第六話「怪物の会談」(挿絵あり)
黒川ミズチは動揺しても心の揺らぎは表出しない。
「何言ってるんですか? 先輩のお話よく分かりません」
「まあそうだろうな」
躬冠司郎が苦笑した。
「俺は知ってる。キミが何をしてきたか。証拠もある」
――証拠? この男どこまで。けど優等生の美月はしらを切り通す。認めない。
「先輩、本当に何を、」
「キミは行方不明事件にも関わりがある」
「何ですか。私が何したっていうんです」
「キミは何人もを殺した殺人鬼だろう」
「人聞き悪い事言わないで下さい!」
困った素振りを見せてわざと顔を伏せた。
――口ではどうとでも言える。言葉なら簡単だ。
だが嗅ぎつけられた事に驚いていた。
彼の言う証拠が気になる。
「何を言っても知らないの一点張りか。もう証拠を見せるしかないな」
彼女に写真を手渡してきた。
「それはキミだ。殺害した相手も写ってる」
指先から敗北感が広がる。
写真にはミズチの姿が写っていた。処理前の死体もだ。
――こんな写真どうして。誰がいつ撮ったの。この男が、いや、
脳裏に木徳直人の面影が浮かぶ。
――それはない。彼にそんな余裕や挙動はなかった。
死体もあの時と違う。あれから狩りもしてない。
もっと前に隠し撮りされたのか。あたしはとんだマヌケだ。
「さて、キミの態度は暗黙の了解と受け取る」
黙っていた彼女は本来の目になった。
射抜く視線を受けた躬冠は微妙に眉を動かしたが、冷静に話を続ける。
「その写真は好きにしていい。破っても友人に見せてもいい。キミの綺麗な顔が写ってるからね」
――とんだ皮肉を言う糞野郎。
殺してやろうかとミズチは思った。しかし写真はこれだけのはずがない。
手は出せず警戒信号も止まらない。
「オリジナルは俺の携帯電話にある。バラまく事や通報の材料にもできる。今はそんなつもりはない」
――コイツ何を企んでるの。今殺そう。携帯電話も奪う。
殺意の計算の直前、ふと直感が働く。
――躬冠の様子、余裕がありすぎる。あたしと相対して不敵な態度。携帯電話も持参してるのかどうか。
彼女が聞く。
「目的は何?」
「まず質問に答えてほしいな。なぜ殺した」
「……アンタに関係ない。教える気はない。言う義理もない」
木徳にも黙っていた事がある。
言う必要がなかった内の一つ。
本人も必要ないと考えていた機能。
ミズチの眼は使い魔が視える。
「教える気はなしか。なら木徳直人、彼もキミの正体を知ってるんだね」
「……なんで。アンタ、何者」
魔術師としての彼女の眼は、スイッチの感覚で不可視の使い魔を視認できた。
眼は更に魔術防壁も捉えられる。
膜という通称も視認時の印象。
ミズチはオンにすると決めた。木徳の家で膜を移した時以来に。
「何者という問いはこっちが聞きたい。ともかく彼は普通の人間だろう。なぜつるんでる?」
視認がオンに入る。
「あたしが誰といようとアンタの知った事じゃない。恋人だと言えば満足?」
彼女は目撃した。
「ほう。なら最後に聞く――」
半透明の膜が男の身体を覆っている。
「魔術とは何だ? キミは本当に死の魔術が使えるのか」
――こんなのありえない。魔術を使える人間はあたしだけ。他の人間に繋がりはない。
だが現実を直視する。
目前に魔術の痕跡、その働きを知る人間の存在を。
――なのに躬冠は魔術の具体性を知らない。あの悪い予感、もしかしたら。
彼は神妙な顔つきで腕組みをしていた。
――膜には供給が感じられない。知識はどこから。けどまだこちらが有利。
「あたしはお前を敵と見なす。お前は危険な存在だ――」
宣戦布告する。
躬冠は軽く笑った。自分の台詞だとでも言いたげに。
