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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第二話 お金があれば何でも出来る
13/25

2-7 ちょっとビビったじゃん

 曲がり階段を中ほどまで上がった時に、対応が遅かったことに気づいた。


 意識を抜かれたかのように、首から下だけが別の生き物のようにふらふらと階段を昇り、廊下を進んでゆく。


(――だめ、そっちに行きたくない)と念じたところで、ずんずんと足は歩みを進める。


(鞠さん!)近くにはいるはずなのに、通信圏外の携帯電話のように、うまく鞠と通じる感じがしない。自分の周囲が何か見えない膜で覆われているかのようだ。


 勝手に動く右手がドアノブを操作して二階奥の部屋の扉を開く。


 そこには、血しぶきで汚れた壁、ベッド、部屋の床に、角に、窓際にそれぞれ動かなくなった肉の身体が三体。そしてずるりと、開いたドアの脇に立っていた朱莉のすぐそばで崩れ落ちてゆく血みどろの男性。


記憶映像ビジョンだ。現実じゃない)心に強く言い聞かせた。眉間に力を込めて、騙された五感から精神を切り離す。ザッとテレビの映像が乱れるようにノイズが走り、何もない閑散とした部屋が視界上に明滅する。すると突然、部屋全体がカメラのフラッシュのような激しい光にさらされ、記憶映像が消えた。


(おおっと、危ない危ない。かんいっぱーつ!)寝室壁に据えられた三面鏡の鏡の中で、腰を落とし気味に立つ鞠が、指先を伸ばした両腕を水平に広げていた。


「ン……あ。鞠、さん?」


(ちょちょいで祓ったわよ、なんか居るなぁとは思ってたけど、先に行っちゃうからあわてて追いかけてきたのよ)


「やっぱり、ここ……いるんだ? 鞠さんが除霊したの?」


(除霊はやんない。掃いただけよ――にしても……)鏡の中で鞠は一瞬苦い顔を作ったが、それをすぐに和らげると、朱莉に目を向け(どうする? 仕事続ける?)と問う。


「――やるよ。途中でやめるとか嫌だもん。霊が怖くて仕事ができますかっての!」


(あ、そう? じゃあがんばってねぇ。私埃っぽいのは勘弁だから)


「ちょっと! なにそれ?」


 鏡面がぐるっと歪んで、鞠が姿を消した。


 一体どういうつもりなのか、出たり入ったり、どこで何をしているのか。


「さすがにちょっとグロかったけど、まあ霊なんてどこにでもいるもんだし、あんなのは無視してりゃいいんだから。気にしない気にしない……」階下で朱莉を呼ぶ聡子の声が聞こえて、高鳴る胸をおさえつつ、窓を締め終わると駆け足で階段を下っていった。


 聡子の言う通りだ、見えなきゃわからないなら、気にしなきゃいないのと同じ。とにかく今は仕事に集中しなくては貰えるものも貰えないのだ。


「おそかったじゃん」


「あはは、ちょっと二階がどうなってるのかなぁ、って思ってさ」


 いいつつ、軒にぶら下がる女子高生の手が肩に触れそうになって、飛び退く。


「なにやってんの? 今日はこれでおわるけど、ここは三日で片付けちゃわないといけないから、明日からは二倍のペースで張り切るからね!」


 学校では寝てばかりで無口、友達らしい友達もいない。お洒落っ気もなく、動きも緩慢で、いかにも不健康そうな印象。ありていに言えばやさぐれた生徒、という印象で教師からは、その頭髪の色や制服の乱れ、授業態度など、たびたび注意されながらも、それなりに気にかけられていた。


 だが、今の聡子は笑顔が眩しくて快活そのものだ。それに二の腕は、細いながらもわりに筋肉質で、けして体力がないわけでもなさそうだったし、体全体も引き締まっていてスタイルはいい。学校での聡子の印象とはまるで正反対だった。


 暮れてゆく志賀崎の街を、島本の運転する軽自動車の後部座席から眺めながら、疲労困憊の身体をシートに預ける。今すぐにも倒れて眠りそうだった。


 微睡の中で(うふふ、どぉだった?)と、野太いオカマ言葉が耳の裏あたりに触れる。


(――出るなら出るって言ってよ、ちょっとビビったじゃん)


(あんた若いのに肝据わってるわねぇ)


(伊達に視てきてないよ。褒められても別にうれしくもないけど……)


(ま、ね、アタシもシマちゃんの仕事応援しないわけにもいかないし、面倒事起こされるのは勘弁なのよね。ああいう仕事だけに出来る人間は厳選しちゃうわけよ。感応力があっても、あんたくらい動じないか、まったく信じてもいないし、むしろ霊的存在を無視して嫌っているくらいがちょうど扱いやすい、ってわけ)


(それって聡子の事ね?)


(まあね。どうしたらあそこまで不感症になれるのか分かんないけどさ、彼女の守護霊がまた不愛想な子でさぁ……ところであんたの守護霊は? あたしには見えないんだけど?)


(さあね。その辺散歩してるのかもしれないわね)おそらくはキャサリンの霊格が低すぎて鞠の存在に気づけないのだ。


 これ以上は面倒なので、一方的に意識を閉じて無視した。他人の守護霊と懇意にしたとていいことがある訳ではない。朱莉は身体の疲労に意識を寄せて、リアシートに身体をうずめて眠りについた。

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