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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第三話 その異形なる者
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3-4 誘われるがまま、ネドコにね

 聡子が島本と作業完了のチェックをしている間、朱莉は鼻を気にするふりをしてコンパクトミラーに語りかけていた。

 

(で、鞠さんは何してたわけ?)


(いやぁあ、ちょっと野暮用で席外してたら大変なことになってたわねぇ)


(なってたわね、じゃないでしょ。あたし殺されかけたんだから! ここ、やっぱすごい悪霊棲んでるじゃん! なんで傍にいてくれなかったの!)


(朱莉ちゃんは視えてなかったでしょうけど、私ちゃんと窓の外で構えてたのよ?)


(なによ、放りだされたら受け止めてくれるつもりだったとか?)


(ううん。部屋ごと吹っ飛ばそうかと――ああ、物理的な場の破壊は念力場を壊すからね、それで散らして終わりーみたいな! ナイスでしょ!)


(ナイスじゃないっ! なんでそんな破壊的なのよ! 家壊したらあたしたちお給金もらえなくなるでしょうが!)


 コンパクトの中に映る、鞠の無邪気な顔を見て怒りがこみ上げる。どうしてこうも無責任な守護霊が自分にはついているのだろうかと。


(何が見えてたのか知らないけど、あの慌てようからしてよっぽどなものが視えたのね)


(だって! あんなもの目の前で……)


(視えたものにいちいち翻弄されてたら、この先が思いやられるわ。しっかりしてもらわなきゃ困るのよね、守護霊の私としては)


(しっかりするとか……無茶言わないでよ。目の前で人が次々刺し殺されてたのよ? あれはきっと殺された家族の怨念が凝り固まって――)


(へぇ? 誰が殺したっていうのかしら?)


(――――って、そりゃもちろん……えと……あくりょう……いや、かいぶつ?)


(ほぉ?)


 自分が何を言わんとしているのか解らなくなった朱莉は、無意識に口をすぼめ、視線を逸らした。


 その背後で、鞠はにやと口元をゆがめる。

 

「二十二年前、その当時、弁護士には多額の負債があり、毎日のように人相のよからぬ輩が家を出入りしており、精神的にも追い詰められていたのだろうとして、事件は無理心中の線で捜査された。寝室には鍵がかけられており密室であったこと、室内に倒れていた弁護士が握っていた包丁、という状況証拠からして、錯乱した弁護士が妻、子供を巻き添えにしたのだろうと結論づけられた――」そして、まるで名探偵が謎解きをする前触れのように、かの事件のあらましをすらすらと説明しだした。


「でも実際は、朱莉ちゃんが視たように、突然現れ蹂躙してきた脅威から家族を守るべく、父親は必死に抵抗していた。これが何を意味するか、よね?」


 弁護士とその家族はこの家の寝室で、何者かに殺されたのだと、鞠は断言する。 


(じゃあ……他殺ってこと? あの化け物は一体……)


(弁護士先生とその家族は、暗闇で襲われたか、認識できない状態で襲われたのね。だから曖昧なイメージとしてあの化け物の姿だけが残った――ってとこでしょうね)


(イメージ? あれが?)


(ふふ。種明かしするとね、霊ってのは大抵当たり所のない恨みなんてそう長く持っていられるものではないから、弁護士家族の皆さんは四十九日のうちにさっさと成仏しちゃったわけ。デティールや具体性のない突発的な死ってのは現界に居着くだけの根拠としては薄いのよ。だから恨みつらみも残ってなんかないのよ。正直よくわかんないって奴)


(――だって!)


(だってじゃないの。あれは“残念”って言ってね、しばしば個人の記憶だけが切り離れて現場に残った想念の一つよ。その想念があの記憶映像ビジョン。ま、あれだけ曖昧なら記憶というより心象映像ね。どっちにしても幻よ)


(そんなのおかしいよ。だってあたしは現に身体を操られてたんだから。あれって悪霊の……あの怪物が放った念動力でしょ!)


(誘われるがまま、ネドコにね)


(イヤラシイ言い方しないでよ)


(いいように利用されちゃって、これだから処女は)


(ふざけないでよ!)


(朱莉ちゃんが、あまりにも怖がってるから)


(こ、怖がってなんかないよ!)


(その言い方が気に入らないなら、すんごく意識してた、ってとこかしらね。朱莉ちゃんが対象のことを意識すればするほど縁は深まる、残念に感応して動いたのはあなたの意思なのよ。ここに通う間に、段階的に悪霊が棲んでるって事実をどこかで信じようとしてた――わかりにくいかもしれないけどね)


(全くわかんないよ。残念とか、縁とか……)


(――そうね、少し話を変えましょうか? 人が死ねばまず乖離意識体となって相剋界を介してこの世をさまようの。それが仏教でいうところの七週、四十九日って奴よ。普通はそれで現世とはサヨウナラして霊界に昇って霊となる訳。その際に乖離意識体にくっついていた余計なものってのが記憶映像ビジョンとなって残ることがあるの。朱莉ちゃんはそれに感応したってわけよ。そこで地縛してる霊を二体ほど視たでしょ? アレは便宜上地縛霊・・・なんて呼んでるけど、実際は相剋界から抜け出せない、霊のなり損ないなの。自殺ってのはね、逆説的だけど自分の生に強くこだわりを持つが故の究極の行動なのよ)