――ただの人間じゃない。不確定要素も多い。今は殺せない。彼にも伝える。
「だからあたしにちょっかいを出すな。これ以上何かしてくる気なら容赦しない。それに証拠や通報も阻止する」
「やれやれ、見事に破談か。改心どころか話が通じる女でもない。いいだろう――」
どこか楽しげだ。
己の展開に持ち込みたくて仕方ないという様子。
「俺達の利害が合致する方法がある。俺はキミみたいな悪人を見過ごせない。キミは証拠を消したい。なら、」
ミズチは鳥肌が立った。
恐怖からではない。
「決闘だ。俺の望みはキミ達の抹殺。必ず遂行する。もしキミが俺に勝てば証拠が入った携帯電話を好きにしろ。まあそんな事はあり得ないが」
――殺せる。コイツを。
何か隠し球は持っている。
それでも必ず殺す。
鳥肌の原因は悦び。
「いいわ。その申し出、受けるよ。木徳直人にも承諾させる。お前にとっても一石二鳥ね」
「そう言うつもりだった。連れてこい」
「なら、場所は?」
「学校でいいだろう。お互いホームグラウンドだから異存はないな。時間は夜中がいい。誰にも見られず邪魔も入らない」
「そうね、二日後の零時。これは譲れない。木徳直人には明日あたしから話す」
「それでいい。逃げるなよ。もし逃げたら俺は不本意な決断をする」
「逃げる? 笑わせないで。お前なんて三秒で殺してやる」
「面白い。少なくともキミの本性は把握できた。愉快な時間を過ごせたよ」
彼が手を振って去っていく。
彼女は気を抜かなかった。
敵の姿が消えてから警戒を解く。
「……思い出した、ふざけたあだ名。Mrパーフェクト。何が完壁な男よ、糞野郎」
言いながらミズチは最大の愉悦を体感していた。
両手で自身の身体を抱き締める。
小刻みに震えて、息が荒くなる。
「お前は完璧なんかじゃない。このミズチが示してやる」
嗜虐の残像が湯気の様に残った。
*
翌日の直人は学校最寄りのアジトで粗方の経緯を聞いた。
「だから妙に尾行を気にしてたのか」
眼鏡をかけたミズチはいつになく饒舌だった。
「うん。アジトも知られたくないから」
「それはいいけど、なんでこんな! 僕まで命を狙われるなんて」
「共犯者に見えたんじゃないかな。ミズチと木徳くんの関係がなぜバレたかまでは不明。躬冠の携帯を手に入れたら何か分かるかも」
「ミズチがやる気なのは分かった。でも僕は足手まといになるだけじゃないか」
「木徳くんがいなくてもあたしがやられたらいずれ狙われる。あのタイプは信念を持ってるから諦めない。そしたら簡単に殺される。
ミズチはやられないけどね。木徳くんがいないと躬冠は立ち去るかもしれない。何より、あたしの膜の有効範囲内なら木徳くんも守れる」
彼女がニコッと笑う。
煙に巻かれた気分だった。
――それに、ミズチはあれから人殺しもしてないはずなのに……多分。
約束はしてないので本人の前では口に出せない。
「……なんなんだよクソッ。よりにもよって躬冠司郎だって。学力だけじゃない、運動神経も抜群で有名な人だ」
「膜と魔術的な素養もきっと備えてる。多分隠し球も。前に言ったよね? エネルギーが拡散した事。何か不吉な事が起こるって」
「それが関係してる? 僕も関係者って事か……」
「木徳くん、決闘の時間は迫ってる。覚悟を決めて。ミズチは必ずアイツを殺す」
「そう言われても……」
――人殺しへの荷担。言葉だと重いが、実感は得られない。
逃れられないのは確実。殺すか殺されるか、越えていくしかない。
これが覚悟なんだろうかと彼は思った。
けれど現実感はなく、別の場所で起こっている話の感覚だ。
自分を奮い起たせる決定的な何かが必要だと感じた。