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木徳直人はミズチを殺す(完結作)  作者: 鈴本 案
第二章『現れる怪物たち』
17/51

章末話「月下の果て」(挿絵あり)




 三秒の宣言通り。

 黒川ミズチが打って出た。

 殺意。

 意思が攻撃へ転化される。

 巻き起こる砂の鎌鼬(カマイタチ)

 無数の砂と風の刃が躬冠司郎の身体を巻き込む。

 静かで小刻み。

 だが猛烈に傷つける。


 ――死んだ。


 木徳直人の率直な感想。


 しかし五秒後も躬冠は生存、立っていた。

 彼女が魔眼で捉える。


「やはり膜を!」


 躬冠が弓矢を構えた。

 夜の空間に青白い光。


(隠し球……!)


 二人は同時に思い、彼の方は身体を硬直させた。


 ミズチは即時判断、身体を反応させる。

 的はどちらか――


 彼女の横を青の閃光が通りすぎる。

 ダンプカー並みの風圧。

 先には標的にされた人物。

 けれどミズチは振り返らない。

 無事だと確信していた。




 凄まじい力を帯びた矢が直人の眼前で止まる。

 眼球の一寸先で矢はギチギチと身を軋ませた。

 不意に消失する青い光。

 矢は力なく地面に落ちる。


 ――強い力を矢に乗せられるのか。


 彼は戦慄した。


「ミズチが僕に使い魔……知らなかった」


 膜がなければ命もなかった。




 彼女は倒すべき敵を見据えた。

 躬冠が直人を見て一瞬驚いた隙も見逃さない。

 続け様に殺意の第二波を放つ。

 躬冠は走る体勢、同時に二射目の構え。

 だが関係ない。


「止める――」


 闇夜で音のない爆発が数回。

 更に衝撃波が襲う。

 空気振動。

 けれど二射目は止まらなかった。

 どころか次々と矢が飛来する。

 連続射撃。命中精度は低い。

 ミズチは身体でかわす。

 異常な目が矢を捉えた。

 だがかわしきれない。

 ナイフの鞘が飛んだ。

 右手でアサメイを振る。

 矢を斬り落とす。

 常人には無謀、彼女には可能だ。

 破片が肌をかすめる。

 膜がない状況に()()を覚えた。


挿絵(By みてみん)


 彼女が銀の刃先を敵に向ける。

 発する殺意。

 躬冠も青白い光を見せる。

 放たれる青。


 アサメイもろとも右腕を破壊――


 するかに見えた。


 飛行中に溶解する矢。


 本体が失われ光も消えた。




 目標が標的の前後にズレて命中する現象、転位効果(サイミッシング)

 無意識で的の存在が拮抗し、前方転位で矢に反応する迎撃機構と化した。

 ミズチが敵能力を認識、憎悪したのも一助している。


 だが俊足の躬冠は既に姿を消していた。



  *



 司郎は走りながら検討した。

 初手で一人仕留められると想定していた彼は驚いていた。

 最大出力の青の矢が止められたからだ。

 魔術防壁だとしか考えられない。

 黒川の魔術の威力は司郎の予想を超えたが、(しの)いだ防壁の効力にも驚嘆し理解した。

 想定外の精神的影響もあった。乱射で最後の矢も見ていない。


 青の矢には時間のロスがある。三秒以内のロスだが連射速度は低下する。

 実戦を経た理解。敵の動きを止めるには牽制がいる。

 司郎は立ち止まり振り返った。

 すぐの追撃はない。

 洋弓(コンパウンドボウ)の矢は尽きた。

 息を整え和弓を置いた地点に向かう。


 ――なぜ男が防壁を? 黒川も身体でかわしていた。

 防壁を移せる能力が? 現に俺も防壁を付与された。

 男自体はやはり大した事はない。武器も携行してない覚悟のなさ。

 狙うべきは防御が希薄な方。武器と威力を持つ女――


 次は要撃と定めて戦術が決まる。


「さあ、第二ラウンドの始まりだ」



  *



 戦々恐々の直人がミズチに駆け寄る。


「大丈夫?」

「ミズチは大丈夫」

「知らなかった。僕に膜を移してた事」

「木徳くんが狙われたらすぐやられちゃうから」

「とてもじゃない……。僕は入っていけそうにない」


 超常の戦いを目にして、自分は足手まといだと彼は感じていた。


「僕は……」

「いいよ」


 すんなり肯定されショックを受ける。


「木徳くんに戦いの強さは求めてない。助力も期待してない。黙って見てればいい。あたしが捉えてミズチが殺す。いつもと同じ」


 彼女が笑う。中身のない微笑。


 ――僕を(かせ)にして戦うのか。

 ()()()()()


