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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第二話 お金があれば何でも出来る
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2-2 あなた器用じゃないでしょうに

 かくしてクリスマス目前、告白大作戦と銘打ってみたものの、その計画は平瀬の部活が終わるのを通学路で待ち伏せ、告白決行という、どストレートなものだった。こっそり下足箱にラヴレターなど向井らしくないと、仲間内で責められた結果である。


「女は度胸よ。渾身の女の告白を断るなんて男にはできっこないわ!」と鼻息を荒くするのは少々ぽっちゃりした田島。


「そうだよ! 女性が痴漢だと訴えれば、男は無実でも捕まるんだから!」と眼鏡でクールな印象の藤原が、不穏な喩えの強い言葉で後押しする。


「向井が付き合ったらさぁ、帰りに五色ソフトクリーム食べあったりできなくなるよねぇ。それちょっと寂しいかも」と、小柄で無邪気な、食べることしか考えてない井上。


「あはは、頑張ってね、向井」と今日も笑顔を絶やさない朱莉。


 盛り上がる彼女らに付き添われ、部活動終わりまでコンビニで待機する向井麻尋は、胸の鼓動を抑えるためか、駐車場でひたすらシャドウボクシングをしていた。


「わ、雪だ……」誰かがつぶやいた。


 陽が落ちて今年最初の雪がちらつき始め、いよいよ告白の舞台は盛り上がりを見せていた。


「シュッシュッ……やってやる……やってやるぞ……」白い息を荒々しく吐く麻尋。


 しんしんと雪が舞い落ちる道の向こう側で、手を振りあいながら、同輩のテニス部員たちと別れる平瀬が見えた。


「よしっ、じゃあ、みんな――行ってくる! 必ず勝ってくるから!」と拳を固めて、強くも脆さを纏った笑顔を振り向け、横断歩道を渡ってゆく。


「そう! その意気だよ向井! あんたならやれる! ユーアーキングオブキング!」


「やっちまえ! 向井! たおせー! 世界がお前を待っている!」


「この試合が終わったら三百グラムハンバーグプレート食べるんだよ!」


 口々にそれぞれなりのエールを送っていた。熱き女の友情を振りかざす、田島、藤原、井上の三人。


「あ、はは……いってらっしゃい……」


ただ一人、小声で作り笑いをしながら見送るしかない朱莉。


 コンビニ前で待つ四人からは、向こう岸の様子はよくみえない。背後に煌々と照る照明を背に受けて、それぞれに腕を組み、仁王立ちしながら、抜き差しならない“勝負”を見守っていた。


(ぐわぁ、鞠さん……疲れたよ、寒いし帰りたいし……)


(朱莉ちゃん、テンション低いわねぇ)


(鞠さん……あたし、この集団やっぱしんどいかも……)


(まぁね。朱莉ちゃんは避けてるとはいえ、こっちの世界から世の中随分見てるだけに、他人の情に関しては覚めてるわねぇ――身体は子供なのに)


(――ちょっと待て、何そのカラダは子供って。いる? 今それいる情報?)


(あはは、若いってことよぉ。何怒ってんのー)


 対岸で待つこと五分。


ツインテールを揺らしながら駆けてくる向井麻尋は破顔していた。


 それは遠目には笑っているようにも見えた。だが、仲間の待つ場所まであと数メートルというところで元気よく両腕でバツを作って、頬を緩め、膝から崩れ落ち、わっと泣いた。


 向井麻尋が自ら声高に叫び、それに呼応して彼女らが送ったげきから形容するならば、勝負はワンラウンドKOというあっけない幕切れであった。


 あれだけお膳立てしても、やはり人の心を動かすのは難しいものだ。と、かける言葉のない朱莉は呆然と立ち尽くし、麻尋に駆けよる三人をただ見つめるだけだった。


 次の日朱莉は、昨晩降った雪のせいで少し遅れて学校に着いた。


 ふさぎこんでいるかと思いきや、麻尋はいつものように元気に登校してきて、何事もなかったかのようにホームルーム前の教室で、いつもの三人とお喋りに夢中になっていた。


 朱莉は麻尋の様子に安心して、四人に向かって朝の挨拶をする。


 ところが、彼女らは朱莉の存在を認めていないとばかりに、話に没頭している。


 この距離で聞こえなかったはずはないし、霊ではあるまいし、姿が見えていないわけではない。朱莉と四人は一瞬だったが、しっかりと目が合ったからだ。


「あの……おはよう……」と改めて言うも、なしのつぶてである。


 これはいわゆる無視、仲間はずれというやつだろうか、しかし、昨日の今日で心当たりが全くない。


 何か不義理をしただとか、失敗をしただとか、迷惑をかけるような事件を起こし、その不満が排除へと繋がってゆくことはままある。ただただ理不尽な苛めとて、何らかのトリガーはある。なんとなく付き合い難いとか、気持ち悪いだとか、高慢だったりしても、逆に妙にへりくだっていたりしても、空気の読めない異端者として認定されることはある。


