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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第四話 バカとテストとレオナルド
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4-4 女子高生たる者、光り輝くフォースにと共にあるべきなのよ

 朝起きると、朱莉は勉強机の引き出しの鍵を開ける。


 そこには、かつて夢中になったカードゲームのレア物や、清涼飲料水のおまけに付いてきた、指先大のフィギアや、かわいいマスコット人形や、出せずじまいだった稚拙なラブレター、どこかの海岸で拾ってきた貝殻、河原で見つけたきれいな石、そして今開けば悶死必至の黒歴史が記されたノートなどが無造作に突っ込まれている。


 その色とりどりバラエティ豊かな宝物アイテムとは随分前の段階で関係を断っていたのだが、かつて自分が大事にした物をどうしても捨てられずに、こうして結界の中にアーカイブしている。


 それらの上段にポンと、趣を異にする無愛想な茶封筒が入っている。


 フルハウスクリーニングで得た給金である。あれから何度か仕事にでて、短期間ながら十万円以上が貯まっていた。


 札束と言うにはまだ薄い、その紙幣たちを広げてにんまりと笑う。さて何に使おうか、何を買おうか、それともどこかに行こうか、そればかりを毎朝出がけに考えている。


 そういうお金はさっさと定期預金にしてしまいなさい、と鞠に言われていたのだが、朱莉は頑として応じなかった。この、手元に自由になる現金がある安心感は何物にも代えがたいのだと。


 あと一ヶ月ちょっとで夏休みだ。夏物の洋服と水着を新調して海に行く。海辺のほとりのお洒落なコテージに一人で泊まって贅沢三昧なんてのもいい。日常のしがらみからの解放。そして、そこに訪れる予期せぬ出会い。そして二人は――――


(なにそれ、朱莉ちゃん高校生でしょ? 結婚諦めかけた三十路入りの女みたいな幻想を描いてないで、もっとさぁ、ないの?)


(ほっといてよ。クラスの同級生なんて、ガキすぎて話合わないし、だいたい、ママとパパからのお小遣いでやってるあの子たちじゃ、あたしの金銭感覚と合わないじゃない?)


(自分もつい最近までそうだったくせに、よく言うわ)


(ふん。あたしはね、自力で稼げるようになったのよ? 一緒にされたくないわね)


(そこまで言うならスマホの使用料くらい払いなさい。ところで……朱莉ちゃん、夏休みまでに友達作らなきゃ、明けた時が惨めよぉ?)


(子供じゃないんだから、そうやって計画的に作るもんじゃないでしょ)


(は? こども? ――――あ、じゃあ聡子ちゃんがいるじゃない、二人で遊びに行ったらどう?)


(鞠さん、アレは仕事仲間。仕事とプライベートを厳格に隔てることこそ、家庭円満の秘訣ってのは基本中の基本よ。無防備なプライベートで、どこでどんな失態犯して仕事に支障をきたすか判らないんだから。迂闊なことはしない、社会人の基本よ)


(だからぁ、あなたまだ高校生だから!)


 学校へ続くきつい坂道を上りながら、ひたすら念話で鞠と話をしながら登校するのが、このところの朱莉と鞠の関係性だった。


 霊感応力に目覚めて三年だが、今まで鞠とそれほど多くを話し合ってはこなかった。朱莉が避けていたのもあるが、鞠もそれほど積極的に干渉してこようとはしなかったからだ。


 ただ、朱莉の守護霊である鞠は、基本的に朱莉のそばを離れることはしないため、多くを語らずとも朱莉の行動規範や、行動原理、その言動の一切は予測の範疇内であり、改めて互いのコンセンサスを得るような行為は必要はなかった。


 だが、朱莉は自身が霊感応力者という意識を得てから、周囲に溶け込んだり同化したりというコミュニケーションのとり方が極端に下手くそになり、いつもどこか自分だけが浮いている事を意識して行動していた。そのためその言動は場の空気を読まなかったり、突拍子もない発言となって周囲を混乱させる事が多かった。


 鞠は鞠なりにそのことを憂慮して、時々話しかけたりもしていたのだが、反抗期の中学生のように度々朱莉はそれを退けてきた。


 霊感応力など関係ない、忘れてしまえば普通になれると。


 高校生になって、そういった行動を心がけるよう努力した結果が、一年生時の女子グループでの苦い思い出となった。それからさらに周囲と自分、自分以外の人々、などとさらに孤独へと指向していた。


 そんなことがあってから、鞠は事あるごとに友達を作れ、一人になるなと、間接的に指導していた。


 この霊たる鞠の干渉は、親が子を窘めるような直接的な物であってはならない。霊と対話が出来るのは霊感応力者ならではであるが、守護霊が人間関係の内に入っては霊感応力者が現世に肉体を持って生まれてきた意味が半減するためだ。


 従って守護霊は、先のレオナルドのようにテストを手伝ったり、先に起こる災厄を避けさせる助言をしたり、宿命的な既定事実を告げるようなことは一切しないのが天上霊界における決まりである。ただし、霊感応力者が霊感応力、あるいは霊的存在による行為現象に遭遇した場合に於いては、この限りではない。


