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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第三話 その異形なる者
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3-3 今更多少潰れてもわかんねぇ

「遊んでないでさっさとメシ食うよ、ほれ。ティッシュいる?」聡子は朱莉の鼻血の様子を確認すると、ポケットティッシュを手渡し、何事もなかったかのように寝室を出て行ってしまう。


 朱莉が真ん中でへたり込む部屋は、ほこりっぽいただの寝室だ。ある程度は当時現場検証をした警察の手で掃除がされているため、直接的に殺人現場を惹起させるような痕跡は消されている。


 十畳間にコイルスプリングをむき出しにしたダブルのベッドが一つ、部屋の隅にはヒビの入った三面鏡があるだけ。貴重品などは既に整理にきた親族の者などが片付けてしまっており、この家に残されたモノの数々は、単に風化した事件の状況でしかない。


 さっき聡子の中にいた何者かが床に描いた文様は、既に消し飛んで何が描かれていたのかを確認することは出来なかった。


 夫であり父親でもある弁護士の男は家族とともに、ここで一家心中したということになっていたはずだ。だが記憶映像の中では、心中を主導した彼までもが何者かに殺されていた。


 では、あの第三者たる化け物は一体何だったのか。


 そして聡子が描いた円法陣。合掌してからの数十秒間。


 今改めて思い出し、ぞっとする。


 霊感応力者の朱莉には、一部始終が視えていた。


 彼女が合掌した瞬間、床に書いた円法陣から煙のようなものが渦を巻いて立ち昇ってきたのを。


 それは人らしき形を得て、やがて大きくはっきりとした形となって顕れてゆく。腕、足、胴体、徐々に姿を現す“それ”は音もなく床面へと着地し、背を丸め、力を込めるかのように全身を震わせると、正面に顔を向けて立ち上がった。


 中性的な顔立ちに赤い瞳、白い着物に海老茶の袴、いわゆる巫女装束に似ていた。


 ただ、人ではない。


 臀部から背中のあたりにかけて放射線状に立ち上がるのは、ふわりとした銀毛の複数の塊。長い銀髪の頭部に据えられているのは、これも同じ毛でおおわれた三角形。


 驚いて(ケモミミ……)と、思わず念話でつぶやいてしまう。


 その異形なる者はあきらかにもの


 九本の尾を持ち、神通力を操るという、所謂“妖狐”と呼ばれる狐の変化体である。特に最大の九本の尾を持つものは高位の仙術者で『仙狐』という名で呼ばれている。


 その神々しいまでの姿に、朱莉は呆気にとられてそれ以上の言葉を失った。


 ただ、それまでに感じていた畏れも消えていた。


 その妖狐はちらと朱莉の存在を認めたものの、何も言う事はなく、そのまま怪物へと正対した。


 怪物は自身の領域に現れた異物に気づき、敵だと見なしたのか、奇妙な角度で首を左右に振り、やがてカサカサと獲物を見つけたカマキリのように、腰を落とし低い姿勢をとって妖狐へと向かって来る。


 妖狐はそれに動じる様子など微塵もなく、手に持った煙管の吸い口を咥え、煙をふかし、そして襲い掛かってきた怪物へと煙を吹きかける。


 辺り一面が煙で覆われるほどの煙幕だったが、本当の煙ではない。


 むせそうになる視界の中で、妖狐を見失うまいと懸命に目をこらした。


 しかし次の瞬間には、妖狐が怪物を切り裂いていた。どういう力が働いたのかは解らない。とにかく怪物が妖狐の前で、ボロ布のように四散したのを朱莉は目にした。


 同時に部屋に張り詰めていた、固形化した空気が溶けてゆき、結界は緩んで崩れてゆく。


 妖狐は無表情に残りの息を吐き、煙管の火皿を掌でカンと打つと、再び来た時と同じように煙になり、逆の渦を描きながら、法陣へと吸い込まれるようにして消えてしまった。その際に埃と一緒に法陣も吹き飛んでしまった。


 時間にしてほんの数秒間といったところだっただろう。


 朱莉はそのすべてをつぶさに見ていたのだ。





「しっかし、朱莉は鈍くさいなぁ。転んで顔面で着地するとか、普通やるかぁ? 転ぶときは先に手が出るだろ」


 ツナギ服の袖をまくり露わにした健康的な腕で、寝室の荷物を運び出す聡子は、手を腰に当ててケタケタと笑う。


 その快活な様子に触れていると、あんたが後ろからタックルしたせいだろ、と反論する気も失せる。


 ペースも合わないし、粗暴なところもあって、苦手だなと思っていたけど、互いに趣味が合ったことは素直に嬉しかった。それに仕事の上だけだとしても、まるで年上のように頼りがいがある。鼻血を止めるには顎をあげるよりも引いた方がいい、と聡子に教えられた通りにすると、ほどなくして出血は止まった。


「ねぇ! 顔潰れてない?」と問うも、聡子は大口を開けて「はン、今更多少潰れてもわかんねぇって!」と笑う。もしもこれが、クラスメイトの戸田美鈴だったならばどうだっただろうか。救急車を呼ばれて今頃ベッドの上かもしれない。


 お仕着せのような慮った言葉を差し向けない、この大塚聡子に対して、朱莉は強いシンパシーを感じていた。


この三日間、聡子と話をする限り、彼女は霊感応力や霊能界の知識に対しては皆無と言っていいほどで、その反応からはオカルト関連全般をむしろ嫌っているとも感じられた。


 だが先ほどの一件を目にした朱莉としては、彼女も霊感応力者なのではないか、巧みにそれを包み隠してきていただけではないか、という疑念も浮かばざるを得ない。


 軽くカマをかけていくつか質問をしてもみたが、すぐにその真意が見抜かれて、「だからぁ、その手の話は興味ないって言っただろ? 今更ビビってどうすんの」と眉をひそめた聡子に呆れられた。

 

 最後の荷物であるベッドマットレスを外に放りだし、庭でへたり込んでると「大塚さん、周防さん、おつかれ様」と、声がする。背後を見やると、二人を迎えに来た島本が、道路脇に停めた軽自動車の窓から、手を振っているのが見えた。

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