 もともと異端者だと詰られる覚悟はある。だが、ここではうまくやれていたはずだ。霊感応力の気配をおくびにも出さずに、目立つこともなくやり過ごせていたはずだった。


「あの、さ……昨日は先に帰ってごめんね。あのあと大丈夫だっ――」


「裏切者!」と、言い終わる前に向井麻尋に罵倒され、びくっと肩を跳ね上げる。


 確かに昨日は、自分だけ家が遠いからと、麻尋を慰める三人を残して先に帰らせてもらった。そのことを咎められているのだろうか。


 四人の視線が朱莉を突き刺していた。後ずさりする朱莉を追い詰めようとするかのように、彼女らがおもむろに立ち上がる。教室内は麻尋の剣幕に慄然とし、朱莉対四人のグループ崩壊劇を注視していた。


「なんで……あたしが? はは、なんかした? なんかしちゃった? 空気読めないことしちゃった?」


「前からおかしいとは思ってたんだよ。何言っても、聴いてもニコニコしてるだけでさ、キモイ奴だなって」藤原がまずその辛辣な言葉を浴びせかけてきた。


「かまととぶってさ、黙って横からくすねるなんて。この泥棒猫!」とあまりに古典的な罵倒は田島。


「もう、こいつのカバンの中にソースとマヨたっぷりのお好み焼き、突っ込んでもいいんじゃない?」と恐ろしい仕打ちを提案する井上。


(ま、ま、まりさん! これはどういうことでしょうかっ!)


(う、うーん? 思い当たるとしたら、あれかなぁ……?)


(あ、あれってなによ!)


 麻尋の詰め寄る一歩ごとに、朱莉は後ずさる。


「わかってないみたいな顔しちゃって、天然気取ってボケてりゃ何でも許されるとか思ってたりするんじゃないの? あんた」と麻尋は声を落としながら、眉尻を上げる。


「い、や……なにがなんだか……全然、心当たりないん、だけど……」


 以前の自分なら猛反撃していたが、ニコニコ天然ちゃんを演じているうちに、すっかり飼いならされた羊に成り下がっていた。どんと当たった背中に、黒板の冷たさが触れる。


「あたしの友達の……女子が言ってたよ、あいつには……平瀬には彼女が居るって!」


「へ?」


「毎朝登校の時に一緒だって!」


「え?」


「その子はさ、わざわざ遠回りして平瀬と同じ通学路で、一緒に登校してきてるって!」


「えええ?」


「あいつ……あたしには、今は誰かと付き合う気にはなれないって断ったくせに――!」


 どうやら納得できずに、振られた後で独自に聞き取り調査をしたらしい。自分がなぜ振られたのかはっきりさせたかったのだろう。麻尋らしいといえば麻尋らしい。


(やっぱり……)ため息のように鞠がつぶやく。


(やっぱりって、そんなの不可抗力じゃん! あたしにどうしろっていうのよ!)


(色恋沙汰の恨みつらみってのは、それだけで悪霊並みの念度を持つほど強力なのよねぇ――うわぁ強烈ねぇ、若さゆえかしらん。罪ねぇ……)


(鞠さん……なんか、ちょっと嬉しそうなのはなんで?)