 鞠は鞠で、聡子とは違う意味で人死にに関してクールであり、鞠ほどの霊格だといちいち自縛している霊の容姿などを視もしないらしい。


(まっ、そうやって死人が残したこだわりの果てが見えちゃう霊感応力者ってのは、普段の立ち振る舞いに気をつけなきゃいけない、って話。いわば、嫌よ嫌よも好きのうち、ってやつよ)


 鞠はこともなげに涼しい顔をしている。そもそも認識の支点が違うだけに、事の重さの感覚もまるで違う。


(う…………それはいいんだけど、いや、よくないけど……とにかく! そのそれ、他殺って事は犯人捕まっていないってことだよね……)


(んー、でも大丈夫。かといって朱莉ちゃんの今後に影響もしないし、気にしなければなんの問題もないわよ。死者の最後っ屁みたいなものなんだから)


 だから、そう何でもかんでも軽々しく言わないで欲しいし、それに朱莉が気にしているのはそういう事ではない。


(いや、だから! 生きてるあたしとしてはそういうところ割と重要なんですけど? 自殺現場じゃなくて他殺現場とかって憶測広がりまくりングなんですけど!)


(こーんな怪しい仕事してたら、そりゃ気になることもあるわよ。だから私言ったじゃない、仕事続けるの? って)


 朱莉はこの行き違う鞠との念話に苛ついて、つい、


「だっからぁ、そうじゃなくて――――!」


 声に出してしまった時には、目の前に聡子の姿があった。


「あん? あかりぃ……あんた誰と話してるの?」首をかしげて朱莉をのぞき込む聡子。


「いっ、いやいやいや! でッ、電話! なんでもない、ただのおかあさんよ! ほれスマホのワイヤレスでっ!」


(おかあさんじゃないわよ)コンパクトの中の鞠はいささか不機嫌な声を出した。


「ワイヤレスだぁ? あんたそんなもん持ってたの?」なおもしげしげと耳元を見つめてくる聡子の視線を避けようと、朱莉は慌てて、両手で髪を直しながら立ち上がってコンパクトを閉じた。




 ふてくされながら島本の車に乗り込む朱莉の脳裏には、もうひとつ引っかかることがあった。あの九本の尾を持つ銀毛の妖狐のことだ。あの事こそ鞠に訊くべき事だったのに、としくじり感を募らせながら車に乗り込んだ。


 シートに背中を預けると、今日もキャサリンが助手席から早速身を乗り出してきて、こちらに割り入ってきた。


(まっ、なんかいい匂いさせちゃって。何かあったの?)


 朱莉はそれには応えず顔を背け、さりげなく自分の肩口のにおいを嗅ぐ。


(アタシ達はね、よそ様の霊の匂いには敏感なの。すべてが見えるわけじゃないけど、あんたがどこで何してても、霊と触れあえば少なからず影響を受けるからね)


匂うことはないが、香水と汗が混じった濃厚な色香をまとうかのようなキャサリンの容姿を、ちらと見やる。


(だからなんだっての……うるさいな)朱莉の独り言のように呟いた念話を聞いて、キャサリンは一瞬眉をひそめ、視線をずらした。


(あら、なんかご機嫌ナナメね)


(好きでこんな体質になった訳じゃないんだから、いちいちいじらないでよ)


 キャサリンは短く息を吸って、肩を怒らせたかのように視えた。


 さすがに怒っただろうかと思ったが、彼はややしてから温いため息をつきつつ、朱莉に向き直った。


(――あんたね、ガキでいるのも程々にしなさいよ。あんたは普通じゃないんだから無視してやり過ごしたって、死ぬまで逃れることは出来ないの)


(知ってるよ、そんなこと……だから)朱莉は金色の髪を指でもてあそびながら、車窓から除く夕日へと視線を投げる。


 そんな朱莉にキャサリンはさらにかぶせてくる。


(あんたが意識せずとも霊と触れあうたびに、あんたの身体に念は染みついてゆく――例えるならタオルみたいなものね。洗わないタオルは臭くなる。自ずとそれを嗅ぎつけて霊は寄ってくる。霊感応力者の宿命ってやつよ、あんたが望む望まざるに関わらず、あんたは悪臭を放つ雑巾みたいになる。ホラ、巷に転がってる霊能者って、自分の能力を過信してホイホイ忌み場に出かけて除霊の真似事とかしたり、人の悩み聴いたりしてるでしょ、それでテレビにちやほやされてさ。あんなことばっかやってると、そりゃ心も汚れるわ)


 だったら、どうしろというのだ。


(心の洗濯でもしろって、か? それとも滝にでも打たれればいいの?)


(フーン、さてね。それはあんた次第よ。滝に打たれてすっきり出来るならそれでも正解だし、甘いもの食べて満足しようが、彼氏とイチャイチャしようが、人それぞれよ。答はないわ)


 キャサリンは言い捨てるように意味深な言葉を吐いて、助手席から姿を消してしまう。


 朱莉は実現可能なのは一つだなと、密かに答えを考えてしまう自分にちょっと腹が立った。



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