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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第二話 お金があれば何でも出来る
12/25

2-6 霊みえるとか言ってる奴って頭にウジ虫沸いてるんじゃない

「今は一階を重点的にやってんだ。電化製品はとりあえず庭に放り出す。紙屑類はこの袋、瓶や缶はこっち、箒で掃いたり掃除機使うのはもっと後だよ。でかい家具は二人で動かすからそん時は呼ぶよ」


 同じく支給された、やや年季のはいった青いつなぎ服を着る大塚聡子は、かなり大まかに指示を出す。それというのも、室内はゴミだらけで、何をどうするなどいちいち指示を仰ぐような状態ではなかったからだ。とにかく動いてゴミをかき集めて捨てる。当面それしかやりようのない状態だった。


 少し動けば埃が舞い散る。マスクなしだったらクシャミと咳の応酬だっただろう。以後大塚聡子は何も話さず黙々と仕事を続けているので、朱莉もそれに倣った。


 家の中は、住んでいた人がある日突然生活するのをやめたように、生活用品のすべてが残されていた。よくある――かどうかは知らないが、夜逃げという奴だろうかと思う。


 埃の積もったテーブルの上には食器類が並べたまま。おそらくは食事もそこに残されていたのだろう、黒いカスのようなものが残っている。そして何より辺りはネズミか何かだろう、小動物のフンがそこら中に散らばっていた。当然ながらあの“黒い奴”もそこかしこをはい回っており、荷物をひとたびどかそうものならザッという“足音”をたてて部屋の隅々へと三々五々散ってゆく。


 普段の感覚からすれば卒倒ものだが、これは仕事、金のため、と腹をくくった朱莉の目には単なる黒い動く物体にしか見えなかった。


(朱莉ちゃん、よく平気ね……ああ。私無理!)


 そういったかと思うと、鞠の気配が傍から消えた。たぶん家の外へと移動したのだろうと思う。守護対象者を置いて、守護霊が物理的な場所を変えるというのはどうなのだろうと思うが、鞠はたびたびこういう行動をとる。普通の守護霊は離れたりはしないらしい。


 それにしても、一緒に働く大塚聡子も肝が据わったものだと思う。彼女の足元には猫か犬か、四足のものと思われる白骨体が転がっているが、何を見たところで一切動じず黙々と作業を続けている。


「ねえ大塚、訊いてもいい?」


「なに? 答えられることなら」


「この仕事って前からやってるの?」


「一年くらい前から」


「そう……なんだ。一人で?」


「あ、うん……あと二人いたけど一日で辞めたから」


「ええ、もったいないなぁ、こんな給料いいのに? 破格だよねぇ」


「――その分きついよ。時間が押してるときは夜勤もあるしね」


「ああ、だからいつも学校で疲れて寝てるのかぁ」


 そう得心してみせた朱莉のことを、手を止めて大塚聡子が睨んできた。


「え……なに? なんか悪いこと言った?」


「いや、本当のことだよ。別にいい、気にしてない」


 完全に気にしてるじゃないか、めっちゃ怒ってるじゃないかと、その後三時の休憩まで一切口をきかなかった。


 五月というのは意外と暑いもので、気温だけを見てみれば夏とそう変わらない日もある。朱莉は私服の上から作業着を羽織っていたので、全身汗だくだった。作業に集中していると、家の外から朱莉を呼ぶ声がした。


「はい、これ。飲みな。それに熱中症になるよ、そんな恰好でやってたら」


 家の外に出た大塚聡子に手渡されたのは二リッターのペットボトルの水だった。


 彼女は作業着の下はタンクトップ一枚という軽装で、作業ツナギの上半身をはだけて袖を腰に巻き付けていた。


 水は庭に置いていたクーラーボックスに仕舞っていたらしく、よい加減に冷えていた。さすがベテラン、準備万端だなと思った。


「――しかし、あんたも怖いもの知らずというか、無神経だねぇ」大塚聡子は腰に手を当てて廃墟然とした洋館を仰ぎ見る。さっきまでより柔らかい物腰になったような気もする。


