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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第三話 その異形なる者
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3-2 たまにいるんじゃよな

(消えろ!)意識を集中して念話で叫ぶ。


 その途端、朱莉の身体は激しく寝室の壁へと叩きつけられる。ここで意識を失ってしまえば憑りつかれると思った。


(鞠……さん)たぶん声は届かない。ここの“主”が朱莉を二階に誘った時から、もうすでに術中に嵌められている。


 気づいたらまた寝室に誘われていたのだ。


 聡子が帰ってくるまでベンチから動くまいと思っていたにもかかわらず、次の瞬間には寝室のドアを開けていた。その直後腕を引かれるようにして体を振り回された。


 悪意を感じる。この部屋から憎悪があふれ出してきている。そのせいだろうか身体は硬直し、声もうまく出せない。


 悪霊……そんな言葉が朱莉の頭の中をよぎる。


 朱莉が霊感応力者だと気づいて、先んじて排除しようと考えたのだろうか。


 再び身体が浮き上がり、もつれそうな足を動かされ、意思とは別に向かい側の壁へと突進する。かろうじて動いた右手で正面衝突を避けようと顔を守るが、その代わり肩を激しく打ち付けた。


 よろけ砕けそうな膝はそれでも足りないようで、ふにゃふにゃと足を運びながら、今度は窓へと駆けだす。正面の割れた窓に飛び込めばそれこそ無事では済まない。いや、きっと窓から突き落とすつもりなのだ。


 霊感応力者は霊と感応でき、彼らを認識し対話もできる。しかし出来ることはそれだけだ。強い霊媒体質ゆえに、一歩間違えればこのように身体をコントロールされる危険性をはらんでいる。


 朱莉を動かした力の源は、人間が持つ、体を動かすイメージの力で、専門用語でこれを『念動力ねんどうりょく』と呼ぶ。


 そもそもが人間のイメージであるため、さほどの強大な力にはなりえないのだが、場所や霊体の条件次第では、人の能力をはるかに超える力を発揮することもある。


(た、すけて……)


 声にならない声を喉元で発した瞬間、ダンダンと部屋の外を勢いよく駆けてくる足音が聞こえた。


 直後開いたドアから聡子が飛び込んできて、タックルのように朱莉の腰に掴みかかり引き倒す。窓の直前で朱莉は転び、顔面から床に叩きつけられた。


「なにやっとる! 死ぬ気か?」捕まれた背後からは少年のような声がした。


「お……さと、こ? 痛ったぁ、……うぐっ」顔を打ち付けたせいで鼻から大量の血が出ていた。おかげで束縛から逃れることが出来たのだが、恐怖と屈辱でしばらくその場から動けないでいた。


「やっぱり……でよった、か」


 やや低音が目立つ声なのは走ってきたせいだろうか、聡子は朱莉から手を離すと、仕方ないといった風に、尻餅をついたまま息を吐いた。


「何……これ、あんた知ってたの?」朱莉は鼻血を拭いつつ、妙に落ち着いている聡子を見つめる。


「――こんな稼業やってると嫌でもこういう現場には遭遇するわい。そなたのような者はこの仕事に向いとらんのじゃ。あのオトコオンナからなんも言われんかったか?」


 散々霊など信じないと言った手前から、明らかに霊の存在を肯定している。


 あれは聡子の言葉ではない。

 

 だが今は彼女のことを追求している場合ではない。


 朱莉はぐらつく視界で“主”を探す。


 再び朱莉の視界の部屋内が赤黒く染まってゆく。尻餅をついた床にも生暖かい感触が再現される。


 最初に妻とみられる女性が、それから子供が、鋭利な刃物、おそらくは包丁と見える凶器で切り付けられ、刺され、血しぶきをあげて崩れ落ちる。激昂した夫とみられる男性は刃物に抗い、両手を切りつけられながら、影のようにみえる賊に向かってゆく。


 眼鏡をかけ、華奢で、とてもじゃないが格闘が出来るような風貌ではない。だが妻と子供を目の前で殺された怒りが、がむしゃらに立ち向かってゆくしかなかったのだろう。賊の身体を掴もうと手を伸ばすが、何度も血糊ですべってしまい、あげく足を取られて転ぶ。そこへ賊が馬乗りになってきて、夫の胸に向けて包丁を差し込む。


