もし私がその悪魔だったら川ご突破した後は真っ直ぐラーズを責める様に支持もしくは誘導しますね」
「エリスさん…ちょっと楽しんでませんか?今回の【スタンピード】を…」
「え?!いえ!!そんなことはありませんよ?シロさんの作った武器を本格的に使って見たいだなんてそんなことは…」
…アレ?エリスってこんな戦闘狂だったっけ?
『エリス…もしかしてだけど…寝てないのか?』
「……そんな事無いですよ?」
『その間はなんだ? それになんで疑問形なんだ?』
「大丈夫です睡眠はとりましたよ。三十分程ですが」
『は?!三十分って言った? そんな状態で本当に大丈夫か?』
「大丈夫です。【スタンピード】は今までに何度もありましたし、今回は数が今までより多いってだけです」
『数が多いだけって…もしかしたら悪魔が居るかもしれないんだけど…』
「それはシロさんにお任せします。私は雑魚処理をしておきますので、心配には及びませんよ」
「それに、私なんて寝れた方ですよ? マルセさんなんて睡眠時間十分ですからね?」
『……そんな状態で本当に戦えるのか?』
「大丈夫だと思いますよ?私よりも序列順位は上ですし、何より【スタンピード】をマルセさんお一人で終わらせたこともありますので」
『え?…何そのバケモノ』
「え? 私何か変な事でも言いましたか?」
うん。十分変。と言うか異常なんだけど…。
「流石に私一人だけで【スタンピード】を終わらせることは出来ませんが、序列八十位圏内の方々、もしくはそれ以上の順位の方はほとんどが【スタンピード】をお一人で終わらせたことのある方ばかりだそうです」
『……世界序列、とんでもないな』
「えぇ、とんでもないです。と言いますか、シロさんはそのとんでもない方達よりももっと上ですよね?順位」
『順位は確かに三位だけど…』
「良いですか? 世界序列に入っている方は大体が一人で大都市もしくは小国と同等の戦力があります。無論私も小国程度の力はあります。ですが、序列十位から六位までの方は大国、もしくは連合国と同程度の実力があります。これがどれほどかと言いますと。Aランクのドラゴンの群れをたった一人で討伐できるほどの力です」
『う…うわぁ』
「えぇ、その反応になるのは大方予想していました。私も最初、そう言われた時はその様な反応をした記憶があります。ですが、これはまだ六位までの話です。序列順位五位以上となりますと…一人でこの世界の半分を破壊可能と言われています」
『怖いな!!』
「えぇ…目の前にいらっしゃるんですが…序列第三位様が…」
「貴方が本気を出せば【スタンピード】どころか、世界の半分を破壊できる力を持っていると言う訳ですよ…分かります? できればと言うか…絶対にそういう事は起きてほしくはありませんが」
「良いですか? いくら【スタンピード】と言ってもシロさんが本気を出せば間違いなく一瞬で片が付きます。私やマルセさんからしたらその方が良いのかもしれませんが…まぁ高確率で甚大な被害が出るとは思いますが…つまり、やり過ぎ厳禁です!!」
『いや、そもそも俺戦いたくないんだけど…』
「それはダメです!!絶対に戦って頂きます。何事も経験です!!」
『言ってることが滅茶苦茶だな』
「滅茶苦茶なのは分かっています。ですが、現にシロさん、貴方ご自身の力を完璧にはコントロールで来てはいないでしょう?」
うわ…バレてる。何?エリスは心でも読めるの?
『確かにまだ完璧にはコントロールは出来てないけど、それでも前エリスと模擬戦した時よりは扱いはうまくなってる…はず…』
「なんでそんな自信ないんですか? 貴方自身の力ですよね?」
『それはそうなんだけど…』
「不安なのは分かっていますし、ノール君の事が貴方にとっては一番大事だと言う事も理解しています。ですが、今は眼前に迫っている【スタンピード】に集中して下さい!!」
『分かった。…とかやってる間に、【スタンピード】の先頭がそろそろ見えるくらいには近くに来てると思うんだけど、此処に居て大丈夫なのか?』
「…それ、先に行って頂けませんか?私やマルセさんの索敵と、貴方の索敵では大きな差がありますので。それと、【スタンピード】の先頭程度であれば、この街の冒険者だけでどうとでもなります。ね?マルセさん?」
「はい。先頭から中腹辺りに居るであろうリザードマン位までであれば…この街の冒険者だけで対処可能です」
と、話している間に俺の持っている固有能力である超嗅覚が少し大きめの生物の匂いを感知した。
『…エリス、総括。今感知したんだけど、先頭の中に少し体の大きな生物の匂いがあるんだけど…おそらく上位種だと思うんだけど、大丈夫そうか?』
「「はい?」」
俺の問い掛けにエリスと総括が同様の反応をした。
「えっと、シロさん。それ、マジで言ってます?」
『マジ。総括、もしかして【スタンピード】って上位種とかって滅多に居ないのか?』
「いえ、そんなことは…小規模であろうと上位種の存在は結構よくあります。しかし…私の索敵スキルにも反応しましたが、この大きさは…」
すると急に総括とエリスの顔に焦りの色が見え始めた。
「少し…いえ、かなり不味いですね。この大きさの反応はキングクラス…いえ、ロードクラスの反応ですね…キングクラスであればこの街の冒険者全員で総攻撃すればギリギリ倒せはしますが、ロードクラスですと私かエリスさんが相手をすれば簡単に討伐可能なレベルですね」
「先頭はおそらくゴブリン…しかもロードクラスが初っ端から混じっていますか…どれだけ強大なんでしょうか。今回の【スタンピード】は…ん?」