「大塚はなんでこんな仕事してるのさ」


「もちろん、コレだよ。ほかに何があるんだよ」といって親指と人差し指で輪を作る。朱莉とて同じだから、まあそういうものだろうなと納得は出来る。


「周防だって同じでしょ? けどさ、こんな仕事普通じゃ頼まれたってやりたかないよね。ま、だからこその特種清掃業なんだけど」


 島本の名刺に書いていたなと、思い出した。特種清掃業丙種。


「ねえ、その特種ってなんなの? 丙種とか? 普通の掃除じゃん」


「えっ?」


 大塚聡子が驚いたので、朱莉は反射的に背筋を伸ばした。「な、なに……」


「社長から聞いたでしょ?」


「なに……だったっけ……?」


「いわくつき物件の清掃。大抵は家宅内で死亡事故とか殺人事件、不審死、その他もろもろの心理的瑕疵となる要件が絡む物件の清掃全般、これが今までの特殊清掃業・・・・・ってやつを指すの」


 たぶんあの時だ、鞠と雑談していて島本の説明を聞き流していた。


 なるほど、夜逃げ然とした佇まいもそれなら納得できる。その後に物件の権利を引き継ぐものが居なかったのだろう。


人にとって住まいというのはデリケートなもので、価格や立地などは当然のことながら、周辺環境に絡む、動かしようのないマイナス要因に関してはとりわけ慎重になる。


 裏や隣が暴力団事務所だとか、宗教施設が付近にある、工場や交通の騒音などは事前に調べて、そのデメリットを回避することが望ましい。


 しかし、こと心理的な瑕疵に関しては過去を知らなければ、知りえることはないという理由から、不動産売買においてはこれを告知する義務が定められている。


 心理的瑕疵とはその敷地内や付近で、数年の間に何らかの人死にが絡むような事件が起きた場合を主に指す。そういった物件は霊感応力のかけらもない人間であっても、やはり入居を踏みとどまるものだし、不動産会社も物件価格を大幅に値引きせざるを得ないことが大半である。


「じゃあこの家も?」


「ん、まあね。もともとここに住んでたのは弁護士センセの一家でさ、無理心中じゃないかとか言われてる。わたしも島本さんから聞いただけだから詳しくは知らないけど、当時は割と話題になったみたいよ? で、持ち主がいなくなって以来放置されてるって――――二十年以上前の話だけどさ。その上、焼身自殺とか、首つりだとか、相次いだもんだから、なんか自殺のメッカみたいないわれをしてるんだよね、ココ」


 大塚聡子は何でもないといった風に朱莉の背後の家を指さした。


 過去にそういった凄惨な事件があれど、死体がいつまでもそこにあるわけではないのだから、何処で死のうが関係ないことだったが、朱莉はちらと大塚聡子が指さしたのと逆の付近を、振り返り見つめる。


 いる。


 ここに来た時は気づかなかったが、黒焦げの中年男性が立っていた。その真反対の軒先にはぶら下がる女の子の学生らしき人影がある。どちらも完全な人の形はしていないが、それとなく雰囲気は残している。


 そんな朱莉の視線を追いつつも、大塚聡子はさらに続ける。


「なにも家族まで一緒に殺すことないじゃない。死ぬなら一人で死ねってんだよな」大塚聡子は心底、無理心中した弁護士の男を馬鹿にしているようだった。


「でぇ、うちの特種清掃ってのは、本当に出ちゃう物件を扱う業者のことを指すんだよ。場合によっては御祓いも請け負うし、場のお清めもする。心の弱い人は一日二日で体壊したり、心を病んだりするってんで入れ替わりが激しいんだよ」