 刃物は音もなく夫の胸を貫いた。一瞬びくんと体が反ったが、電源が切れたおもちゃのように、それきり動かなくなった。


 家族を切り裂いたことで満足したかのように、賊の姿がゆらりと立ち上がる。


 それは刃物が一体化した細長い両腕と、肋骨らしき骨格が露出した胴を持ち、その奥に生々しい内臓をあらわにさせていた。頭髪が乱れ抜け落ちた頭部は歪に歪んでいて、瞼を失った両眼と唇のない口元に歯を見せながら、やせ細り爪が伸び、鳥のような足で、部屋中に飛んだ血しぶきを長い舌で舐めながら歩き回っている。


 こいつが霊障を引き起こしてきた“主”か。そう認識しつつも、驚きのあまり身体が動かせなかった。今自分が視ている者は一体なんなのか、朱莉の中では既に説明不能になっていた。


 突然開け放っていた部屋の扉がバンと勢いよく閉まった。


 完全に結界に捕まった。


 聡子は駆け寄りドアノブを操作するが、開かなかった。


「ありゃあ……この手合い、たまにいるんじゃよなぁ」部屋をぐるりと見渡す聡子の声色は、すっかり青年のような張りのある重い声に変っていた。どういうことだろうか。


 そしてそんな聡子には“主”の姿が見えているのだろうか、彼女のすぐ隣を歩く怪物を目で追っている。


 見ない、視ないと決めていたとて、今の朱莉に向こう側から侵入してくるのはたやすい。畏れて気づかれ、周波数を合わせられて干渉されてしまっている。


 聡子とは真逆に、朱莉は自身に(怖がるな)と念じつつ、怪物が傍を通り過ぎるまで、懸命に心を鎮め息をひそめる。


 そんな朱莉のことに気づいているのか、聡子は「怖がらんでもよい。落ち着いておれ」と、落ち着き払った声でいう。


 これは聡子とは別の何かが聡子の身体を使って話をしてきているとしか思えなかった。聡子の守護霊なのか、あるいは……。


 不審な顔を作る朱莉に対し、聡子は余裕の笑みを浮かべている。


 珍しいことじゃない、よくあることだとばかりに、腰をおとし埃の積もった床に指で大きく円を書き、そこへ象形的な記号を書き入れてゆく。


 それは驚くべきスピードで、円周の外縁から内側へ向けて、線や記号、文字のようなものが放射線状に描かれる。まるでアニメで観るような魔法陣のような文様である。


「これくらいなら出張る必要もないと思ったんじゃがなぁ――――と、こんなもんかの……」ぱんぱんと両手を擦り叩き埃を払うと、すくと立ち上がる。


 両足を肩幅に開き、やや力を込め、そして両掌を開き左右から正中線上で勢いよく合掌する。


 パンと一度だけ小気味よい、乾いた音が室内に響き渡る。


 数十秒その状態のまま聡子は動かなかった。空間中のすべてが静止したかのような静けさの中で、一度だけピシと部屋全体が軋んだ以外、何も変化はなかった。


「――――もうこれで大丈夫じゃ、さ、立てるか?」青年の声をした聡子は朱莉に向かって右手を差し伸べる。


 立ち上がり部屋を見回してみれば、さっき閉じたドアはゆらと何の力も働いてないことを示すように、力なく隙間を開けていた。


 顔も身体も大塚聡子そのものだ。外見的になんの変化もない。そんな聡子は“優しい”と形容できそうな微笑みを称えていた。


「聡子……あんた、なん、なの?」


 振り返り、顎に伝った、冷や汗なのか鼻血なのか判らない液体を手の甲で拭う。朱莉は彼女に、目の前で起きたことが現実かどうか脳内で処理しきることも出来ないまま、ただ訊いた。


 ところが、次の瞬間には、目の前の聡子は不思議そうな瞳で朱莉を見て、


「何って、何が?」


 聡子の声はすでに元に戻っていた。

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