「おはよう! 朱莉さん!」


 明る透き通るような声は学校きっての優等生。


 後ろから来た戸田美玲が朱莉に肩を並べる。


 わざわざ朱莉を見つけて駆けてきたのか、少し息を乱している。髪をアップにした夏服の襟元で、彼女の後れ毛がうなじに張り付いている。


「今日は暑いね!」


 いつも何事でもない言葉で、美玲は声をかけてくる。朱莉はこんな時どう応えるべきなのか迷うのである。そりゃあ、夏も近いからね、か、あたしはそうでもないよ、か、今から暑いとかいってたら夏死ぬよ、か。


 ただ、そうだね、と言っていれば良いところを、朱莉は「地球温暖化も本格的だよね」などと言ってしまう。


 そのコメントを気に入ったのか、戸田美玲はケタケタと笑い出す。朱莉は何がおかしかったのかがよくわからない。面白いことを言おうとしたのではないのだ。


 校門をくぐってからも、何人かの男女から声をかけられる。


 朱莉に、ではなく美玲に。


 さらに校舎の上から名を呼ぶ呼ぶクラスメイトに応えて、隣の美玲が手を振るものだから、仕方なく朱莉も軽く手を挙げる。


 はつらつとした表情で掌を口の両端に添えて、おはよう、と叫ぶ。教室を見上げる美玲の張りのある唇の先が、形の良い鼻の頭が、汗ばんだ額が、日に彩られる髪の毛の一本一本が、夏色を帯びだした光線に輝いて見えた。


 目の前に展開する、その青年雑誌の巻頭グラビアのような視界の向こう側で、通りすがりの男子生徒らが、美玲の姿に密やかな視線を向けている事に気づき、朱莉は気後れを感じて、思わず目をそらす。


 ところがその逸らした視線の先で、春の出来事ですっかり気まずくなってしまった、テニス部の平瀬健二の姿を捉えてしまい、慌ててまた目を逸らす。


 かつての古傷が疼いたとでもいうように、胸を押さえ、息を止めて彼の姿が視界から消えるまでこらえる。


 そこへポンと後ろから弾かれ、正気に戻される。「遅刻すんぞ-」と、さっそうと朱莉の横を通り過ぎてゆくのは、通学鞄を肩に担ぐようにして校舎に駆けてゆく、茶色がかった髪をポニーテールに結った大塚聡子だ。


 校舎の入り口までの階段を一段上がるたびに、彼女の短めのスカートがひらひらと揺れ、その背後をゆく男子生徒の視線が釘付けにされている。


やっぱり――――輝かしい初夏の光の全てを吸収してしまう漆黒の頭髪に手をやり、膝頭が見えるか見えないかという控えめすぎるスカート丈に視線を落とし、朱莉は決心するのだ――――夏はお洒落にしないとね。


 そう。このところ鞠とのコミュニケーションが増えたのは、ただ登校時の暇つぶしだけではなかった。中間考査以来、髪を真っ黒に戻した途端、金髪になる前と同じように、霊があちこちからすり寄ってきたのだ。その対処でいちいち鞠に助力を仰ぐ機会が増えていたのだ。


 そして、それで、朱莉は確信した。


 まず髪色で人間性は判断されるのだ。それすなわちファーストインプレッション。


 ナイーブな地縛霊や浮遊霊どもは、話を聞いてくれそうな純朴な黒髪の少女にすり寄ってくる。この子なら拒否されないだろう、まして攻撃じょれいされることなどないだろうと、そんな風な自分都合の勘違いをしてくるのだと。


「ただでさえ目ェつけられてんのに懲りないねぇ」下校途中にある、ドラッグストアのヘアカラー売り場の棚を指で舐めながら、含み笑いを隠さず聡子は言う。


「やっぱ、これじゃあんまりじゃん、漆黒の闇だよ。ダークサイドに落ちた女子校生じゃん。やっぱり女子高生たる者、光り輝くフォースにと共にあるべきなのよ!」


 朱莉は両手で、憎しやと、その真っ黒な髪を乱暴に掴んで逆立ててみせる。


「ぶっははは! なんだお前、スーパーなんとかにでもなるつもりかぁ? 金色の次は青とかにするんじゃないだろうな?」聡子は膝から崩れそうになりながら、腹を抱えて笑う。「ま、たしかにな……ダッセェよなぁ、その墨かぶったみたいな黒じゃ」


「でしょー? だから聡子くらいになるのを選んでよ。そんくらいなら、注意されないでしょ、聡子入学の時からずっとそれだし……」朱莉は自分で選んだらまた失敗すると思って、聡子に付いてきてもらったのだ。


「ああ、私は最初から先生たちには地毛だって言い張ってるからね。今時遺伝だ、体質だ、家庭の事情だ、なんだと突っ込むのは御法度だし。それがややこしいのか、私には触れたくないみたいだし」


 ややこしいというなら、自分の家だって、自分の事情だって、一般人には理解されないくらいにはややこしいだろうと、朱莉は思う。


「それに、私のはヘアサロンでやってもらってるからさ、失敗したくないならプロにやってもらった方がいいよ。よかったら、私が行ってるところ紹介してあげようか?」

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