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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第一話 あたしの人生終わってるな
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1-1 なんであたしばっかりなんだよ


 人生とは儚いものだ。


 この春十七歳の誕生日を迎えた周防朱莉は思っていた。


 ずっと遠くの方に感じる男子生徒の、たどたどしい朗読を右の耳に捉え、退屈そうに机に肘をつく。


 くすぐったいような花の香に気づき、昼下がりの窓の外に目を向けると、最後の桜の花びらが風に煽られ、舞って散ってゆくのが見えた。


 あたしの人生終わっているな、と。


 大好きだった漫画もイラストもあまり興味をそそられなかった。中学一杯までは漫画研究部に所属していたが、高校に入ってからは何をする気も起こらず、帰宅部を貫いていた。


 ロングに憧れてずっと伸ばし続けていた髪も、アレンジがよくわからずただ後ろで束ねるだけ。持っている服はたんすの引き出し一段に全て収まってしまう。


 高校に上がれば何かが変わると根拠なく期待していた。


 自分のことを知っている人がごく少ないであろう、地元区外のこの東関高校あずませきこうこうを受けて青春をやり直そうと思った。


 だがこの一年、何も変わらなかった。


 今からちょうど三年前、中学二年の時に朱莉の能力は突然開花した。


 この世ならざる者の姿を視たり、声を聴いたり、あるいはそれらとコミュニケーションがとれる能力である。


 テレビなどで霊能者を自称する人々が、有名タレントの隠れた素性を暴いてみせたり、過去世を視たり、彼らの守護霊と通じアドバイスを伝えたり、悪霊や邪霊を祓ったり――――朱莉の得た能力のイメージとしては、おおよそあの通りだ。


 霊能界と呼ばれる専門業界では、これらの能力を総じて『霊感応力れい・かんのうりょく』と呼称し、その能力ちからを行使する者のことを『霊感応力者れい・かんのうりょくしゃ』としているが、現在彼らが自らを霊能者と名乗ることはまずない。


 かつて霊能者と呼ばれた者達は、ことあるごとにテレビや雑誌などに出演しては話題となった。しかしメディア上での面白さを優先するあまり、間違った霊的知識や間違った霊的真理を世間に植え付けることになりかねず、尻馬に乗った一部の連中が、関連書籍を大量に流通させ、あるいは祈祷や除霊をするなどと称し、高額な謝礼を暗に要求するなど、私欲をもって霊感応力を利用し、私利に誘導している詐欺まがいの行為が横行し、富を貪った。


 そのため、世間的にもすっかり手垢のついた『霊能者』という呼称を霊能業界人達は嫌い、それらとの差別化のために『霊感応力者』という呼び名が使われだしたのだ。


 無論彼らが、双方の境界線を規定する基準を特に設けているわけではないが、霊感応力を金銭授受目的のために使用することはまかりならないという不文律から、少なくとも霊感応力者にとって“霊能者”という呼び名は蔑称として捉えられて久しい。


 したがって、表立って“霊感応力者”の肩書も活躍も日常で目にすることは極少なく、世間的にも認知はされていない。逆を返せば大手を振って霊能力者などと自称する輩は、詐欺師か、道を踏み外した意識の低い霊感応力者であることがほとんどであった。


 意識の高い霊感応力者は、一般人にはおよそ計り知れない世界を見聞きし、この世である現世うつしよと、あの世である常世とこよの橋渡し役をする特殊能力者として在るべきであり、その使命を帯びた彼らは、各地に様々な、世を忍ぶ姿をもって存在している。


 その一端となったのが朱莉である。


 霊感応力の開花は朱莉自身が望んだわけではない。十四歳までの朱莉にははそんな能力は微塵もなかったし、朱莉自身、霊界だのあの世だの、ファンタジーかホラ話くらいにしか捉えていなかった。


 小学生の頃や中学生の頃は面白がって、友人たちと交霊会のようなことをやってみたりもしたが、大抵は誰かの、何らかのトリックがあるもので、手を変え品を変え、流行りはしてみたものの、遊びの域を超えるものではなかった。


 自分には特別な能力がある、などと妄想に耽るのは、せいぜい体力も知力も半人前の中学生までであろう。高校生ともなればそんなものに頼らずとも、自分というものを明確に認識できるようになるものだ。


 だが朱莉はその当たり前の流れに逆らうかのように、二次性徴を迎え女性として、大人として、現実に直面してゆこうと気構えるさなかで、霊感応力などという非現実的な能力を得てしまったのだ。




(春も終わり――これから新緑の季節よねぇ)


 朱莉の後頭部辺りに、姿なき声が響く。


 それを聞くまいと眼前の黒板へと意識を集中する。


 十四歳(あれ)以来、日常的に霊を目撃するようになり、意識を閉ざさねば姿なき声が次から次へと耳奥に飛び込んでくるようになった。そして、『まり』と名乗る女性の守護霊が、四六時中背後や隣でアドバイスというか説教というか、口うるさい保護者のように付きまとっていることを、気づかされることになった。


 ただ、朱莉は現世に漂う大半の霊や他人の守護霊を肉眼で目視することが出来たが、自身の守護霊である、鞠だけはどうしても直接目にすることが出来ず、姿を見ることが出来るのは、鏡越し、あるいは反射するガラスや、磨かれた金属表面などで間接的にしか視ることが出来なかった。


 その理屈を鞠自身に訊いてはみたが、(力場が違うから)と、いまひとつよくわからない説明だった。しかし、そもそも視えるべきものではないのだから、どうでもよいといえばよかった。


 霊感応力が芽生えたころは、あれやこれやといちいち驚かねばならなかったのも今となっては懐かしく、恨めしい記憶だ。あえて、よかったことと言えば、どういう理屈かはわからないが視力が回復して眼鏡が必要なくなったことだろうか。