 鞠の目からは霊や思念の構造が見えるらしく、それをもって良い縁か悪い縁か、あるいはその性質や、効果を見分けているという。麻尋が朱莉に対し発しているような指向性の高い陰念はそれ単体でエネルギーを持つことも珍しくないのだそうだ。


 よく言われる“呪いの藁人形”などは、対象者に対する恨みや怒り、悔恨の念や憤懣ふんまんの情が“思縁しえん”を 生成し、藁人形を依代とすることにより、対象者の疑似複製体を作り上げる行為である。


 人形に対象者の髪や爪を入れるといった手順が示されているが、それは必ずしも必要ではなく、当人の意識づけを補強するために行われているだけで、本質はそこではない。人の陰念はどこにでもある形のない物であり、陰念を特定の対象に突きつけるというのは、念の暴力行為そのものなのである。


「何とか言えよ! そうやってモブキャラ気取って、こっそり後ろでほくそ笑んでたんだろ!」今にも喉笛に咬みつかんとする獣の形相。


 こちらの気持ちなど考えようともしない。自分都合で、自らの苦しみを軽減するためなら、他人の都合などお構いなしだ。想像力の欠如……いや、ただの愚か者だ。


 朱莉の耳には、かつて笑いあってバカ話をしていた藤原、田島、井上からの辛辣な罵声が飛びこんできていた。そして、目にはどろどろとした陰念をまとった生き霊が、朱莉を取り囲んでいるのが視える。ざまあみろ、堕ちてしまえ、泣き叫べ、崩れ落ちろ、と。


 中学のあの時と同じだ。またこんな気持ちを味わわなければいけないのか。


 深い深いため息を吐き出し、瞳を閉じた。


 霊だけでなく、人でも一緒だ。陰念をこじらせて他人にぶつけてくる。自らの落ち度を顧みようともしないで、自分の置かれた境遇から目を逸らすために、自分以外の者を貶め、ストレスの逃げ場を作っているだけだ。


 だから、霊も、人も、嫌いなんだ。


 勝手な奴ばっかりで、誰もわかり合おうとなんてしない。


「――そうやって……なんでも人のせいにして……こっちの都合も考えないで……」朱莉は俯いた喉から絞るようにして、そう吐いていた。


「アァ? なんだって? きこえねぇよ……この――」麻尋が平手を振り上げた。


「――なん、でも! 人のせいにしてんじゃねぇよ!」朱莉はその手を掴んで押し返した。 よろけた麻尋に背後の机が押され、床を引きずり厭な音を立てた。


 麻尋は一瞬目を見開いて驚いたような顔をした。まさか反撃が来るとは思っていなかったに違いない。同時に藤原、田島、井上らの意味不明な罵声が両耳に飛び込んできたが、朱莉は関係ないとばかりに本性を顕した。


「こっちがニコニコいい子ちゃんにしてりゃあ、いい気になりやがって、あんだけお膳立てしてやったってのに――!」麻尋の胸ぐらを掴みかける。


「何わけわかんねぇこと言ってんだよ! お前がコソコソ裏で何やってたかなんて――!」


 あとはもう、服を、髪を引っ張り合い、もみくちゃの大喧嘩となった。その段になってようやく周囲が駆け寄り二人を引きはがそうと、男女入り乱れクラス中が騒然となった。


 朝の悶着の噂は、次の休み時間には最も教室の離れた平瀬の四組にも伝わり、この日を境に向井麻尋と平瀬健二は二度と向き合うことなく、行き場を失い怪物となった想いには誰も触れることをしようとせず、曇天の冬空へと散逸し、融け残った雪のように汚く残念・・した。


 そしてそれ以降、朱莉も通学路を変え、二度と平瀬と顔を合わせ、話すことはなかった。


 かつて友人であった女子グループの四人は朱莉のことを、友達から彼氏を奪ったゲス女だと、金を出せば誰とでも寝る女だのと吹聴しまくり、それはそれは時を経るごとに随分と尾ひれのついた話となって、校内を元気よく泳ぎ回った。


 そして、高校一年生の三学期末の朱莉の周囲には、誰もいなくなっていた。


 これは朱莉が人を意図的に避けた結果でもある。


(人は、見えないものは信じないくせに、見てもいないことを信じる。認めたくないことは、たとえそれが真実であっても否定するし、自分の都合のいいことなら願ってでも祈ってでも信じたがる。ばっかじゃねぇか! 馬鹿ばっかりじゃん!)


(まあねぇ、御縁がなかったってことよ。あの子たちとはね)


(終わってからなら、なんとでも言えるよ! くそぉ、もう一人でいいや、友達なんかいらない……)


(ふふ、終わったからこそ言えるんだけどねぇ)


(ねぇ、鞠さん……あたし、このまま一人なのかな……)


(ふふ、寂しいねぇ)


(――鞠さん……ふざけないでよ。あたし真剣に――)


(な、らぁ――――真剣に、人と向き合い、付き合いなさい。自分の境遇から目を逸らすために、上辺だけで人と付き合えるほど、あなた器用じゃないでしょうに)

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