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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第四話 バカとテストとレオナルド
19/25

4-1 あんただってカンニングくらいした事あるでしょうが

 連休明けのテスト当日、見事としか言いようのない寝坊をかまし、朱莉は通学路を駆けていた。


(鞠さんッ! なんで起こしてくれないのよ!)


(だあって、干渉するなって言ったでしょうに)


(そういうのは干渉とは言わないのっ! おっ・もっ・いっ・やっ・りっ、よっ!)


(ごめんねー、わたしそういうの疎くて、てへっ)


(てへ、じゃねぇよ! ペロじゃねぇよ! くっそぉおおお!)


 念話で叫びながら、コートの男に「小さい!」と振り切り、溺れる男児を横目に「泳げ!」と叫び、罵声を浴びせる老婆に対し「往生せぇや!」と怒鳴り返し、校門に駆け込んだのは始業も五分前だった。


 教室の扉を開いてみれば、普段は喧騒に包まれるにぎやかな光景ではなく、みな整然と席について、必死で教科書を凝視し、最後の悪あがきをしていた。


 一人を除いて。


「朱莉さんおはよう! あ、髪の色戻したんだね!」といつもと変わらない快活な挨拶の戸田美玲。彼女の周囲に光が舞っているかのような錯覚を覚えつつ、この湧き出る余裕感に、あやかれるものならあやかりたいと思った。


 まったく勉強などできていない。バイトから帰って晩御飯を食べてうだうだしてる間に、リビングのソファでうたた寝をかまし、仮眠のつもりでベッドに寝転がりそのまま朝を迎えたからだ。朝、母親にどやされながら、朝食もとらず、あわてて髪染めをして飛び出してきたのだった。


「おう周防、パツキンやめたのかぁ……それにしてもテスト当日までギリで登校なんて、余裕だな」と隣の山田が悲壮な薄笑いを浮かべながら話しかけてくる。


 心中は怒濤のごとく不安が渦巻いていたが、ここまできてしまえばうろたえていても仕方がない。


「はッ、みんな必死よね……」と、ついに絞首台に立たされた義賊のごとく、教室全体を見回して状況をあざ笑ってみる。だが誰一人として反応しない、これは虚しい。


 しかし、こういう時のためにとっておきの秘策が朱莉にはあった。外道中の外道だが背に腹は代えられない。


(レオナルド! 聞こえる?)朱莉はカバンの中に念話で呼び掛ける。


 一見すれば、カバンの中身は今日のテストに必要な、ノートと教科書の類だけである。ところが、朱莉が手を入れて中をまさぐると(ううーん)と、眠そうな声が聞こえる。


 朱莉が取り出したのは金色の古ぼけたハンターケースタイプの懐中時計である。掌よりは一回り小さいが、制服のポケットに入れるには大きすぎるので、朱莉はこの時計を持ち歩くときは鞄に入れていた。


「おう、おーおーおー! 悪あがきしとるなぁ」担任の北坂は教室に入るなり、挨拶の代わりに嘲笑う。生徒が足掻き苦しんでいる時ほど、北坂はにこやかで元気がいい。


 それでも教壇に立つとすっと笑みを収める。


 トンと問題用紙の束の端をそろえてぐるり、教室を見渡すと、生徒一人一人の様子を確認する。もちろん同時に朱莉を探し出し髪を戻したのかを無言でチェックした。


「机の上には筆記用具と時計だけ、それ以外は仕舞え」試験官でもある担任の号令に、皆はそそくさと教科書やノートを閉じる。


 テスト中は時間を読むための時計だけは、机上に置いておくことを許されている。無論スマホの類いは時計機能を前面に主張しても、持ち込みはNGである。


 朱莉が持ってきた時計は風防に保護用の蓋の付いた大柄の真鍮製で、ボディはくすんでいるし、表面は傷だらけで、いかにも使い込まれた感があり、けして綺麗ではない。


 朱莉は急いで竜頭を操作してネジを巻く。


(レオナルド! 起きてってば! 開けるわよ!)


 有無を言わさず、表の蓋を開いてローマ数字で書かれた白い文字盤を覗き込む。するとポンと弾けるようにして、一人の親指大の青年が文字盤の上に現れる。


 レオナルドと呼ばれたブラウンの髪の西洋系の青年。朱莉の目にしか見えていない霊体の類であり、容姿は近代的でシャツにベスト、頭にはハンチング。身なりは綺麗だし、顔も落ち着いていて上品、そこそこいい所の出のお坊ちゃまのように見える。詳しく聞いたことはないが、だいたい蒸気機関車が走っていた頃の人だという事はわかっている。


(で、なに? 眠いんですけど)レオナルドはあくびをしながら目をこすり、伸びをする。


(折りいってあんたに頼みがある)


 ちらと周囲に視線を走らせ、潜むように念話の感度を絞り、レオナルドだけにしか聞こえないように語りかける。


(まさか、俺にほかの生徒の答案用紙を覗き見して教えろ、なんて言わないよね?)片側の口角を上げてレオナルドは朱莉を仰ぎ見る。


(…………いや……なにいってんの……んなわけ)朱莉は思わず目をそらす。


(おいおいおいおいおい、図星かよぉおお!)