「――てことは、やっぱ出るんだ……ここも?」


「うん、出るらしいよぉ。家ではだれもいないはずなのに人の話し声が聞こえたり、夜中に突然明かりが灯ったり、中に入った人が閉じ込められたり、とか――まあお約束な怪奇現象が起きるって噂が立って、誰も手を付けなくなっちゃったって訳。普通・・の(・)特殊清掃・・・・の業者さんなんかはさ、危ない物件には手を出さないんだよね。ただでさえ人手の少ない業界だから人員をすり減らしたくないっていうかさ――――あれ? 意外と驚かないね?」


 いや、驚いていた。こうまで淡々と語る大塚聡子に。




「あの……質問なんだけど、さ」


「なに?」


「大塚はさ、霊とか見える訳? そういう現象に遭遇したとか……」朱莉は両手の指で輪を二つ作って、そこから覗き込むようにして大塚聡子に問うた。すると彼女は噴き出して腹を抱えて笑った。


「見えるわけないじゃん! ってかそんなのいるわけないじゃん」


 ――いや、見えるし、いるし、後ろの黒焦げのおっさんはこっちを睨んでるし、ぶら下がった女子高生は風鈴みたいな動きで、手招きしてるし。


「あんなものは信じてる奴だけが見える幻だよ」


ここは彼女に合わせておくのが得策だろう。言いあったとて何も生み出すものはない。


「そっ、そうだよねぇええ! 霊みえるとか言ってる奴って頭にウジ虫沸いてるんじゃないかって、あたしも思うよぉ! もう霊能力者とか自称する奴は詐欺師に決まってるよね!」


 大塚聡子は朱莉のオーバージェスチャーに対し、怪訝な表情を作り、ひとしきり朱莉を睨みつけたが、やがて我慢できないとばかりに肩を揺らし、歯を見せて笑う。


「あははっ、そうそう、ホント世間の人間は験担ぎやら、祟りやら、ジンクスやら、普段信心深くもないクセに、自分に火の粉が降りかかるかもしれないとなると、お参りに行ったり、供養に行ったり、怪しい儀式に参加したり、厄払いだとか必死よね。目に見えない存在に脅かされてさ、ナンセンスよ。それに、もしも神や悪魔や霊が居るなら、わかりやすく目に見えるようにしなきゃ認められないってーの。何も言わずにわかってもらえるなんてことは、人間同士でもないんだからさ」


 つられて朱莉も手を叩き笑ってみせたが、あくまで合わせただけだ。


 大塚聡子の言うことはもっともだと思う。正論だと思う。


 だけど、霊には霊の特別な事情や、理屈がある。それは人間には理解できない。それよりも人間の住む現世の方が特殊極まりないのだから、その違いは理解すべきだと鞠は言う。


 とはいえ、そんな風にいわれて素直に従う気にはなれない。解りたくもないし、解ってやる義理もない、と朱莉は思う。


 彼女は気づかなかったようだが、一連の会話の途中で、二階の窓ガラスに突然ヒビが走ったのを朱莉は目にしていた。


 建物からビシビシとプレッシャーを感じる。まだ朱莉側が霊へと干渉をしていないため、向こうからはこちらの霊感応力に気づかれてはいないはずだった。


「あ、それから私のことは聡子とでも呼んでよ、その苗字好きじゃないんだ」


「へ? あ、ああ、うん……」そう言われて急に“聡子”と呼べるほど親密でもないのに、“自分の苗字が嫌い”だなんて言われてしまうと、今後すごく呼びづらい。強引な子だなと思う。


「さ、じゃあ再開したいとこだけど、そろそろアガリだし戸締りして、外の片付けをするか…… 朱莉・・は二階の窓のカギ締めてきてよ」


 どうやら彼女からの信頼は得たようだが、聡子がこれほどまでに社交的に話す人間だとは思っていなかったせいで、盛大にペースを乱されて精神が集中できなかった。


 そのせいだ。


 朱莉は無防備に、何も考えずに二階へと歩みを進めてしまった。

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