 普通の何の変哲もない人々の傍に、人が居る所なら下校途中のコンビニ、友達の家、学校や病院、公衆トイレにもいれば銭湯にも霊がいた。そして、人に寄り添っていなくとも、ありとあらゆるところに、あらゆる形態で人霊とは違うヨウセイやヨウカイといった霊的存在がいることも知った。


 それらは日中の自然光下ではそれほど視えないが、薄暗い場所や、夕暮れ時、室内でもとりわけ蛍光灯の周波数などによってはよく視えた。


 今もこの教室の教壇横に、くたびれた背広を着た肩幅の狭い老人がぼんやりと立っている。ついでに言っておくと、入口の所には巨大な蜘蛛のような形をした、半透明の雑霊がずっと居付いているので、朱莉はいつも後ろの扉から出入りをしている。


 いずれも教壇で教鞭をふるう教師の目にも、黒板を注視するクラスメートたちの目にも見えないものだから、誰もその違和感を口にしたりはしない。午後のまどろみと抗ういつもの授業風景だ。



 ゴールデンウィークを目前に控え、クラス全体は密かに浮足立っていた。


「周防!」


 クラスの担任でもある国語教師が黒板に向かったまま、ぼんやり外を眺めている女子生徒の名を呼ぶ。


 朱莉は姿勢を正しつつ、豆鉄砲を食らった鳩のような顔で正面を見据える。


 教師が体の向きを変えると、背広の老人の霊は律義に少し身を引いて場所を譲る。霊体なのだから物理身体をもつ生者、すなわち普通の人間と接触することはないのだが、生きていた時の癖だろう。


「何をぼやっとしとる。読んでみろ」


 ぼやっとしていたつもりはなかったのだが、言われて教科書を全くもって閉じていた自分に気づく。


「二九ページだよっ」と後ろの席の女の子が小声で教えてくれる。今学年から同じクラスになった戸田美玲とかいう女の子だ。慌てて教科書を開き立ち上がる。


「はい、えーっと――――はなのいのちはみじかくて……くるしきことのみおおかりき……」


 美しき花も咲いてる時期はごく短いもので、人生とはおおむね苦難のほうが際立って感じる儚いものだ。そんなことを謳った詩である、と教師は説明をするが、それが朱莉には、自分のことを言われているかのように感じる。


 つぼみから咲き始めて間もない、まだ瑞々しき生命を一杯に含んだ花のように、これからさらに美しくなることを夢見て、太陽と青空に向かって精いっぱい笑顔を向けるピチピチ十七歳女子。


 女子高生という、女の子がたった三年間だけ使えるブランド属性。それすなわち、すべての女の子は魔法使いになれると世間で言われているのに等しい。


 朱莉は思う。


 もう、その貴重な特権期間を一年も棒に振ってしまっているではないか、と。


(あたしはこのまま枯れるのか……否。ここで咲かんとして何とするか)


 ノートに詩を書きとり、見つめる。


(焦らなくても大丈夫。女盛りはまだまだこれからよ、朱莉ちゃん)


 後頭部の方で聞きなれた、お気楽な大人の女性の声がする。


(鞠さん……あたしの独り言に乗っからないでくれる?)


(だあってぇ、なんか深刻に考えてるからさぁ、守護霊様としてはちょっと心配になるじゃない?)


(心配してくれなくても結構。だいたい学校にいるときは話しかけないって約束だったでしょ?)


(んもうー、つれないなぁ)


 なんとなくだが、鞠が腰をくねらせながらイヤンイヤンと両拳を胸の前に挙げて、ふざけて言っているのが想像できる。


 鞠の見た目は四十がらみの和服女性である。着ている着物や髪形などから明治から昭和初期あたりの女性と思える。


 朱莉が十四歳で初めて会ってから容姿は一向に変わっていないが、現代風にいえばアラフォー大人女子、美人だが男運がない、仕事はバリバリできるが肝心なところで空気読めない、頭脳明晰で気品あふれる淑女を気取ってみるも、生来の気性の荒さや、大雑把さが時として、しばしば、いや――よく感情のまま発露してしまう――的な、朱莉からすればちょっとした、イタお姉さんである。


「――おい、周防……周防朱莉! 聞いているのか」


「周防さん、周防さんてば」


 朱莉は、いつでも誰かに見られていて、声をかけられる。


 こちらのことを慮ってくれるわけでもなく、向こう都合で配慮もなく、遠慮もなく。まったくもって図々しい。


(うるさいな、なんであたしばっかりなんだよ!)


 霊感応力などあったところで、何の役にも立ちはしない。ただひたすら迷惑なだけだ。朱莉が霊感応力者だと知れば、所かまわず立場をわきまえず這い寄ってくるのが、この世ならざる者たちだ。


「周防!」


 不躾に語りかけてくるのは大抵、死してなお、人の意識から逃れられない哀れな地縛霊に浮遊霊、それに人が本能的に忌避する虫や爬虫類を象った疑似霊体を持つ雑霊の類。そして何より厄介な、念度が濃縮され、悪鬼邪霊と化した妖怪変化の類だ。


(あかりちゃーん、もしもーし、きこえてるぅ?)


 そんなもの達を無視し、あしらい、そして罵ってきた忌々しい三年間だった。無論、鞠がいなければ彼らと対峙する術も持たず、怯え泣きわめき、とっくに精神を蹂躙されていただろうことは自明である。


「――くそっ、なんであたしがこんな目に合わなきゃいけないんだよ……!」


そう、初夏の和かい風にのせ、吐き捨てたときには遅かった。


「周防。後で職員室に来い、いいな」


 すでに頭の上を、担任教師の重苦しい声に抑えられていた。

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