依恋
八月になった。
自分達の夏は終わったのに暑さがまだ続いているのが嫌で、如月宗一郎は空調の効いた自室で過ごすことが多くなっていた。
高校三年生の彼が受験勉強という大義名分を掲げれば、誰にも邪魔されなくなるのを知っていてそうしたのかもしれない。
周囲の人間はその切り替えの早さに感心し、中には大げさに褒める者さえあったが、彼にとっては実にどうでもいいことであった。
無音で机に向かうのはなんだか落ち着かないので、大会がはじまってからはテレビ中継を流すようになった。
マウンド上で汗を拭っているのは、県大会で如月らを破った強豪校の背番号一、南雲悠真だ。
九回表途中での得点は十四対二で、南雲の高校は圧倒的大差をつけられている。
ワンサイドゲームと言って差し支えないだろう。
自分は彼に同情すればいいのだろうか、それとも嘲笑えばいいのだろうか。
そんなことを考えながら、如月はテレビから視線を離した。
振り返れば、比較と挫折の繰り返しが大部分を占める二年四ヶ月だった。
初顔合わせで文字通り壁だと感じた上級生を越えた手応えはついに得られなかったし、この夏は同級生どころか下級生にまで一桁背番号の座を明け渡している。
如月は勤勉な高校球児だったが、恐らく少しだけ才覚が足りなかったのだろう。
練習に打ち込んだ分だけじりじりと周りから後れを取っていく様は、まるで真綿で首を絞められているようで悔しくてたまらなかった。
あまりの辛さにもう辞めてしまおうと思ったことも一度や二度ではない。
敗退という形でとはいえ苦しみから解き放たれて清々したはずなのに、いざ失ってみると今度は喪失感に苛まれている自分がいる。
手袋越しに感じた、確かなインパクトの瞬間が加速度的に遠ざかっていくことをひどく恐れている自分がいる。
決して安い値段ではなかった参考書や問題集が、急に紙くず同然に思えてきた。
勉強なんかして何になるというのだ。俺は一体、自分をどうしたいのだろう。
考えれば考えるほどに思考はもつれ、訳が分からなくなっていく。
集中力を欠き、むかむかとした感覚にとらわれていた如月を、金属バット特有の甲高い音が現実に引き戻した。
レフトスタンドに飛び込む打球を南雲が呆然と見送っている。十六点目だ。
それでもなお、次のバッターを必死に睨みつける背番号一の気概を目にした如月は、はたと悟った。否、悟ってしまった。
自分が画面の向こうの男に抱いているこの情動は哀れみでも嘲弄でもなく、嫉妬――すなわち野球への依恋であることを。
八月の空は青い。
炎天の下で溌溂とプレーする球児達の姿は皆、地方大会をのし上がり、夢舞台に立った喜びに満ちあふれている。
如月が恋焦がれた野球の神様、あるいは勝利の女神の関心は今や彼らのものであり、敗北者に向けられることは決してない。
暗く、冷え切った部屋に閉じこもる如月にとっては、その事実がただこの上なく寂しく思えて仕方がなかった。
タイトルの“依恋”は未練などを意味する中国語から取りました。