 今度は直人が縛っている。

 なのにミズチとの距離を感じた。


 彼は男として女に守ってもらうのも悔しかった。



  *



 暗闘の第二回戦はあっけなく始まる。


 和弓から青い矢を放つ司郎。

 覚えた手で矢を壊すミズチ。

 司郎が通常の矢を数射する。

 ミズチは避けて魔術を放つ。




 直人は見守るしかない。

 死の魔術も防壁の前では有効打に欠けた。互角な様で旗色が悪い。

 彼は無力だった。それでもつけ入る点はないかと観察する。

 ふと躬冠の輪郭がぼんやりしている印象を受けた。

 目を凝らす。


「あれは、膜――?」


 理由は分からないが驚倒した。


「けど見えるなら……」


 ――相手は彼女で手一杯。僕を狙う余裕はない。


 近づいて様子を窺った。




 司郎は大胆にも青の矢を牽制とした。

 即座に本命の矢を放つ。

 矢はミズチの左肩を射抜いた。

 反射的にナイフで肩の矢を斬る。

 左腕はもう使えない。

 司郎の矢も尽きていた。

 だが動じていない。

 司郎は和弓を投げ捨てた。

 直ぐ様、黒い弓矢が発現する。

 驚くミズチ。

 司郎が黒の矢を放つ。

 ミズチはかわす。

 次々と矢が放たれる。

 かわす――かわしきれない。

 ナイフで斬り落とす――

 刃が矢を通り抜けた。

 脇腹へ刺さる。

 瞬間、黒い矢が消えた。

 同時に肋骨が数本折れる音。

 次が飛んでくる。

 ギリギリで避ける。

 ミズチは校舎の壁を盾にした。

 更に放たれる矢。

 黒い牙がコンクリートを透過する。

 牙がミズチの右太股に刺さった。

 消える――同時に脚の骨が折れる。

 ミズチから痛みを抑えた声がした。




 直人は黒い弓矢の存在感に圧倒されたが観察は止めない。

 彼女は防戦一方。魔術は途切れ動きも鈍い。


「どうにかして……」


 歯を噛みしめる。

 瞬間気づいた。

 躬冠の膜の印象が一部薄い。


「……削られた?」


 ――ならあと少し。


「ミズチ! もう一度!」


 叫んでいた。

 まるで暗号の様な一言。

 声を聞いた躬冠がミズチに向け更に太い黒の矢を放つ。


 彼は必死だった。

 助けたかったのだ。


 ――届け!