 レオナルドは下唇をつきだして、ものすごく残念そうな顔をする。


(もぉお、だったらどうしたらいいのよ! これはあたしの危機なのよ? 友達だったら助けてくれてもいいじゃない?)


(そういうのってさ、いくら友達でも加担しちゃいけないと思うんだぜ、俺は)


(マジメかよ! あんただってカンニングくらいした事あるでしょうが)


(――それに鞠さんにバレたらなぁ……)口角を下げて、レオナルドは鞠の気配を探すようなそぶりをする。


 朱莉はレオナルドの言葉に、それ以上強要することが出来なくなり、口を噤むしかなくなった。


 そのうち問題用紙が回ってきて、テストの開始が告げられる。皆が一斉に机にかぶりつくように身を伏せた。


 仕方がない。助力を求めるより、まずは実力で埋められるところをこなすしかない。だがその数はけして多くはない。


(ねえねえレオ様……ちょっと相談なんだけどさ。これってAとB、どっちだと思う?)


 懐中時計の端に腰かけていたレオナルドがめんどくさそうに朱莉に振り向く。


(ノーコメント)


(いやいや、世間話じゃん? あんたとも久しぶりな訳だしさ、陰鬱なテストを少しでも楽しくこなそうとする、あたしの精神衛生上の努力じゃん?)


(テストの時間はそうやって雑談するものじゃないだろ)


(そりゃあ、わかっているけどさ――あ、そうそう、あたし昨日のアルバイトでがーっぽり稼いできたからさ、あんたの分解整備オーバーホールもできるんだよねぇ)


(へっ?…………ふーん……)風防に腰かけていたレオナルドは首を伸ばし、朱莉を一瞬振り返りそうになる。


(四時二十分で引っかかる長針が気になるよねぇ? あたしもあれはちょっと不便だなぁと思ってたわけよね、常々)


(はン、まあな。でも俺は古いから仕方ねぇし、朱莉は新しいスマホ買ってもらってからは俺を使ってないんだから、別にいいんじゃね?)


(たっ、たしかにそうだけど……それはあんまりあんたを酷使して、本当に壊れたら事だなって思ってのことで――ちゃんと直したら使うよっ)


(それ、本当か?)


(うん、マジ本当)


 レオナルドはため息を一つつくと、風防の上に立ち上がり、腰に手を当て答案用紙を見渡す。これこれ、と朱莉はシャープペンシルの先で問題を指し示す。


(ふっ、なんだよ、そんなのもわかんねぇの? 朱莉はバカだな。それはAだよ)


(あ、そうなの? へぇ、レオ様頭イイね! じゃあこっちの問題は?)


(それは2だな)


(へぇーへぇー! そうなんだ! レオ様すてき! カッコいい!)


(そ、そうか、はは!)レオナルドは褒められるとてきめん機嫌が良くなって、朱莉のペースに乗って、次々と回答を指し示していった。


(じゃ、こっちは――?)


(それは疑問文だからさ――)


 そんなやり取りを経て、本日三教科のテストを終えた。干渉するなという言葉が効いたのか、幸いなことに鞠はテストの時間中一度も現れなかった。


 いつもなら鞠がべったりくっついてるため、テストでレオナルドに助力を仰ぐなどということは出来なかったが、そもそも普段の朱莉ならこのような不正を働くのは自身でも看過しないはずだった。


 だが、あの時見た聡子に憑いている妖狐が、聡子のバイト生活を支えているという姿を目の当たりにして考えた。さらにはフルハウスクリーニングの島本に憑いているキャサリンも、彼に対して実に協力的だった。


 霊感応力者である自分が、この能力を持ちながら霊的存在に何の恩恵も受けていないのは、非常に不公平だと思ったのだ。


 バレる訳でなし、誰かの迷惑になる訳でもない。むしろ霊障に悩まされ勉強時間を削られてきた自分にとっては、このくらいちょうどいいハンデだろうと、今日の朱莉には罪悪感のかけらもなかった。


 テストが終わり、皆が片付けを始める中、ひときわ悲壮感を前面に出した嘆きがこだまする。「ッああああ、全ッ然できんかった!」隣の席の山田が机に突っ伏していた。


 そそくさと帰り支度をする朱莉はそれを見つつ、「まあ、精一杯やったんでしょ、あとは野となれ山となれ、って言うじゃない。元気出しなよ、山田」と余裕の笑みと共にその背中をポンと叩く。


「なんだ、周防……なんでそんなに慈愛に満ちた目で俺を見れるんだ?」


 信じられないという顔で朱莉を見上げる山田のことを無視し、朱莉は細めた目を逸らし、ふふと微笑む。


「朱莉さん、どう? できた?」後ろの美玲が相変わらずの笑顔で問いかけてくるから、「うん、美玲ちゃんのノートのおかげだよ! ありがとうね」と肩をすくめて最大級の感謝を込めた笑顔で返した。


 どうだ、この人間的友愛に満ちた余裕っぷり。これぞ霊感応力者の器量の大きさだと。

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