するとエリスが何かに気付いたように言葉を止めた。
「エリスさん?どうしたんですか?急に。何かありましたか?」
俺と総括が疑問に思っているとエリスが再び口を開いた。
「変です。何故?」
「あの、エリスさん?何が変なのか説明して貰っても良いですか?私はもちろんの事、神獣様も気になっていると思いますので…」
「あ…すいません」
『何か変な物でも見つけたか?』
「見つけた…と言う訳ではありませんが、【スタンピード】に微弱ではありますが魔物や魔獣の物ではない魔力の反応があります」
「なッ!!」
エリスが魔物や魔獣以外の魔力の反応があると言った瞬間、総括の顔が今まで以上に険しくなった。
「魔物や魔獣以外の魔力の反応?【スタンピード】にですか!?」
「はい…本当に僅かですが、間違いないです」
「…そうですか。と言う事は今回のこの【スタンピード】は何者かによって人為的に引き起こされたという事になります。エリスさん、その魔力の捕捉及び解析は可能ですか?」
「不可能です。こんな僅かな魔力では解析はおろか捕捉できるかすらも怪しいです」
「ですが…おそらく≪魔女≫の魔力かと思われます」
≪魔女?≫聞いたことは無いけど…何となく予想は出来る。と言うか…面倒事の予感しかしない…。
「≪魔女≫…ですか。もしこの【スタンピード】に≪魔女≫が関わっているのであれば、魔物がハイランクであるのも、悪魔が居るというのも納得は出来ます。しかし、≪魔女≫は不干渉を貫いているはず、何故今になってこのようなことを?」
「それは私にもわかりません。しかし、こんな芸当が出来るのは≪魔女≫くらいしか…」
「もし、本当に≪魔女≫が関わっているのであれば、【スタンピード】の作戦は変更しなければなりません。この街の全ての冒険者を街の外に出ない様に制限をかけます。未確定であろうと関係ありません!!」
「マルセさん。落ち着いてください。まだ≪魔女≫の魔力であると決まったわけではありません!!」
「し、しかし…もし仮に≪魔女≫の魔力だった場合、私とエリスさん、神獣様でないと対処は不可能でしょう?」
「ですが、もしこの魔力が≪魔女≫の物だった場合…一番考えられるのは…」
「≪絶望の魔女≫ですね」
『ちょっと待った。さっきから≪魔女≫≪魔女≫って言ってるけど何のことだ?』
「あぁ…そういえばシロさんには説明していませんでしたね。では簡単に説明します。まず≪魔女≫と言うのは、かつて、この大陸…いえ、この世界をその強大な力を以て壊そうとした者の事です。今現在確認及び討伐対象になっている≪魔女≫は全部で四人います。ここまでは良いですか?」
『…あぁ、大丈夫だ』
「で、その≪魔女≫達は互いに自分の聖域、テリトリーと言った方が良いでしょうか…それを持っていまして、一応不干渉を謳っていますが、時々面倒な事を仕掛けてくることが今までにもありました。今回の【スタンピード】もその可能性がありますが…まぁこれは後程何とかして貰いますので大丈夫かと。あ、因みに四人とも女性だそうです。素顔までは分かりませんがそれぞれを表す二つ名が存在します。先ほど私が言った≪絶望の魔女≫と言うのがその二つ名です」
『つまり、その二つ名が後三つ、≪何とかの魔女≫みたいなのがあるってことか?』
「はい、そんな感じで大丈夫です。絶望の他には…破滅、恐怖、再生と衰退。この三つですね。因みに何故再生と衰退と言うのかは、私にもわかりません」
『何というか…面倒事しか起きそうにないな』
『で、今回【スタンピード】に干渉している可能性があるのがエリスが言った≪絶望の魔女≫って奴か』
『はい。≪魔女≫達の内二人の服装は何とか確認できたそうですが、素顔やスキルは一切不明です。≪絶望の魔女≫の服装は巫女服と言うのが分かっていますし、≪再生と衰退の魔女≫は東の国の服と言う事だけでして…っとそろそろ門の外に行きましょう。最初の一撃はお願いしますよ? シロさん?」
『…どうしてもやらないとダメか?』
「ダメです。それに、直接戦闘に参加するのは私とシロさんとマルセさんだけですよ? だからマルセさんが先程各冒険者ギルドのマスターに連絡していたんです」
「さぁ、もう覚悟を決めてください!!」
それだけ言うとエリスは俺を持ち上げ、走り出した。
総括の部屋の窓から俺を抱えて飛び降り、綺麗に着地すると再び走り出した。
再び走り出してからたった数十秒でもう門の前まで来た。
え?!…エリス走るの早すぎない? ほぼ街の中心からここまで来るのにたった数十秒って…。
「さぁ、着きましたよ。あ、そう言えば、マルセさんは少し遅れるそうですので、気にせずやっちゃって下さい」
『…総括、もしかして隠れてるんじゃないか?』
「いえ、大丈夫です。ちゃんとこちら側に向かって来ています」
因みに俺とエリスがいる門は西側、最初に入って来たのが南門らしい。そんなことを思っているとチラチラと小さな影が見え始めた。
「お…来ましたね。シロさん、門から約五十メートル以内に先頭が入ったら攻撃を開始してください。あ、でもなるべく力を抑えてお願いします。門壁まで凍ってしまったら私とマルセさんが怒られてしまいますので…」
『……ッチ』
「っちょ!!シロさん今舌打ちしました?!」
『……シテナイ』
「すっごい棒読みですね。……分かりました。私のせいにして頂いて結構ですので本気の一撃をお願いします」
エリスの諦めの視線が伝わってくる。その視線を感じながらもぞろぞろと迫ってくる大群に意識を戻し、全身に力を入れる。