 彼女はなぜか理解できた。言葉の意味を。

 痛む身体を奮い起こす。

 だが飛行する害意が牙を剥く――


 矢は皮膚に触れる前に掻き消えた。


 ――防壁。


 反射的に頭を働かせる。


 ――力を右脚へ。


 立ち上がって殺意を振り絞る。


「くたばれ!」


 躬冠は四方から伸びた電撃の触手に包まれた。

 決め手にならないのはミズチも自覚している。少しの時間稼ぎ。


「走れ!」


 直人の声が聞こえた。

 無理やり接骨した脚。痛みを無視して駆け出す。

 敵に向かって突っ込んでいく。


「見ろ!」


 彼に言われるまま見る。

 彼女は理解した。

 冷静さで殺意も失せる。

 現象の消失で敵も姿を現す。


 一笑する躬冠。

 標的が変わる。

 その能力は戦場で更なる進化を見せつけた。

 三本の黒光りする矢が直人に狙いを定める。


 ――奴はあたしと同じく膜で防御できると考えてるんだ。

 けど――


「大間違い」


 言い捨ててナイフを握り直したミズチは一気に走り込んだ。

 誰の想定よりも速い。


 左足を支えに踏み込んだ()()の一撃――


 銀色の刃が躬冠の胴体を斬る。

 魔術で最も損なわれた部分を。


「脇がガラ空きなんだよ弓矢野郎」


 アサメイが膜を破りながら腹部をえぐり裂いた。

 斬った彼女は勢い余って転がる。


 躬冠は矢を放てなかった。

 腹部から大量の血と臓物を吐き出す。

 黒い弓矢も消える。

 そのまま吐血して、折れる様に崩れた。



  *



 人は死ぬ時、過去が走馬灯の様に浮かぶという。

 司郎も例外ではなかった。

 但し後悔にまみれている。


 ――なぜだ。

 なぜ俺が負けた。

 正義の味方は負けない。

 ヒーローは負けるはずない。

 どこかで間違えた。

 一体どこで。

 俺は正義のヒーローに。

 なれなかったのか。

 歪んだのか。

 どう歪んだ。

 どれぐらい。

 分からない。

 完璧と言われてたのに。

 答えが出ない。

 だから死ぬのか。

 俺はあの画像を信じた。

 作り物だったかもしれない。

 考えもしなかった。

 信じたかったから信じた。

 嘘か真実かはどうでもよかった。

 やはり正義のヒーローはいない。

 誰も相応しくない。

 それとも。

 相手を見誤ったか。

 俺が抹殺すべき悪は黒川美月。

 本当にそうか。

 仕留めるべきもう一人の男。

 そうだ。

 あいつを先に。

 死にたくない。

 殺すべきだった。

 俺は。

 あいつが。

 死ぬのは嫌だ。

 アイツ。

 まだ死にたくない――


 愚かな彼の脆弱な死を、暗黒が飲み込んだ。



  *



 直人は駆け寄ってミズチに肩を貸した。


「大丈夫か」


 彼女がよろよろと立ち上がる。

 安心しつつも胸が痛んだ。

 ミズチに対してだけではない。

 血溜まりに浮かぶ躬冠を眺める。

 人を殺した罪悪感。


「大丈夫だよ」


 彼女がスッと離れる。

 なぜか突き放された気分になった。


「ごめん、僕が不甲斐ないからこんな……」


 彼の言葉は届いていない。

 ミズチは躬冠の身体を探っていた。

 携帯電話を見つける。

 程なく直人が死体の異変に気づいた。


「燃えてる……!?」


 躬冠の死体が端から燃えている。

 けれど焼ける匂いはしない。


「あたしは何もしてない」

「じゃこれは一体……なんだ」


 普通の燃焼ではなかった。

 熱もない。蠢く闇の光。

 彼は思った。

 紙屑が炎で消えていく――


「きっとこれが魔術に関わった者の末路」


 彼女はそう言うと興味がないという風に背を向ける。

 躬冠は服と共に尽きて夜の中で消滅した。

 地面の血痕も消えている。

 直人は唖然としながらミズチの背を見る。

 彼女は手を広げ天を仰いでいた。

 静かな笑い声が鼓膜を突く。


「あたしはやった。遂にやったんだ。この手で人間を殺した! ハハハハ」


 ――狂ってる。この子はどこまでも狂ってる。

 笑えるぐらい異常な殺人鬼なんだ。


 彼は改めて痛感していた。


「これであたし達、共犯者だね」


 ミズチが直人へと向き直る。

 月下で美しい容貌が照らされた。


「ねぇ直人。キスして」







ミズチや直人が好き、湯田くんが好き、司郎が好きだった、戦闘が良かった、泉が気になる、黒幕や謎が気になる、幕間小説が好き、などありましたら

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― 新着の感想 ―
拝読しました。 ミズチと直人の関係性は、恐怖と親密さが同居する独特の緊張感に満ちていて、物語に惹き込む磁場を生んでいます。 彼女の狂気は不気味でありながらどこか人間的で、直人の揺れる心情と見事に対照…
読ませていただきました。 主人公コンビが所謂ダークヒーローなのかなと思いつつ読んでいましたが あれ?これ普通に危ない人達ってだけになるのか? とも思うようになり、敵もヒーローのような存在が登場したりと…
しんじゃったのがつらたん(ᐡ _ ̫ _ ̥`) それはそうと、マジでへきえぇぇぇぇイラストがまたきた
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